第五話
俺はリリィを守るんだ。だからリリィを殺さなきゃ。俺は何を言ってるんだ? 支離滅裂じゃないか。俺は狂っているのか? いや違う。狂ってなんていやしない。狂っているのはこの世界だ。
俺は夜の森を駆けていた。
「少し夜風に当たってくるよ」
「大丈夫なの? 危険じゃない?」
普段リリィを1人にしない俺の行動に、彼女は首を傾げていたけど、大丈夫だよ。すぐ戻る。と小屋を出た。
青のリリィを殺す。そのため暗い森の中を走る。青のリリィが。もう1人の『俺』がどこにいるかは分かっている。
町にいるとき、俺達はそれぞれの町の端と端にいた。そこから町を出たら何処に小屋を建てるか。自分だったらどうするか。それを考えればいいだけの話なのだ。
小屋には『俺』と青のリリィがいるはずだ。1対2の戦いになる。『俺』だけでも互角なんだ。まともに戦っては負ける。だから森の中を進んでいる。
その小屋まで道がないわけじゃないけど、1対2で勝つには奇襲しかない。見つからないように深い森に挟まれた道の右側の茂みに入り込んで駆けているのだ。もっともなにせ相手は『俺』だ。奇襲を察知している可能性もある。俺と同じ考えをする奴ならば。
しまった!
思わず、奇襲だということも忘れて叫びそうになる。なんてことだ。こんな単純なことに気付かないなんて! 懸命に足を動かす。早く小屋にたどり着かなければ。早く青のリリィを殺さなければ。赤のリリィが、俺のリリィが殺される前に。
俺が青のリリィを殺そうと考えたなら『俺』も赤のリリィを殺そうと考えてもおかしくはないのだ。
道はもう半場を過ぎている。今から戻ってリリィを守ろうとしても間に合わない。ならば先に殺すしか道はない。
相打ちなら。同時に死ぬのならやり直しかも知れない。でも、時間に差があれば後から死んだ方が現実世界に戻れるはずだ。
俺達は道の右の森に入って進む。。共にそう考えたから鉢合わせなかった。でも、左右の森はまったく同じ地形って訳じゃない。まったく同時に小屋に到着する訳じゃないだろう。多少の時間差は出るはずだ。
一分でも一秒でも早くリリィを殺す。なのに身体が動くのがとても遅く感じる。早く。早くリリィの元へ。リリィ。リリィ。君を殺さないと、君が死んでしまう。早く君に会わなければ。力の限り駆ける。走る。
やっと、前方に微かな光が見えてきた。あそこにリリィがいるのだ。夜風に当たりにでた俺の帰りを待っている。
駆け続けた俺は、その勢いのまま扉を開けた。躊躇している暇はない。一瞬でも早くリリィを殺さないといけないのだ。
「どうしたの? 遅かったじゃな――え?」
俺の剣が、リリィの腹部を刺し貫いていた。その衝撃で髪を飾っている青い花が床に落ちた。リリィは状況が飲み込めないのか不思議そうな顔で俺も見ている。
「あれ? どうし……て?」
俺の剣に刺し貫かれたまま、彼女はやっぱり不思議そうにしている。
「ごめん。ごめんなさい。でも……こうしないと、リリィが、赤のリリィが現実世界に戻れないんだ。だから……ごめん」
リリィの腹部から流れる血が剣を伝い俺の手を赤く濡らしていく。俺の目から涙があふれ。剣を持つ手に落ち、俺の涙と彼女の血が混じりあう。
「そっか……。君は……私といた君じゃないんだね……」
困ったふうな瞳で見つめてくる彼女に小さく頷く。
「じゃあ、もしかして私といた君は、君といた私を……?」
「……たぶん」
「そっか……」
致命傷を受けてもすぐにゲーム内から消えるわけじゃない。僅かながら時間がある。その時を使ってリリィは俺に語りかけてくる。
「でも、困ったな……」
「なに……が?」
「私……赤のリリィよ」