表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
8/24

7 魔性の力

筆が走った気がした。

 何の因果なのか、時雨と博士は顔見知りだった。いやそれ以上の関係性なのかもしれないと祐は傍からそう感じた。数秒の見つめ合いと言うべきか、睨み合いに近い静寂は素性を知らない祐からすれば苦以外の何物でもなかった。

「儂はもう退魔の人間では無いのだから、そう睨みなさんな時雨ちゃん。」

「──────はい。」

(何か知らの突破口になるかと思って連れて来たけど.....えっなに?二人ってどういう関係値?)

祐は二人に視線をちらちらと向けながら、資料にまみれた研究机の小さめの冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出した。物の数分前に入れたのか、手にした麦茶に然程の冷気を感じなかった。真っ新の蓋を捻り開け喉を一気に潤しながらも背中についている第三の目的なモノだけは切らさずに集中していた。

「それで、祐よ。霧太刀のご令嬢を連れて来て一体儂に何の様じゃ。」

しびれを切らした訳でもなく単純な疑問を祐に振った。静寂を切り裂くその一言は感謝以外の何物以外でもなく祐は嬉々とした表情で振り返る。

「実は何だけど、博士この街に等級零の個体が出現してるの知ってっか?」

「儂を誰だと思っておる。それくらいの事知っておわるわい。」

気取った咳払いをして博士は胸の下で腕を組んだ。黒の縦セーターと白衣に包まれたそれが強調され祐は、無意識のうちに視線を向けていた。

(すっげーなぁ.....)

「あぁその事で単刀直入に聞くんだけどさ....魔力の残穢を残さずに魔陰が移動することって可能だったりする?」

「無理。」

これ以上に無い程の即答だった。いや、祐としても答えを聞かずともそれが不可能と言うこと程度重々理解していた。だがそれでも一片でも可能性を信じて質問をしたのだろう。

「本当に無理なんですか?」

祐よりも先に口を開いたのは、博士の対面で立っている時雨だった。白衣の胸ポケットに挟み込んでいるヘアピンを一本取り出し博士は前髪を止め、赤いソファーに音を立てながら腰を下ろした。

「二人とも立っておらんで、そこに座りなさい。」

ガラス製の机を挟んだ向かいのソファーに目線を向け、博士は机に転がっている煙草を一本吹かし始めた。時雨はソファーの端に腰を下ろし、祐はその隣に麦茶を持ちながら博士同様に腰を下ろす。二人が座ったタイミングで博士は口を開いた。

「雲が無くとも雨が降る事は可能か?」

唐突な概念的な質疑は、祐と時雨どちらか一方に投げかけられたのではなく両方に投げかけられたモノだ。

「それは.....

「無理ですね。」

「では、風が無くとも草木が揺れる事は可能か?」再び概念的な質疑

「それも......

「無理ですね。」

「そう。どちらとも不可能と言う文字に括りつけられる事象。祐よ、零を一度感知したこと自体は間違いが無いのか?」

「あれ程濃く、重く、鈍く輝く魔力は初めてだった。一年前に殺した弌を遥かに凌ぐもんだった。それは違わない。」

一切おどけていない(まなこ)を博士に向けると、彼女はふんぞり返り天井を見上げた。天井は鉄筋コンクリートの打ちっ放しで、電灯はこの街では到底お目に掛かれない蛍光灯。

「それはどのあたりじゃ?」

「弐番大学の第73研究所の辺りだと思う。正確な座標情報はちょっと分からなかった。」

「一回目の感知と弐回目の感知の感覚はどれくらいじゃ?」

「えぇと....五分位かな。それがどうしたんだよ。無理とかいう割には随分事細かく聞くじゃねぇか。」

「(五分かぁ.....)」

(あっ聞こえてねぇわこれ。)

研究者と言う人間は、一度自身の世界に入ると他者の情報を寄せ付けなくなるのだと祐は知っていた。だからこそ小言を繰り返し始めた彼女に対して祐は声を掛けようなんて莫迦らしい行動は寄すことにした。

 吸い殻だらけの灰皿を机の端に寄せると、博士は不意に立ち上がり研究机から大量のコピー用紙とペンを取り出し何かを書き始めた。それは数学的方程式なのか科学的なモノなのかそれとも物理的なモノなのかなんてことは二人には到底理解の及ぶものでは無かったがそれでも、その様子を二人はまじまじと見つめていた。

「(等級弌の魔力量と残穢の対比的数式は.....これが零ならどのあたりだ。確か14年前に観測された127体目の魔力量は......それであるなら弌と弐の比例に当たるのか?だが伍と肆とでは、そもそもの値が....いやそれ以上に零は情報量があまりに少なく未だ解明されていない点が多々ある。それを仮定して演算し直すのが........)」

ぶつぶつと呪文のような何かを口にしながら博士は、自身の脳内で纏まらない数多の情報を紙に書き留め続ける。

「久々に、葉加瀬が紙と睨み合いをしているのを見ましたよ。相変わらずで安心しました。」

「なぁ時雨さん.......

二人ってどういう関係なんだ?そう喉元まで出かかっていた言葉を祐は押し殺した。恐らくそうさせたのは先程の余りに気まずすぎる光景の所以なのだろう。

「どうかなさいましたか?」

「いや。腹減ったなぁ....なんて。」

「?」

余りに苦しいごまかし方をしはしたが、当の本人はその真意に気付いている素振りは見せなかった。


 ならば問題は無い。


祐はそう心の内に思い、未だ喉につっかえる言の葉を麦茶と共に流し込んだ。



 祐の疲れはとうに極限に達していた。 

どういう訳かあれから、小一時間程度が経過したというのに博士は未だにペンを握り紙と向き合い続けていた。時雨はその変わらぬ光景を疲れのつの字も見せぬ素振りのまま博士を見続けていた。しかし、代り映えのする高校の50分に及ぶ授業ですら集中を切らす祐にとっては、流石にしんどいモノがあった。

「お、お~い博士ぇ?そろそろ結論づきましたか?」

「.............。」

呪文がピタリと止んだ。「博士?」元々変人ではあるがとうとうおかしくなったのかと心配になり祐が肩に手を掛けると、博士はゆっくりと祐に向き返った。その眼には一点の曇りもなく、澄み切っていた。

「もしかして何かしらの糸口が!?」

「ふふっ.....全く分からん。」

「ふぇ。」

絶望虚しく祐は情けない声を口から漏らす。

「数多の仮説を立てて、それを脳内で立証する。だが不可能と断定され、また別の仮説を立てる.....この循環を数百と繰り返したが、全く持って真にはたどり着けんかったわい。この儂にこれほどの難題をよこすとは。面白い等級零相手になってやろうじゃないか。うおぉぉぉぉぉ!!!!!」

祐と時雨とは全く別の方向性で、博士は熱を帯び始めた。

「すみません。葉加瀬、貴女は先程まで不可能と言っていた割には随分とやる気に満ちていますがどういった理由が?」

「ぉぉぉぉぉッ?.....確かに時雨ちゃんの言う通り魔力の残穢を残さずに魔陰が姿を消すなど不可能と言ったな。だが、視点を変えればそうとも限らん場合も存在するという事を忘れぬ方が良いぞ。」

にたりと笑みを浮かべ、博士は時雨の方に視線をずいっとやり時雨はそれに応えるよう鋭い視線を向ける。

「まぁそう怖い顔しなさんな。つい先、儂は二つの不可能の事象を取り上げたが。あれは言い得て妙と言う奴じゃな。雲が無くとも雨が降るのか?無論可能ではある。福島盆地の西に吾妻山塊があってな、冬に多量に積もった雪が吾妻颪と呼ばれる風によってその雪が舞い上がる。そして快晴の時であればその雪は解け雨水と成り地に降り注ぐ。と言った具合。草木の場合であれば、普通に直下型ではない地震であれば普通に揺れる。」

目から鱗が落ちる程の驚きではないが、そういわれれば確かにそうであったなぁと時雨は理解するが祐の頭にはまだ?の文字がくっきりと浮かび上がっている。

「確かに不可能とは言ったが、それはあくまで固定概念に縛られた視点での幻想にすぎん。その視点を変えれば不可能と言う文字は存在しない。それが儂に理念なんでのぉ。と、まぁ格好を付けたは良い物の未だ儂と言えどその固定概念の内側に囚われている、旧時代の奴隷なのかもしれん。」

そう言い切ると、博士はゆっくりと立ち上がり時雨を何処か冷たい目で見下ろした。

「儂は儂で思考を凝らす.....まぁ退魔の人間に手を貸すというのは少々したくないところではあるが、うちの助手が絡んでいるというのであれば捨て置けん。」

やはり何かしらの因果が在るのだと祐は、鈍感ながらに察知した。


 現状八方ふさがりの祐と時雨はゴミ屋敷基、博士の研究所から外に出ると太陽の時間は幕を終え三日月と星々の宴会の幕が開かれていた。寮の門限はとうに過ぎている時間帯であることに違いは無いが、祐からしれ見れば正直どうでもよい話ではある。

「あっ!時雨さんってもしかして寮生活だったりする?そしたら早く帰った方が良いんじゃない?門限破ると色々大変でしょ。」

「御心配には及びませんよ。私はビジネスホテルで生活していますので.........鬼川さん。今日はありがとうございました。」

そう口にした時雨は哀愁を帯びたまま夜の闇に吞まれるように姿を消した。

「俺もそろそろ家に帰らねぇと大家さんに心配されるかもしれねぇしな。」

ポケットに手を突っ込むと今までにない感触が左手に現れた。

20万。等級弐の魔陰換算にして凡そ8体分のそれに値する板状の液晶。

 はぁぁぁ......

「あっそうだ。桜通りで殺した魔陰の核まだ博士に渡してなかったし。明日にでも持ってくとするか。」

右手をポケットから出し頭をボサボサと掻きむしる。お団子状のまま解いていなかったそれが妙に痒く、掻く度に心地が良くなっていくのを祐は理解し喉元を撫でられた猫のような声を出している。

「なぁに気色の悪い声を出しとるんじゃお主は。」

暗闇の中背後から唐突な女性の声を耳にし、祐はリアルに魂が体から飛び出そうになった。

「あんたは殺す気か俺の事を!!!あぁあマジで心臓に悪い.....」

「主はその頭髪に見合った年齢でも無かろうに。ちょいと話があるのじゃ、付き合え。」

「へいへい。」

髪を解きいつも通りの後ろ一つ結びで纏める。

「お主は、かの剣聖の神子みこと何処ぞで知り合ったんじゃ?」

「何処ぞって言われてもなぁ....確か時雨さんの前任の相方が等級零との遭遇で亡くなって。路頭に迷ってる所で魔陰を殺している俺の姿を見かけたって言うのが、始まりだと思う。」

「思う?」歯切れの悪い祐に彼女は顔を顰める。

「時雨さんが俺に合った時そう説明してたんだよ。けど、俺が初めて時雨さんを見たのは昨日。んで成り行きのまま時雨さんの手助けしてるってわけ。」

駅の通りの道路で車のエンジン音やクラクションの反響音が祐と博士の鼓膜を揺らす。気温は夜だというのに余りに蒸し暑く、肌着が肌に張り付き気分はかなり悪い状態だった。

「祐は、どうして退魔に手を貸すのだ?主とは関りが無いというのに。」

「気紛れかな。時雨さんは何を考えてるのか、正直訳わかんないし何を生きがいにしてるのかも分からないけど。まぁ困ってる人間が居たら手を差し伸べてやるのが男ってもんだろ。それが女が相手なら猶更だ。博士の時もそうだっただろ、それと変わらねぇよ。」

結った紐を両手できつく縛り付け祐は、片方の口角を吊り上げる。

「ふん。相変わらずのお人よしという事だけが分かっただけでも、今日は収穫と言えるな。」

若いガキが戯言をと言わんばかりに博士は嘲笑をしてから祐に背中を向けた。一週間前に来た時よりも後ろ髪が長く伸びておりうなじが完全に隠れていた。

「あっ博士ちょっと良いか?」

「なんじゃ?サヨナラの抱擁がまだじゃとでも言いたいのか?」

溜息交じりに博士が言葉を口にする。祐は普段は手を突っ込む以外に使用しない左ポケットからスマホを取り出し見せる。

「連絡交換しようぜ。あっ今日買ったやつねこれ。」

「ははっ旧時代を生きて来た、白髪(しらが)の高校生も遂に文明の利器に触れる時が来たのかい。歳は食うもんじゃないねぇ。」

けたけたとせせら笑いながら博士は、祐の連絡先を登録した。


 ピコン。電子音が鳴りバナーが表示される。

 Hakase.Yと友達になりました。





 霧太刀時雨という女の人気っぷりには、流石に祐も驚かされるところがあった。昨日転校してきて、少しはクラスの様子も落ち着くだろうと考えていた祐の考えが浅はかだったと言える事態になっていた。他クラスの人間は愚か、他学年の生徒も来訪を始め人口密集率は教室とのそれとは思えない程に膨れ上がっていた。学級委員長の荻野内雅と清廉白日の二人掛かりでこの事態を何とか収束させようと奮闘するが、まだまだ力が足りない様子だった。少しは会話をと考えていた時雨だったが、その圧倒的質量に呑まれ今にも祐に助けを求めんと席を立とうとしていた。

「相変わらずあの転校生ちゃんは人気があるねぇ。八田ちゃんは行かないの?」

「流石にあそこに飛び込む勇気は無いかな。けど、マジで美人だよなぁ....身長も高いし足もなげぇ。だけど胸が在ったらもっと良かったんが....うん、惜しい。」

「何を言うとるんじゃ、八田ちゃんは。無い方がええに決まっとる。」

「はっ!!莫迦土屋。あのスタイルに出るもんが在ったら文字通り完璧完璧玉の璧だろうがぁぁ!!」

「何だと八田ちゃん。それはこっちの台詞や。あれは逆に胸が在ったらその気品さが台無しになるっちゅうもんやろ!!」

「よぉぉっしそれじゃあ巨乳派か貧乳派かどっちが多いか聞こうじゃねぇか。」

「望むところよ!!」

二人は、訳の分からないところで合意を果たしその場から勢い良く立ち上がり、一斉に祐の方に振り返った。

 しかし、どういう訳か二人ともども祐に何かを聞こうとせず只力強く睨みつけるだけだった。

「な、何だよ?時雨さんの胸があったほうが良いか無かった方が良いかだろ?そりゃぁ──────

「あぁ言わなくて良いぞ祐。お前みたいな性癖貧乏(しろうと)の意見は票に入らん。」

「うん。八田ちゃんの言う通りや....よっしゃ他のクラス回ったるぞ。」

人の意見何か耳にすることもせず、二人は余りに無意義なアンケートを取りに他クラスを巡り始めた。のちに二人が荻野内にシバかれるという事はまだ誰も知らない。


 はぁぁぁ......

「ったくせめて意見くらいは聞いていくのが道理ってもんだろうが。無論、無い方が良いに決まってる!!!」

誰もいない虚空にそう叫び、購買で110円で買った牛乳パックのストローに口を咥える。

「何が無い方が良いのですか?」

ぶっほ!!!

耳元での囁き、反射的に体がビクつき口に含んでいた牛乳を教室に噴き出した。

「げっほ!げっほ!!後ろから突然囁くのは心臓に悪いからやめてくれぇ......」

「申し訳ありません。すみませんがまた一緒に屋上に来ていただけませんか?これティッシュです。」

「えぇ?まあ構わないけど....ティッシュありがと。」

口周りを手渡されたティッシュで拭いている祐に鋭く。重く。冷たい視線が向けられた。何事かと祐は左を向くと、時雨目当てで来ていた男の群れの嫉視の束であった。

(あっそっか!昨日は俺気絶してたから気づかなかったけど。冷静に考えれば二日も連続で屋上に指名されているんだもんな....)

「逃げよう。」

即決。それ以外の選択肢は祐には無く迷う様一つとして見せなかった。

「時雨さんさっさと行こうぜ。」

「はい?っちょ!」

後ろの扉で立ち往生している時雨の手首を掴み、無理くり引っ張るようにして屋上に駆けあがていった。ずっと背後の方で妬みの叫びというか怨念のような号哭が聞こえた気もしたが祐は関係ないと言わんばかりに振り返ることもせず只突き進んだ。



「それで、今日は何故に屋上に逃げこもうって思ったんだ時雨さん。会話なら今日は比較的に出来てた方じゃねぇか。」

「それもありますが、今回は魔陰の事で少しお話が。」

授業中や女子との会話中であれば比較的柔らかな表情を心がけている時雨だが、魔陰の話となると顔には一切の綻びを感じさせない。

「あれから本部の情報提供を要請しまして、今回の零についてある程度の情報を得ましたので共有をします。」

「おう。分かった、それで?」

「少し待っていてください。」

時雨はポケットからスマホを取り出し、片手操作で画面をいじくっている。

「送りましたのでご確認ください。」

そう時雨が言葉を口にしている途中で祐の左ポケットの中のスマホがぶるりと震える。

『shigureから一枚のPDFが送信されました。』

「これが、その詳細?わざわざここまで来たんだったら口で説明しても良いんじゃあ?」

「その筋も考えましたが、恐らく鬼川さんの情報処理能力では持たなくなると思いましたので今回はデータ上で送らせていただきました。その文章には事細かに注釈が乗っていますのでご参考になさってください。それでは、私は教室に戻りますので....」

時雨は本当に少しのお話を済ませ、屋上から去って行ってった。「マジで少しじゃん。」一瞬の突風に煽られたかのような感覚になりながら祐は、送られてきたPDFをダウンロードする。


『等級零の情報及び※魔性中毒の被害の記載』

一文目に太文字のフォントで書かれたそれを見て祐は、(そら)に向かって大きく溜息を吐き捨てた。

「これは、一度家に帰ってから読もう......決して逃げてるとかじゃなく今この状態で読んだとしても頭に入らない可能性の方が高いわけだしな。うん。」

逃げるように画面を消すと、黒い液晶に祐の顔が写っている。




 一週間に一度、祐と八田と土屋の三人が同じ時間に帰宅する日があるがそれはどうやら今日らしい。この学校きっての問題児三人衆は、相も変わらずくだらない話をわいわいと展開していた。

「なぁやっぱりあの転校生ちゃんは、貧乳の方が映えるってうたやろ。」

「納得いかねぇな.....日本男児だけでなく、男児は皆大きな胸こそ至高だと思うけどなぁ。」

「まだその話してたのかよ。」

二人の話的にどうやら、アンケートの末に時雨は今のまま貧乳の方が良いという結果が得られたのだろう。はぁぁ....と呆れるように祐が溜息を吐いている最中も二人は議論を展開していた。

「いやぁ。八田ちゃんの意見はもっともの話やと思うわ。何せ鬼の風紀委員長さんが、あんなに恐ろしいのに男子に密かに人気があるのはあの胸部装甲のおかげやと言っても過言ではないしなぁ。」

「だろぉ。だからこそそれが、霧太刀さんにも在ったらっていう考えが一般的じゃねぇのか?」

「いいや、それはちゃうな。八田ちゃん美の女神ことアフロディーテは比較的に小ぶりな胸で彫刻にされることが多いそれはなぜやと思う?」

「..........はっ!!まさか!?」劇の一場面のような余りのオーバーリアクション。

「そう。そのまさかや。無い方が時には美しいこともあるという事実。」

頭から霹靂を喰らったかのように八田はそのまま地面に崩れ落ちて、四つん這いの姿勢を取る。

「くっそ...お、俺が。この俺が浅はかだったと言うのか!?」

「えっ?何八田泣いてんの?」

ウソ泣きなのかそれとも心の底からの悔し涙を流しているのかの区別がつかない祐は、真剣な表情のまま八田の肩に手を乗せようとすると土屋は祐の手を横から握り止めた。

「そっとしておいてやれ鬼ちゃん。今八田ちゃんは、男としての階段を一歩昇っている最中なんや。それを邪魔するのは野暮ってもんやろ。」

「土屋.......。いや、普通にここ道端で白い目で見られてるから。普通に恥ずかしいから。ってかこんな事ばれたら明日荻野内にまた〆られるぜ。今日こっぴどくやられたんだろ?」


ドサっ.....。


「あ?」

何気なく土屋に放った一言の後今の今まで左に居たはずの土屋の姿が祐の視界から消えた。何事かと思い視線を下ろすと両肩を持ち震えている土屋が居た。

「お前は、何をなさってやがるんですかい?」

「お、おおおおおおおお思い出させんなよ。鬼ちゃん....あの地獄の様な鈍痛が蘇ってきやがる。うっ何か吐きそう。」

一人は四つん這いになりながら悔し涙を流し、一人は恐怖に打ち震え、そして一人は何もせずとも目立ってしまう白く長い髪を携えている。人の目を引くのには十分すぎる情報量で、通りすがりの一般人に写真を撮られる始末となってしまっている。

「おい!!普通に俺まで変人に見られるだろ!!!さっさと起きろよ!!」

だがその願いを込めた叫び虚しく、問題児二人は立ち上がろうとしない。時間が経つごとに人の数が増えていき、無論その中には祐の知り合いもいるわけで


 「ちょっとあんた達。こんな公共の場で何をしてるのかしら?」

聞き馴染みのある声が、がやの中から鋭く祐の鼓膜を揺らす。これほどまでに鮮明に聞こえるのは一体どういう訳だと祐は足りない頭脳を巡らしながらその声の元に首を回す。

 理由は単純で難解なモノでは無かった。

「聞いてるのかしら?鬼川?」

「は、ははははっは......」

笑うしかなく笑った祐のそれは、余りに乾いていて絶望と言う絵の具を塗るのには十分であった。胸の下で腕を組み睨みを聞かせながら気迫のみで祐を圧倒して見せる清廉白日がそこに立っていた。

「はぁぁ....まぁここは私の管轄外だし、あんたの髪型にどうこうここでは言わないから安心しなさい。それよりもまずこの阿呆どもを退かすのを手伝いなさい。」

震えている土屋の頭を平手でバコンと叩き、そのまま後ろ襟を握りしめ引きずりまわしている。

「..........えぇぇ。」

一般的な体格をしている土屋を引きずる力が、あの細腕のどこに滞在しているのだろうかと祐は不思議と感じつつ畏怖の感情が込み上げてきた。

「何してるの鬼川!?そっちの大男はあんたの役目でしょ!!」

ぴしゃりと自身の名を呼ばれた祐は、はとし四つん這いになっている八田を何とか立たせ清廉と土屋が居る路の端に連れて行った。




「それで?何をやっていたちゃんと聞かせてもらうわよ。」

土屋と八田の二人が落ち着き、清廉も一息ついたところで二人を問い詰め始めた。校舎外もあってか清廉の怒号は普段より控えめだった。

「俺は、女性の胸の奥深さに打ちひしがれていたとこr──ぐはっ!!!」

隠すことも無く真直ぐなまなこで答えた八田の腹を清廉は正拳で一突きに落す。恐らく今日二度目の鳩尾への攻撃だろうとそれを隣で震えながら見ている土屋を目にして祐はそう感じた。八田のノックアウトを確認した清廉は次に標的に視線を合わせ、土屋は額から冷や汗を一筋垂らす。

「それで学校一の秀才である、あんたは一体何をしていたのかしら?」

「お、俺は荻野内ちゃんの腹パンの痛みを思い出してな。それでそれに打ち震えていたという訳やねぇ。」

「はぁぁ...そう。ならあんたには────

(あんたには?)濁すような言葉尻に土屋は首を傾げる。

瞬間。美しい軌道を描いた清廉の平手は何の障害を受けることも無く土屋の右頬を捉えた。


 スパンッ!

と夏の熱さを一刀両断するような美しく心地の良い破裂音が一閃。だがやられた当の本人はと言うと見事なやられっぷりで地に伏している。

「か弱い少女に、身体を預けるような不届き者にはちょうど良い制裁ね。」

一仕事を終えた殺し屋さながらに両手をパンパンと払う清廉の姿は一学校の風紀委員長とはとても見えなかった。どちらかと言えば番長の二つ名がお似合いだろう。

「清廉は随分暴力的だなぁ.....それじゃあ貰い先が無くなっちまうぜ。」

「鬼川は黙ってなさい。そもそもはあんた達のせいなんだから少しは、反省したどうなの?」

「いや。だから俺は今回何もしてねぇって!!」

「ふぅぅん.....」その眼には信用と言う二文字は書かれていなかった。

「いやホントだって。だから俺の事は殴らんといてくれ!」

「あんたの事は殴るつもりはないわよ。それに殴ったところでどうせ全部避けちゃうんでしょ?雅ちゃんが言ってわ。」

(ん?何で荻野内が。)

「それじゃ私は帰るから、あんたもそこの阿呆共も寄り道しないで帰るのよ。」

「「りょ、了解しました......」」

痛みに耐えながら口にした二人の言葉は、掠れがかっていた。

「それと今日もまたよーく逃げてくれたわね鬼川。明日は覚悟してなさい。」

「りょ、了解でーす。」

引き攣った笑顔を浮かべ、ふざけ交じりに去っていく清廉の背中に祐は敬礼をする。

「まさか、今日二度も嵐に遭うとは.....祐じゃねぇけど。今日の不運ぶりには流石の俺も溜息の一つも吐きたくなるぜ。」

「同感や八田ちゃん。」


 はぁぁぁぁぁ........


二人は目を合わせ、からかいを覚えた子供の様にわざとらしく祐の溜息らしく吐いて見せる。

「お・ま・え・らなぁ。」

祐は眉間に青筋を立てつつ目を細める。

「まぁそう怒った顔せんで、俺らもはよ帰ろうや。明日は情報の小テストだし勉強せんといけんしな」

「「えっ!!テストぉ!!?」」

「あはは。息ピッタリや、知らんかったんか?成績に関わるてすとやから、虎丸ちゃん勉強しろー言うとったぞ。」

「そ、それは一大事だ。八田!!ご武運を。」

「こちらこそ!!鬼川一等兵。」

「勉強の事となると出てくるその団結力は、相変わらず訳が分からんな。」

一瞬のやる気を漲らせ祐と八田が、鞄からなけなしのノートを取り出そうとする。




 震えていた。



どういう訳か祐の右手は、脳の命令を無視するように震えていた。

 いやそれだけではない。肩 首 頭 胴 脚 膝全身の至る所が小刻みに震え続けている。普通では無かった。初めての経験だった。

「ん?どうしたんだ祐?そんなに震えて。あっまさか明日追われるのを考えたら震えて来たかぁ。」子馬鹿にするようににやりと八田が祐に喋りかけてくる。

そうなのだろうか?祐は八田の言ったその一言の通りに震えているのだろうかと考えた。

 しかし、おかしい。在り得ない。異様の二文字に形容される感覚だった。

 背中に嫌に冷たくドロッとした汗が湧き出る。喉に溜まった唾をごくりと飲み込み、恐ろしくも祐は感知を広げた。



 遠くに居ながら晄と多大な存在感を放っていた魔力が居た。

 それも近くにいた。恐らくそこに居る。半径にして20m圏内にそれはいる。

 猫の様に髪の毛はぞわりと逆立ち、全身に鳥肌が立ち込めた。


「お、おい。ホントに大丈夫か祐?何か変だぞ。」

「悪いもんでも食うたか?」


 行くべきではない。そこに行くべきではない。10m程歩き人気のない左の路地に行くべきではない。

 


 いや。行け。お前が鬼川祐であるならば、行け。

感知の精度が高すぎる故、それは自分自身では敵わない(つわもの)であることは即座に理解できてしまった。しかし、それでも人間と言うモノは愚かなものであり怖いもの見たさと言う好奇心がそのストッパーを破壊する。

 誰に従うのでもなく、只己の欲望が儘に祐は走り出していた。学校指定の黒い鞄を投げ捨て、走り出していた。背後で祐の名を強く呼ぶ二人の友の声が祐の鼓膜を揺らしたはずだった。それでも祐は止まらなかった。まるで何かに憑かれた様に祐は魔力の先に向かった。

 たかが10m。闘力を用いずとも走れば5秒とかからないその距離。だがどういう訳か鬼川祐にとってその距離は見た目以上の距離に感じられた。

 角に着き左に急旋回をした瞬間、何者かが祐を睨み付けたそれはその魔力の主なのだろうかと祐は考えつつも路地を見る。


「んな莫迦な......。」

 居なかった。それどころか先程まで感知せずとも体にびしびしと伝わっていたはずの魔力すら消えてなくなっていた。無論残穢も。祐は先程まで居た新道路と旧道路を繋ぐ路地の中央まで走り周りを目を皿にしながら見渡した。不意に目に付いたのは、ビルの階段に繋がる裏口が開いているという事実だった。逃げ込んだのだろうか?などという推理を働かせる前に祐の体は勝手に動いていた。足を一歩踏み出すと何かにぶつかった、足を触れ合った面積にしては随分と重たいそれに祐は視線を下ろした。

「..........清廉?」

幸運なのかそれとも不幸なのか。祐は見たくもないモノを目にしてしまった。片膝を着き、耳を清廉の口と鼻に寄せる。

 息が止まっていた。

(魔力を帯びてる?何で清廉が.....)

「ハッ!!」

何かを思い出した祐は一心不乱に時雨から送られてきたPDFを開いた。そこに何か答えが乗っていたそんな気がしたからだった。

「おぉぉ鬼ちゃんここに居たのッ......それ清廉さんか?」

「あぁ紛れもねぇ清廉白日だ。呼吸が止まってる土屋は今すぐに救急車に連絡してくれ!!」

「おぉ!!分かった....えぇっと119っと。早く出てくれよぉ。──────」

「魔性中毒.....これだ!!えぇっと下の方に注釈が──────

急いでスクロールをしようと右手人差し指とスマホを支える左手が小刻みに震え始め、画面の文字が歪む。

「クッソ!落ち着けッ!!!」

右の拳を固く握りしめこめかみの辺りを思い切り強打する。アドレナリンによる一時的な震えの緩和ではあるが、文字が読める程に震えは収まった。

「※1魔性中毒:魔力に対して適性を持たない人間が、一定以上の魔力を供給されることで起こる中毒症状。症状の一例として呼吸の停止や末端の震えなどが生じる場合がある。治療としては、巫力による中和反応で一刻も早く施す事。あんがとよ時雨さん!!!!」

持っていたスマホを投げ捨て、祐は持ちゆる感知能力を全て目の前の清廉に捧げた。

「..............。良しッ。すまん清廉胸触るぜ。」

若さのお陰か、仰向けになっても形の崩れないその双丘に右手を押し当て、祐は落ち着て巫力を流し込む。

(魔力で中毒反応があるなら、その対の巫力も同じはずだ。失敗は許されない....いや俺が失敗するはずがねぇだろうが。)

感知を切らすことなく、巫力を扱うという同時処理は脳に多大な負荷を掛ける作業であり。額に一筋の血管が走ったと同時、祐の右の鼻の穴から血がたらりと垂れる。

「良し出来た.....おい!清廉!!おい清廉!!!!!」

肩を揺らし、彼女の名を強くそして何度も叫ぶ。

「......ゴハッ!!!」

閉じていた気管が開いたのか、何なのかは祐には分からないが清廉が呼吸を再開したという事が分かればそれで充分だった。

 素数番街の技術力とは素晴らしいもので、まだ2分も経っていないというのに既にサイレンの音が近づいてきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ