52 当主。柳清玄
毎日投稿三十二日目。
景千代との行動を終えた祐は、退魔の衆本部をひた歩く。そこで出会った人物はかの当主であった。
では楽しんでください!!
離れに車を停車させ、二人は退魔の衆本部に足を進める。
しかしながら横並びと言う訳では無かった。一切祐のことなど気にするそぶりも見せず黙々と前を突き進む彼女を追いかける形となっている。通行途中辺りの人が、祐を見つめていたのは髪色の所為だけでは無いのだろう。
「ちょっと景千代さーん。少しくらいペース合わせてくれても良いんじゃないの?」
祐は常に一メートルの距離を保つ景千代の小さな背に向けて声を掛ける。
「何で私がお前の為にペースを合わせないといけないんだ!?お前がもっと早く歩けばいいだろ」
乾き、怒号のこもった声でそう返す。はいはい、と祐は気だるげに答えながら歩幅と回転速度を上げた。旅人算何てモノをよく理解していない祐への手本であるかのように常に一定を保っていた距離は縮まる。
横に並ぶほどに近付いた祐は景千代のペースに合わせる。
「これで良いですか?」
祐は見下げるように景千代に問いかける。
「..........」
自身の縄張りを汚された虎であるかのよう景千代は、途轍もなく剣幕な表情で祐を睨む。そして途端足の回転速度を速め祐との距離を再び離した。
「えっ。ちょっと」
祐が手を伸ばして小さくなる景千代を呼ぶ。
「やっぱりお前は私の後ろに居ろ!!いいなッ!!」
雑多にまみえる外人と車の音の中、景千代の剣幕な金切り声だけが鋭く響き渡る。
はぁぁぁぁ......
(俺が何したってんだ)
荻野内雅と似通った属性を持つ景千代に祐は磔にされた様であった。ふと脚を止めてしまった祐と彼女とに出来たその間は、余りにも遠い。
五分程祐は歩いた。いやどちらかと言えば、中間部分は小走りに近い感触であの小さな女性を追い続けた。少女を追う不審者が居ると通報されなかった事は祐としては幸運を極める事態である。
閑話休題。祐は今屋敷の前に立っていた。
屋敷と言っても、洋館のような御屋敷ではない。平安時代のドラマで一度は見るような、かの屋敷であった。それは現代建築の象徴とも呼べるビルの狭間に佇んでいる。
目隠しをした人間をここに連れ込み、貴方はタイムスリップをした。と伝えれば容易に騙せるほど明らかな異常であった。
「ほら突っ立ってないで入れ」
門を跨いだ景千代は呆けた祐にそう言い残す。
「...............なぁ景千代さん。ここってずっと昔からあるんだよなぁ?」
「はぁ?当たり前だろ。退魔の衆ってのは平安の世から存在する組織なんだから。分かり切ったこと聞くんじゃねぇよ」
そう言い残し祐に向けた景千代の背には、呆れた。と刻まれているようであった。
「........なーんか見覚えがあるんだよなぁ。ドラマとかで使われてたのかな?」
問題文の意味を理解したうえでなお道筋の立たない数学の問を前にしたように祐は首を左に傾けた。
内装は見ずとも予想通りであった。
洋という文字を一切感じさせない佇まい。
千年単位の活動により、木材は光沢を放つほど磨き砥がれている。
祐の第二の故郷とも呼べるかの素数番街には探そうにも探せない。
「...........それにしても、全然人いないんだな」
しかしそんな雅な家屋は余りの人気の無さに伽藍洞としていた。ここに誰かが住んでいるという事実そのモノさえ否定するような空気感は、妙におどろおどろしい。
「まぁ基本的にここって、集会所みたいな感じだしな。家として使ってるのは清玄様だけだし」
「ほーん.....」
祐は余りに長い縁側を足早に進む。だがこのような幽霊屋敷と言え、確実な手入れが行き渡っているのか軋む音は一つと無い。
庭の砂利は誰かが踏み入った様子もなく水平である。
都会へ上った田舎者の様に祐は辺りをぐっと見回した。瞬間、誰かにぶつかったような感触に脚を止めた。
「あぁ止まってたのか。どうしたんだ、迷ったのか?」
「そ、そんな訳ないでしょ.......」
どうしてか景千代は、言葉に詰まる。初めての事であった。祐は咄嗟にそれが嘘であることに気が付いた。
顔こそ片側の口角を上げるモノの祐は言葉には出さなかった。先は読めている。恐らくここで呼吸一つでも荒げようものなら神速の拳が飛ぶことを。
嘘をついてしまった手前、景千代の動揺は加速する。
祐と同程度の髪を掻き上げ、ううん。と短く唸っていた。
「い、良いから付いてきなさい!!」
「分かりました」
何を見ているのかはさて置き、景千代は右の道を選択した。
どうしてか祐はここは左の方が良いと感じる。
案の定やはり違っていた。行きついた先は厠である。
「トイレ行きたかったのか?」
「え、あっそうそう!!ちょっと尿意がな!!」
ガハハハ。と女性らしからぬ笑い声をあげると景千代はその厠の戸を力強く引いた。勢い余った戸は限界値にまで達し、少しばかり軌道を逆走する。
「ションベンの音聞かれたくねぇから、ちょっとどっか行ってろ」
厠に入った彼女はまるで汚い犬を追い払うかのように手を払いそして戸を閉めた。
「.........はぁぁぁぁ」
祐は後頭部を掻き、厠に背を向ける。白髪の束が鞭のようにしなった。
もと来た道を逆さになぞり、先ほどの分かれ道まで戻り祐の選択肢である左側へと進む。
「やっぱりこっちが正解だったか」
内裏かのような構造を取る屋敷内であるが、祐は迷うことなく歩みを進める。
二択や三択の分かれ道はまるでやり尽くしたRPGのダンジョン内のように択を取った。しかしながら恐ろしい事にやはり人気のひの字も無い。
「感知が使えてたら、多分分かるんだろうけど。こりゃ本格的に幽霊屋敷じゃねぇか」
祐は縁側に腰を据えて、庭先の松を眺めた。
やはり不可解である。祐の中でそう懐疑な心が立つ。
──────どうしてこれ程までにこの場所に違和感を覚え無いのか。という違和感が。
同時、ここが己の記憶を紐解く場所であるのかと想像が立つ。
──────どうしてこれ程までにこの場所を知っているのか。何故京都のつくりを知っているのか。
と。
風の音。何中高度に差し掛かるすれすれの陽の光。木材の香り。断片的であるが、その全てが祐を包む。だが答えではなかった。行き詰った謎々のヒントが答え出ないのと同様であった。
「.........その白髪。君が鬼川祐殿で間違いは無いのかな?」
人の声であった。それはまごう事ない事実であり、湾曲することの無い現実であった。
しかし祐は、反応が何手も遅れた。特段に小さいわけではない。何せその声は祐の真後ろで鳴ったからだ。
その人間の声が余りに世界の一員としていたせいなのだ。小川のせせらぎの中、葉の刷れる音が違和感で無いのと同様の原理である。
「.........そう言うあなたが、柳清玄さんですか?」
祐は振り返りにそう尋ねた。
中性としていた声の主は、女性であった。背丈は祐よりかは小さいモノの女性の平均よりかは上である。
「そうだね。私がこの屋敷の主人であり、退魔の衆現当主の柳清玄」
清玄は軽く微笑むと、祐の隣にすっと腰を下ろす。
隣り合う視線。清玄の瞳は、濃紺としている。
「居たんですか?ずっと」
「いや今来た所だね。私は散歩程度に屋敷を回っていただけの事だよ」
清玄は庭先の松を眺めながらにそう口にする。
祐は視線を下ろした。浅葱色の浴衣を纏った清玄の胸は、平均を超える膨らみがある。
「祐殿。君を連れてきた筈の景千代殿は今何処に?」
「殿?........あぁ景千代さんなら今便所です」
不思議と祐は敬語を扱い、丁寧な口調でそう答えた。いやさせられたのだろう。この柳清玄が余りに雅しいから。
かつて那須世嗣が口にしていた、美しいという表現。それは適切であり、それ以上の言葉が見当たらない程この女性は美しかった。
天女という存在が居れば、この女性に帰結する程に。
「.......景千代殿は中々に方向音痴だからね。多分間違えたんだと思うよ」
「俺もそう思います」
何故だか嬉しそうに清玄は、眼を閉じる。
ババア。そう呼ばれていた女性は永久凍土に入れられたように、若さを維持し続けている。皺は愚か老いという片鱗さえも綻ばない。
「零の件。並びに崩落の件。共々今礼を言わせてもらうよ......どうもありがとう」
「あぁいえいえ。別にこっちも仕事でやった事ですから」
まるで赤子として扱える程の年齢差があるというのに清玄は、頭を下げることに躊躇いを見せない。脊髄的に祐は慌てて頭を下げる。
先に祐が頭を上げると、栗色の美しい毛艶が陽に照らされる。
(何でかな.......見覚えがある)
祐は三度目の疑心が湧きたった。
先の二つに比べれば、手に届く範囲の疑問の様に感じる事が妙に祐の腹の中で動いた。
「私の顔に何か付いているのかな?」
「えっ?....あぁいやそう言う訳じゃなくて────えぇっとおっさ....じゃなくて世嗣さんが清玄はババアだって言ってたけど全然そんな事ないなぁって」
苦し紛れの言訳を愛想笑いと共に吐き捨てた。
「なるほど世嗣らしいね...まぁ私は歳を食わないしね」
さらりと大事を口にした。
「それはそうと祐殿。君はあの素数番街に住んでいるんだよね?」
「はい。そうですけど?」
突飛な切り出しに祐は首を右に傾ける。
「そこに何か有名な研究者を知っていたりしないかい?」
「有名な研究者ですか.......いやぁあそこに居る研究職の人って皆凄い人たちらしいんで、何とも言えないですね」
とは口にした祐だが、現実問題研究者の名など一つとして知らない。
それは博士の本名さえも。
「そうか....」
妙に儚げに清玄は吐息を漏らす。
「けど、知り合いに凄い研究者が居るんですよ。俺は魔陰の事も四神力の事もその人から教えて貰ったんで」
祐は思い出したかのように博士の説明をした。
咄嗟清玄は満足げな顔をした。
「そうか.....」
同じ台詞。しかしこれ程喜びを含んだ相槌を祐は知らなかった。
暴れ牛が出没したかのよう、これ程静まり返った屋敷が騒然とする。
「あぁ居た居た!!この莫迦!!一体どこまで離れてんだ」
廊下を曲がった刹那、祐の髪を揺らすほどの速度で景千代は近付き拳を高々と掲げる。
「景千代殿。祐殿の送迎感謝するよ」
降りかかっていた拳はその言葉に止められた。
ようやく窄まっていた視界は、清玄を拾う程広がった。
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