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デビュタント

 朝ご飯を食べたら侍女たちによるマッサージケアを受けて、お肌はもちもち、髪はさらさらの私が出来上がった。


「お嬢様、会場の準備はほとんど終了しているようです」

「そう。先に確認に行きたいわ」


 会場であるホールに入ると、私は思わず息をのんだ。


「うわぁ……!!綺麗……!」

「お嬢様がデザインされたものですよ」

「こんなに綺麗になるとは想像してなかったんだもの!!」


 天井から釣り下がる幾重にも重なった銀色のベールは、魔法でぷかぷかと浮かぶ光を受けてきらきらと輝いている。いたるところに黄色で統一された花が飾られており、まるで星のようだ。

 

「ノラサグリ家の皆様には、あちらのバルコニーから登場していただくようになっております」

「……あのようにホールを一望できる場所からお客様の顔を見たら緊張してしまいそうね」

「大丈夫ですよ。公爵様がエスコートしてくださいますから」


 その後も詳しく会場をチェックしたり、お料理の確認をしたりしていると、あっという間にお昼が過ぎていた。

 自室に戻ると、ドレスが待ち構えていた。側仕え達に手伝ってもらい、ドレスに腕を通す。鏡の前に立つと、見慣れない自分のドレス姿はなんだか背伸びをした子供のようだった。


「どうかしら?おかしなところはない?」

「もちろんです。ナティアが今まで見たデビュタントのご令嬢の中でも一番綺麗ですよ」

「ありがとう、ナティ」


 髪飾りもつけてもらうと、お父様達が待っている部屋に向かった。今日はノラサグリ家はみんな、紺色を基調とした衣装を身にまとっている。


「どうしましょう。すっごく緊張するの……」

「大丈夫だよ、ベル。いつも通りでいいんだ」


 お父様に頭を撫でてもらい、ようやく心が落ち着いてきた。

 さあ、いよいよパーティーの始まりだ。




 ノラサグリ家の末娘のデビュタントは、王族主催のパーティーにも劣らないほどの規模で行われた。王族をはじめとした名だたる貴族が参加し、ノラサグリ家長女エルフィアナの最有力婚約者候補であるパルリティス王国王太子も姿を見せた。

 開始時間と同時に階段の上の扉が開き、ユーグレット・ノラサグリ公爵にエスコートされたベルフィール・ノラサグリが現れた。夜空のような濃紺のドレスには幾重にも薄いベールが重ねられており、彼女が歩くたびに星屑がきらきらと光る。決して豪奢ではないドレスだが、デビュタントを今日迎える少女だとは思えないほどの彼女のスタイルが、それを引き立てている。流れるような黒髪がふわりと広がり、薄く施された化粧でその美貌はいつにも増して輝いていた。

 

「皆様、本日は我が娘ベルフィール・ノラサグリのデビュタント・パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます」

「お初にお目にかかります、ベルフィール・ノラサグリと申します。本日は沢山の方々に私のデビュタントを祝福していただき、誠に嬉しく思います。このパーティーは、私が多くの方々と共に準備を重ね、開催することができました。皆様どうぞ、お楽しみください」


 見事な挨拶を終え、鳴り止まない拍手を受けたベルフィールは、父と共に、国王と女王、そして2人の王子の元へ向かった。

 



「ユスタリカ王国の太陽たる王へ、心からの祝福と共にご挨拶申し上げます。本日は私のデビュタントパーティーにご臨席くださり、誠に光栄です」

「こちらこそ、ノラサグリ公爵家の末娘のデビュタントに立ち会えて嬉しい限りだ」


 陛下は想像していたよりも優しそうな人だった。それにエメラルドグリーンの目がきらきら輝いていて、まるで宝石みたい……!


「こんなに礼儀正しいデビュタントのご令嬢は初めて見たよ。ユーグレットは幸せ者だな。もちろん、ルージュ夫人も」

「ええ、陛下。ベルフィールはとても賢くて、私達の自慢の娘です」

「そう聞いているよ。うちの息子達をぜひ紹介しておきたい」


 陛下の後ろには、王妃様と2人の王子様がいた。陛下が目を輝かせながら王子様達を前に押し出す。


「こちらがユリオスで、こちらがルクベルシアだ。ルクベルシアとは同い年だからな。仲良くするといい」

「お初にお目にかかります、ユリオス様。ルクベルシア様」

「ベルフィール様、本日はとても素敵なデビュタントパーティーにお招きいただき、ありがとうございます」


 ルクベルシア様が、私の手を取って口づけをした。私は自分でもわかるくらいに真っ赤になって後ずさる。ルクベルシア様はいたずらっ子のように笑った。

 私がそのまま固まっていると、ユリオス様がゆっくりルクベルシア様の手から私の手を取った。


「ベルフィール様、弟が突然驚かせてしまいましたね」

「いえ、そんなことは……」


 ユリオス様はルクベルシア様とは違って、眩しいくらいに優しく微笑む。


「本日のきらびやかな会場や、貴女の美しいドレスのデザインは、ご自身で考えられたと聞いています。とても素晴らしいです」

「ありがとうございます。私だけの力ではなく、多くの方々とたくさんの時間をかけて作ったものなのです。お褒めの言葉をいただけて光栄ですわ」


 私の言葉に、ユリオス様は驚いたように少し目を見開いた後、くすくすと笑った。


「ベルフィール様は随分と面白いお方ですね」

「面白い……?」

「ユリオス、挨拶はそのあたりまでになさい。……ベルフィール様、私からも貴女のデビュタントに祝福を。近いうちにお茶会のご招待状をお届けいたしますわ。そこでまた落ち着いてお話をしましょう」


 王妃様がそう言って静かに私の周囲に目線を配る。周囲の貴族達は、私への挨拶のタイミングをうかがっているようだ。私は王妃様の気配りに感心しつつ、丁寧なカーテシーを披露した。


「それでは、王妃様のお言葉に甘え、この場を失礼いたしますことをお許しくださいませ」

「もちろんだ。今後のためにも、より多くの貴族と話しておくといい」


 国王一家が去ると、次々と貴族達が近づいてきた。私はお母様が作ってくださったリストを脳裏に浮かべながら、必死に顔と名前を思い出す。20組目の挨拶を終えたところで数えることをやめたが、その後も挨拶は果てしないほど続いた。

 終わる頃には私の頭の中が空っぽになっていたことは、言うまでもないだろう。……こんなにもデビュタントは大変なのね。そろそろみんなのもとに帰りたいところだわ……

王子様達と会えましたが、それ以上に挨拶をしすぎてへとへとなベルフィール様でした。

さて次回は、お兄様お姉様達、全員集合します!!

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