53 嘗ての都
毎日投稿三十三日目。
今回の話を書く上で結構調べることが多かったです。疲れました。
では楽しんでください!!
「せ、清玄様!!.......あぁいやそのこれは、手違いと言うか何というか」
空に留めた拳を素早く引き、背中に隠すとまごまごと説明を繰り返す。地区程度の関所にさえ止められそうな言訳だというのに清玄の顔は随分と朗らかであった。
「ふふっ。仲良くしなさいね」
「はい!!」
仲の悪い姉弟へ叱責する祖母であるかのように清玄の口調は柔らかい。
「景千代殿も疲れているだろうし、仮眠をしてきなさい」
「分かりました。それでは失礼します」
祐の目の前で礼節を重んじた行動を取る景千代は、少々らしくなかった。猫を被るというよりかは、参者面談中の子供に似通っている。
くるりと背を向けると、忍びのように足音を殺しなら進む。
「あの子は、凄い良い子供なんだよ。だから悪く思わないで欲しいな」
再び陽光のように微笑んだ。
「別に悪くなんか思いませんよ。きっと景千代さんにはあの人なりの考え方があるんでしょうし」
「そうだね。ありがとう」
ひゅう、と中庭に風が吹く。松の葉が大気と言う大海原に揺蕩う。
「そう言えば、清玄さんが俺の事を診てくれるんですか?」
「魔力の事かな?残念だけど、その件で言えば私は適任者とは言えないね」
「そうなん、ですか?」
清玄の答えは祐の事前解答とは少々違っていた。
余りに広大な空を前にした、飼い鳥かのように祐の思考は空に停止する。
「けど、退魔の衆にはその事に長けた人材が一人いてね。その為に祐殿にはここに来てもらったんだ」
「......その人は魔術師なんですか?」
祐はその唯一の人材の素性を問う。だがそれはどちらかと言えば限りなく確認取りに近しい行動であった。
清玄はゆっくりと頷くと、投げ出された栗色の毛がふわりと乱れた。
「しかし厳密な話、彼女は魔術師では無いんだ──────大陸の世界を基準とすれば彼女は魔導士と呼ばれる存在だね」
「明確な差があるんですか?」
効き馴染みのない言葉に祐は、首を傾げそう尋ねた。清玄はふうと一息を置くと、言葉の道筋を考え出した。
「そもそも日本という国の中で魔術師と呼べる人間は世嗣しかいない。それ以外は全て魔導士と呼んだ方が良いんだ。神代の時代に創造され研鑽された魔術を原点し、そこから何かしら改良を施したり、派生を型取ることに成功した人間。それを魔術師と定義するそうなんだ。詰まる所、既存の魔術を持つだけの人間は魔術を伝導する者の意である魔導士という定義が施される。という訳なんだよ」
清玄は滞る事無く、辞書に書かれているような説明文を淡々と述べた。彼女の中では随分と嚙み砕いた上での説明なのだが、ご生憎相手はあの鬼川祐である。
数学の解説の解説が欲しいとなる現象のように祐の中で、未知なる言葉が影として表れる。空に広がる雲を見つめ、一つずつ解釈を進めるのだがそれでも脳の演算機能には限界が生じた。
「.......もしかして難しかったかな?けど、知らなくても特段問題が無いから忘れてくれてもいいんだよ」
「め、面目ない」
祐は後頭部に手を当てながら、頷くように頭を下げた。
途端清玄は祐に合わせていた視線を外すと、見た目通りの軽やかな動きで立ち上がった。
「と長話をしていたら、帰って来たみたいだね。一緒に出迎えに行こうか──────祐殿を診る魔導士を」
長い木の廊下は、陽光に触れるか触れないかで暖かみが愕然とした差があった。
「そう言えば退魔の衆って今何人くらい居るんですか?」
「祐殿と私を含めれば三十人ってところかな。全盛の頃の大体十分の一だよ」
一切の人気の無い対角の廊下を見ると、清玄は淋し気に言葉を漏らす。
「けど、最近は怪事件の数も頻りに減っているし良い事なんだろうね」
「.............そうですか」
祐は返す言葉が見つからず、まごついたように相槌を返した。
そこから暫く二人の会話は無かった。話題を思いつこうにもそれを口にして良いのかどうか不明であり、やはり口には出来ずにいた。幸い祐は特段に会話を必要とする種の人間で無かった。それは柳清玄と同様に。
廊下を右に曲がり清玄はピタリと脚を止めた。
「おかえり四季」
真正面から祐と清玄を見つめる、女性にそう言い放った。
対面の彼女はそれを見てか、いやそれより数手前に頭を下げそして上げた。
『返答:ただいま戻りました清玄様』
(へんとう?)
嫌に機械機械しいその解答方法に祐は疑心と眉を顰める。
四季という名の女性は、そそくさと距離を詰めると再び頭を下げた。しかしそれは清玄へではなく、右隣の白髪の少年に対してであった。
『挨拶:初めまして鬼川祐様。私退魔の衆にて関西地区を担当しております四季という名のモノございます』
「様?.........あぁどうもこちらこそ初めまして鬼川祐です」
えらく仰々しく挨拶をしてきたモノであり祐もつられどことなく仰々しく頭を下げた。
『提案:時間がよろしいのであれば、解析魔術を行使したいのですが』
「どうぞ」
祐は正面を向いたまま、こくりと首を傾げた。
『許諾:では頭を触らしていただきます』
するりと伸びた手は、祐の答えより先に白髪の頭頂部に差し掛かる。声色とは裏腹に人間らしい暖かみを含んだ掌は祐の頭にぽんと乗る。
不思議と祐は嫌な気分はしなかった。それどころか夢見心地の良い気分にさえなった。
真剣に解析を行っている顔を見てよいのか分からず、祐は視線を右往左往とさせ最終的に瞼を閉じる選択を取る。
時間が経った。とは言えどもそれは物の数秒であり人生の尺度で見れば一瞬と言える時間。だがそんな瞬く間の時間に祐と四季は同一体になった気さえした。
体のつながりなどとなまめかしいモノではない。多量の水の中に注がれた塩化ナトリウムかのように、二つはどうしてか一色に溶ける。
祐は四季の、四季は祐の体の隅々を知り尽くせるような幻想さえ抱けそうな感触に祐はこそばゆさを感じた。
『報告:解析魔術の行使、及び人体情報の取得に成功しました』
それが終わりを告げる合図であるのか一時不明な祐であったが、手が頭から離れた事を合図に祐は目を開く。
「速いんですね。それで結果は?」
『結論:現段階では、測定不能。と言わざるを得ません』
「──────はっ」
それは疑心でも問いでも威圧でもなく単に溢れた、祐の感情全てであった。
「四季の魔術を以ても解読不能とは、これは長い戦いになるかもしれないね」
隣に居た清玄は、綻ぶような笑みを浮かべると優しく祐の髪を撫でた。
『論理:身体や脳自体の欠損が随所に見られ、その部分の補完を済ませない限りどうしようも無いと考えます』
「それは大体どのくらい掛かるんだい?」
『論理:欠損状況、そして私の解析魔術及び修築魔術の観点から三日ほどですね』
「三日か......祐殿の予定にもよると思うが、大丈夫かな?」
完全に蚊帳の外に放り出されていた祐に清玄は顔を向けた。そこには険しい顔つきをした、一人の少年が立ち尽くしていた。
「まぁ夏休み何で、別に時間は幾らでもあるんですけど........ホントに三日で終わりますよね?」
『考察:あくまで私の演算結果による範疇ですので、妄信は控えていただくと助かります』
「は、はぁ.......」
祐は一日に二度も女性に触れられた頭頂部を指で掻きむしる。
(けど、この屋敷に居れば命の保障は確定してるし。構う事じゃねぇか)
『提案:一日に一度このように解析魔術。並びに補習魔術を施させていただきますのでご協力をお願いします』
祐はその提案に否定することなくそれを呑んだ。いやそもそも否定するという選択は祐には無かった。何せ魔力を感じれなくなった祐は、徒手空拳に優れた一般人でしかないのだから。
祐はとある一室に荷物を置いた。
清玄は客室兼寝室であると祐に軽々と説明をしていたのだが、薄気味悪い程に広かった。
「これ、総面積俺の家よりあるだろ」
大の大人が九人ばかりは余裕で眠れるような巨大さに祐は息をのんだ。
それ以外にも、見るからに安物ではない壺に屛風が更に祐の呼吸を妨げる。
「..........こりゃ気が休まらん」
祐はどっと息を吐き捨てると、再び廊下に足を出した。やはり陽光に当てられない板の間は冬場の川水のようである。
宛ては無かった。ただひたすらと祐は歩き、辺りを観察した。
──────どうしてか。やはり見覚えがあった。
「しまったなぁ。さっき清玄さんと別れる時に聞いておくんだった」
自身の失態に雑多な溜息を吐き捨てながらも祐は見回した。
(この違和感......もしかして俺が記憶無くす以前、ここに来たことが........)
「いや無いな。それなら清玄さんが知ってるハズだし、やっぱりドラマとかで映ってたんだろ」
祐は残留するような違和感を斬り伏せる。
しかしそれは斬り尽くそうにも糠のように不定形であった。
「そう言えば、観光したいなら何時でもって言ってたし。ちょっと京都を巡るとするか!!」
忘れたふりをした祐は、それを虚実から真実へと変える為一度部屋に足を戻した。
二年前、祐は土屋に誕生日のプレゼントとして貰った財布とボロボロのスマホを身に着け屋敷を後にした。
「結構高価な物置いてあるし、防犯とか..........いや今更か」
祐は頭を掻いた。
別に現代的な防犯を諦めたわけではない。恐らく柳清玄が組み込んだであろう入り乱れ、複雑を極めた巫術結界を信用しただけの事であった。
「......はて、それじゃあどこから回ろうかな。確か五条って言ってたし、一番近いのは清水寺かな」
祐は頭に地図が入っているかのような台詞を、無意識に吐いた。そこに対して祐は適度な違和感を覚えた。
──────忘れよう。それは俺の勘違いだ。
再び祐は残留するその異常を溜息と共に吐き捨てた。
追いかけることに手一杯だった祐はふと電柱の前で立ち止まった。
「これが噂の電柱か......結構高いんだなぁ」
まるで犬が自身のマーキングを探すかのように祐は何の変哲もないその柱に手を付ける。
コンクリ製のそれは熱を良く吸収するのか中々に熱かった。しかし祐は手を引かない。吸盤何て物は無い筈が不思議と謎の力に吸い寄せられたかのようであった。
「まっこんな所で一々止まってても阿保らしいや。じゃんじゃん進むぞ」
かの素数番街と違う点を羅列すれば、髪色がカラフルな事が挙げられるのだろう。祐は歩きながらに第一に感じた。
日本人以外の入国を禁じたあの異質な空間には、当然外人など居ない。居るとした所でそれは研究者、はたや第三魔法を狙う魔術師だけであろう。
「.......やっぱり外人が多いんだな。テレビで言ってたけど、流石は元日本の首都ってところか」
髪紐を解きながら祐はそう口にした。
一体どれ程の人が居るのか。それを計測することなく、大凡を見創ろう方法をフェルミ推定と言うらしいがそんな事は祐の脳に備わっていない。
「ひゃぁぁぁ........まぁ良い時間ってのもあるけど、流石に人多すぎじゃねぇか?」
清水坂の時点で予想はついていたが、それでもやはり人に溢れていた。
ここから人が生まれていると言っても差支えが無い程に。
しかし観光しに来たからと言って、これと言って祐に見たいものが在ったわけでは無かった。
ひたすらに人の流れに沿い。
人が見るモノを見て、
人が当然と感じる感動を覚える。それの繰り返しであった。
決して退屈なのではない。ただ知り尽くしたモノを根底から教わるよな心のざわめきが純潔な思いを汚していた。
(.........綺麗だったな。次は)
「あぁ?」
きょろきょろと遠出を見回す祐の視界が、ふと狭くなった刹那スリを見た。
明らかに慣れた手付きで、後ろポケットから財布を抜き出したのを見た。祐は脊髄的にその人間の手首を強くつかんだ。
骨ばんでいて、一見して男か女か区別の付きようがなかった。
「この財布お前のじゃねぇだろ」
「ッ!!........」
七分丈程度のパーカーに付いたフードを深々と被った犯人は、合気のように祐の手を外すと人ごみに溶け居るように消えた。
──────まさかバレるとは.....けど、こんな人ごみだ。見つかるはず、
犯人は流れに逆らい、清水の舞台にまで戻った。人の間を縫って行動していた筈であった。しかしながら途端鉄柱にぶつかったかのように跳ね返された。
尻もちを着きフードは、裏返る。
疎らに髭を生やし、油分に塗れた髪の毛が散乱とする。
どうやら犯人は男であった。
「残念だったな......俺から逃げるってのは、中々難しい事だぜ」
祐はその男を上から眺める。南中高度を少しばかり過ぎ、西に降りた陽光は祐の白髪を神々しく照らす。
「ここは寺だ。詰まる所仏様が居るってわけよ。あんましそう言う事はしない方が罰に当たらずに済むぜ」
冷徹とそして淡々と祐は説教を垂れた。相手が自身より年上であるか年下であるかなどどうでも良かったからだろう。
顔を歪ませた男は、地面に手を突いて咄嗟に立ち上がる。背丈は祐よりあるが、身体は祐よりも細身であった。
何時の間にか観光客は、観衆へと挿げ変わり清水の舞台は本物へと化していた。
腹部分に付いているポケットがやけにたるんでいる。男は咄嗟そこに手を入れ込み、そして抜き出した。
──────金槌に打たれた鋼は、陽の光を反射しこの世界に溶けるようにさえ見える。
「こ、これが眼に入らねぇか!!?」
男はえらく動揺しながらその鋭い得物を祐に突き付ける。
観衆は戦々恐々と声を荒げた。
ある者は慄き。
ある者はスマホのカメラを構えた。
しかし祐は余りに平静としていた。理由は考える必要を見いだせない程に簡単である。
この程度の刃物では祐に傷一つつけられないからだ。
「あぁしっかりと網膜に映り込んでるよ.......それじゃあ掛かって来いよ」
祐はにんまりと微笑むと、分かりやすく煽り立てた。簡単な仕掛け雑多や餌だというのに獲物は易々と針に掛かる。
右手に持っていたナイフを高く掲げそして左側の首筋を狙って一閃。残像を残さずただ煌々と光るその様子は、閃光を焚いたようであった。
軌道を読み切った祐は、左腕前腕部で男の手首辺りを弾く。
男の身体は、開け急所が露わとなる。
迷う事を捨てた祐はただ美しく直線的な軌道を以て──────
──────右拳を寸勁の要領で撃ち込んだ。
役者が変わった様、男は早朝の祐のように身体をくの字に曲げた。違いと言えば、意識が飛んだかどうかの差であろう。
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