真っ赤な海と、冷たい風
ー レオンハード視点 ー
なんとおぞましいモンスターなのだ……!
真っ赤に染まった大型スライムは、私たちの姿を確認すると、体の一部を無数の触手のように伸ばし、こちらを捕らえようと襲いかかってきた。
「うわぁぁぁぁぁっ! たすけ、取り込まれる……っ!」
悲鳴に意識を向けると、別のパーティの冒険者が、腕を触手に巻き付かれ、赤い粘液の中へ引きずり込まれようとしていた。
「仲間の腕を離せッ!」
私が地を蹴り、スライムの触手を一閃して断ち切った、その瞬間だった。
『ギャアアアアアアアッ! レオンハードォ! やめてくれぇぇぇぇ!』
「……っ!?」
背筋が凍りついた。濁った水底から響くような不気味な音だったが、耳に馴染んだその声は、間違いなく音信不通になっていたBランク冒険者・ジーグの声だった。
よく見ると、赤いスライムの半透明な腹の中に、半分溶けかかったジーグらしき姿が浮かんでいる。……私の斬撃に呼応して、彼が叫んだのだ。
どこまで悪辣なモンスターなんだ……!
「皆! 攻撃は控えて回避に専念してくれ! スライムの中に、仲間たちが捕らわれている!!」
「か、回避しろって、捕まれたらどうしたらいいんです……!?」
ボウマンが盾を構えながら、混乱した声を上げる。
「斬るのは駄目だ! 武器の腹で弾くようにするんだ! そのまま一度後退してくれ!!」
どうしたらいい!? どうしたら、あの粘液の中から皆を傷つけずに救い出せる!?
パニックになりかけた私の横に、いつの間にかツバキ殿が並んでいた。
「おい、レオンハード? なにをモタモタしているんだ? お前なら簡単に討伐できるだろう」
全く理解できないという風な、平坦な声だった。
「見て分からないのか! 仲間がモンスターに捕らわれているんだぞ! 攻撃などできるはずがない!」
私が声を荒らげると、ツバキ殿は心底呆れたような目で私を見返した。
「しっかりしろ。あれはもう『死体』だ」
ガツン、と。重いハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
そんなことない! まだ声を出している! 助けられる道はきっと……!
だが、その一瞬の躊躇が致命的な油断となった。
足元から這い寄っていた別の触手が、私の足を強く捕捉していたのだ。
「くそっ……! うおおぉぉぉっ!」
私は剣を地面に突き刺し、引きずり込まれまいと必死に抵抗する。
『レオンハード……お前も、こっちにこいよぉ……』
目の前の赤い粘液の中から、顔の半分が溶けたジーグが、私を見つめて語りかけてくる。
狂いそうだった。頭の芯が焼き切れそうになる。
その刹那――。
私を捕らえていたスライムの触手が、ジーグの姿が浮かぶ胴体ごと、横一文字に両断された。
そこには、無造作に刀を振り抜いたツバキ殿がいた。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
やめろ。
やめてくれ。
私は、声にならない叫びを心の中で懇願していた。
◆◆◆
数刻後。
変異種のスライムは完全に生命活動を停止し、ドロドロの液体の海と化していた。
そしてその真っ赤な海の中心に、ツバキ殿の姿があった。
「ったく。なにボサっとしてるんだよ」
ツバキ殿が刀を鞘に収めながら、こちらに歩み寄ってくる。
人の顔を持ち、人の悲鳴を上げるスライムを前にして、眉一つ動かさず、一瞬の動揺も見せずに全てを細切れにして討ち果たしたのだ。
「レオンハード。ボウマン、セリアも、怪我は……」
「……やめろ」
自分でも聞いたことがないほど、低く、冷たい声が出た。
ツバキ殿が、不思議そうに足を止める。
「私の名前を馴れ馴れしく呼ぶな。……バケモノ」
静まり返った村に、冷たい風が吹き抜けたような気がした。




