第一話
俺は今、ミラーランドというVRMMORPGにはまっている。
このネットゲームは、人格移植型VRMMORPGというものに分類されている。人格移植型VRMMORPGが開発される前は、直結型というのがVRMMORPGの主流だった。
何が違うかというと、直結型は言葉通り人間の脳とゲームキャラを直結させるのだ。人間の脳が動かそうと思った通りにキャラが動く。
しかしこの方法には問題があった。ゲーム内時間を現実時間よりあまり早く出来ないのだ。
手を動かす。ただそれだけの事にも、人間の脳は複雑な信号を発している。それが2倍、3倍の速さで動かれては脳への負担が大きい。そのため、直結型VRMMORPGのゲーム内時間は現実時間とほとんど変えられない。
現実時間で丸一日ゲームをして、ゲーム内でも1日しか進まない。あまりにも展開が遅すぎるとユーザから不満が続出した。
そして開発されたのが人格移植型VRMMORPGだ。
これは、ログインしたユーザの人格をゲームサーバに移植し、その人格がそのままゲームキャラとなり、自分で考えて動く。当然手足を動かすのにユーザに負担はない。ゲーム内時間もサーバ性能によりいくらでも早く出来る。
ゲーム内で起こった事は、ログアウト時に『記憶』としてユーザの脳にダウンロードするのだ。
この人格移植型VRMMORPGの開発で、ゲーム内時間の遅さに敬遠していた人々を取り込み、VRMMORPGのユーザ数は飛躍的に増えた。
このミラーランドは、その人格移植型のVRMMORPGの中でもかなりお手軽な方だ。選べる職業も戦闘職と呼ばれるものの他に、戦闘が苦手な人も遊べるようにと生産職と呼ばれるものも多い。武器職人。防具職人に料理人、薬師などだ。中にはお菓子職人、洋服屋なんていうのもある。
それだけに他のVRMMORPGに比べて、女性ユーザも多い。なのでナンパ目的にこのゲームをやる男性ユーザも結構いる。
俺はそんな邪な動機でこのゲームを始めたんじゃないが、結果的に女の子と仲良くなるのはやぶさかではない。
今日もこのゲームで知り合って仲良くなった女性ユーザで白魔法使いの「リリィ」と、男性ユーザで射手《弓》の「ラックス」、そしてこの俺、重装騎士「ショウ」の3人でレベル上げに精を出していた。
まあ、防御力と体力がある重装騎士が戦い、射手が援護。白魔法使いが体力回復をするっていう標準的な編成だ。
以前は『技能』の組み合わせで、騎士&射手っていうのが流行っていたが、今では廃れている。武器は2種類まで持てて瞬時に持ち換える事が出来るんだが、ちょっと前までバグがあったのだ。
射手が矢を撃ち、敵に当たる前に矢より攻撃力の強い武器に持ち替えると、敵に当たった矢の攻撃力が持ち替えた武器のものになってしまっていたのだ。
そうなると当然、遠距離攻撃が出来て攻撃力も強い『剣弓』やら『斧弓』ばかりになった。しかし今ではそのバグも修正されたので、それも廃れている。
時々技法の組み合わせで、ゲームの開発者すら予想しなかったであろう効果が発揮される事があるが、今では基本的には騎士なら騎士、射手なら射手と、それぞれを極める者が主流なのだ。
その中でも魔法使いは、色々な技法を組み合わせるのがまだ主流ではあるんだけど。青白魔法使いとか、黒赤魔法使いとか。
ちなみにリリィは、さっき言ったとおり白魔法使いだ。白魔法使いは基本的に他のユーザの補助魔法が強く、攻撃魔法は弱い。
本拠地の町を出てフィールドに出た俺達は、雑魚ばかりのフィールドを越えて、レベル上げには手ごろな敵が出てくるフィールドにたどり着いた。なだらかな丘のあちこちに、巨大な芋虫やら獰猛な牛やらがたむろしている。
こいつらは、ある程度まで近寄ると攻撃を仕掛けてくる『アクティブ』と、こちらから攻撃を仕掛けないと向こうからも攻撃して来ない『ノンアクティブ』の2つに分かれる。
「さて。じゃあ始めるか。ここの敵は『ノンアク』ばかりだから簡単だろう」
「はーい」
「うーい」
俺達はモンスターを3人がかりで倒し、HP《体力》やMP《魔力》が無くなると、休んで回復を待った。これが『アクティブ』の敵ばかりのフィールドだったら、休むのも敵がいない場所まで移動しないといけないので面倒だ。
もちろんHPもMPも回復アイテムがあるんだが、使わずに済むなら温存したい。それらを使うのは、闘いながら回復する必要がある『ボス戦』などの場合だ。
「そう言えば、そろそろボスが『湧く』時間じゃないか?」
俺の言葉にラックスも頷いた。
「俺達がこのフィールドに来た時ボスは居なかったから誰かに倒されたところだったんだろう。そう考えるともうそろそろか」
ちなみに時間は『分かる』ようになっている。後、地図なんかも『分かる』し、アイテムは決められた数まで『しまう』事が出来ていつでも『取り出す』事が出来る。
「じゃあ、このケーキを食べて。後、これとこれも」
リリィが、数個のケーキを『取り出し』俺とラックスに渡した。
「ありがとう」
俺とラックスはそういってケーキを頬張る。
ボスと戦う前にわざわざ食べるんだから、もちろんただのケーキじゃない。それぞれ、攻撃力アップやら防御力アップやらのステータスを上昇させるアイテムだ。
「さ~~って。じゃあ、やっか!」
「おう!」
ケーキを食べ終わって言った俺の声にラックスがこたえ、リリィも立ち上がる。そして俺達はボスの『出現ポイント』へと向かった。
「いやー。今日はついてるな~」
ラックスが上機嫌で歩いている。俺達が倒したボスが『レア《貴重》』アイテムを出したのだ。ボスはたまにレアアイテムを出す。
誰が手に入れられるかは、そのボスを攻撃して、且つボスを倒した時点で生き残っていたユーザの誰かにランダムに与えられる。ボスを倒した瞬間アイテムが『入っている』のだ。
ちなみに、アイテムを受け取れるはずだった奴が、アイテムが『いっぱい』だった時は、誰も受け取れない事になる。なのでボス戦の前には、アイテムがいっぱいでないかを確認するのは必須事項だ。
万一それでアイテムを受け取れないと、パーティーメンバーから白い目で見られる事請け合いだ。
上機嫌で一人しゃべっているラックスをほって置いてリリィに小声で話しかけた。いつもならレアを手に入れそこなったと悔しがるところだが、今はそれどころじゃないのだ。
「それでさ……来週の事なんだけど大丈夫?」
「来週? 何かあったっけ?」
「え? 覚えてないの? 約束したじゃないか!」
予想外のリリィの返答に、あわてて、それでも小声で言った。
「ごめんごめん。ちゃんと覚えてるわよ。映画……でしょ?」
くそっ! ベタな手に引っかかってしまった。
しかし、まあいい。ついにリリィとゲームの外で会う約束を取り付けたのだ。
魔法使いの援護が無ければ、回復アイテムを湯水の如く使わないとボスと戦えない重装騎士の俺と、自分ではボスと戦う事すら出来ない白魔法使いのリリィはパーティーを組むことが多い。
そして今日の様に目的のフィールドへの道々で色々と話しているうちに、二人とも都内に住んでいる事が分かった。
さらに色々話すとリリィも俺も高校生という事も分かり、じゃあ一度映画でも見に行こうと誘ったのだ。
自分でも、何が「じゃあ」なのかと今思えば赤面してしまうけど、リリィは快くOKしてくれたのだ。
もちろんナンパ目的でこのゲームをやっていた訳じゃない。だからゲーム内で知り合った女の子と外で会うなんていうのも初めてだ。
毎日落ち着かず、リリィはどんな子なんだろ? とそればかり考えていた。
ゲームキャラのリリィは、茶色い肩まである髪で、小柄で、目は丸くて大きくてとても可愛い。
「キャラデザインは、実際の自分に似せて作ったの?」
そう聞いてみたことがあるけど、リリィは
「さあ、どうだろうね~」
と、はぐらかしてばかりだった。
そのくせ俺には、
「ショウは、ゲームのキャラと同じなんでしょ? あんまり違ってたら、私回れ右して帰っちゃうからね」
とにっこりと微笑みながら断言した。もっともたぶん冗談なんだろう。……冗談だと良いな。
だって俺の『ショウ』は、長身の金髪碧眼だぜ? そんな日本人いねえって。
そう抗議すると、リリィは俺の胸の辺りを、ポンっと軽く叩いた。どういう意味なのかは分からなかったけど、たぶん冗談で言ったって事なんだろう。
見るとリリィの右耳の上に赤い花が飾ってあった。
「あ? これ? さっき道端に咲いてあって綺麗だったから」
視線に気づいたのか、俺に花を向けるように首をかしげてリリィはそう微笑んだ。
町の前まで辿り着いた俺達は、向こうから別のパーティーがやってくるのを見つけた。同じ町を目指しているみたいだ。
だんだん近づいてくると、俺達と同じく3人パーティーなのが分かった。次に俺達と同じく重装騎士と射手、魔法使いのパーティーらしいという事が見て取れた。
そしてさらに近づくと……。重装騎士は俺と同じ顔で、射手はラックスと同じ顔。魔法使いはリリィと同じ顔だった。
俺達は愕然として、愕然とした顔の『俺達』と向かい合っていたのだ。
「「またバグかよ~~」」
短い茶髪、痩身のラックスが、ラックスと肩を組んでいる。2人のラックスの声が重なって聞こえる。
とりあえず俺達は町に入って飯屋の一角を占領した。
町に入るとそこはセーフティーエリアだ。モンスターも居ない。ちなみにユーザキャラ同士も戦えるが、それは町の外に限定されている。
どうやら『自分』と鉢合わせたのは俺達だけじゃなく、むしろ全ユーザに起こっているらしい。そこらでも、同じユーザキャラ同士がふざけあっている。
「「そういえば、今日はメンテ《メンテナンス》があるって聞いたな。運営が何かやらかしたか」」
「「でも、こういうのも楽しいじゃない」」
俺が『俺』とハモって言うと、リリィとリリィもハモってこたえる。よく見ると一人は赤い花を頭に飾っているが、もう一人は青い花を飾ってる。どうやら道端の花を綺麗と思って髪に飾ったのは同じだったけど、たまたま咲いていた花の色は違っていたって事か。
その赤のリリィと青のリリィは、手を取り合って笑っている。
まあ確かに楽しいかも。
「「そういえば、ちょっと戦ってみないか?」」
俺と『俺』はまたハモった。やっぱり考える事は同じか。
この手のゲームでは、やっぱりまったく同じ能力の敵と戦ってみたくなるもんだ。そう考える奴は多いらしく、自分と同じ力を再現するモンスターとかだせないか? って運営に要望を送ったって話も何度か聞いた。
しかし今は絶好の機会だ。自分ならまさに互角のはず。緊張感あふれた、しのぎを削る戦いになるはずだ。
俺と『俺』は席を立って飯屋の出口に向かった。
「イテっ!」
俺はつい、横にあった椅子に蹴躓いてしまった。
「何やってんだよ」
『俺』はそういって笑っている。
「ちょっとぶつかっただけだろ? 笑う事ないじゃないか」
「そりゃそうだろうけど。怒る様な事じゃないだろ?」
笑われた事に俺が不機嫌そうに言うと『俺』はそう宥めて来た。
「まあいいや。とにかく行こうか」
「そうだな」
「でも、もう晩いわよ。明日にしたら?」
赤のリリィが俺にそう言った。確かに俺達は、日が暮れたからレベル上げを切り上げて町に戻ったんだった。外はもう真っ暗だ。
「そうよ。明日にしましょう」
青のリリィが『俺』にそう言っている。
そこに頭に運営からのメッセージが響いた。
『ユーザの皆様、大変申し訳御座いません。本日メンテナンス中の地震により、不具合が生じております。本サーバとミラーサーバの同期がずれ、キャラクターが二重に存在する現象が発生しております』
「「あ~~やっぱりな~~」」
そこかしこでハモった声が上がっている。みんな同時に運営からのメッセージを聞いたらしい。運営からのメッセージはさらに続いた。
『キャラクター2人分の行動データをダウンロードするのは、ユーザに負担ととなります。その為、キャラクターを1キャラに絞る必要があります。そこで以前より皆様からご要望のあった、自分と同じ能力のキャラクターと戦うというイベントを開催したいと思います。皆さん『自分』と戦って下さい。勝利したキャラクターの行動データをユーザにダウンロードいたします』
「「へー面白そうじゃん」」
またあちこち声が上がった。面白そうなイベントだとみんな騒いでいる。俺も面白そうだと思った。
でも、そういえば、俺が負けたら俺は消えるのか?
あれ? 確かに今の俺はただのデータかも知れない。しかし実際、物を見て、考え、喋っている。それが……消える? 終る?
それって……死……じゃないのか?
愕然として、俺は『俺』を見た。俺と同じ事を考えたのか『俺』も俺を見ていた。
俺と……『俺』との殺し合いが、始まったのだ。