勘違いなさらないでっ! 【7】
また8500文字投下。本日もよろしくお願い致します。
「ねぇ、お姉様。この間の試合の話をリンディ様にしたら、ぜひ題材にしたいって。できたらこっそりでいいので、サイラス様お見受けしたいんですって。ダメかしら?」
「……」
わたくしはぼけーっと窓から外を見ていた。
あ、なんか庭師がせっせと植えてる。土壌改良してるって言ってたっけ。
「やっぱりダメかしら」
しょぼーんとうな垂れたティナリアに、わたくしはようやく気がついた。
「あら、ごめんなさい。サイラスを見たいんでしたっけ。それは無理よ。だってもう、わたくしだってお目にかかることはないわ」
「え!?」
仰天したティナリアに、わたくしはくすっと笑った。
「今日で何日経つか数えて御覧なさい。あのエージュとかいう部下すら来ないのよ?すでにご縁は切れたのよ」
「……そんなぁ。お姉様それでいいのですか?」
「いいわよ。いつもの日常に戻っただけよ」
ティナリアはどこか寂しげな表情のまま、黙って部屋を出て行った。
おかしいわね。しばらく鍛錬場にも通ってないから筋肉祭り終わったのかしら?それとも新たな題材探しが上手くいってないのかしら。
まさかサイラスに懐柔されすぎて、とうとう本気の恋をしたとか!?
それはいけないっとわたくしは立ち上がった。
「ティナリア!」
廊下に出たとたん、まだ遠くない彼女を呼び止めた。
つかつか大股に歩み寄ると、しっかりティナリアの肩を掴んで言い聞かせた。
「あなたサイラスに恋してるの?ダメよ、あんな腹黒エセ笑顔炸裂王子はやめなさい。題材にはもってこいかもしれないけど、現実を考えると苦労、疲労、精神消耗が目に見えるわ。絶対間違ってるからやめなさいね」
「何おっしゃってるの?お姉様」
「どうしてもって言うなら、そうね、誰がいいかしら。えーっと、んーっと……」
一生懸命考えてみるが、ダメだ。出合った人間が悪かった。ヘタレ、変態、手癖悪い、軽いといった人物しか出てこない。むしろこいつら全部書き出してリストにし、これ以外ならまず第一関門突破として推奨してやろうかしら。
「何度もいいますが、わたくしサイラス様に恋なんてしてませんわ。わたくしではあの方のお相手なんて、とても務まりません」
逆に心配されるように苦笑される。
「サイラス様は隣で微笑むだけの女性なんて望んでいらっしゃいませんわ。義務的な伴侶としてきっと優しくしてくださるでしょうけど、サイラス様はずっと仮面をかぶって過ごされるんでしょうね。それってとてもお辛いことだと思います」
わたくしはぽかんとしてティナリアを見ていた。
ちょっと前まで頭の中が筋肉祭りだったティナリアが、3回程しか会っていないサイラスを語っているのだ。
「サイラス様の本当のことなんて知りませんわ。でも、お姉様のことならわかります。ここ最近お姉様はとっても活き活きされてました。それがサイラス様への仕返しをしようとなさってのことだとしても、今までのような無理やりな表情じゃなく、ちゃんと怒ったり笑ったりしているのを見て、わたくしすごく嬉しかったんです。だから、今の、静かなお姉様を見てるのは、なんだか寂しいんです」
最後は消えるように小さく言った。
掴んでいた肩から手を離し、わたくしもティナリアと同じようにうつむいた。
「……でも仕方ないですわね、ご縁ですものね!お姉さまには、またすぐいいご縁が訪れますわ!」
ぱっと顔を上げてにこやかな笑顔を見せたティナリアに、わたくしは「そうね」とだけ答えた。
翌日兄がやってきた。
サイラスと試合をしてから、この兄もすっかり懐柔されている。
誰だ、男の友情は拳だと言った奴は!ライバルと家族愛は全くの別物でしょうが!
「サイラス様ならお前を任せられたのになぁ。お前も活き活きしていたのに」
まるで自分が振られたかのように、がっくりと肩を落として愚痴る。
まぁ、兄があの方に振られたら、多分こんなもんじゃすまない。怖くて想像したくない。
そんな兄を目を細めて見ていた。
「ティナといい、お兄様といい肩入れし過ぎですわ。わたくしの気持ちも考えてください」
「お前は恋愛感情が薄いんだから、周りが認めたほうが自覚しやすいだろう?」
「それ以上おっしゃるなら、お兄様モデルの禁書をあの方にお送りしますわよ?」
禁書とはもちろん、アレ。
最新作は知らないが、リンディ様ではない別の作者が兄をモデルにしたキャラで数量限定で出回っているものがある。もちろんこれは兄も知っていて、見つけ次第焼却している。
念のために言っておくが、騎士団はこういうネタになりやすく、兄以外も多数のモデル出演者がいるのは周知の事実だ。
「持っているのか!?出せ!」
顔を赤くし怒鳴る兄に、わたくしはしれっと答えた。
「今はございませんが、ツテはあります。それにあの1冊だけとは限りませんのよ」
複数あるぞとやんわり伝えると、兄の顔は赤から青になった。
「とにかく『殿下の御依頼』ではないのでしょう?お疲れでしょうから、もうお休みください」
殿下の御依頼という言葉に、兄はぴくりと反応して顔を歪めた。
「御依頼があっても、俺はもうお前に頼もうとは思っていない」
「あら、わたくしの手腕が落ちたとでも?」
「そうじゃない!」
急に声を荒げ、兄はテーブルを拳で叩いた。
「いくら殿下の為とはいえ、お前に諜報部員まがいのことをさせていたのを後悔している。依頼を1つ片付けるたびにお前が心を閉ざしていくのを、俺は見逃していたんだ!」
「それは誤解ですと何度も言ったではないですか。まぁ、諜報部員がてこずっていたんでわたくしが助けたのは事実ですが、おかげでいろいろな方の心情を学ぶいい機会でしたわ」
「そのせいでお前はなんと言われ、どうなった!」
「悪女、毒姫と言われて、すっかり地位を確立しましたわ。ついでに兄と妹の縁談の壁となっております」
にこっと笑えば、兄は片手で顔を覆って頭を振った。
「何かあれば殿下に助けてもらえるようにと、お前を殿下に紹介したのが間違いだった」
「間違いではありませんわ。おかげでリシャーヌ様や他にもお友達ができましたし」
ゆっくり恨めしそうに兄は顔を上げた。
「とにかく、御依頼は今後断るし、お前もそのつもりでいろ。今まで散々殿下のために働いたんだから、これからお前が幸せになる過程で何か問題があってもきっと助けてくださる」
「わたくしの幸せは自分で掴みます。やりたいことだってあるんですよ、だからもう少しそっとしておいてください」
このとおりです、とわたくしは座ったままではあったが、深く頭を下げた。
兄は諦めたようにふぅっとため息をつくと、そのまま立ち上がった。
「その幸せは家族が納得するものか?」
「少なくともわたくしは幸せです」
にこっと微笑めば、兄は「そうか」と少し笑って部屋を出て行った。
数日後、わたくしは奇妙な緊張感いっぱいで、ハートミル侯爵家のお茶会に参加した。
今日はレイン主催のお茶会とあったが、実はセイド様の従姉妹で皇太子妃のリシャーヌ様が本当の主催者だと聞かされては断れない。
「ようこそおいで下さいました」
慈愛の微笑みを浮かべた執事に出迎えられ、わたくしは引きつる口元の筋肉を押さえ込み、無表情を貫いた。
「本日は中庭の東屋にてお待ちです」
「そう」
そっけなく返すも、執事にメイド達はにこにこと、まぁ盛大に生温い歓迎をしてくれる。
青葉の茂る中庭の中央に東屋があった。その周りを囲むように色とりどりの数種類の大輪の花が植えられており、文字通り花に囲まれてのお茶会となるようだ。
「遅れて申し訳ありません」
時間よりは早く来たが、すでにリシャーヌ様が席に座っていたので膝を折った。
「あら、わたくしが早く来ただけよ。お久しぶりね、シャーリー」
セイド様の1才年下の従姉妹のリシャーヌ様は21才。2才年上の皇太子と仲睦まじく、非公式だが現在妊娠4ヶ月だ。安定期に入ってから発表するそうで、悪阻も軽く公務も事情を知る周囲が心配するほど軽々とこなしている。
「お体いかがですか?」
「食べ悪阻なのよ。城にいたらつい食べ過ぎてしまうから、今日は無理を言ってこちらでお茶会を開いてもらったのよ」
ふふっと微笑むリシャーヌ様は淡い波打つ金髪を緩く結上げ、ヘアネットでふんわり覆っている。大きな瞳はエメラルドグリーンで、少しふっくらした頬も肌も白い陶磁器のように滑らかだ。側にいるだけで落ち着く雰囲気を持つリシャーヌ様のご懐妊に、ライアン皇太子は今頃そわそわと心配して公務どころではないだろう。
メイドがお茶を用意すると、ごく自然とリシャーヌ様の愚痴タイムが始まった。
「悪阻は吐くもの、寝込むものだなんて思い込んでて、毎日すっぱいものや果物、そして寝室で寝るよう言われるのよ。わたくしが食べたいのはクッキーやしっとりしたケーキだと言っても、いや妊婦とはって語るの。食べ悪阻だから動かなくてはっていうのに、全く取り合ってくれないんだから」
だから今幸せよ、と何枚目かのチョコチップクッキーをぱくっと食べる。
「確かにハートミル侯爵家のお菓子は美味しいですわ」
「まぁ、やっぱり?」
「以前頂いたのですが、家族も大変気に入っておりました」
大量のお土産に一番喜んだのはティナリアだった。食べ過ぎて夕食が食べられず、うちの料理長を泣かせてしまった。
そんな話から公務の大変さ、妊娠を隠さなければならない辛さなどを聞いていると、ふとレインがそわそわしているのに気がついた。先程からリシャーヌ様に促されて相槌をうつものの、どこか上の空で座っているのだ。
わたくしはちょっとだけレインを睨んだ。
「レイン、あなた今日は砕けたお茶会をと言われても、いくらなんでもその態度はないわ。失礼よ」
「あ、あの……」
急に指摘したからか、レインはびくっと肩を震わせ小さくなった。
リシャーヌ様もわたくしを咎めなかったので、このまま言わせてもらう。
「ぽわんとした雰囲気は嫌いじゃないわ。でも、それはセイド様の前だけにして。親しき仲にも礼儀あり、よ。ましてや目上の方をお招きしているホストなのよ?」
決して強く言ったわけではなかったが、レインの目が潤んできた。
あら、言い過ぎたかしら?
自分では気づかないうちに口調がきつくなっていたのかも、とチラリとリシャーヌ様を見るが、彼女は困ったように軽く微笑んだまま何も言わない。
控えているメイド数人も黙っている。
「と、とにかく……」
居心地が悪いと話を切り上げようとした時だった。
急にレインが飛びついてきたのだ。
「レイン!?」
「ごめんなさい、シャーリー!どうかわたしを嫌いにならないでっ!」
涙を目にいっぱい溜めてレインが顔を上げた。
意味が分からず困惑してリシャーヌ様を見ると、残念そうな顔をして微笑されている。まるで「こまったちゃんね」と言わんばかりだ。ついでにメイド達も見れば、そこには「お可愛そうな若奥様!」といわんばかりに泣きそうな彼女達が、全身を震わせ立っていた。
……なにかしら。とっても嫌な予感がするデジャヴ。
「大好きよ、シャーリー!」
泣き出したレインを見て、ますますわたくしの顔に暗雲が立ち込める。
一体この子は何をしたのかしら?
ぎぎぎっと音が鳴りそうなくらい、ゆーっくり、リシャーヌ様を見る。
この場で様々な微笑をしているリシャーヌ様も、すでに一枚噛んでいるようだ。
「あ、あの……りしゃ」
「だめねぇ、レインは」
まるで「しかたのない子ねぇ」と甘やかすように、困り顔で微笑んでいた。
わたくしの第6感が告げた。
逃げろ、と。
だが、すでに遅かった。
「ダメだなぁ、お前の奥方は」
会いたくないナンバー1男の声だった。
「うちのレインは素直で純真なんだよ。天使が嘘をつけるわけない」
くっさい台詞を吐いたのは、会いたくないナンバー2男。
さぁっと顔色の変わるわたくしをよそに、リシャーヌ様は明るく声をかけた。
「あら、予定より早くてよ?」
「申し訳御座いません。うちのレインも限界のようですので」
固まるわたくしから、そっとレインを引き剥がすセイド様。
ほんのり頬の染まったレインが「ごめんなさい」と、今度はセイド様に謝っていた。それをセイド様は首を振って許した。そしてそのまま見詰め合う2人……って、好きにしててっ!!
問題はこっちだ。
おそらくわたくしの後方にいるであろう、腹黒エセ笑顔炸裂王子。
そぉっと目線だけで周囲を見れば、リシャーヌ様もこくんっと首をかしげて「ごめんなさい」と言っているし、メイド達はなぜか全員片手に拳を作り「頑張ってください」と言わんばかりに小刻みに振っている。
何を頑張れというのだ!
本当にろっくでもないことが起きるな、この侯爵家!!
けして口で言えない悪態を心の中でついた時、更に良くないことが起きた。
「お手数おかけしましたね。また後でお迎えにあがりますよ」
「お願いね」
腹黒エセ笑顔炸裂王子の王子様口調に鳥肌が立った。
無防備に固まったわたくしのわきの下に手を入れ、ひょいっと持ち上げると、そのままお姫様抱っこ……じゃなく、荷物のように肩に抱えたのだ。お腹に肩、目の前には背中がある。
「きゃああああああ!」
足が見えるじゃないよ、と羞恥で叫ぶ。
蹴るために一瞬出すのと、出し続けるのは意味が違うのよ。
「うるさい」
ぱしん、とあろうことかお尻を軽く叩かれた!
いぃやぁああああああああああ!!変態!
愕然としているわたくしの視界がくるりと回った。サイラスが歩き出したのだ。
「り、リシャーヌ様っ!」
手を伸ばせば、リシャーヌ様は手を振った。
「5時には戻らないとライアンに怒られるから、忘れないでね!」
何の心配ですか!?もちろんご自分の心配ですね!
サッと目線を反対に向けると、抱き合っているバカ夫婦がいた。
無駄だと思ったが、やはり無駄だった。
セイド様ったらレインを抱きしめたまま、器用にこっちに手を合わせてる。拝むんじゃない!
こぉの、バカ夫婦!いまに見てなさいよぉおおおおお!!
背中で怒りまくるわたくしに一切声をかけず、サイラスは歩き続けた。
中庭からテラスに入った時だった。
望みは薄いが、あの夫婦より望みがありそうな慈愛の微笑み執事がいた。
「呼ぶまで来るな」
「かしこまりました」
お前もかぁああああああ!!
深々と頭を下げる執事に、思わず残り少ない黒毛もさっさと白髪になってしまえと呪っておいた。
叶うことなら、セイド様には若ハゲの呪いをかけたい。いや、かける!
悔しさに歯を食いしばりながら、わたくしは侯爵邸の1室に連れて行かれた。
貞操の危機ってやつかしら。
全身エステスペシャルコースを受けたのは10日前だったわね……なーんて、わたくしったら何心配してるの!?わたくしの肌はいつでも完ぺきよ!……て、ちっがぁああうぅ!!
自問自答するわたくし。
「さぁ、たっぷり楽しめ」
初めてのわたくしが楽しむわけないじゃないのよっ!
楽しむのはあんたじゃないっ!しかも初めてが他人の家ってどういうことよっ!しかもリシャーヌ様もレイン達も、執事とメイドでさえ知ってるって、どんだけ公開羞恥プレイよ!!
我慢ならないわっ!
背中に手が添えられ、わたくしはゆっくり下ろされた。
今度こそ言ってやるわ!
わたくしはキッとまず部屋の中を睨んだ。
そしてそのまま振り返って、サイラスに悪態を思いつく限り言い放つ……予定だった。
……。
……何これ。
予想外の光景に、わたくしの怒りはどっかに吹っ飛んだ。
もこもこもこもこ、と部屋の中をふわっふわの毛に覆われたたくさんの小動物が動いている。
猫くらいの大きさで、太目の胴体に楕円の顔。不釣合いな大きな耳にも長い毛がふわふわなびいている。くりっとした黒い瞳に、ちょこんとついた黒い鼻。毛で見えないが手足はものすごく短いようだ。反対にしっぽはふんわり扇のように広がって大きい。
しかも2本足で立てる。
「みゃう」
いぃやぁあああああああああああ!!
かぁわぁいぃいいいいいいいいい!
その瞬間、わたくしの表情筋がぷっつんと切れた。
緩む緩む、これ以上ないくらい力が抜ける。口元、頬、目。足の筋肉すら緩んだ。
ぺたんとその場に力なく座り込めば、少し遠巻きにわたくしを見ていた白いもふもふ、茶色いもふもふ、黒いもふもふ、ブチのもふもふがそろりそろりと近づいてきて、膨らんだドレスの裾にそっと這い上がってくる。
「ウィコットというイズーリの珍獣だ。好奇心が強く、警戒心がないため乱獲されて減少したが、今は保護対象として飼育されている。ちなみに毛は高級品だ」
「毛!?」
ぎょっとしてサイラスを見上げると、彼はふっと笑みを浮かべた。
「安心しろ、皮じゃない。こいつら春と秋に毛が抜け変わるんだ。その時世話係がその毛を集めている。軽くて水を弾き、火にも強い。主に小物の飾り毛等に利用されている」
「すごいわ。たしかにこのサラッとした感触に、ふわふわ感。……あぁ、なんてかわいいの!」
思わず身悶えしてしまう。
「こいつらは頭はいいぞ。警戒心はないが」
「頭いいけど好奇心に勝てずに乱獲されたのね」
可愛そうに!と身近にいた白地に茶と黒の斑点があるブチウィコットを抱き上げ、そのまますりすりと頬擦りして堪能する。
そこに、ぱらぱらと何か小さな砂のようなものが降ってきた。
何かしら?と顔を上げると、上からサイラスが何かをわたくしにふりかけていた。
「何?」
きょとんとしていると、サイラスはにやっと意地悪い笑みを浮かべ、とんっと軽い足取りで一歩後ろに下がった。
……嫌な予感……。
「……みゃおぉお」
「んみぃ~、んみぃ~」
「うみゃおおおぉ!」
ふっさふさのしっぽと胴体をゆらゆら左右に揺らしたかと思ったら、ほとんどのウィコット達が飛びかかってきた!
「きゃあああああ!?」
引っかかれる?噛み付かれる?
驚いて身を縮めたわたくしだったが、痛い思いはしなかった。
それどころか顔や手はおろか、体中にウィコット達が鎮座してすりすりと体をこすり付けているのだ。
ぷっ!口に毛が!!
しかしこんなかわいいウィコット達を振り払うことなどできず、わたくしはすりすり気持ちいい~と堪能する一方で、ちょっと重いかも、何匹いるんだっけ、ついでに暑いわと葛藤していた。
「くっくっくっ、はーっはっはっ!」
サイラスの笑い声に、わたくしははっと我に返った。
「サイラス、あなたの、ぺっ(毛を出した)、仕業ねっ、ぺっ(毛を出した)」
「すごいぞ、お前。北国の王族もびっくりの全身毛皮コーディネイトだ!しかもウィコット。天然あったか素材だぞ。はーっはっはっはっ!」
見えないが、お腹を抱えて笑っているに違いない。
きぃいいい!やったわね!!
しかしいくら怒ろうと、わたくしにはこのもふもふ達を邪険に扱うことなどできない。
「今のはウィコットの大好物で、ストレス解消に用いるシュシュマの実の粉だ。少し酔っ払うくらいで害はない」
少量だったせいか、やがてウィコット達はゆっくりと群がるのをやめて部屋の中を走りに戻っていった。
「ぶははははっ!」
ウィコット達から解放されたわたくしを見て、サイラスが噴き出した。
ギロッと無言で睨んでいると、口元を押さえながら言った。
「毛が、全身に……あははっ!」
言われて全身を見下ろすと、紫色のドレスにウィコット達の長い毛が沢山ついている。白、茶、黒とさまざまだが、換毛期だったらしい。わたくしの髪にも、顔にもこそばゆい絹糸のような毛がたくさんついている。
とっても嬉しそうに笑うサイラスを見ていたら、悪態をつくより良いことを思いついた。
今日のサイラスの服は濃紺の上下。軽装だけど上質な布地を使っていて、装飾品はない。
お腹を押さえて笑っていたサイラスに、わたくしは気配を殺して静かに近づいた。
あと数歩というところで、サイラスは近づく私に気づいて顔を上げた。
「はは、どうした?」
と、聞いたもののすぐに何か察知したらしい。
さっと笑みを消し、やや顔を引きつりながらじりっと後退する。
「……何をする気だ」
わたくしは毛だらけの顔のまま、分かりづらいだろうが微笑んだ。
「あら、楽しめといったではないですか」
「いや、言ったが……」
そう言いかけてサイラスは気づいた。
さっと距離をとろうとしたが、そうはさせるかっ!
がしっとサイラスの服を掴むと、そのまま全体重をかけて圧し掛かった。まさに馬乗り。
「ほほっ、さぁ楽しませてくださいね」
引きつりながら倒れているサイラスに、わたくしは恥も何も捨てて体を、というか毛を擦り付けてやった。とくに顔には念入りに。
暴れようとしたが、さすがに本気の抵抗はできないようで、これ幸いとわたくしが頬に頬擦りしてやればぴたりと抵抗がおさまった。その隙に近くに近寄ってきた茶色いウィコットを捕まえて、ごしごしと直接顔にくっつけてやる。
人間の妙な行動に、周囲のウィコット達もだんだんと集まりシュシュマの実の粉がないにもかかわらず、わたくし達はウィコットに再び毛だらけにされた。
「換毛期、過ぎてなかったのか……ぺっ(毛を出した)」
「ふん、ぺっ(毛を出した)、自業自得ですわ」
「楽しめたか?ぺっ(毛を出した)」
「ええ、ぺっ(毛を出した)、面白いものも見れましたし」
以上、向かい合って床に座ったわたくし達の会話でした。
読んでいただきありがとうございました。
ティナリアのギャップをお楽しみいただけましたか?さて、今週はあと1回更新できそうです。