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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
9/27

8 二つの特異点

続きです。いいねやコメントお待ちしてます。

これからも拝読してもらえると投稿主の栄養剤になりますので。orz

 珍しい人選が、病室の前で鎮座していた。長く白い髪をぶら下げ、額には白のワンタッチパッドを貼り付け右の鼻の穴にはコットンが敷き詰められている少年鬼川祐。そして先程魔性中毒に侵されていた清廉白日の両親という、二度と見ることの無いような人選だった。

 ガタガタと清廉の父は右脚を強く揺すり、母親の方は娘の心配のせいなのだろう呼吸のリズムが乱れ挙動不審で居る。祐はと言うと清廉の事も心配ではあるが、それ以上に等級零の魔陰が気になって仕方が無かった。

(あの感知せずとも、身の毛を弥立(よだ)たせるような魔力の質は間違いなく零だ。だが、どうやって現れてどうやって消えた?)

祐は落ち着いて状況を整理する。清廉が新道路と旧道路を繋ぐ路地に曲がってから数秒経った辺りであの魔力は姿を現し、そして祐が近づき路地に入った所で残穢ごと姿を消した。

 はぁぁぁ.....

(駄目だ。落ち着いて考えたところで、全く分からねぇ。これは博士に連絡しておいた方が良いな。)

一度戦略的な撤退を試み体を後ろにのけ反らせる。右を見ると清廉の両親は片手同士を強く握り合っており、そして小刻みに震えていた。

 

 実の娘が死にかけていた何て言われれば当然なのだろうか。


祐は二人の姿を見て、ふとそう臆見おっけんする。鬼川祐には親は居ないし、娘なんて存在は居るはずもなく誰かを本気で心配したこともされたこともない祐は清廉の両親の一挙手一投足が気になっていた。何かしら話しかけた方が良いのだろうかなどと無粋な考えを持ったが、止めるが吉だと考え祐は病室の扉を眺めた。

 内側からは何度も見たであろう白く鉄の取っ手が付いている扉が、祐の目には新鮮に映った。

(清廉が運ばれてから、大体30分って所か。魔力は俺が取り除いたし、診てるのは宇都宮先生だから心配は無いかな。)

楽観的思考はフラグになる。何て現代作品の常識を知らない祐は、フラグじみた考えをする。

 唐突にそれを回収するかのように病室の扉が開き、出てきたのは宇都宮風華と看護婦の二人だった。清廉は大丈夫なのかと祐が心に思うよりも早く彼女の母親が口を開いた。

「娘は、白日しらくさは無事なんでしょうか!!!?」

その声は打ち震えつつも、芯は頑丈なモノだった。

「はい。問題ありません。触診や神領域への侵犯ゴッドバイオレーションの演算結果からも現状異常は見られません。窒息の原因は気管支喘息だと神領域への侵犯は演算をはじき出しています。娘さんはアレルギーをお持ちであったりしますか?」

「一応杉がありますが、ハウスダスト的なモノは特に....」清廉の母親を両手で支えている父親が代わりに宇都宮の問いに答える。

「そうですか....それでは、お父さんはお煙草をお吸いになったりとかは?」

「娘が生まれる前に吸っていましたが、今は。」

「......なるほど。度重なる質問で恐縮ですが、運動の際に喘息が突発的に起こったりなどは?」

宇都宮からの三つ目の問いに、両親は顔を見合わせた。家庭内で見る日常的な事は知っていたとしても学校生活内のみでしか知ることのできない情報を二人は知るはずもなく、更には寮生活ともなれば言うまでもない。

「いや、それはないよ。」

行き詰った二人に助け舟を出すように祐が口を開いた。

「詳しく頼むよ少年。」

「あぁ。清廉は良く校舎内で俺の事随分長い事追っかけまわしても、喘息みたいな症状が起きてるところを見たことが無い。今日登校した朝一番に追っかけられたんだ、間違いはない。」

淡々と祐は今朝の清廉の様子を宇都宮に伝え、両親はその姿をただ呆然と見つめている。

「つまり運動誘発喘息でもないか.......うん。これは随分と難儀な議題になってしまったね。」

度重なる問いの答えからも、かの宇都宮風華は原因を追求することは叶わなずそれは清廉の両親基母親に多大な心配を掛けることになった。

「娘は無事なんですよね?」妻の様相に耐えられなくなった夫は重ねて言葉を口にする。

「ご安心ください。命に別条はありませんし、もう退院も出来るほどには回復していますので。」

「なら私達としても安心です。本当に何とお礼を申し上げればよいか.....」

「いえ私は特に何もしていません。どちらかと言えば、この鬼川祐さんがその礼を受け取るのにふさわしい人物ですしね。」

ポンと左手で祐の腰を叩きながら、宇都宮は祐を自身の前に立たせる。

「彼の発見と迅速な処置のお陰で娘さんは、大事に至らなかった──────

言い切る前だった。崩れかけていた清廉の母親は祐の手を強く握りしめる。

 痛く、重く、強い。

祐は所々に小皺の入ったその手から発せられた力に、一瞬だが身をたじろがせた。単純な痛みであれば殴られた方が痛いのは当然ではあるが、ここまで重たく、強いともなると初めての経験だった。

「娘を救ってくださって.....ほ、本当に、何とお礼を申し上げれば.....」

崩れながら最早消え入りそうな程に弱弱しく細々しい声で祐に感謝の言の葉を綴る。

 普段の祐ならば、別に俺は何もしてないですよ。と良い意味でも悪い意味でも淡白に突き放すような言葉を口にするが、流石にそれを言う気にはならなかった。そしてそれ以外で何か粋な台詞なんて持っていない祐は、只口を閉じることを選んだ。

 それが正解であろう。と祐は信じていたからだ。




 凡そ30分に及ぶ清廉一家の病室内の団欒が終え、両親は明日の仕事の為摩天楼の広がる七番街に帰っていった。その際、未だ病室の前で座っていた祐に二人は深々とお辞儀をした。

「なぁ少年、君と彼女はどういう関係なんだい?」

「随分藪から棒だな。悪いけど宇都宮先生が想像してるような関係ではない事だけは先に言っておくよ。」

「そうか、つまらないね。」

にやけていた顔も祐の冷徹一言によりほとぼり冷め状態であった。そろそろ短針が8の数字にかかりそうな時間帯、学生中心の天山病院の廊下は明るさこそあるが妙なおどろおどろしさがあった。それは、病院と言う如何にもな場所だからかそれとも人が居ないからなのかなんてことはどうでもよく。祐は只、等級零の事で頭がいっぱいだった。

「あの娘の両親には伝えなかったけど、今回の彼女の状態はここ最近の怪事件の遺体の症状と一致しているところが在ったんだよ。」

「えっ?それってどういう。」

宇都宮は祐にとって余りに興味深い情報を、恐らく一般人には知る余地のないモノを彼女はこともなげに口にする。

「私の大学時代の友達に、今解剖を仕事にしてる人が居てね。昨日飲みに言った時に彼女がさらっと私にね、『ここ最近の怪事件の死体、特に拾七と拾九の二つの番街におけるそれはみんな五体満足なの。いつもみたいに死体の一部が転がってる状態じゃないのよ。』って言ってきてね。あの二人には心配させるわけにも行かないしこの情報は伏せてたんだけど。」

 変異的な死体。原因不明の死体。それらを包括して人は『怪事件』の言葉で呼ぶ。いずれの死体も全ておぞましい程に食い荒らされ、それは頭の螺子が数本吹っ飛んでいる人間ですら容易になせるはずの無いモノ。

 その当たり前の様に祐を縛り付けていた固定概念(じょうしき)が、べろりと音を立てて剥がれ落ちた。

(窒息死による死体.....喰わなかった原因は何だ?いやそもそも零程の魔力を持つ存在が人を襲うのか?.......それ以上に不可解なのは、わざわざ窒息を起こす程度の魔力を調節して流し込んでいる点だ。どうして、なんの為に?)

時間を止められたかのように止まった鬼川祐を見て、宇都宮はその祐の肩を叩く。

「おい少年大丈夫か?具合が悪いなら病院に行った方が良いよ。────あぁここが病院か。」

「宇都宮先生。出来ないなら出来ないって一蹴してくれて良いんだけどさ。その窒息死体の素性を調べる事とかできたりするか?」

「うぅぅん.......どうだろうか。基本的に怪事件での死体は弐番街が回収しちゃうし、個人情報の取り扱いもかなり厳しいからなぁ....まぁ一応知り合い伝いに頼んでみるよ。」

「ありがとう先生。あっ!そうだ。俺昨日スマホ買ったから、連絡交換しないか。調べ終えたら連絡してくれ会いに行くから。」


 ボロりとしたスマホを祐は嬉々とした表情で宇都宮に見せる。

「昨日買ったんだよね?」

「そうだけど。」

「何でそんなヒビだらけなの?」

「あぁ.....清廉に処置行う時勢い余って投げちったんだ。こんぐらいの壊れ方だったら、普通に連絡も取れるしそこまで気にはしないかな。」

「相変わらずだね少年は。」

苦笑い気味に宇都宮は白衣からスマホを取り出す。かなり古い機種を使い込んでいるのか、祐と同じ会社の製品とはとても思えなかった。


 Huukaちゃんと友達になりました。





 翌日学校は、いつも通り騒がしかった。清廉の美貌に当てられた騒ぎもあったが、此度の躍起の原因は違った。

「なぁ鬼川君。清廉先輩大丈夫だったの?」

同じクラスであるが、ほとんど面識のない女子が祐に清廉の安否を確認しに来た。清廉は一応文学部の部長でもあるので、恐らく祐の目の前にいる彼女は文学部に属しているのだろう。

「命に別状はないって医者が言ってし、普通に心配は無いんじゃない。面会も出来るらしいし今日行ってみたら。」

「ホントッ!?良かったぁ.....ありがとう鬼川君。」

安心から来る屈託のない笑顔を見せ彼女は、教室から飛び出していった。

 はぁぁ....

と祐は短く切るように溜息をする。それは別に彼女の事が嫌いだからとかではなく、単純にこの質問にもそしてその質問に対する答えにも飽き飽きしていたからだ。

「これで20人目。清廉って女子には本当に好かれてるよなぁ。」

「そろそろ疲れてくるぜ。普通に女子同士で聞いてくれってんだよ.....」

「まぁそう言うなや鬼ちゃん。自分の憧れの先輩が死にかけたー何て情報耳にしたら、そりゃあ一番正確な情報を持ってる人間に聞きに来るってのは普通のことやろ。」

「別に悪くは思っても無ぇけど、こっちも人間なんだから疲労ってもんがあんだろって話だ。」

左頬を机に着けるように突っ伏していると、またしても頭の上の方から足音が近づいてくるのを祐は感じ取った。また同じ質問を受け、同じ答えを口にするのか。そう思うだけで祐は自動的に口から溜息が吐き出そうになった。

(八田か土屋が代わりに応えてくれねぇかな。)

八田にそう訴えかけようと関節視野で祐は右隣に居る八田の顔を見るとまるでモノノ怪を見たかのように怯えていて、じりじりと後退りをしていた。

「ねぇ鬼川ちょっと良い?」少々棘と格好の良さを備えた声が祐の苗字を呼ぶ。

「........何だ荻野内か。お前も清廉の事で俺に用でもあるのかよ。さっき来てた子に言った事が事実でそれ以上でもなければそれ以下でも無いから。」

「先輩の事は、散々耳にしてたから別に今更あんたに聞こうとも思わないからそこらへんは安心して良いわよ。」

肩にすら掛からない髪の毛先を触りながら、荻野内は祐に溜息交じりに言葉を紡ぐ。

「んじゃあ、俺を嫌ってる荻野内が俺に何の用何だ?」

「──────あの現場の状況を、職員室で話してほしいのよ。あんたが第一発見者で同時に処置を行った人間なんだから。」

「何でそんな事しないといけねぇんだ?」

「お金の問題とか色々大変なのよ。俗に言う大人の事情が介入してくる場面だからそこまで気にしなくてもいいけど.....昼休み空いてるなら一緒に行ってあげるから。」

「はいはい。じゃあそん時は付き添い頼むよ。」

気だるげに左手を振りながら祐は、すぐさま机に突っ伏した。荻野内雅はその様子を見て小さく溜息をしてから教室から出ていった。

(.......昨日家に帰って、博士と時雨さんに連絡したは良いけど。はぁぁぁ、どんどん訳が分からんくなってきやがる。あれ程の魔力を持ってる存在だぞ、それがあの距離になるまで気づけなかった。)

うつ伏せになりながら垂れ下がっている白髪の束をいじくりまわすが、そこから答えという枝毛が飛び出すことは無かった。

「なぁ鬼ちゃん。ふと気になったんやが、雅ちゃんとはどういう関係なんや?」手をポンと叩きながら土屋は口を開く。

「随分と突然だな?」体をぬるりと起こし土屋の顔を見る。

「あっ!それは俺も思った思った!!特段接点があるわけじゃないのに何であんなに二人って仲悪いんだ?」

便乗とは違うが、八田も口を大にしながら祐の背中をドンと強く叩く。八田の硬く広い掌の後が祐の皮膚に刻まれたかのような瞬間的な痛みが走る。

「痛ッ!少しは加減しやがれ、この馬鹿力野郎が........」叩かれた部分をさすっていると、八田は「めんご。めんご。」と悪びれるも無く気の抜けた謝罪を述べる。

「実はさ......

天井を見上げながら、何か大切な何かを思い出すような真剣な顔を浮かべる。ラブコメ的な展開を期待している相も変わらない二人は固唾を音を立てながら飲み込む。

「俺も何であんなに嫌われてるか分からないんだよね。別に中学が同じだったわけでもないし、高校も今年になって初めて同じになったし、部活動何て物にはそもそも俺入ってないし。まぁよぉ分からん。」

頭を指で軽く掻き祐は席から立ち上がった。

「まっ。お前らの(オカズ)になるような話は無いって事だ。ちょっと便所行ってくるわ。」

手を払いながら祐は時計を確認する。次の授業までは残り5分も無いが、男の便所の所要時間であれば無論問題ないと誰もいない虚空にどや顔をしてから祐は教室から外に出た。当たり前ではあるが、廊下にはまだそれなりの数の人が立ち往生して世間話に花を咲かせていた。

 そこには、あの女も居た。別にわざわざ探した訳でもなく祐はその女を一撃で目に入れることが出来た。

(橋爪氷菓だっけか?)

八田の口から発せられた言葉を思い出しつつ、再び氷菓を視界に収める。まるで彼女の半径2メートルには見えない磁場が発生しているかのようにそこに人は寄り付いていなかった。


 この学校の特異点。

「まっ、俺もその一つではあるんだけどな。」

さながら自嘲らしい台詞を吐き捨て、祐は男子トイレの入り口を目指して歩き始める。弐つの特異点は少しずつその距離を縮めるが、無論超新星爆発もブラックホールの出現も起こるはずはない。

 

(どういう経緯で、現れて消えたか。それに何よりわざわざ魔力を調節して流し込んでいる事がやっぱり不可解すぎる......)

視線を落とし珍しく使わない頭をフル回転させている祐は、前から迫りくる氷菓の不可侵領域に足を踏み込んだ。


 それが、事を奏してか。いや偶々(たまたま)なのか運命(さだめ)なのか縮めている祐の感知に魔力が流れ込んできた。余りに唐突だが、それには覚えがあった。


反射的に、脳が体に動けと伝達をするより早く祐は橋爪氷菓に振り返る。

「あっ.............。今のは、」

「ん何?あぁ、あの時の耳なし目なし野郎。私に何か用でも」

まだ触れも語られもしていない祐に対して、随分な高圧的な態度で氷菓は取ってかかる。恐らく周りに会話をされているところを見られたくないのだろう、頻りに辺りをちらりと見つめている。

「お前.......何持ってる?」

「はぁ?文脈が読めないんですけど。もしかして日本語も真面に使えないの?まぁその頭だし、当然なのかもね。」

普段であれば反論と言うかキレ返す祐だが、正直氷菓の嘲笑交じりの煽りは耳に入っていなかった。一通り嗤い終えた氷菓は、横に立っている祐を押しのけるように我が道を行っていった。

 どういうわけか、祐から離れていく背中は逃亡のように見て取れた。




 「人間が、魔陰に成れるかって?無理に決まっておろうが。それは人間が鳥に成れのかと聞いているようなモノ。」

煙草を咥えながら博士は、祐を馬鹿にするような口ぶりでパソコンで何かを入力している。

「だよなぁあ....。」

「どうしてそのような考察に行きついたんすか?」

「それは....時雨さん橋爪氷菓って知ってか?」

「いえ、全く知りませんね。」首を斜めに傾かせ、淡々とその無の表情を見せる。

「まぁ簡単に言うと、隣のクラスの奴で俺以上の問題児なわけ。学校には滅多来ないし、来たとしてもサボりが殆どの野郎なんだけどさ。魔力を帯びてたんだよ、微量ながらに。」

コンクリの天井を見上げながら祐は、時雨とパソコンをいじくっている博士の耳に届くようにやや大きめの声で説明する。タイピングのカタカタとした音が止んだと思えば博士は祐の方に視線を向ける。

「魔電気の可能性は無いのか?例えば、指輪型の虚空画面(ホロウディスプレイ)とか。」

「それはない。魔力の質って言うか純度が全然違う。」博士からの視線に被せるように祐は覗き見る。

「なるほどのぉ。つまりは魔力を持つということか。」

何かを確定させたかのように、博士は天井を見上げながら肺に入れた煙を吐き出す。煙草特有のやに臭さがこの物だらけの研究所に蔓延する。

「.....................。」

「ん、どうしたんだ時雨さん俺の事見つめて、それに何故黙り込んで?」

「前々から聞きたかったのですが、鬼川さんの感知範囲やその質はどれ程のモノなのですか?話を聞くだけですと、浩二のそれを超えている気がするのですが。」

「え?どれくらいって言われてもなぁ.......範囲だけなら10キロ位じゃない?俺も限界まで広げたこと無いs──────

「10キロ!?」

分け目もくれず時雨は声を荒げ、その場で立ち上がった。あれ、言わなかったけか?と間抜けな顔を浮かべながら見下ろしてくる時雨の顔を祐は見つめる。

「─────べ、別に普通じゃないのか?」

「普通な訳が無かろうに......」小さく落胆の溜息をそっと吐いた博士が祐をまたしてもちらりと見つめる。

「あっ....葉加瀬、10キロメートル何て感知範囲、在り得るんですか!?」

「儂も、子奴を見るまで信じておらんかったよ。じゃが、祐の感知範囲は正真正銘10キロメートルに及ぶ。演算処理以上の負荷を脳に与えれば恐らくそれ以上の範囲に成り得る。」

どういう訳か、時雨は狼狽していたがそれの理由(わけ)も道理も祐には分からなかった。

 何せそれが普通だと感じていたからだ。自身の地元のみで発生するローカルルールが他地域出身の人間に驚かれるようなものなのだろう。

「そして先の発言からも、祐は同じ魔力の塊である純粋な魔力と魔電気の魔力を判別できおる。範囲が広いが(ざる)かと思いきやその精度は、大陸の魔術師でさえ驚愕する程のモノ。正直理解不能の人類じゃな。まぁそれ以外に学力的にも見た目的にも頭の可笑しい人類じゃがな。」

「おい。ぜってぇ最後のディス要らねぇだろ博士。普通に褒めて終われよ。」

白くモノが乱雑に置かれた机を強めに叩き、博士をギッと睨み付ける。しかし博士はけらりと軽くあしらうように笑って見せる。

「そんな事より、祐はそれほどの技術を持っているというのに他の魔術は扱えないと!?」

「ちょっと時雨さん?少し落ち着いてくれ。」

祐の両肩をがしりと掴みかかってくる時雨を何とかなだめる。

「どういう理由(わけ)で俺が感知のレベルが高いのかは分からんけど、それ以外の魔術は本当に俺は使えないんだ。前に時雨さんが俺にやってくれた治癒も出来んし、時雨さんみたいに何処からともなく出てきたり消え入ったり何て出来ない。」

「恐らくは、祐は時雨ちゃんや一般的に魔術を扱う人間の様に他の術式回路を持っていないと考えられる。故に唯一持ち得ている回路が急激に成長を重ね重ね.......とまぁあくまで儂の机上の空論じゃがな。」

パソコンに向き合いながら博士は、祐の説明に付け加える。人が不幸に巡り合っている場面を見るのを肴とする彼女が祐を救うのは随分と珍しい事だった。

「なるほど.......」

「ってかそんな事より、零について話し合う為に呼んだんだから無駄話は後にしようぜ。」

祐の肩を握りしめていた指や掌の力が少しずつ抜けて行き、次第にその手は離れていった。

「すみません。取り乱しました.....では、零の話に戻りましょうか。」

年甲斐もなくというか、性格的には珍しい程に取り乱してしまったからか時雨は含羞を帯びた微笑みを浮かべていた。

「コホン───それで、先ほどの人間が魔陰に変貌するというのは?」

「あぁその事ね、まぁその説は博士に両断されたけど。仮に魔陰の核を体に埋め込むことで魔陰化できるとすれば穢残を残さずに移動できるんじゃねぇかとね。」

「と言うと?」時雨が祐の曖昧な発言を掘り下げようとすると、キーボードの打鍵音がピタリと止む。

「俺の感知的な感覚だけど、穢残ってのはついさっきまで冷房を付けてた部屋に足を踏み入れる感覚に近いんだ。もう冷房は機能を停止しているけどそれが吐き出した冷気っていう証拠を肌で感じることで冷房は先程まで付いていたんだって理解できる感じ。けど、もし─────もし仮に人間が魔陰に変貌れるのであれば話は変わってくるのかもしれない。」

「面白い。続けろ祐よ。」いつの間にかこちらに振り向きながら真剣な(まなこ)で祐を見る。

「昔博士が言ってたけど、人間が生きている世界を正としたら魔陰が居る世界は負だって。本来は相まみえることさえないその二つの異分子が魔力というモノで繋がっていると。つまり負に居るはずの存在が正に来れるのであれば、それは存在しなかった事になるんじゃっ──────って思っただけ。」

祐が構築した理論の全てを口にすると、博士の身体は小さくそして細かく揺れ動いている。それは何かを溜めこんでいるようにさえ感じる様で、


 やはりか。その溜めは瞬間的に爆発した。


「ギャッハハハハハハハハ!!!!!」

映画の悪役。いやそれ以上に悪性を含んだ高笑いを博士は口から発する。やはり自身の組み込んだ理論(モノ)は突拍子もない的を射ていないのだろうかと思い始めた祐の頬は、見るからに朱に染まる。それは陵辱的な感情と同時に怒りをブレンドした色合いなのだろうか。

「確かに俺は馬鹿だし阿呆だけど!そこまで笑うこたぁねぇだろうが!!!!!!ふんッ!乗せられて話した俺が莫迦だったぜ。」

親に馬鹿にされ、頬を膨らます幼子の様に祐は明後日の方向を向く。だがそんな中でも博士の高笑いは嫌っていう程に祐の耳を突き刺す。

「葉加瀬!流石にそのような行為は無礼千万!!!鬼川さんに深謝を!」

「いやぁ何。可笑しくて笑っていたのは事実じゃが、それは祐の理論に対してじゃない。固定概念という折に囚われていた自身の頭が可笑しくて堪らなかっただけじゃ。ハハハハハ。」

右の平手で頭を軽くぺしぺしと叩く。

「これでは、弐番街が誇る天才科学者の名が号哭するというもんじゃ。─────面白い、一度ならず二度までも儂に難題をふかっけるとはいい度胸じゃ。」

見るからに何かに燃え始めている博士を横目に、祐と時雨は小さく溜息を吐く。






 やはり依然として零の正体は掴めずにいる祐は、鬼川荘ではなく八田弘明の家に居た。家とは言ったが、八田は祐とは違い寮生活を送っている故に一室といった方が適切と言える。男子高校生としての要素を煮詰め、鍋底にこびりついたものを貼り付けたかのような伽藍洞とした部屋模様。一ヶ月ほど前に訪れた時と違う点があるとすれば、ベッドの傍に一つ十キロはあるであろうダンベルが二つゴロンと転がっている。

「まぁ何にももてなせないけどそこに座っててくれや。麦茶で良いか?」

「あんがとな。」

祐の家に置かれているちゃぶ台と同じ大きさのそれが置かれているが、形は円形ではなく正方形となっている。ダイニングからすぐのところに置いてある冷蔵庫からペットボトルの麦茶を二本取り出し、その一本を祐に渡しながらにやりと笑う。

「さんきゅ。──────ッぷはぁ....生き返る。」

「どうしたんだ突然。もう門限も過ぎた時間に俺の所にわざわざ来るなんて、早急の用か?」どすんと腰を下ろした八田は学校に居る時は上げている前髪をちょろちょろと触る。やはり気になるのだろうかと祐は思いながら口を開く。

「あぁちっとだけ聞きたいことがあるんだ。あの『橋爪氷菓』についてなんだが。」

ペットボトルの蓋を開けかけてた手を八田は止めた。その特異な名の真意を知る人間からすれば当然の反応を取る。

「気分が乗らないなら別に話してくれなくてもいい。けど、もし話せるなら教えて欲しいんだ。頼む八田。」

祐は自分の太腿の付け根に手を乗せ、頭を深々と下げる。当然額は床についているわけではないが、それが祐の誠心誠意であると八田は理解していた。

「あんまし気は乗らないけど、祐の頼みだし構わねぇぜ。」

ペットボトルの蓋をかちりと外し八田はこれからの長話の準備と言わんばかりに麦茶を音を立てて飲み干した。

 空になったペットボトルを勢いよく机に乗せるが、大した音は鳴らなかった。

「俺もさ、まだ中学に上がる前はさ祐と同じで怪事件ってのに然程興味が無かったんだ。ってかそんなのこの世界の何処かで起こってるもので、自分には関係のない事件だ。なーんて他人事みたいに捉えてたんだけど。──────


 八田の語り部は暗く、そして重たく、見えない空気が確実に澱ませた。








この章はまだまだ続きますので、どうかこうご期待

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