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第二話

 数人の。いや、数組というべきか。

 早速自分同士で戦う為に町の外に出た奴らがいた。


 そいつらは負けた方の意識はダウンロードされないって事が死ぬのと同じ事だって分かっていないのか?

 それとも分かっていて、どうせ同じ自分なんだからと割り切っているのか?


 俺はそういうふうには考えられない。『俺』もそう考えているのか鋭い視線を俺に投げかけてくる。もちろん俺だって同じように『俺』を睨んでいる。死にたくなければ殺さないといけない相手。比喩ではなく事実それしか俺が生き残る道はない。


 あの後、運営から新たにアナウンスがあった。


『自分との戦いは長期戦になることも考えられます。通常のゲームスピードでは現実での時間もどれほどかかるか分かりません。ですが1万倍のゲームスピードなら、ゲーム内で1年戦っても現実での時間は1時間も経っておりません。皆様はじっくりと自分との戦いをお楽しみください』


 1年間も自分と戦い続けろだって? 冗談じゃない。いや、運営のやつらは俺達をただのゲームデータと考えているんだ。それがサーバの不具合で2つに分裂してしまったから、1つに絞ろう。その程度の考えなのだ。


 人の命を弄びやがって! 怒りに目が眩みそうになる。これはたかがゲームなんだ。そう思い込もうとしても、やっぱり今こうして考え、激情にかられている俺。それが消えてなくなる。そう思うと、恐怖が襲ってくる。


 現実世界の学校に通う普通の高校生。その俺に、今感じていることは何一つ伝わらず。どこにも行かず。消えうせる。またメンテナンスが入れば、負けた方のデータなんてゴミデータとして消されるだろう。この世に俺が居たことなんてまったく跡形も無く消えうせるのだ。


 もしこの世に魂というものがあったとしても。来世というものがあったとしても。そんなもの何の希望にもなりやしない。ゲームデータに魂も来世もない。ぷつりとそこで唐突に終るのだ。いや、終わりですらない。


 終ったということすらどうせ感じることはない。待っているのは完全な無。その後もなく。その前もない。骨の一欠けらどころか、俺の存在など1ビットのデータすら残らない。


 生き残って、現実世界の俺に、俺の存在をダウンロードしなければ、俺という存在は跡形もなく消えるのだ。


「ふ、2人とも、なにをそんなに怖い顔をしているのよ」

 不意の声に顔を向けると、赤のリリィがぎこちない笑顔でこっちを見ていた。無理に笑顔を作って場をとりつくろうとしているみたいだ。


「ほらこっちに座って」

 という声に目をやると、青のリリィが『俺』をなだめいる。

 彼女は『俺』の腕を取ると、引きずるようにして椅子に座らせたが、その間も『俺』は俺を睨んだまま視線をそらさない。


「あなたも。ね?」

 赤のリリィもそう言って、俺の腕を取り『俺』が座ったテーブルから少し離れたテーブルにある椅子に座らせる。

 さすがにここで、話し合いなさいって言うほど空気が読めないわけじゃないか。何をどう話し合うとどちらかが死ななくては、殺さなくてはならないことに違いはないのだ。


「何か、飲み物をとってくるわね」


 リリィがカウンターに向かって歩いていくのを見送っていると、青のリリィも同じくカウンターに向かうのが見えた。不意にそれぞれのリリィがそれぞれの俺に振り返り、思わず目をそらして改めて『俺』に視線を向けると、『俺』と目が合った。


 俺とまったく同じ動き。やっぱり同じことを考えているというんだろうか。だとしたら、どちらが生き残っても大差ないのかも知れない。ふと、そういう考えが浮かぶ。でも、だったら向こうが死んでくれればよいのだ。


 やっぱり死ぬのは怖い。あなたと同じ事を考える人がいるからあなたには死んで欲しい。そういわれて納得する奴なんていやしない。俺がそう考えているんだから『俺』だって、同じ様に考えているはずなのだ。


 リリィは俺同士が殺し合うのを心配しているみたいだけど、こればっかりはどうしようもない。ずっとゲーム内で暮らすわけにもいかないんだから、避けては通れない道なのだ。


「まったくどうしたんだよ。怖い顔をして」


 突然の俺同士の睨み合いに、今まで呆気にとられていたラックスが隣に座ってきた。表情もあまり深刻そうじゃなく、まさしく、どうしたんだ? っていう感じで不思議そうにしている。俺と違いどうせ自分同士のどちらが生き残っても同じと考えているんだろう。それとも、事の重大さに気付いていないのか。


「いや。なんでもないよ。自分と戦うのって難しいんだろうなって思ってさ」


 この状況に気付かず恐怖を感じていないんなら、あえて怖がらせる必要も無い。俺が誤魔化すと、ラックスは、うんうんと頷いた。


「確かに自分と戦うのは難しそうだな。何せ能力は同じだし、作戦だって。結局相打ちになっちまうんじゃないか?」


 相打ちか……。相打ちになったらどうなるんだ? この戦いはどちらか1人に絞るためのもの。相打ちじゃ意味が無い。


 もしかして……相打ちはやり直し? しかも自分同士の戦いなら何度やっても相打ちの可能性もある。そうなると確かに運営がいうように長期戦だ。もしかして運営はこれが分かっていて、ゲーム内時間を1万倍にしたってことか?


 どちらかが生き残るための戦い。その一戦一戦にどれだけ精神をすり減らすんだろう。それを何度も繰り返す。決着がつくまで永遠に。実力は互角なのだ。一瞬の気の緩みが命取りとなる。気を抜けば死だ。いや、もしかすると相手も同じ時に気が緩むのかも知れない。そしたらやっぱり相打ち。じゃあ、どうすれば決着がつくというんだろう。


 死をかけての戦いを。しかも相打ちを繰り返す。俺は……気が狂わずにいられるだろうか。ゲーム内の俺の気が狂ったら……。現実世界の俺はどうなる? ゲーム内の狂った俺をダウンロードする。現実世界の俺は狂わずにいられるだろうか。ゲーム内でそういう経験をしたのだと、そう思うだけなんだろうか。


 現実世界の俺。俺の本体のはずの存在。それがなぜかとても遠いもののように感じる。学校に通い友達と遊び、先生の悪口を言って、家に帰ればゲームで遊ぶ。代わり映えの無い平和な日々。それが今の俺には、かすんで見えるほど遠い。


「お待たせ。どう? 落ち着いた?」


 飲み物を持ってきたリリィが、俺の前にそれを置きながら顔を覗き込むように目を向けてくる。やっぱり俺のさっきの様子をまだ心配しているみたいだ。彼女も自分の分の飲み物を前に椅子に座った。


「で。俺のは?」

 ラックスが、ん? っといった感じでリリィに人の悪い笑みを向けている。


「あ! ごめんなさい。すぐに取って来るから!」

「いやいや。いいって自分でいって来るよ」


 ラックスは手をひらひらと振ると、カウンターに向かう。その背を見ながらさっきまでの不安。恐怖も忘れ少し優越感に浸っていた。いや、そもそもリリィをラックスと取り合っていたって訳じゃないけど、彼女の意識がラックスより俺の方に向いているっていうのは嬉しいものだ。


 それにリリィとは一緒に映画を見に行く約束をしているのだ。何日も前から楽しみにして、夜も眠れないほどだったのだ。必ずこの世界を生きて抜け出してみせる。命をかけての戦いの報酬にしてはささやかなものかもしれない。でも、それでもとてもかけがえのない物に思える。

 この狂った世界に閉じ込められた俺達の、現実世界への唯一の絆。必ず、リリィと一緒にこの世界を抜け出すのだ。


 突然。背筋に冷たい針を刺されたような感覚が襲った。自分との殺し合いへの戦慄。運営への憎悪。それを意識したとき、俺の身体を頭は燃えるように熱くなった。抑えきれず噴出しそうになるほど。


 でも、今感じたこの感覚は、どこまでも冷たく。ゲーム世界にもかかわらず吐き気を感じるほどだった。体中に何かが這い回っているかのような、得体の知れない感覚。


 目を『俺』が座っているテーブルに移す。でも視線の先に居るのは『俺』じゃない。青のリリィを見ていた。髪を飾る花の色以外、俺の前にいるリリィとまったく同じ存在。


 赤のリリィと青のリリィ。どちらが生き残る?

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