第六話
彼女は何を言ってるんだ? 赤のリリィ? いや、今ここにいるのは青のリリィのはずだ。まさか……道を間違えて元の小屋に戻ってしまったのか?
馬鹿な! いくらなんでもそんなヘマはしなしない。それに――。
「なっなにを言っているんだよ。君は青のリリィじゃないか! だってほら!」
俺は床に落ちた青い花を拾うとリリィの前に突き出した。青い花を髪に飾っていた。だから彼女は青のリリィのはずなんだ。
「町にいるとき。買い物にでると、いつも私は青のリリィと会っていたの。一緒にいる君がどんな感じかって話したわ。でも、やっぱり君は君で……。私達は時々入れ替わった。悪戯でやったわけじゃないの。君は……私達が入れ替わってたって気付かなかったでしょ? 私もどっちの君も、君なんだって思った。そして……町を出ようって君が言ったとき。私達は入れ替わっているときだった」
俺は言葉もなく彼女の話を聞いていた。まさか……2人が入れ替わっていたなんて。
「だからね……。どちらが生き残ってもやっぱり君なんだって。こんな……。こんな世界で死ぬのなんて怖くないんだって。君に言ってあげたかった」
「ごめん。俺……。ごめん」
それしか言えなくて。リリィを刺した剣を持ったまま。何度も俺は繰り返した。
「大丈夫。私は……こんな世界で死ぬのなんて、ちっとも怖くないから……」
「リリィ……」
「映画……行こうね」
彼女の身体が、ふっと、消えた。
俺は長い間その場で泣き崩れていた。でも、まだやらないといけないことがある。青い花を胸にしまうと、剣を鞘におさめ小屋を出る。
森の中じゃなく、道を歩いてリリィと住んでいた小屋に向かう。
俺の小屋と『俺』の小屋。そのちょうと中間地点で足を止めた。剣を鞘から抜いて構える。目の前の『俺』も同じように剣を構えていた。
俺達は互いに向け駆け、衝突する寸前、剣を薙ぐ。『俺』も同じ動き。駆け抜けた後、俺の胸から鮮血が噴出した。致命傷じゃない。だったら回復アイテムで傷は治る。俺達はアイテムを使い傷を癒した。
また駆けぶつかる。だが何度やっても同じ。お互い致命傷を与えられず勝負が付かない。今より踏み込めば確かに相手に致命傷を与えられるだろうけど、自分も同じ傷を受ける。やっぱり自分との戦いは相打ちにしかならないのか。他の奴らはどうやって決着をつけたって言うんだ。
お互いの剣が相手の腕を切り飛ばし、頬を削ぐ。お互いの剣が相手に同じだけのダメージを与え続け、同じタイミングで回復アイテム。失った腕が元通りになり、顔の傷が消える。
一か八か特殊攻撃。タメが必要なので隙が出来る。だが通常攻撃でチマチマやっていても勝負がつかない。『俺』も同時にタメに入る。
爆炎龍波。剣から出現した火龍は俺の周囲を渦を巻きながらすべてを燃やし尽くしていく。俺と『俺』との中心地点で2匹の龍はぶつかり更なる爆発を引き起こす。その中に飛び込んだ。
目の前に『俺』の顔。俺と同じく炎に飛び込んだ奴の顔は瞬時に醜く焼け爛れていた。俺の顔も同じようなもんだろう。首を狙って剣を突き出す。『俺』の剣が首をかすめる。場所を入替えて改めて向き合う。『俺』の首からも血が流れていた。
回復アイテム。全快。すべての傷が癒される。
大技も駄目か。するとむしろ隙の無い通常攻撃で、相手に回復アイテムを使わせる暇を与えず連撃を与えるべきか。
再度ぶつかった俺と『俺』の剣は、瞬く間に互いを傷付けていく。腕から血が噴出し、相手の剣を柄で受け指が2本地面に転がり落ちた。でも、同じダメージ。このままじゃやっぱり相打ちになってしまう。本当に、他の奴らはどうやって勝負がついたんだ?
不意に、がくっと膝が崩れた。足元に枝。それを踏み、足をとられたのだ。
ここぞとばかりに『俺』が渾身の力で剣を振り下ろす。何とか剣を横にし防いだものの体勢を崩していた俺は、仰向けに倒れ込んだ。ただの偶然で勝負が付く。自分との戦いなんて所詮こんなものなのか。
俺の胸を狙い『俺』が剣を突き出す。俺も下から『俺』に向け剣を突き出すが間に合わない。負けた。
リリィ。ごめん。俺は君と映画に行けなかったよ……。
剣が胸に突き刺さり、血が剣を伝って滴り落ちてくる。その血は俺の手、腕へと流れ、さらに身体を濡らしていく。『俺』の剣は……俺に届いていなかった。
思わず『俺』の目を見つめたが『俺』の視線は俺には向いていなかった。その視線の先に俺も目を向けると、青い花。青いリリィの象徴。『俺』が守ろうとしたもの。倒れたときに俺の胸からこぼれ落ちたらしい。『俺』はそれに目を奪われ、動きを止めたのか。
ゆっくりと俺へと顔を向け『俺』は苦笑した。
「枝に足をとられてこけるなんて、この間抜け……」
「お前にだけは言われたくない」
「確かに……な」
そう言いながら『俺』はさらに苦笑を深くした。
「映画……。行きたかったんだけどな」
「心配するな。お前も俺だ」
「そうか?」
「そうだ」
「リリィは、どっちのリリィなんだろうな。青いリリィだといいな……」
「どっちだろうと、リリィはリリィだ」
自分同士の会話。同じ考えをするはずが、現実世界に戻れる者。消え去る者。その違いが、違う言葉を吐き出させる。
俺が突き出した剣に支えられるように立っていた『俺』が、青い花に指の欠けた手を伸ばす。バランスを崩し俺の上に倒れ込み、さらに手を伸ばして青い花を掴んだ。
その瞬間――『俺』の身体が、消えた。
その後に、赤い花が残されていた。