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第三話

 結局あの後、なかなか戦う踏ん切りがつかずゲーム内時間で1ヶ月近くもセーフティーエリアである町の中にいる。


 1ヶ月もよくと思うかも知れないけど、実際命がかかっていると思うとそうそう決断できるものじゃない。

 もっともラックスはあっさりとしたもので、翌日には町を出て自分と戦ったらしい。


 らしいというのは、町の外に出たのは分かってるけど実際に戦うところを見たわけじゃないからだ。当然2人のラックスのどちらが勝ったのかも分からない。


 戦う奴らは早々に戦ったけど、すぐに戦わない奴らは俺と同じようにこの戦いの恐ろしさが分かっている奴らだ。そう簡単には戦わない。


 しかしゲーム内時間で1ヶ月を過ぎた頃、ころじゃいつまでたっても勝負が付かないかと判断したのか、運営が町中もバトルフィールドに変えるとアナウンスしてきたのだ。

 ゲーム内時間で1ヶ月といっても現実では5、6分程度のはずなのに気の短い奴らだ。


 町中で顔を合わせれば殺し合いが始まる。

 それでも戦う決断をしかねていた俺達と『俺達』は、お互い町の端と端に宿をとっていた。


 今リリィは町の中心部に食べ物を買いに行っている。俺が町に出て、もし『俺』と顔を合わせたら戦いになるんじゃないかと心配して彼女が買出しに行くのだ。


「良かったわ」

 リリィは帰ってくると、開口一番そう言って安心したようすで微笑んだ。髪には相変わらず赤い花が飾られている。さすがゲーム世界の花だ。いつまでたっても枯れることがないのだ。


 何が良かったのかは聞かなくても分かる。

 もしかして俺が『俺』に戦いを挑みに行くんじゃないかと心配して、俺が部屋に居ることに安心したのだ。


「大丈夫だって。必ず勝てる状況じゃなきゃ戦わないよ」

 その言葉にリリィの表情が曇る。彼女は俺が戦うこと自体を心配している。だから必ず勝てるっていう台詞が彼女を安心させるものじゃないのは分かっているけど、さすがに永遠に戦わないわけにも行かないのだから仕方がない。


「それよりも例の噂。なにかあった?」


「ええ……。また1人」

「そうか……」


 噂というのは、なんと殺人鬼が出るって噂だ。もちろんゲームなのだから、ユーザキャラ同士で戦う事もある。でも今は非常事態。特にこの状況ではユーザキャラを倒すのは実質殺人と同じこと。今この世界に残っているのはそれが分かっている奴らばかりのはずなのだ。


 それを2つに分かれた自分以外のユーザキャラを倒す。いや殺す奴らが出没したのだ。


 この環境に耐え切れず精神を病んだ奴の仕業とか、現実世界では犯罪になる殺人を、この世界なら罪に問われないからとやっているとか、はてはレアアイテムを報酬にもう1人の自分を殺して欲しいと依頼を受けた殺し屋っていう話もある。


「それで、やっぱり複数の奴らの仕業なのか?」

「ええ。そうみたい。1対5人くらいで戦っているのを見た人がいるんだって」

「うーん。倒されたら死ぬのは自分も同じだしな。絶対に勝てる状況じゃなきゃそいつらも戦わないか」

「そうね……」


 しかしそうなると厄介だな。俺も弱いほうじゃないけどさすがに1対5じゃ勝てない。リリィを入れれば2対5だけど、それでも勝つのは難しいだろう。それにリリィを危ない目にあわせたくもない。


「とにかく、そいつらは夜に出没するんだろ? 夜は絶対に出歩かないようにしよう。もしここを襲ってきたらその時は俺が絶対にリリィを守るよ!」


「ありがとう」

 思わず熱く言ってしまったが、リリィは微笑んでこたえてくれた。その後食べ物をテーブルに並べて2人で食事をする。ゲーム世界とはいえ、デートもしていないのに同棲のような生活に戸惑ってしまうこともある。もちろん身体はゲームキャラなので何があるっていう訳じゃないんだけどね。


 夜になるとお互いのベッドに横になる。寝なくても身体的に疲れるってことはないんだけど、さすがに精神的に参ってしまう。それに睡眠設定を「敏感」にしておけば少しの物音で目を覚ますことができる。戸締りをちゃんとして武器を手元に置いておけば奇襲されても大丈夫だ。敵が戸を突破する音で目を覚ましてすぐに迎撃できる。寝ぼけるってこともないからだ。


「起きてる?」

 俺がいつものように寝ていると、突然リリィが声をかけてきた。


 寝ていたんだけど「敏感」設定のおかげですぐに目を覚まし、寝ぼけていないはっきりとした声で

「起きてたよ」

 と答えた。まあ、これくらいの嘘はいいだろう。


「でも、どうしたの?」

 俺の問いかけに彼女は少し身じろぎしたけど返事はない。どうしたんだろう? と再度声をかけようかと考え始めたころ、彼女はポツリと口を開いた。


「そっち……行ってもいい?」

「え?」


 びっくりして問い返した俺に、さっきよりも少し大きな声でまた彼女はぽつりと言った。

「そっち。行ってもいい?」

「え。あ、うん」


 戸惑いながら答えると、リリィは自分のベッドから起き上がり俺のベッドの傍にやってきた。そして俺の横にもぐり込む。


 リリィの顔が近い。窓から入る月明かりに照らされその顔が白く浮かんで見える。光を反射しその瞳は輝いて見えた。


「私を守るって言ってくれたの、嬉しかった」


「リリィ……」

 思わず抱きしめそうになり彼女の腰に手を伸ばした。でも手が触れた瞬間、彼女に拒絶されたらと思い情けないことに身体が固まってしまったのだ。


 幸いにも彼女は嫌がらないみたいだけど、それ以上動く勇気もなく中途半端な姿勢で硬直していると、不意に俺の腰に柔らかいものが触れた。


「いいよ」

 そう言ってリリィは、俺なんかよりはるかに大胆にさらに俺の背中にまで手を進ませてきたのだ。


 俺も勇気を振り絞ってリリィの背に手を回してその身体を抱き寄せた。ゲームキャラの身体とは思えないほど暖かく、そしてやわらかい。


「リリィ」

 呟くと彼女の顔に自分の顔を重ねていく。ドキドキと胸が高鳴る。俺の唇が彼女の小さな唇に近づいていく。もう少しで唇が重なる。そう思ったとき俺は目を閉じた。唇に何かが触れる。


「それはだ~め」

 その声に目を開けると、俺の唇を2本の指で押さえた彼女の悪戯っぽい笑みが目に入った。


「え~と。でも……」

 普通、ここまできたらキスもOKじゃないのか?

 そう戸惑っていると、リリィは俺の胸に顔を埋めてきた。


「映画を見るときに、君がゲームの中と同じだったら考えてあげる」


 え~~! いや、だから俺は日本人だって! このゲームのショウは金髪碧眼だろ? 同じ訳ないじゃん!


「いや、それはちょっと……」

「だ~め」

「そっそれに、ほら、ここってゲームの世界だし、ちょっとぐらい羽目を外してもいいかな~って」

「あ。そういう考え方嫌い。ゲームでもしたくない人とはしたくないもん」

「そりゃ、そうかも知れないけど……」

「とにかくだ~め」

「いや、だから……」


 俺が何を言おうとリリィは「だ~め」と言うばかり。しまいには俺の胸の中でクスクスという笑い声まで聞こえてきた。観念して諦めた俺は、じゃあそれならばと彼女を強く抱きしめた。


「これはいいんだよね?」

「ええ。いいわよ」

 そう言うとリリィも俺の背に回した手で、強く抱きしめ返してきた。


 2人とも、朝まで眠らなかった。

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