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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
6/23

5 知り得た転校生

続き


 六月一日。とうとう五月が終わり夏本番に差し掛かる今日この頃、祐は目覚まし時計の叫びよりも随分と早く目を覚ました。安定の爆発を極めに極めた寝癖を頭に装備しながら体をベッドから起こす。

「くかぁぁぁぁああ....はぁ風呂入ろ。」

野生動物のような欠伸をしてから、軽い足取りで祐は風呂場に向かう。昨日は時雨が去ってから気持ちよく眠れ、厄日で溜まりに溜まったストレスや疲労がきれいさっぱり取れていた。

 どうやら今日の鬼川祐の運勢は悪くなかった。いや、昨日と比べ悪くなることなど冷静に考えても有り得るはずは無いがそれでも平均以上には良いと言えた。深い眠りによって取れたのは疲労のみならず、悪運もまた何処ぞに消えていったのだろう。

 同じ轍は踏むまいと昨日失敗を犯した項目に注意をこれでもかと向けて一つずつ朝のタスクをこなしていく。

 シャワーは温水になっているか。白物と色物を一緒に洗濯機に放り込んでいないか。砂糖と塩を間違えていないか。などなどまぁ時間に余裕がある以上ミスすることの無い当たり前の業務を祐は何の障害も感じずに済ましていく。

「良しっ!一通り終えたところで....今何時だ?」ベッドの上に乗せてある目覚まし時計に目を向ける。

7時46分。

急いでいなくとも昨日の通学開始時刻よりかは前に全てを終わらせた。

「早起きは三文の徳。先人の知恵は偉大なりってやつか。」

ベッドのすぐそばで横になっている鞄を手に取り祐は家を出た。相変わらず誰もいない虚空に形骸化した挨拶を投げかける。ベッドの奥にある窓ガラスにぶつかり微小に声が反射する。だがそれでも挨拶の返しが帰ってくることは無かった。いや当然だった。


 やはり今日の祐の運勢は悪くなくむしろ良い方だった。信号機は全て目の前で青に変わり、昨日の裏返しに的な現象に祐は少々薄気味悪く感じる。

「おはよう鬼ちゃん。今日は早いねぇ、また今日も遅刻かと期待してたけど。」

学生寮が佇む通りを曲がると黒髪センター分けの土屋が目を細めながら祐に近づいてくる。

「人間は日々学習する生き物なんだよ。同じ過ちを繰り返さないように昨日は早めに寝たお陰で今日は随分と調子が良いんだ。」

「それはそれは。」

「土屋っていつもこの時間帯に学校に来てるのか?」

「基本はそうやね。特にこれと言って遅れる要因があるわけでもないし、逆に早く行かなきゃならない用事が在るわけでもないからねぇ。」

「ほへぇー...寮生活ってやっぱり楽か?」

「そりゃあ鬼ちゃんみたいな一人暮らしに比べたら無論は楽よ。けど自由と言う代償との等価交換によって成り立ってるからそこは。」

「なるほどね。」

何気ない日常の一編に過ぎない言葉の投げかけ合いは、時間を忘れさせ尚且つ金のかからない暇つぶしには最適なモノだった。ふと気づいたころに二人は校門を潜り下駄箱までの生徒の足取りによって作られた一本道を踏みしめていた。

 8時08分。始業に近いというのに祐のクラスの人頭は疎らで空席の方が多かった。

「このクラスは相変わらずと言うか....何というか。」机に鞄を置き、教室全体を見回した祐はポツリと呟く。

「まぁ後四、五分もすればわらわらと入ってくるよ。」

そう言うものなのかと思い、祐と土屋は二人席に座り登校中に喋っていた馬鹿話を続けた。土屋の憶測通り空席まみれの教室に人がわらわらと入り込み始業の3分前には全員が教室の中に居た。

 予習に勤しむ者、会話に花を咲かせる者、一人で読書を楽しむ者と言った具合に千差万別の生徒の盛り上がりが絶頂に達した所で前の扉ががらりと開いた。

 身長体重プロポーション、とあらゆる部位が平均的な白衣を着た教師が今にも倒れそうな程にふらふらと教卓に足を運んでいる。天然のパーマが軽く入った茶髪を一つ結びにしているそれが歩く度に左右に振れる。

「はい。それじゃあホームルーム始めるからすわれーー」

気の抜けた弱弱しい棒読みの注意喚起だというのに教室の生徒は反抗する素振りすら見せずに自席に着いた。

「はいおりこうさん。それじゃあ委員長号令お願いねー。」

「起立───礼。着席。」

さながら行為そのものに意味を持たないこの形骸化した風習を終えると、このクラスの担任である虎丸涼は出席を確認し始めた。

 相川、石黒、上田、上原、榎本、鬼川。

「はーい。」自身の名を呼ばれた祐は頬杖を突きながら返事をする。

「ふはぁぁ....返事は伸ばすなよー鬼川。」大口で欠伸をして見せた後虎丸は、出席の確認を進めた。

虎丸涼は普段から欠伸が多かった。寝不足でなくとも欠伸をする人間は時々見かけるが、虎丸の原因は寝不足以外の何物でもなかった。別に彼女が自身の私生活について語ったことは一度として無かった。だがそんなものは彼女の眼の下を見れば明確ではある。

 何せ隈がひどい。その一言に尽きたのだ。黒のマーカーで毎朝書いているのかと聞きたくなるほどに黒くそして深い隈は、白衣と共に虎丸涼の特徴として双璧を成していた。

「(ねぇ鬼川、今日の先生何かいつもより疲れてない?)」

「(んぁ?.....そう、か?)」

不意に隣の席の坂城千尋から話しかけられた祐は、間抜けな反応をしてから適当に応えて見せた。口にしてから虎丸の顔を見ると、彼女の言う通り疲労漂う顔がいつもよりやつれていた。

「(絶対そうよ!先生化粧とかしない人だけど、今日は珍しくファンデーションつけてるじゃない!)」

「(はぁ....そうなの?)」

無論祐は女の肌の事は愚か、化粧の情報など知り得るはずもなくはぐらかし気味に応える。

(はぁぁ....こりゃ長くなるぞー)

些細なことであれ彼女の疑問の琴線に触れると自身の中で一通りの解決を終えるまで坂城は祐に疑問を投げかけ続ける。別に真理を祐に求めているわけではなく、疑問を言葉にすることで自身に問いかけるという行動をしたいがために祐に語り掛けるのだ。まぁ当然祐にとってどうでもよい事を何度も繰り返し問われば溜息の一つも吐き出るというものではあった。

「(絶対何かあるはず.....鬼川はどう思う?)」

「(さぁ....)」頬杖を突き直し祐は廊下を見ながら相槌を打つ。

「(私的には、新しい男の人が出来たと思うんだよねぇ。)」

「(そう.....)」溜息交じりの相槌。

土屋、仲村、畠山、日野。出席の後半に差し掛かっているというのに坂城はまだ祐に質問をし続けた。帰ってくるのは二文字で構成された相槌のオンパレード。

「(やっぱり男っていう線が今んとこ濃厚ねぇ。)」

「(あのさぁ坂城さん。そんなに気になるなら先生に直接聞きに行けばいいのでは?)」

これ以上彼女の妄想を聞き続ければ頭がどうこうしてしまいそうになった祐は、頬杖を突きながら彼女の方を振り返ってみた。

「(莫迦ねぇそれじゃあ面白みってものがないでしょ。最後の最後まで考察を考えてから聞くのが楽しいんじゃない。)」

(あぁ結局聞きはするのね。.......ん?あの席って)

坂城の肩ごしにある無人の席に祐は目に付いた。誰かが休んだのだろう。ふとそう考えた祐だったが、

 八田、山田、吉川、渡辺。在籍生徒の出席を確認し終えた虎丸は、名簿を閉じてゆっくりと立ち上がった。

「今日は全員出席....元気ねぇ。」

(全員出席?じゃああの席は....)

「実は今日突然だけどこのクラスに転校生が来るから紹介するね。」

虎丸の一言で静かだった教室は一瞬にして歓声と歓呼の叫びに包まれた。そんな中坂城は頭を抱え「転校生イベントかぁぁあ」と自身の推理ではたどり着けなかった現実に悔しがっていた。

 

 ふと嫌な予感が祐の中で膨れ上がった。祐にとって苦難の道のりを歩まされる何かぼんやりとした嫌な出来事が起きそうな気がしてならなかった。狭めている感知をこの学校を覆う程度までに広げればその予感が、杞憂なのか当然なのかを祐は知ることが出来た。しかし、祐は感知を広げなかった。

 と言うよりかは広げたくなかった。固唾を呑み教室の前の扉に意識を向ける。

「それじゃあ入ってきてくれー。」

虎丸の合図によって教室の扉は横に開いた。最前列の席であればその転校生の顔を見ることが出来るというのに、未だ姿形を見ることすらできない自身の席を祐は今以上に呪ったことは無かった。

 

 扉から音もなく現れた転校生は女だった。髪は長く色は祐の対角にある純黒。背はすらりと伸び並みの高校生男子よりかは高かった。顔は美形を極めたそれでいて、どこか氷のような冷たさを感じる。

 祐は当然見覚えがあった。しかしどこか異質に思えた原因は彼女が、霧太刀時雨があの黒の格好ではなく祐の高校の制服を着ていたからだ。教卓の前まで進んだ彼女は教室を見渡すように正面を向き口を開いた。

「この度天童高校に転向してきました霧太刀時雨です。以後お見知りおきを。」

目を閉じながら頭を下げる彼女を見てクラス中は開いた口が塞がらず静寂しじまが教室を襲った。

 昨夜霧太刀時雨が祐に言い残した『いつも通り過ごしていてください。』と言う言葉の真意を祐は知った。一辺が30cmはある正方形の切れ込みが入った天井を眺め祐は諦めの溜息を深くそして長く吐いた。



 一時間目の終わり。屋上の入り口、階段の踊り場という人の気配が学校の中でもない場所に二人の生徒が立っていた。一人はこの学校の特異点的存在である白髪の男、もう一人は今日この学校に転校してきた別種の特異点である黒髪ロングの美女。

「時雨さん?これはどういう?」

こめかみにピキリと青筋を立て無理矢理に貼り付けたような笑顔を浮かべながら祐は時雨を問い詰める。

「どうもこうもありませんよ。等級零がこの学区に居る以上潜入調査は鬼川さんと出合う以前から考えていたことです。」

「だからってこの学校じゃなくてもよかったんじゃあ?」

「他の学校を考えはしましたが、ここは立地が良いですし何よりも試験が簡単で費用も掛からないので.......」

制服の袖に着いた糸くずを取り払いながら時雨は端的に応える。

「あっ。まぁぁそうなるかぁ.....」

真っ当で祐でなくとも文句のつけようのない理にかなった時雨の答えに祐は言葉に詰まらせた。

 時雨の全身をすっと撫でるように祐は見る。昨晩相方という仰々しい関係を結びはしたが時雨と違い祐は彼女の事を何一つ知りえていないという事に気付く。

「なぁ時雨さん一つ良いか?」

「はいどうぞ。」

「時雨さんっていくつ?」

「...........。」

今度は時雨が言葉を詰まらせた。祐の見立てであれば二十歳は軽々しく超えていそうな風格をしており、仮にそうでなかったとしても祐と同年代という事は有り得ない気がしたのだ。似合わない程ではないが、時雨と制服と言うのはどこか違和感を感じる組み合わせだったからだろう。生徒として潜入するよりかは教員として潜入するほうがよっぽど適しているようにすら祐は感じた。

「ねぇ時雨さん?年齢を聞いてるんですけど......」

「(......二十四です。)」

動揺も感情の揺れも殆ど見せない時雨が顔を俯かせ小さくそうつぶやいた。

「に、にに二十四?」思っている年齢より上を言っていたので目を一回り大きく開いてから時雨に聞き返すように口にし、要らん事を言わせたと祐は自身の無神経さに申し訳なく思う。

「無論教員としての潜入は考えましたが、そもそも私に教職免許何て物は有りませんし。それに人に何かを教えられるほどに優秀でも無かったので.....」

「なんか。ごめん。」哀愁漂う時雨の言葉に祐は無意識に頭を下げた。

「ごほん....まぁ私の事はもうどうでも良いので。今日は放課後鬼川さんのスマホを買いに行くというのが最重要事項ですので。」

「あぁそうだったな。その事なんだけどスマホって大体いくら位するもんなんだ?二、三万程度もあれば十分か?」

「私のは随分と昔の機種なのですが、それでも十万はしたかと。」

 ターン制かの様に今度は再び祐が言葉を詰まらせた。

 十万。口にするだけであれば安く単純な単位。しかしそれをたった一つの物品に掛けると考えれば金の延べ棒数本に及ぶほどの威力と重みを持つ単位に変貌する。祐が今まで買ったもので一番高かったのは中古冷蔵庫の8万円。一枚の液晶が着いた板切れはそれを軽く凌駕してしまった。

 無論。絶句。



 祐の教室は昼休み人で溢れ返っていた。何せこの学校にモデルでさえ太刀打ちできないようなスタイル抜群の美人転校生がやって来たのだから当然と言えば当然である。他クラスはもちろんの事、上級生や下級生までもが集まり始め熱気が籠る。

「凄い人気っぷりだなぁ.....まぁあれだけ美人なら当然っちゃ当然の事なのか。まぁそれにしても普通に邪魔だよなあれ。」

購買で買った太く長いコッペパンと牛乳を両手にしながら八田は、時雨を同心円状にした密集に目を向ける。

「そう言う八田ちゃんも実は行きたくなったり?」煽り立てるような口ぶりと目で土屋が八田を見つめる。

「そりゃあ男としてあんな美人とお喋り出来たら嬉しいに決まってるけど、流石にあれにまぎれようとは思えないかなぁ。」

図太くそして無鉄砲な八田弘明という男でさえ物怖じさせるその人の織り成す集合体。しかしそんなものに目もくれず淡々と飯を食している人間が居た。

「10万.....10万....10万....10万......。」

飯が口に入っていない間お経、いや呪詛の様に只ひたすらに祐は同じ言葉を連呼する。

「(なぁ土屋。祐はどうしちまったんだ?)」

「(知らんよ。二時間目の始まりからずっとこんな感じだったしねぇ。)」

土屋の言葉を聞き八田は授業中の事を思い出す。現国の時間、音読で指名された時今と同じよう呪詛を唱え続けていた事を。数学の時間黒板で解いてみろと言われ黒板に書き連ねたのは100000という数字。

「(重症だな。昨日よりも重症だな。)」

「(借金でも背負ったんかねぇ?)」

二人は一フレームのズレもなく同時に祐を見つめる。機械的に弁当に箸を入れ機械的にそれを口にほおばり、そして機械的に咀嚼しそして機械的に喉に通す。次の行動に移すまでのクールタイムの最中、エンジンに溜まった熱を排出するように祐は10万と呪詛を口にする。何処か遠くの何かを見ているように虚ろに揺れ動いていた。

 余程重症に見えた。

「なぁ祐?お前大丈夫か?.....」

左手に持っていた牛乳を置き祐の前で手を振るう。

 だが止まらない。見えていないのかそれとも見えていながらも気にも留めていないのかは八田には分からなかったが単純な話不気味極まりなかった。

「(おいやっぱり、おかしいぜ!!!あんなのどう見たっておかしいぞ土屋ぁ!!!借金なのか!?借金なのかぁぁ!?)」

「(んな事俺に言われたって知らんがなぁ!あくまで憶測で口にしたにすぎん!!!)」

二人は勢いよく顔を近づけ小声ながらに、声をこれでもかと荒げて見せる。

 不意に教室の窓際一番後ろの席の方からざわめきが聞こえた。顔を見合わせていた二人は首を背後に旋回させると一人のクラスメイトが近づいてきた。

「「はっ!?えぇぇえ!?!?」」息ピッタリな声を上げる。

それもそのはずで近づいてきたのは、今日同じクラスに転校してきた霧太刀時雨だった。無表情な顔はデフォルトで備えているとしてもその無に陰りが見えた。

「...............。」

時雨は何も口にせず磁石に引き寄せられた砂鉄の様に二人の方に近づいてくる。近づくごとに二人の心臓は躍動する。コッペパンが千切れるほどに八田は手を握りしめ、土屋は目を擦る。やはりその間も祐は呪詛を唱え続けている。

 二人の前に立った時雨に八田が声を掛ける。

「あのぉ俺に何か用でも?」明らかに声を作りイケている微笑みを投げかける。

(えっ!?八田ちゃん本気マジで言ってる!?!?)

土屋はさながら軽蔑するような目を向け椅子を後ろに引く。

「いえ貴方に用は有りません。祐を借りていきます。」

刹那ざわめきだっていた教室が絶対零度に当てられたように凍り付く。目の前に立っていた八田は勿論の事側にいた土屋、そしてこのクラスの生徒、ましてや時雨に会いに来た者まで皆一様だ。

「それでは。」

手短に礼をし時雨は祐の襟をつかみそのまま引きずるように教室を出居ていった。それでも凍り付いた教室の氷が水に変わることななかった。


 時雨は祐を引きずりながら屋上のドアをこじ開け、外側から普通の人間が入れぬように魔力の鍵を掛けた。

「10万.....10万...10万。」

「鬼川さん?」時雨は立ち上がらず遠い目をしている祐に声を掛けるが、反応を示さない。

「鬼川さん!!?」強めに名前を呼び、座り込んでいる祐を無理やりに立たせるがそれでも反応は無い。ここまでくれば最早病気の域を超えている気さえした。

「はぁぁ....すみませんが、歯を食いしばってください!!」

諦めて何かを悟ったように時雨は右手の掌を広げ、円軌道を描き祐の頬を叩く。天山まで届くような甲高い破裂音が空中に広がり、それを目覚ましにしたかのようにおろしが祐と時雨の髪を撫でる。

「はっ!!!!あれぇ何で俺屋上に居るんだ!?さっきまで飯を食ってた気が。ってか頬っぺた痛ぁ血の味....あれ時雨さん?」

操作をしても反応しなかった画面が早送りをするように祐は口を動かした。

「やっと気づきましたか鬼川さん。」やれやれと言わんばかりに時雨は溜息を吐く。

「随分と悪い夢を見ていたようですね.....」

「悪い夢?.....はっ!!じゃあスマホが10万円ってのも───

「あぁそれは現実です。」

初見ではなかったからだろう、致命傷は何とか避けられ祐の意識が断絶されるはなかった。

「....く、クッソォ......。ってか、何で俺をわざわざ屋上まで連れ込んだんだ時雨さん?こんなの言うだけなら教室でも良かったのでは?」

「鬼川さんは、転校生というのを経験したことはありますか?」

「なんだ藪から棒に?....そりゃあ中学の時、転校生だったから経験は有るけど。それがどうかしたんのか?」

平然と祐が答えてみせた祐を見て時雨は言いたげにしていた言葉をぐっと飲み込む。それから身体を縮こませて意味ありげに俯く。「し、時雨さん?」祐は心配するように声を掛ける。

「私も年なのかは分かりませんが、鬼川さんと同年代の人に質問攻めされるのは少し......」

「あぁ。なるほど。なるほど。」

何となくだが祐は時雨の思いを理解できた。それはかつて自分も同じような気持ちを抱いたことがあったからだ。転校生と言う一般生徒とは一線を画すステータスを持っているだけで他人からの視線や、言葉の嵐と言うモノは絶えず浴びせられる。時雨程の美貌を持つ人間であれば況やというモノであった。

 美貌とは異なる点だが、祐も祐とて白髪ロングに翡翠の瞳という特殊要素を盛り込んではいる。

「大変だよなぁ転校初日って。俺も三年前初めて同じ年齢の人間と、しかも俺や時雨さんみたいに四神の力を持たない人間との会話って結構大変だったの覚えてるよ。まぁ俺も確か屋上に逃げた覚えがある。うん───懐かしい.....」

「意外ですね。鬼川さんの事だからすぐに周りに溶け込めているのとばかり。」下げていた顔をぱっと上げ時雨は祐を見つめる。

「いやぁそんな事ないよ。今みたいな楽観的な感じになったのは土屋とまぁ八田のお陰だし、それに一日で変わったわけじゃないし。まぁ時雨さんも気の合う友人を見つけて少しずつ慣れていけばいいんじゃないかな?ある程度の事なら手伝うよ。」

祐は目を細め白い歯をにっと見せる。

「有難うございます。何だから溜まっていたモノが晴れていった気がします.....君は本当に面白い人ですね。」

祐程ではなかった。だが時雨は目を細め、口角を上げにこりと祐に微笑んだ。

 美の女神と言うのが逸話上でも伝承の中だけでなく実在するのであればそれは間違いなく霧太刀時雨に降り立ったと祐は確信した。

「しかし、そうはいっても私と鬼川さん達とでは7つも年が違いますので。少々大人びている子でなくてはいけません。それに私のこの堅苦しい喋り方に慣れて頂かないと恐らくは段々と気骨が折れてしまうでしょう。」

二十四。それは霧立時雨の年齢なのだが、正直祐は実年齢と精神的な年齢に多少なりとも差はあると感じていた。言葉遣いもそうなのだが所々から垣間見える所作もまたしばしば.....

(ん?二十四って確か、虎丸と同年代なんじゃあ.......)

「ねぇ時雨さん。まずは、生徒じゃなくて先生と仲良くなってみるってのは?」

「なるほど。コペルニクス的転回というモノですか。」適当に言っただけの案を時雨は案外本気にする。

「確か虎丸.....あぁ担任ね俺たちの。が時雨さんと同い年だった気がするんだよねぇ。だから虎丸となら友達とは行かなくても結構いい感じの関係性を築けるのではと。」

自分自身かなりの名案なのでは思い、意味もなく人差し指を立てる。

「それで、そこからどのようにしてクラスメイトと仲良くなるのですか?」身体全体を前のめりにする。

「虎丸は結構女子人気高いから、色んな生徒が職員室に遊びに行くんだよ。そのタイミングで会話を広げる。そしたら仲良くなれるのでは!!」

立てていた人差し指を天高く掲げて見せる。頭が良い雰囲気を醸し出そうとしているのだが、馬鹿丸出しに見えるのは天性の才能何だろうか。

 いや、そんなに事が上手くいくのだろうか?と時雨ならツッコミの一つでも入れそうだったがかなり友達作りと言う行動に苦手意識を持っているせいか祐の泥船さながらの意見に真剣に耳を傾けている。



 放課後の職員室。どういう訳だか教室以上に冷房が効いているこの空間に部活始まりを待つ生徒や、単純に涼みに来ている生徒。そして教員に呼び出されている生徒に教員に絡みに来た生徒と言った具合に、

「とまぁ、こんな感じでいろんな生徒が居るわけよ。」

「壮観ですね.....しかし、視線がかなり痛いですね。」

「まぁ俺と時雨さんが一緒に居るわけだし、しょうがないでしょ。」

慣れっこです。と言わんばかりの素振りで祐は職員室を見渡す。確かに視線は集まっていた、普段の数倍はくだらないだろう。

(まぁ割合にして8割近くが時雨さんに向いてるだろうけどな....)

「それじゃあ時雨さん虎丸の所に行って来みな。ほらあそこに居るだろ。」

職員室の丁度中央辺りに位置している虎丸涼に指を向ける。ほとんどの教員がホログラムPCを使っている最中ただ一人だけ、ダブルディスプレイと睨めっこしている虎丸が椅子に座っていた。

「随分とお疲れの様ですし、日を改めるべきでは────?」

彼女の様相を見れば当然の意見だった。この状態でづかづかと我を通すのは文字通り我儘だという事を時雨は重々理解していたが、

「いや、あれは虎丸の通常デフォだから。普通に話しかけても問題ないよ。」

「は、はぁ.....」

此処まで来たのだから喋らなければという使命感、及び欲望と帰るべきだと制御を促す理性の衝突。

(どうやら時雨さんは、見た目も行動もクールだけど内面はお茶目なのか?それとも天然なのか。)

険しい表情のまま立ち尽くしている時雨を見て祐はそう感じた。いや本来の時雨はこういう人なのだろうと祐は脳内で危うげな自己補完をした。

「ほらっ。早く行かないとどっか行っちまうかもしれないし。それにこの後は俺のスマホを買いに行くっている本日最大の任務が待ってるんだからさ。」

物理的にも精神的にも背中を押すと、時雨は重い足を一歩踏みだした。

 のだが.....

「あの時雨さん。右脚出して、左脚出すことで人間は歩けるんだからさ。その右脚を出さないと.....」

「わ、分かりました。」

時雨は歩き方を忘れたようなぎこちない歩き方をし始めた。時雨と祐の距離が離れるにつれ祐は先程まで痛い程感じていた視線を感じなくなった。やはり目測に誤りは無かった。


「あ、あのぉ虎丸先生。少しお話よろしいでしょうか?」

「んぇ?あぁ霧太刀ちゃんどうかしたのかー。」話しかけられる寸前まで画面と睨めっこしていた虎丸からは想像できない柔らかい声で時雨を迎える。

「いえ。これと言って用が在るわけではないのですが───。」

「ですが?」

「世間話でもどうかなと思い立ちまして。」緊張しているわけではないのだろうが、話し方にぎこちなさが滲み出ていた。

「はははっ。霧太刀ちゃんは、見た目に違わず大人びているねぇ。恋バナしよーとか先生進学先がーとかそういうのじゃない訳だしねー。じゃあ霧太刀ちゃん、この学校の感想を率直に教えてくれたまえー。」

「そうですね。当たり前かもしれませんが、やはり学生と言うのは元気が満ち満ちているので囲まれてしまうと気圧されてしまいま───

潜入一日目にして時雨はボロを出した。華の女子高校生が口にする言葉ではないことを理解して時雨は時間を止められたかのように固まった。「ん?」遠目から見守っていた祐もその異変に気づきはしたが、近づこうとまでは思わなかった。

「霧太刀ちゃんって───。」虎丸は眉をすっと顰める。

(ま、まずい.....)

「今までお嬢様学校に通ってた。何て過去が在ったりするー?」

「えっ?」

見当違いの考察を必死に組み上げていた言訳に打ち込まれ、思考が分断された。

(掠ってすらいませんが、今は彼女の解釈に身を任せましょう。)

「はい。一応.....」引き攣った愛想笑いを浮かべる。

「なるほどー。なるほどー。確かにそういう系統の学校に通っていればうちみたいな阿保学校の生徒が輩に映るのは当然かなー。」


 あはははは。


と彼女は特有の笑いを上げながら、時雨の腰のあたりをトントンと叩く。

「あの虎丸先生。少々踏み込んだ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「うん構わないよー。」

「先生はご幾つですか?」女性に対して基本は聞いてはならない質問を怖じ気づく様子も見せずに問いかける。

「二十三。」

記憶力の乏しい祐の情報を鵜吞みにしていた時雨の精神を粉砕する一声が容赦なく虎丸涼から発せられた。ここがアニメの中であれば確実に血反吐を吐いていことだろう。

「....そ、そうですか。」(まさか私よりも年下だったとは。)

「何でダメージ負ってるの?───けど、来月には二十四になるんだよねー。来年までに結婚しないと私も売れ残りのケーキになっちゃうよー....あはははっ。」

「は、ははは。そうですね....」

虎丸は自分に対してその戯言を述べているのだが、時雨はその言葉が自身に向いているようで気が気ではなかった。

「それにしても、霧太刀ちゃんて美人だねぇ。背も高いし、それに若いし、羨ましいー。」

「先生こそ端正な顔立ちをしておられるじゃないですか。」(年上ですが、まぁ言わぬが何とやらというやつですかね。)

「いやぁ霧太刀ちゃんにそう言われてもねー。」

 ──────


 気付けば、ぎこちなかった二人の会話の角が削れていた。

「へぇ流石は虎丸だな。あの時雨さんともう普通に会話してるよ。」

職員室の出入り口の辺りで二人を観察していた祐は、改めて虎丸涼という人間の技量の高さに感嘆の声を漏らす。

「ふふっ。懐かしいねぇ....」

二人の背中を見て感傷に入り浸っている最中。

 

 ポン。


と祐の肩を誰かが後ろから叩いた。「あぁ邪魔だったかな。」と思い振り返る序に謝ろうとした瞬間。その叩かれた肩がこれでもかと言う程の力で強く強く握りしめられた。

(えっ!!!痛ッた!!)

邪魔とは言えども普通そこまでしますか!?と叫びそうになりながら首を旋回させる。

「──────あっ。ど、どうもぉぉぉ.....」

振り返った先に居たのは何度も何度も見返った時に見る人間の身体と顔だった。

「つーかまーえたーーーー。」

「ふぅぅぅ......すぅぅぅぅ.....っ!時雨さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!虎丸と話し終えたら校門で待っててくれぇぇ!!!」

祐の決死の叫びに職員室中の視線が祐に集まる。

それとほぼ同時、祐は肩を握っている清廉の左手首を握りそれを無理くり外してから、廊下に走り出た。

「あっ!!!待ちなさい鬼川ぁぁ!!!!!!」

後を追いかけるように清廉は全力疾走で祐の背中、元より後ろで揺れ続ける白髪を追いかけた。


「あ、あれは一体....?」

時雨が、見てはいけない物を見たかのように虎丸に問いかける。

「あれはね。まぁこの学校の日常って奴。」












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