勘違いなさらないでっ! 【78話】
えっと。小話とかいろいろ書いたので話数が会ってませんが、100話になりました!!
次の日、陽が落ちた頃サイラスがお屋敷に戻ってきた。
ナリーは急いで、わたくしを玄関ホールへと案内する。
そんなに急がなくても、とやる気のないわたくしを見てアンは苦笑しながらついて来た。
玄関ホールには、ベラートと立ったままやり取りをしているサイラスがいた。
階段を下りていくと、ふとサイラスが顔を上げたので目が合う。
本当は急いで下りて礼をすべきでしょうけど、帰るっていうのに無理やり滞在させているんだから、少々の無礼は目をつぶってもらうわ。
階段は後数段あったが、かまわず声をかける。
「おかえりなさい、サイラス。お姫様との視察はいかがだったかしら?」
「疲れることを言うな」
眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔をしたサイラスを見て口角が上がる。
口元を手で隠しつつ、ふたたび笑いがでる。
「ふふふ。ずいぶんお疲れのようね」
「面倒事が多いからな」
「まとめてどうにかならないの?」
「やれるならやっているさ。やろうにも相手国の情報が制限されているからな。兄上が戻るまでどうにか粘るしか……」
「はいはい、それ以上は知らないほうがいいみたい。こんな日は、ゆっくりとお湯に入って疲れをとるといいわ。そして、ぐっすり寝ることね」
話はおしまい、とわたくしが片手を見せてサイラスを黙らせ、そばに立つベラートへと目線を上げる。
「話の途中で失礼したわ。続けて?」
「お気づかいありがとうございます」
軽くベラートが頭を下げた時、そっとサイラスに手を握られて下ろさせる。
「なに?」
「いや。お前足りないものはない、と言って仕立屋にも行かなかったのか?」
「行かないわ。わたくしが出入りすると、万が一にも足がついたらいけないでしょ?」
実は朝からナリーやベラートから、目立たない馬車を乗り継ぐから心配ないので仕立屋に行こう、と何度も誘われた。
アンは乗り気だったが、わたくしは「サイラスの足手まといにはならないようにしたいの」と、わざとサイラスの名前を出して拒否した。
だってここまでされる必要はないわ。
服はとりあえずで既製品を用意してもらい、それを手直ししてもらっているから必要はない。宝飾品も同じ。化粧品については、マリアが使っているものを買ってきてもらった。
『じゃあ、それにするわ』
化粧品はどれがいいかと雑誌を見せられ、マリアに使っている化粧品を訪ねてそれでいいと言った。
マリアが慌てて紹介した商品はなかなかの高額で、マリアの給与で買えるのか聞いてみたら「買えなくはないのですが……、一式そろえるのも、買い続けるのは無理です」と正直に言ってくれた。
わたくしは存在を気取られたくない。だから、彼女が自分のものを買うように買って来て欲しいと頼んだのだ。
「俺の言い方が悪かった。お前には苦労かけた分、ゆっくりと過ごしてもらいたいんだ。もうすぐ屋敷近辺の警備も見直しが終わる。そうなれば、敷地内なら散策もできるようになる。護衛はつけるが」
わたくしが強請らないことが不満らしい。
これまで困らせてやろうと思っていつも失敗していたのに、身近にいてものを強請らないだけでこんなに簡単に困り顔をするなんて! なんて簡単なのかしら。
もう少し困らせてみよう、とイタズラ心が沸いた。
「苦労って、わたくし別に苦労していないわよ? 為になる経験だったと思うし」
「キースを締め上げて全部聞いた」
困り顔のままサイラスの目の中に妙な色を見つけて、わたくしは先に釘を刺す。
「アシドナの宿の常連よ。妙なことはしないで。下町では普通でしょう? あの世界を壊してはダメよ」
「……わかっている」
やはり何かしようとしたのか、渋々と言う感じでうなずいて目線が下で止まる。
「……まだ治らないのか」
なにを、と思って気がつく。
まあ、サイラスにまだ手を握られていたのね。全然気にならなかったわ。
わたくしの指をじっくり見ながら、
「薬を替えるか?」
「数日で治るわけないでしょう? 気長に待ちなさい」
「そう、だな」
言っておくけど、別にサイラスのために治すわけじゃない。
納得しても気になる、とばかりに指先を見ている。
「……」
なにしているの?
妙な沈黙の中、ハッと気がつけばベラートが黙って優しく見守っているのに気がついた。
サイラスの後ろでは、エージュが真顔のまま立っていたが――アレはどう見ても心の中で大爆笑しているわ! 今頃腹筋が痙攣しているわね。
このままエージュを限界まで追い詰めようかと思ったが、周りにいる出迎えの使用人達の生暖か~い視線に耐えきれなくなった。
そろそろ振り払っていいわよね。
そう思っていたら、じっとしているサイラスに、後ろから腹筋が限界に近いはずのエージュが声をかけた。
「サイラス様。治療されているのですから、あまり見られては失礼かと」
「!」
ハッとしたサイラスの手の力が緩んだので、わたくしはやや強めに手を引っ込める。
「気になるなら見ないでちょうだい」
「ああ、すまん。……やはり苦労したんだな、と」
全っ然! わたくしの勲章よ!!
ああ、また周囲の雰囲気が変わってきたわ。
苦労した!? いいえ、勘違いなさらないでっ! わたくし、けっこう楽しくお仕事してきたわよ。同情なんて御免だわ!!
「何度も言わせないで、サイラス。わたくしを苦労人だと勝手に決めつけないでちょうだい。これ以上言うなら、あなたのことを『腹黒真っ黒悪趣味押しつけ王子』と言い続けてやるわ」
「やめろ。俺は悪趣味でもなんでもない」
一瞬で不機嫌そうに眉を潜めたサイラスに、わたくしはニンマリと笑う。
「だったら、これ以上言わないで。わたくしは好きなようにさせてもらっているから」
「……わかった」
納得顔ではないが、押し黙ったサイラスの顔を見てすーっとする。
勝った!? あらやだ、勝ったんじゃないかしら!!
「ゴフッ、ゴホン!」
噴出したのを無理やり咳払いに変えようとして失敗したエージュを、ベラートが冷たく横目で見ていた。
その後は一度部屋に戻って、夕食の席でサイラスと再び会う。
あの時はああだった、こうだったと話しつつ、いろいろな裏話もでてけっこう楽しく過ごせた。
そして、次の日からまた、使用人がより一層優しくわたくしを見ることになったのだった。
☆☆☆
そして二日後。
様子を見に来た、と訪問されたエシャル様だったが、会ってみれば昨日のお茶会の愚痴。
「なかなか進展しませんわぁ。レイティアーノ姫についてくる侍女が面倒ですの。あれは絶対タヌキ側の者ですわ。愛人ですわね。よくもあんな男に惚れたものですわ。やはり女狐らしく、利益が嫌悪感を上回るのでしょうか」
はぁっと悩ましげにため息をつきつつ、口から出る言葉はひどい。
わたくしはエシャル様の手土産の、二種類のかぼちゃを使ったパンプキンパイを食べつつ愚痴を聞く。
上の層のカボチャは濃いオレンジ色をしていて、甘み豊かな濃厚なカボチャの味を楽しめる。下の層は薄い黄色で、こちらは甘さ控えめながらもクリーミー。
まったく違う味ながらも、見事に調和している。
添えられた生クリームも甘さ控えめで、ベリーも口直しに用意されていた。
「レイティアーノ姫の強気の姿勢は張りぼてですわね。気がつきにくいですけど、姫が苦手とすることに対して、あの侍女がしゃしゃりでてきて不快でしたわ。おかげでそれがわかりましたけども」
甘酸っぱいベリーを食べたあとは、やはり一度口の中をリセットしなきゃ、とお茶を飲む。
「シャナリーゼ様。ご一緒に行きませんこと?」
「嫌です」
行儀は悪いが、カップがまだ口の近くにあるのに返事をする。
「ああ、せっかく無関心そうなところで『ついうっかり』な了解をとろうか、と思っておりましたのに」
「ちゃんと聞いておりましたわ」
「パンプキンパイはお気に召されまして? 我が家の料理長の得意料理ですの」
「とっても」
にっこり笑えば、エシャル様も「よかったですわ」と微笑む。
でもすぐに残念そうに肩の力を落とす。
「料理長のパイでもダメでしたのね。もっと考えますわ」
「食べ物でわたくしをつらないでくださいませ」
おいしいですけど、と笑えば、エシャル様はわざとらしく顎に人差し指を添えて首を傾げる。
「では何がよろしいかしら?」
まだまだわたくしを『つる』気でいらっしゃるようだ。
「エシャル様。わたくし今回は協力してあげられませんわ。静かに、そして早く帰国できることを祈っておりますの」
「そうはおっしゃっても、あちらもシャナリーゼ様が行方不明になってお探し中らしいですわよ」
「え?」
パチッと目がを開いて固まれば、エシャル様は首を傾げたまま何でもないように言う。
「一応、途中までは追ってきたようですけど、まかれたようですわ。あのアンバーという兵士のおかげですわね。サイラス様が褒めていらしてました」
「そ、そんなこと聞いていませんわ」
「ご心配かけたくなかったのですわね。尾行者はサイラス様の手の者が始末したようですけど、アンバーは彼もまいてしまったようです」
「まあ。案外優秀なのね、アンバーは」
「ですわ~。兄も退職届を保留にしたかったと言っておりました」
アンバーの隠れた才能を褒めつつも、エシャル様の悩む顔から相手の追跡がその後どうなったのか気になる。
「……わたくしに一体何のようでしょうね。文句があるなら、堂々といらしたらいいのに」
「ふふふ。勇ましいですわ、シャナリーゼ様。
でも、理由は簡単ですの。あちらはシャナリーゼ様が怖いんですわ」
エシャル様がやっと微笑んで顔を傾けるのを止めたのに、今度はわたくしの顔が歪む。
「……わたくし、色恋沙汰の悪評しかありませんけど?」
「でも、そのおかげで強力な人脈の伝手がたくさんございますでしょう?シャナリーゼ様はお使いならないかもしれませんけど、相手はそんなこと知りませんので、どこでどうやって使われるのかと心配なのですわ。――最強札は我が国の方々でしょうけど」
言われてみて思い出す。
・ライルラドの皇太子のライアン様(そういえば立場的に我が国の№2)。
・侯爵家のセイド様――を筆頭に一族を操れそうなレイン(天然最強の人たらし)。
・商人に抜群の伝手を持つ一族の宝、マニエ様(と、もれなくエンバ子爵と護衛犬達)。
・イリスの旦那様。彼は軍上層部の生真面目軍人。イリス曰く『鬼』という仇名があるらしい(結構本気で)。
・昔のいざこざでかかわったお友達数人――辺境伯の後妻になった方がいたわね。あと、武器商人と恋愛結婚した方も……。
・ジロンド家の家族は絶対の味方だけど、お付き合いさせてもらっている方々が幅広いらしい。ティナリアなんて、愛らし過ぎてやっかみどころか『親衛隊』みたいなお嬢様方に守られている。兄も騎士仲間にそれなりの方々がいるようだし。
――そうだわ。わたくしにも未公認だけどわたくしに憧れる子息子女の会のようなものがあったわね。ええ、親の会も……。
・ナリアネス……というよりビルビート侯爵家かしら? エシャル様が協力してくれるなら、ということだけど。
そして、エシャル様が言っていた『最強(凶)札』は、もちろんあの方々。
・イズーリ王妃様とマディウス皇太子殿下(沈黙の虎と龍ですわ)。
考えていたらふるっと体が震えた。
「……お、お二方以外にはあまり強力な方はいらっしゃらないかと」
「そうですか? でもライルラドのワーゴット公爵家お嬢様とお友達と伺いましたわ。あの方は、エデルデアの王族の方に輿入れなさるのでしょう?」
「お友達……とは思えませんが、エディーナ様はわたくしを利用しようとしているだけですわ」
「ふふふ。でしたらこちらも利用させてもらえばいいのですわ。その方経由で、メデルデアの王族へ連絡をとることだって可能ですもの」
一体どこからその情報を? と疑問に思ったが、聞いたら面倒そうなのでやめておく。
そこでエシャル様は話を中断し、パンプキンパイを一口食べておいしそうに顔をほころばせる。
でもお茶を飲んで一息つくと、またがっかりとした顔になった。
「長期戦になりそうですわぁ。でもあちらが先に仕掛けている状況ですので、長期戦になると不利ですわ。正直、シャナリーゼ様登場! クラスの衝撃展開がなければ、のらりくらりとかわされてしまいますわね」
なんですか、その登場……。
「それは無理ですわ。わたくしが出て行けば、王妃様がどう動かれるか怖いのです。前にとんでもない書類にサインさせられそうになりましたし」
実際拇印を押した、いえ、あれは強制だったのだけど結構な恐怖だった。ヤギに助けられたけど。
ミルクとクルミは元気かしら、とついでに考えてため息をつく。
いえ、別に心配しているわけじゃないの。ただなんとなく思っただけ。ため息はついで。
「わかりましたわ」
意を決したように、エシャル様は力強い目でうなずく。
「わたくし、王妃様にも皇太子殿下も逆らえない方を知っておりますの」
「え?」
「その方に一筆書いていただきます!!」
「ええ!?」
「シャナリーゼ様のお気持ちが変わらないうちに動きますわ! これで失礼いたします!
あ、あとから『なかったことに』なんてさせませんわ。お約束ですわよ!!」
ええ!? 何もお約束していませんわよ!
そう言ってわたくしの返事を聞かないうちに、エシャル様は振り返ることなく大急ぎで部屋を出て行った。
あのお二人も逆らえない方? 陛下かしら? でも上位貴族とはいえ、令嬢が一筆書いていただくなんて――。
「『最強札』はエシャル様では?」
茫然とつぶやいたわたくしの声が、広い部屋の中でやけに大きく聞こえた。
読んでいただきありがとうございます。
エシャル様の暴走が始まりました。
ご褒美が魅力的すぎて、暴走しております。
気がつけば100話。 ありがとうございます。
途中いろいろあってとん挫してたりしましたが、エタルことなく書きたいと思います。
ストックなしで書いておりまして、週一更新がやっとです。申し訳ないです。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。