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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
7/23

6 不可能という言葉

続き。


 天童高校正門前。16時に成りかけていると言うのにまだまだ日は落ちないこの頃、相変わらずかのように溜息を吐き捨てる男の姿があった。

「バカな....今日の俺の運勢は良かったはずだ。それなのにどうして?.....」

唐突な不幸との対面を経て祐は肩をがくりと落とす。

「あれは、よくあることなんですか?」虎丸との談笑後祐を待ち続けていた時雨が祐に問いかける。

「あぁよくあることだな。清廉に見つかればどんな時間帯だろうが確実に追われる。ったくふざけた野郎だぜ。」

「彼女は一体何者なんですか?」

「清廉白日。この学校の鬼の風紀委員長の異名で通ってる人間だよ。生活指導の教師たち以上に校則を破る人間を取り締まるまぁ検問人なんだけど、俺が入学したての頃から髪切れ!髪染めろ!って言って追いかけまわしてくるんだ。」

「? それなら彼女の言う通り髪を切って染めれば何も問題は無いのでは?」

最もな解決策を時雨は口にする。だが、祐は肩を落としながら甘い甘いと言わんばかりの目を時雨に向ける。

「俺のこの髪の毛は地毛だし。伸ばした覚えも無いし。だから清廉の言う通りにしなきゃいけない道理がないんだよ。」

 はぁぁ....

と頭を掻き毟りながら帰路に着こうと足を進める。

「鬼川さん何処に行くんですか?」

「ん?何処って───あっそっか。これから買い物行くんだもんね忘れてた。」

鬼川荘とは反対側に位置している拾九番街のビル街に進行方向を変えて進み始める。

 この街に来て三年も経つ祐だが、実際店が建ち並ぶビル街に足を進めるのはこれが初めての事だった。これと言った理由は無いのだが、やはり販売されている物の値段が高いことが守銭奴な祐に足枷を付けさせた。

「それにしても素数番街というのは、栄えていますね。何処を歩いていても新宿の中心と然して変わりないですから、流石は世界一の未来都市。」

「そういやぁ時雨さんってこの街の外から来たんだよな?」

「えぇそうですが。それがどうか。」

「外の景色ってどんな感じなんだ?この街とあんまり変わらなかったりするのか?」

「主要都市の中心区域と比べるば同程度ですが。街並み全てがこのレベルというのは、外の住民からすればやはり異常ですね。──────それに外には電柱が立っていますし、モノレールがこんなに入り乱れてもいません。」

「電柱?」

聞き馴染みのない言葉が時雨の口から発され、祐は反射的に言葉を繰り返した。

「えっ、電柱を知らないのですか?」

「うん。」ふざけている訳でもなくひたすらに純粋に満ちた顔で祐は即答して見せる。

だがそれと見事に対比するような、感情が入り乱れた表情を時雨は顔に乗せる。

 常識などというレベル感で括れない程の知識。阿保や馬鹿などと罵れない程に心配になる事実。

「冗談とか洒落とかではなく.....?」

「ガチですけど....」

時雨の本気の困惑顔を見た祐は、直観的に自身が途轍もない何かを口にしてしまったのではと懸念する。

「もしかして、知らないなんて人間じゃねぇ。みたいな感じの単語だったり?」

はい。と短く肯定されてしまったらどうしようかと怯えながら、祐は時雨の顔を見る。しかし、意外にも時雨は即時肯定をしなかった。顎に手を当て、眉間にしわを寄せる。

(いや、彼はエピソード記憶と意味記憶を同時に失っているから当然の事なのでしょうか?)

「いえ。まぁこの街で生きていく上では不必要な知識ではあるので。忘れてください......」

そう言い切ると、時雨はビル街に向かって止めていた足を再び進めた。

「えっ!?教えてくれないの?ちょっと!?時雨さん!!」

夕日が差し込む時雨の背中を祐は声を掛けながら追いかける。



 267万円。

「ありゃ?久々に確認したら、むちゃくちゃ増えてるじゃねぇか!....あぁそっか。ここ最近等級弐以上の個体刈りまくってたしな。そっかそっか。」

数か月ぶりに見たであろう銀行の預金額。貯まりに貯まった祐の報酬金を見た祐は、それに陶酔し無意識ながらに口角が上に上がる。

「10万円とか言ってたけど、一応20万くらいだしちゃいますかぁ!!」

気分が昂ぶり発した大声に周囲の人間は冷ややかな視線で応える。金の力とは恐ろしいもので、鬼川祐ならば委縮するであろうこの状況も半ばへっちゃらになっていた。

 

「随分と機嫌が良さそうですね?入る時とは大違いですよ。」

「えぇぇっへへへへ。いやぁねぇ....」

「?」

その顔を見るなり時雨は、首を傾げならが怪訝な顔をする。

 

はぁぁぁ..........何で?何でまだ財布に食費とか入ってるのに銀行に俺は入るの?......クッソ。液晶の板風情が。


銀行の自動ドアを潜る際、ぼやくように祐が口にしていた言葉を時雨は思い出しながら祐を撫でるように見つめる。気味が悪い程のにこやかとした表情と他人に見せびらかすように扇状に持っている明らか10枚以上ある札が目に付く。

「それ、20万近くありますよね。」

「まぁねぇ。よっしそれじゃあ時雨さん行こっか!!」

人を2、3人は跨げる程に脚を広げながら祐は歩き出した。周りの目を一切気にせずにしている大笑いは聳え立つビルのガラスに幾度も反射し疑似的な木霊を創り出している。



「20万5000円ですね。」

にこやかに携帯ショップの店員がそう祐に告げる。あれ程騒がしかった祐がピタリと呼吸を止めた。時雨はその祐の背中を静かに見つめる。

「.............。」

「お、お客様?......」つい一瞬前まで饒舌だった祐に声を掛ける。

「お客様?どうかなさいましたか───?」

二度目店員が話しかけたタイミングで、時雨が深く溜息を吐いた。

「すみません。少し彼をお借りします。背後に居た時雨が二人の間に入り込み固まっている祐の胸ぐらをつかんだ。右手は高らかに掲げ手の指は限界まで開かれている。

スパンッ!!!

静寂を切り裂くような破裂音が鳴り、祐の首は思い切り右に傾く。「っあぁぁぁ!!!」体中に雷撃が走ったように目を覚ます。

「起きましたか?さぁ。早く、スマホを買ってください。」

「あぁ時雨さん。何かまた口の中に鉄の味がするんだけど?.....」

「あぁお客様お気づきになりましたか?」

普通に引いた表情を見せつつも、プロとして接客業を全うする。

「すみません。あぁ20万と5000円でしたね....余りに衝撃的過ぎる値段だったので、一瞬冥府の園が見えてましたよ。ハハハっ!」

そう言いつつ祐は、安物の財布からは似つかわしくない引き出した20枚の万札と元々財布に入っていた1枚の万札を纏めてカルトンの上に置いた。

「それでは、お確認させていただきます。」

視界の上から伸びて来た店員の手が視界から消えると同時に大量の札が消えていった。札束の辺を整えると店員の手元に置いてある仰々しい装置にそれを乗せた。


 210,000

bit単位の光の集約によって形成された数字列を見て祐は、心の内で溜息をどっと吐き捨てる。


 はぁぁぁ.....

携帯ショップから外に出ると、日の色が紅く変わっていた。そろそろ遊びを終えて、寮の門限に間に合うように駅に向かう学生の数が多く見受けられた。

「はい。」

ぶっきら棒に祐はスマホ購入時に入れさせられた、アプリの画面を見せる。初期アイコンに鬼川祐とだけ書かれたハンドルネーム、そしてその下にQRが表示されている。

「これで連絡先を交換するんでしょ?」

「では....」

時雨はスカートのポケットからカバーの無いスマホを取り出し、そのQRコードを読み取る。スマホと数秒睨めっこを終えた時雨は「登録出来ました。」と静かにそう告げる。ピコンと電子音のお手本のようなそれが祐の手元から鳴り祐は視線を落とす。

 

 Shigureと友達になりました。


祐のスマホの画面にはそう表示されているバナーを祐は右手人差し指で押す。画面が瞬時に切り替わると真っ新のトーク画面に連れてこられた。

「これでいつ何時でも連絡が取れるようになりましたので、試しに何か送ってみてください。」

「お、おう分かった.....」

メッセージを入力と書かれた部分を画面下からキーボードが現れ、祐は数秒の沈黙の後首を傾げる。

「なぁ時雨さんこれどうやって、入力するんだ?俺このフリック入力?ってのいまいちよくわからなくてさぁ...」

目線を上げ助けを乞うような目で時雨を見つめる。

「それはですね──────

 

 そこから数分の間、時雨は懇切丁寧に現代人の文字の書き方を祐に教え込む。大した関門では無いはずが、濁点の入れ方や拗音の入れ方の理解に祐は苦しみ、同時に言語化に苦しむ時雨の姿が見られた。


「──────何と無くですが分かりましたか?」

「あ、あぁ分かった気がする....多分。」

祐は頭を掻き毟りながら時雨の説明を脳内で反芻する。

「それでは試しに私にメッセージを送ってみてください。───そうですね、『こんばんはよろしくお願いします。』とかどうですか。」

「分かった。えぇえっと.....こ、ん、ば、ん、は、よ、ろ、し、く、お、ね、が、い、し、ま、す。はい!!」

言葉の勢いとは対照的な遅い入力を終え、送信ボタンの役割を担うのであろう矢印マークを人差し指で押す。

 ピコンと再び電子音が鳴った。しかし此度は祐のスマホではなく、時雨の方であった。『こんばんはよろしくおねがいします』と口にした通りの文面を時雨は見つめる。

「本日の任務も終えた事ですし、今日はこの辺りで解散にしましょうか。」

「そうだな。けど、わざわざ今日付き合ってもらったし良かったらだけど、送らせてくれ。」

「お気持ちだけ頂いておきます。面倒を掛けるわけにも行きませんし。」

ぺこりと頭だけ軽く会釈してから時雨は、祐に背を向けて歩き出した。

「それじゃあ気を付けろよなぁ!」

「はい。鬼川さんも。」首を左に旋回させ再び軽い会釈をする。

「俺も帰るとするかな。」

左手に持っていた新品のスマホを丁寧に左ポケットに入れてから祐は駅の方に向かって歩いた。入り乱れる歩道を歩きながら祐は周りの人の様相を確認する。複数人で歩いている人間以外は、まるで取りつかれたかのようにスマホ片手に画面を見続けている。

(連絡する以外にも用途があるんだろうけど、ずっと見てて楽しいんかねぇ?)

懐疑的な思考を持ちながら祐は歩き、ふと信号で止まった所で駅の上に表示されているホログラム掲示板を見つめる。

 『本日、17,19の合わせて二つの番街で怪事件被害が在りました。被害人数は計5人で全て高校二年の学生被害に遭われています。』

「えぇ高校生の被害だって。うちらも気を付けないと危ないんじゃないかな?」

「縁起でもない事言わないでよ....」

「だって....。」

震える声で懸念と言うべきか、怖気による言の葉を紡ぐ。

(二つの地域だし、やっぱり天山の辺りか?ここなら俺の感知が届く範囲だしちょっと広げてみるか。)

目を閉じ普段は、魔電気を感知で拾わないよう縮めていたそれを全開まで広げる。

 夜空に星が点々と輝くように祐の頭の中に数多の点が広がる。だが、それの殆どは地下を流れる魔電気によるものであった。

(ったく!ホントに邪魔くせぇなこれはよぉ!!!)

眉間に皺をぐっと寄せながらも感知の範囲を広げ続ける。信号の色が変わり辺りの人が歩き出すが祐は関係ないと言わんばかりに集中力を高める。


 晄ッ!

ここから凡そ数キロは離れている場所に、魔電気とは余りにかけ離れている魔力が現れる。それは祐が今まで感じた魔力の大きさとは一線を画すレベルのモノだった。間違いない。祐はそう確信する。

「零だ。」

瞼をゆっくりと開け点滅を始めた信号に見向き見せずに交差点を全速で駆けだしたが、数百メートル走ったところで祐は足を止めた。体力的な限界を迎えたのではなく時雨に連絡をしなければいけないという責務を思い出したからだった。

「一応報告だけはしておこうかな。えぇっと電源を付けて、アプリを起動して、ここをタッチして.....

つい先程手ほどきを受けた工程を思い出しながら時雨にメッセージを送る。『とうきゅうぜろのまおんをみつけたかもしれないから。ついせきします。』

「こんな感じで大丈夫かな?」

自分自身で打った文章に疑問を持っているところ、物の数秒で祐のメッセージに既読の文字が添付された。

『本当ですか!?今からそちらに向かうので、人気のない路地裏などに足を運んで、身を隠しておいてください。隠せましたら連絡を。』

「路地裏って言ってもなぁ....」

スマホを持ちながら辺りをぐるりと見渡すと、お手本の様な路地裏に繋がらる道を見つけた。「あそこなら、人は居ないだろ。」小走りでその人一人分の隙間に足を踏み入れた。



「あぁ?んだお前?」

(ミスったぁ....こんな時に不良に絡まれるとは!どうしたもんかねぇ。)

嬉々として入ったのは良い物の、どうやらこの辺り一帯の不良集団のある種巣窟に祐は踏み入れてしまった。別にボコボコにされることに対してどうこうなどは祐はこれぽっちも考えていなかった。それ以上にこの場をどのようにして穏便に済ますかを祐は考えていた。

「えぇっと、まぁあれだ。普通にここって何処に繋がってんのかなぁていう好奇心でここに来ちまっただけだから。あんたらに迷惑を掛けるつもりは無いから。」

............。

見るからに騒ぎ立てそうな不良どもはそれぞれの顔を見合う謎の静寂を創り出した。いっそ直ぐにこの場を離れようか考えたが、後の面倒を考え祐は後ずさり一つしなかった。男たちの足元を見ると吸い殻に、空いた酒缶がこれでもかと乱雑に投げ捨てられていた。瞬間

「ギャッはっはっはっはっはっ!!!!!!」

まるでため込んだ風船の空気が一気に放出されるかのように笑いがこの狭い空間に広がり、その煩さに祐は咄嗟に顔を顰め耳に手を当てる。

「お前見てねぇな軟弱な野郎が、俺たちに迷惑を掛けるだぁ。ハハハ!!面白い冗談じゃねぇか。」

金金に髪を染めたタトゥーだらけの男が祐に詰寄ってきたが、祐は物怖じすることなくボケっとその男の顔を見返した。

「別に冗談じゃないし。何か酒臭いから離れてくれんか?」

「んあぁ!!んだとごらぁぁ!!!」

祐の端的に言い放った一言が男の脆過ぎる堪忍袋の緒を軽く斬り伏せて見せた。

「だから顔を寄せんなって。あんた歯磨いてっか?」悪気の無い天然の煽り、故にその逆鱗の撫で方は完璧。

「調子こいてんなよぉガキ!!!」

祐より二回りは太いであろう腕で男は祐の胸ぐらを思い切り掴み上げた。夏服の襟部分がひしゃげ甘く掛けていたボタンが無理に外される。だが祐は毅然と男の目を見続けていた。

「なぁ、こんなところで俺を殴っても何にもならないぜ。それに──────

祐が言葉を紡ぎかけていたところに、男の右拳が祐の左頬目掛け

 ドス。

一閃。だがそれよりも早くそれよりも強く祐の拳が男の鳩尾を捉え、へなへなと男は膝から崩れ落ちる。

「お、おい!!」

先程まで身体が揺れるほどの哄笑をしていた不良たちは明らかに狼狽の雰囲気を醸し出し始めた。

「俺は迷惑を掛けるつもりはないって初めに言っただろ。」

腹部を抑えに目も向けず、祐は握られた襟元を直しながら後ろに居る20人近くの不良集団に言い放つ。

「悪いんだけど、少しだけで良いからここから立ち去ってくれないか?本当に一瞬だから頼む。」襟を直し終えると祐は、腰から礼をする。何かしらの反抗を提示されると祐は考えていた。何の障害も無いまま事が進むなど幻想でしかないとそう思考を研いでいた。

 しかし、

「わ、わかった。」

偉くおびえた様子で、一番初めにとって掛かってきた男がそう言った。それに続くよう周りの不良たちは、その場を後にしていく。

「?まぁこれ以上の暴力が発生しないならいい事なのか、な?あっ!!そうだそうだ、時雨さんに連絡しなきゃ。」

『ひとけのないろじうらにきました。』

送信。それと同時、一切のラグもなく既読が付いた。そしてそこから刹那

「着きました。」

不良が居なくなり虚空と化したそこに、唐突に時雨が現れた。

(家から消えた時の、対角の術式.....瞬間移動ってわけなんだろうけど、よぉ分からんわ。)

「こんな場所がこの街に在ったんですね。それにしてもこの街に似つかわしく無い程に汚らしいですね。後妙に酒臭い....」

「すぐにここから立ち去るって約束してるから話は外に出てからにしよう。」

「約束?」怪訝な顔をした時雨は細い路地に歩き出す祐の後を追った。

外に出ると、裏路地の終点を巣窟にしていた多量の不良が出入口となる場所で煙草を吹かしながら屯っていた。

「あぁ、もう戻ってもらって大丈夫だから。ありがと!!」

祐が軽く会釈するのを不良達は見続けていたが、その後ろから突如居るはずの無い時雨が現れ全ての視線を時雨に集中させた。

「なっ、なぁさっきまであそこあの白髪のガキしか居なかったよなぁ....」

「そ、そのはずだぜ。あの美人どっから?」

摩訶不思議な光景を目にして不良どもは、再び狼狽する。




「それで、等級零は今どこに?」

「今探してるからちょっと待っててくれ......」

仇でもある魔陰が居ると知った時雨の言動にはどこか焦りが感じられた。やけに急いでいるというか、どちらかと言えば落ち着きがない様であった。

(おかしい、さっきと同じ範囲内でしかもさっきよりも魔陰に近づいてるハズなのに等級零は愚か、魔電気以外の魔力が消えた!?いや、もっと広げろ.....)

眉間に皺を寄せ額を拳で何度も小突く。

 ポタリ。ポタリ。と黒の混じった血が地面に落ちる。それは、額からではなく鼻から垂れたモノだった。今までになく感知の範囲を広げすぎた代償とも言える鮮血を見て時雨は祐を止めに掛かる。

「鬼川さん!!一度感知を切ってください。それ以上は危険すぎます。」時雨は祐の肩を握り、前後に揺らした。

「.......悪い時雨さん。見当たんねぇや。」

重い瞼を開き祐は時雨を見上げつつ鼻の下を親指の付け根部分でふき取る。かなりの量が垂れ出ていたのか、手に着いた血は中々乾かなかった。

「時雨さん一つ良いかな。時雨さんの先代の相方の浩二?って人はどうやって等級零の個体を探し出したんだ?」

「感知。後は被害状況からの情報整理でしたね。それがどうか?」

かつての相方の仕事を思い出す素振りも見せずに時雨は即答して見せた。

「そっか。じゃあ時雨さん悲報って奴かな.....恐らく俺と時雨さんだけじゃあ零の尻尾は掴めても正体を見ることはとてもじゃないが無理に等しい事が分かったよ。」

苦い表情を浮かべながらも祐は口だけは笑って見せた。何かしらに絶望をするかと考えていた時雨だったが、一切の狼狽えを見せず只祐を見つめた。

「今結構脳の処理が追い付かないぐらいの力で感知範囲を広げたんだけど。魔力は愚か残穢すら拾えなかった。多分相当遠くまで行ったのか、魔力を完全にオフにすることが出来るかのどっちかだと思う。」

「鬼川さんが、感知した時はどのあたりに?」

「天山の弐番大学の研究地として使われてる確か....第73研究所?だっけな。行ってみるか?」

「いえ。恐らく無駄足でしょう.....仮に行ったとしてもせいぜい見つけられるのは、足跡程度ですから。」

先程までの急ぎ様は何処ぞにと言わんばかりに時雨は、落ち着いていた。悲しみも哀愁も無く只、無に近しい表情だった。

「ごめん時雨さん。期待させるようなこと言って....」

祐が頭を下げ、下唇をそっと噛み締めると時雨が口を開いた。

「鬼川さん。この世に不可能という文字はあると思いますか?」藪から棒な問だった。

「あぁ無論。」

「私の師に当たる人が昔幾度となく私に呪文のように唱え続けてきた言葉が在りまして、不可能という文字に直面したら人間は初めて死ぬ気で事に掛かることが出来ると。」

「............。」

「不可能であるならば、探すまでです。」

時雨の顔はいつになく真剣だった。言動こそ揺れ動こうが、顔だけは氷漬けにされているかのように口角一つ変えない彼女の目には、氷を解かすのに十分すぎるほどの熱を帯びていた。

 

 はぁぁ.....

と祐は溜息を吐いた。それは他でもない自分自身に対して吐いたものだった。

(俺は、陶酔してたし何より時雨さんを見くびってたなぁ.....この人見た目からは想像もつかない程気合と根性で形成されてやがる。)

「じゃあ俺も頑張る。相方が覚悟を決めたんだったら弱音何て軟弱なもんは、吐いちゃあいけねぇもんな!」

祐は目を細め、二ッと両方の口角を上に吊り上げた。

「そうだ。時雨さん『博士』の場所に行こう。あの人なら何かしら知恵を貸してくれると思うしね。」




 研究机の上には、驚くほどの書類の山が築かれており。足元には大量のゴミ袋が転がり落ちていて、ボロボロの赤いソファーには短い髪の毛が落ちていて....と、とにかく辺り一面ゴミに囲まれた研究室に祐と時雨は訪れた。

「おーい博士ぇ!!!居るなら返事してくれぇえ....」

帰ってきたのは、祐の声の反響と静寂だけだった。

「こんな所に弐番街の研究員が住んでるんですか?」時雨はゴミ屋敷を見つめながら祐に尋ねる。

「あぁ。基本的な家事は全くできないけど、まぁ頭が良くて四神力も使えて、おまけに天才的な人が住んでるんですよ.....。よっこいせおーい博士ぇぇぇ!!!あれぇ?おっかしぃな。倉庫の方かな?ちょっと時雨さんそこで待っててくれ。」

祐はクッションとしての性能を放棄したくたくたのソファーを指さして、奥の扉に歩いて行った。その歩き方は深く雪が積もったときにしか見ないような大股であった。鉄製の重めかしい扉を拳の第二関節でゴンゴンと強めに祐は叩いてく。「博士ぇ入るよぉ!」と言うよりも早く扉を開ける。そこは、間取り上倉庫として使っていると博士は祐にそう伝えていたのだが、相も変わらずゴミ屋敷っぷりに祐は落胆の溜息を吐く。

「前回来た時に一緒に掃除したのに....何で物の数日でこんなに溜まるのかねぇ?」

後ろで一つ結びにしている紐を一度解き、長い髪を揺すってから今度はお団子状に髪を纏めた。散らばっている空き缶やペットボトル、そしてコンビニ弁当の空き容器を退かしながら祐は進み続けると、不意に角のゴミが動いた。何かいることは確定したが、それはネズミやゴキブリと言った大きさの生命が成せる揺れではなく。もっと巨大な生命モノ成せるような揺れだった

「そこに居るのか。よっこいせっと。」

祐が近づくごとにそのゴミの揺れは激しさを増していき、「博士今掘り起こしてやるから待ってろよぉ。」と祐が声を掛けると中から甲高いうめき声のようなものが聞こえて来た。積もっているゴミを上から一つずつ崩壊しないよう丁寧に取り除いていくと、その声も少しずつ通るようになり、果てには博士の童顔の一節がちらりと見え始める。

「おぉ祐!すまんのぉ。掃除をしようと思い立ったのは良いのじゃが、足を滑らしてゴミの山に頭から突っ込んでしまってなぁ。それでこの状況にっていう訳じゃ。」

「今から引っ張りあげるから俺の手掴まってくれよ。」

恐らく博士の腕が生えているであろう部分に腕を突っ込み、手を握っては閉じてを繰り返し博士の腕を探した。

 

むに。と柔らかくそして押し返してくるような感触が祐の手いっぱいに広がった。それは腕にしては余りに柔らかく頼りないもので、そして男を癒すには余りに優れ過ぎている柔らかさだった。「あれ?」

 祐が首を傾げ、埋もれている博士の顔を見ると真っ赤に染まっていた。狙ったわけでも邪推な気持ちがあったわけでもないが、どういう訳か祐は大当たりを引き当ててしまったらしい。咄嗟に腕を引っこ抜き祐は自身が歩いてきた地面に土下座をする。

「ごめん博士。これは故意的にやったわけじゃなくて。神の悪戯っていうかなんというか。兎に角邪な気持ちがあったわけじゃないって事だけは理解してくれ!!!」

「分かっておる。お主にそういう性的目的があったことが無いこと位、年長者として重々理解しておる。ほれ、さっさと儂を引き上げんか。」

「あっ分かりました。」

今度は気を付けて直線的ではなく横から博士の腕を掴むよう心掛ける。今度は骨ばった細い女らしい腕を握り閉め祐は、力を入れて博士をサツマイモ掘りのように引き抜いた。

 言葉遣いと似つかわしくないような、童顔と160に満たない身長。だがその胸部に備え付けられた装甲は、凄まじくあの清廉白日と同等かそれ以上の物だ。

「ふぅ助かった.....祐よ。」髪の毛や体に付いたゴミを手で払い終えた博士は、祐の方をまじまじと見つめた。

「な、何だよ博士。」妙に改まった博士に怪しさを見出した瞬間。

音よりも早く祐の鳩尾に博士の拳がめり込み、1時間近く前の不良を彷彿とさせるような崩れ落ち方を祐はする。

「これでお相子というモノじゃな。」

「怒ってないって言ったじゃん.....」

「何を言っておる。そんな事は一言も儂は云っておらん。女の乳房を鷲掴みにするような男にはそれ相応の罰が必要と云う訳じゃよ。」

「それは無いって....ッううう。」

鳩尾をさすりながら祐は何とか立ち上がると、博士は研究室に足を進めた。

「客人が来ておるのだろう?」

「え?なんでそれを。」

「ここは儂の研究室じゃ。誰が来たのかなど、手に取るようにわかるんじゃよ。ほれ、主もさっさと起き上がって研究室に来んかい!」

「ったく。」

傍若無人っぷりを遺憾なく発揮する博士に溜息を吐きながら、祐は暗がりの倉庫の扉に向かった。


 開かれた鉄製の扉から博士が顔を出すと、ソファーに座っていた時雨は徐に立ち上がり博士の顔を見つめた。

「おや?客人が来ているとは分かっていたが。まさか時雨ちゃんだったとはねぇ.....久方ぶりじゃのぉ。」妙に口角を上げながら博士は時雨を見上げる。

「はい。大変久しぶりです『葉加瀬』さん....」

未だ痛む鳩尾をさすりながら祐は、扉の外で形成されたそのどことなく気まずい雰囲気を鈍感ながらに感じ取った。





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