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第四話

 その娘のどこが好きなんだろう?


 外見? 可愛いから? だけどさすがに世界一可愛いって訳じゃない。もっと可愛い娘はどこかにいるのだ。世界一可愛い娘が目の前に現れたら、途端に世界一可愛い娘の方を好きになるの?


 性格? 確かに明るく優しいけど、世界一明るく優しいって訳じゃない。もっと明るく優しい娘はどこかにいるのだ。


 相性? 好みの問題? それとも運命の赤い糸?


 確かにそうかもしれない。みんな世界一じゃない人を好きになって幸せになっている。


 でも、それじゃあ、そのすべてが同じ女の子が居たらどちらを好きになる?

 どちらなら――。


 俺とリリィは今町の外の小さな小屋の中にいた。モンスターを狩りに出て夜営するときのためのアイテムだ。

 現実世界の間取りでいえば12畳ぐらいで、2人なら十分な広さだ。


 どうして俺達はこんなところにいるかというと、町が壊滅したからだ。町に出没した殺人鬼によって。いや、町にいたユーザ全員が殺人鬼と化したのだ。


 どうやらはじめは、やっぱり現実世界では犯罪になる殺人をやってみたかったって奴らの仕業だったらしい。


 それが1人、また1人と殺られていくうちに、脅えた人達が自営のために徒党を組み始めた。しかしその集団の本質は恐怖心による防衛本能。それが集団になって力を得たことにより、逆に暴走しだしたのだ。


「今俺の後ろに立っただろ!」

 そう叫び、ただそれだけの事で他のユーザを数人がかりで殺していく。その彼らに対抗する為、また別の集団が出来る。


 次には集団同士の殺し合い。そして勝ったほうの集団は疑心暗鬼から分裂し、また集団同士で殺しあうのだ。


 その最後がどうなったかまでは知らない。最後の1人になるまで殺しあったのか。それとも分裂し町を出たのかも。身の危険を感じた俺とリリィは早々に町を離れたからだ。


 町を出る時、何か未練があるらしくリリィは渋ったけど、さすがに危険だと強引に町の外に連れ出した。そしてこの小屋に2人で住んでいるのだ。


 俺とリリィは狂わずにいれた。俺は普通の高校生だ。人並みはずれた精神力なんて持ち合わせちゃいない。物事を冷静に判断できる知性ってのも持っちゃいない。


 俺なんか真っ先に狂っていてもおかしくなかった。でも、俺にはリリィがいたのだ。信じられる存在。自分よりも大切な存在。彼女がいるから俺は狂わずにいれる。


 そしてリリィが狂わずにいてくれる事が、とても嬉しかった。彼女の支えになれている。そう思うと狂ってんていられない。


 俺達はどこに行くのにも2人で行動した。万一町から出てきた殺人鬼達に遭遇したら危険だからだ。


「大丈夫よ。これくらい」

 小屋の近くを流れる川へ水を汲みに行くときリリィはそういったけど、やっぱりついていった。


「でも、もし誰かと遭遇したら危ないだろ?」

「それはそうかも知れないけど、小屋からここまでって10メートルもないのよ?」


 リリィはちょっと呆れた顔をしている。確かに改めてそう言われると、神経質過ぎかもしれないけど、何せ今は状況が状況だ。少しの油断もならない。


「そりゃ、ちょっと過敏かも知れないけど、何かあってからじゃ遅いだろ?」

「それはまあ、そうなんだけど……」

「俺は必ずリリィを最後まで守ってみせる。だから出来るだけの事はしたいんだ」


 この世界に閉じ込められてゲーム時間ですでに2ヶ月。以前だったら恥ずかしくて言えなかった台詞もはっきりと言えるようになった。むしろリリィの方が顔を赤くして

「あ。ありがとう」

 と、指で頬をポリポリとかいている。その様子に俺は思わず微笑む。


「何笑ってるのよ!」

 照れ隠しのつもりなのかリリィはそっぽを向いたけど、やっぱり俺はまた笑ってしまった。


 町ならNPCからアイテムや食料を買えるけど、町に行くのは危険なので自給自足をするしかない。幸い森の中は鳥や魚や獣がいっぱいで狩りには困らない。このゲームは最低1日1回は食事をとらないとHPが減ってしまう。食事をとる必要がある。HPを回復させるアイテムは持っているけど、いつか戦う時のため、それは取っておきたい。


 逆に言えば食事は1日1回で良いんだけど、俺達は朝、昼、晩と3回食事を取っていた。食べる以外他に楽しみがないっていうのもあるけど、出来るだけ現実世界の生活に近づけたかったのだ。


 夜になると、1枚の毛布に2人でくるまって寝る。


 この世界にも月の満ち欠けはある。今日は朔で月のない夜。でも、その分明るい星の光が窓からさし、リリィの寝顔と枯れることのない髪を飾る赤い花を照らす。


 俺はもう随分と長い間眠っていなかった。寝なければ神経が持たない。それは分かっていても、もし襲撃されリリィの身にもしものことがあればと思うと眠る気になれないのだ。


 たとえ睡眠を「敏感」設定にしていても、安心できない。


 俺の胸の中でリリィは静かに眠っている。「敏感」設定で寝ている彼女を起さないようにまったく身じろぎもせず、朝まで彼女の寝顔を眺め続ける。

 見飽きることなんてありはしない。


 リリィは俺のすべてだ。彼女がいるから俺はこの世界で今まで耐えてこれた。彼女の存在が俺に安らぎを与えてくれた。こんな世界でも俺は笑うことが出来る。彼女を守る。必ず。彼女を生きて現実世界に帰すのだ。それが俺がやならければならないこと。俺の使命。命よりの大切なリリィ。


 だから彼女を――殺さなきゃいけない。青のリリィを殺さなきゃいけないんだ。


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