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東の狂犬は、万年Eランクにしか懐かない  作者: 揚げ太郎
【第2章】バケモノと呼ばれた少女
19/85

真っ赤な海と、冷たい風

ー レオンハード視点 ー

なんとおぞましいモンスターなのだ……!

真っ赤に染まった大型スライムは、私たちの姿を確認すると、体の一部を無数の触手のように伸ばし、こちらを捕らえようと襲いかかってきた。

「うわぁぁぁぁぁっ! たすけ、取り込まれる……っ!」

悲鳴に意識を向けると、別のパーティの冒険者が、腕を触手に巻き付かれ、赤い粘液の中へ引きずり込まれようとしていた。

「仲間の腕を離せッ!」

私が地を蹴り、スライムの触手を一閃して断ち切った、その瞬間だった。

『ギャアアアアアアアッ! レオンハードォ! やめてくれぇぇぇぇ!』

「……っ!?」

背筋が凍りついた。濁った水底から響くような不気味な音だったが、耳に馴染んだその声は、間違いなく音信不通になっていたBランク冒険者・ジーグの声だった。

よく見ると、赤いスライムの半透明な腹の中に、半分溶けかかったジーグらしき姿が浮かんでいる。……私の斬撃に呼応して、彼が叫んだのだ。

どこまで悪辣なモンスターなんだ……!

「皆! 攻撃は控えて回避に専念してくれ! スライムの中に、仲間たちが捕らわれている!!」

「か、回避しろって、捕まれたらどうしたらいいんです……!?」

ボウマンが盾を構えながら、混乱した声を上げる。

「斬るのは駄目だ! 武器の腹で弾くようにするんだ! そのまま一度後退してくれ!!」

どうしたらいい!? どうしたら、あの粘液の中から皆を傷つけずに救い出せる!?

パニックになりかけた私の横に、いつの間にかツバキ殿が並んでいた。

「おい、レオンハード? なにをモタモタしているんだ? お前なら簡単に討伐できるだろう」

全く理解できないという風な、平坦な声だった。

「見て分からないのか! 仲間がモンスターに捕らわれているんだぞ! 攻撃などできるはずがない!」

私が声を荒らげると、ツバキ殿は心底呆れたような目で私を見返した。

「しっかりしろ。あれはもう『死体』だ」

ガツン、と。重いハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

そんなことない! まだ声を出している! 助けられる道はきっと……!

だが、その一瞬の躊躇が致命的な油断となった。

足元から這い寄っていた別の触手が、私の足を強く捕捉していたのだ。

「くそっ……! うおおぉぉぉっ!」

私は剣を地面に突き刺し、引きずり込まれまいと必死に抵抗する。

『レオンハード……お前も、こっちにこいよぉ……』

目の前の赤い粘液の中から、顔の半分が溶けたジーグが、私を見つめて語りかけてくる。

狂いそうだった。頭の芯が焼き切れそうになる。

その刹那――。

私を捕らえていたスライムの触手が、ジーグの姿が浮かぶ胴体ごと、横一文字に両断された。

そこには、無造作に刀を振り抜いたツバキ殿がいた。

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

やめろ。

やめてくれ。

私は、声にならない叫びを心の中で懇願していた。

◆◆◆

数刻後。

変異種のスライムは完全に生命活動を停止し、ドロドロの液体の海と化していた。

そしてその真っ赤な海の中心に、ツバキ殿の姿があった。

「ったく。なにボサっとしてるんだよ」

ツバキ殿が刀を鞘に収めながら、こちらに歩み寄ってくる。

人の顔を持ち、人の悲鳴を上げるスライムを前にして、眉一つ動かさず、一瞬の動揺も見せずに全てを細切れにして討ち果たしたのだ。

「レオンハード。ボウマン、セリアも、怪我は……」

「……やめろ」

自分でも聞いたことがないほど、低く、冷たい声が出た。

ツバキ殿が、不思議そうに足を止める。

「私の名前を馴れ馴れしく呼ぶな。……バケモノ」

静まり返った村に、冷たい風が吹き抜けたような気がした。

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