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退魔の英雄  作者: 明太子
外界之魔陰
44/64

43 鬼川祐と荻野内雅

毎日投稿二十日目。

あの無鉄砲な荻野内雅が、あの無頓着な鬼川祐を好きになった経緯は?

では楽しんでください!!

 時間は随分と遡る。大凡にして一年と三ヶ月程度であろう。二〇二四年四月八日。天童高校入学式から二日が立った日の事だ。

 授業オリエンテーションが早急に済み、本格的な高校生活を営む一日目となる人生の分岐点。中学時代の友人がいればこの日を円滑かつ揚々と生活できるわけだが、こと荻野内雅はそう言う訳には行かなかった。

 何せ彼女は、高校生になりこの素数番街と言うふざけた名の街に足を踏み入れたのだ。

(........友達作らなきゃなぁ)

頬杖を突きながらに彼女はそう感じ、視界の先に見える長い髪の毛に息を吹きかけた。別に一人でいることが悪いわけでは無いのだが、それでも友好関係を築く事の有用性を重々承知している。

 しかしながら彼女に声を掛けてくる人間は、居なかった。別に顔が整っていないからなどという理由ではない。

 一言で言えば、雰囲気が恐ろしいのだ。確実に、触れれば棘の様に刺さるオーラの形が悪さをしている訳だった。


 そして鋭い眼光もまたその痛ましい雰囲気を加速させる。興味を以て荻野内を見つめる者は一定数居るのだが、近付くより先に彼女が牽制と言う名の眼光で刺し止めていた。

(はぁぁぁ.......空手の為にこの学校入ったけど、難しいなぁ)

荻野内は立ち上がるや否や、人の間を縫うように教室から飛び出した。だからと言ってトイレに行くわけでもない。それはただ気を紛らわすだけの愚行に過ぎないのだ。


 廊下に出たからと言って、何かを得るわけでもない。それを知りながらに彼女は右往左往としながらに他クラスを観察する。

 一組、二組、飛んで四組、五組──────と。しかし変わり者の人間など一人としてこの学年には居なかった。

「なぁ知ってるか?四組に白髪の男子が居るらしいぜ」

すれ違いざまの一人が、荻野内の隣でそう口にした。昼休みの廊下など音が絶えぬことの無いブースのような環境でなお、その言葉だけは鮮明であった。

 しかしその噂はおかしい。現に荻野内雅は教室を一望したわけで、そんな異常の塊が居れば即座に目に付くわけである。

(髪、染め直したのかな?........)

荻野内はそんな猜疑心(うたがい)を胸にしながらも再び四組へと脚を進めた。


 案の定であった。そんな人間は愚か、髪を染めている人間すらいやしなかった。

 これが何処か空想の世界であり、荻野内雅がヒロインなのであればここで運命的な出会いをするのだろう。だが現実は無情で残酷である。

「.........何やってんだろ。そろそろ五時間目始まるし、教室戻ろ」





 荻野内雅は、とある部活の中では名を知られるどころの騒ぎでは無かった。その競技の代表選手がふと高校に現れたような感覚とよく似ている。

「えぇ.....それじゃあ稽古を始める。正面に礼」

神前の前、横五人縦六人の形で正座をしていた部員はその号令で頭を下げる。

 極真空手では基本、正座の姿勢は拳に二個半なわけだがそんな事を気にしている素振りは誰一人としてない。


 彼女には友達以外でも少々思い悩むことがあった。それは紛れもなくこの部活動なわけだが、如何せんにレベルの低さにやや愕然としていた訳だ。中学時代、全日本女子の部において二連覇を果たした彼女にとって部内の男は男とは呼べない程に貧弱であった。

「はいっ次!!」

上段回し蹴り一閃で、一人の人間が沈めば刹那二人目を要求する始末。

 一般的な体躯の良さでは荻野内に対抗すら儘ならない。この街で有数の強さを持つ人間でもなおやはり彼女には遠く届かないのだ。

 結果として、組手では誰も彼女と組みたがろうとしなくなった。

「...........はぁぁぁ。つまんないなぁ」

そして彼女はそうぼやいた。


 部活を終え、武道場から外に出ると朱色の夕焼けが一面と染まる。活力を失った太陽の最後の足掻きかの様な儚げとした美しさがやはりあった。

 学校の鞄と道着袋を肩に掛けると彼女は先輩に挨拶もくれず校門に向かう。

(明日こそは、誰かと会話しよう)

一日の瀬戸際、彼女はそんな可愛げで小さな目標を掲げる。



「おい!!荻野内────ちょっと来い!!」



本日初めて彼女の名が高らかに呼ばれた。だが彼女はこれっぽっちも嬉しくは無い。むしろ厄介なのに捕まったと目を瞑る。

「はい。どうかしましたか?」

彼女は呆れざまに振り返ると、湿布に塗れた輩が十人近く壁を成していた。

「どうしましたかじゃねぇ!!いいから来いっつてんだよ!!」

随分とガラの悪い台詞とともに、一人の男が手招きをする。


 ──────このまま帰ろうか。


そう荻野内の中で一つの選択肢が生まれる。このまま付いて行き何か得をするとは、天地が返ろうが考えられない。

 だが断るわけにも行かなかった。武道の世界云々以前に、やはり先輩の命令は聞かなければならないからだ。荻野内は重い足取りでその群衆に近寄る。腕を伸ばせば確実に人中を捉える距離感に入った。

「ちょっと道場裏に付いてこい」

右頬に大きな湿布を張った男が、顎で彼女に指示を送る。


 ──────やはり帰るべきだった。


ふと荻野内はそう後悔した。




 道場はどうやら夕日を遮るようだ。影を作った先は、同じ時刻かと疑いたくなるほど暗闇が形成されている。

「それで何か用ですか?」

淡々と荻野内はそう尋ねる。それは彼らの神経を逆撫でるのには丁度良い煽り文句であった。

「どうしたもこうしたもねぇよ!!!てめぇ、強ぇからって調子こいてんじゃねぇよ!!」

中々の言いように彼女は、面を喰らう。

「別に調子に乗っているわけじゃありません」

「っるっせぇ!!てめぇに今発言権があるわけねぇだろ!!」

中々では無かった。途轍もない程の言いようであった。

 部活が始まってはや二日目、荻野内の被害に遭った人間が憤りの限界を迎えた。本当に頭に血が上っているのか、皆顔がみるみると赤くなる。

「良いかぁ!?明日からぜってぇ手を抜けよ。こっちはお前みたいな化け物ゴリラとは違くて人間なんだよ!!」

ずかずかと音を立てて一人の男が、そう言い寄る。

「稽古は本気でやってこそ意味があると思いますが?」

だが荻野内は、全く持って物怖じする様子は見せなかった。仮に喧嘩になろうが、彼女が負ける確率零に等しい人間の余裕と言うモノなのか。それとも慣れと言う二文字に帰するのかは当の本人でさえ知らぬところである。

 

 こめかみを伝う青筋が音を立てて切れた途端に、正拳が顔に飛びかかる。

 だがそれでも荻野内は冷静であった。首を右に傾け左手上段受けを終えると、空いた鳩尾に容赦なく下突きをお見舞いする。二十キロ近い体重差でありながら男の体は宙に浮く。悶え苦しみながら男は、地に伏した。

「てめぇ!!!やっちまえぇぇぇ!!!!!」

それを見た三年の部長は、一斉に荻野内を襲うよう指示を出す。

 初めからこの気であったのか、彼らは良い連携で彼女を囲む。

「いくらお前が強くてもなぁ、それは一対一の話ってことを教えてやるよ!!」

四方向からの同時攻撃、一人は下段に一人は顔に一人は掴みかかり、そして一人は急所に。女相手に多勢に無勢、そして遠慮ない本気の殴り。

 荻野内は顔への打撃を、寸でで避けるとその腕を掴んだ。腕を引きながらに横蹴りを合わせる。

 試合であれば掴みの反則こそ取られそうだが、堂々の一本。見事な試合の幕引きとなるが相手はまだまだ居た。猪かのよう掴みかかる野獣を迎撃しようと向きを変えるのだが、その一歩前の下段への蹴りが膝裏に入った。

「ッ!!.......」

がぐんと身体が下へと落ち込み、迎撃が遅れるとなるとタックルにより地面に押しつぶされた。

 空手は立の競技。寝技への返しなど知るわけはなかった。恐らく知ってたとしてもこの体重差では実践はやや厳しい。

 ショートレンジのフックを肋骨の下に入れ込むと「うッ!!!」と情けない声を出して男は、荻野内から退いた。すぐさま立ち上がろうとしたが、それに合わせた顔面への蹴りで荻野内は再び地面に叩きつけられた。

 

 こうなれば、仮に総合格闘技出身であろうが返す方法は一つとしてなかった。

 踏み、蹴り、その応酬が絶え間なく彼女を襲いそして傷つける。身体を亀のように丸め防御を取るがそんなモノは穴だらけの生兵法と大差はない。




 大方、やり残したことも無くなったのかリンチはピタリと止んだ。

(.............お、終わったの、かな?.......)

すれすれの意識でそう考えると、暗かった視界が唐突に晴れやかになった。

「おい!!こいつもう伸びてんじゃねぇのか?」

荻野内の髪を掴み上げた一人の男が冷笑しながら、周りの面々にそう聞く。

 事実彼女の容体は、相当に酷かった。多量な内出血、切傷、打撲痕と女の身体には余りに似つかわしくないファッションが纏わりつく。

「なぁ雅人!!お前一番コイツの事恨んでたよなぁ?一発入れちまえよぉ」

軍勢の中から一人そんな提案をした。大盛り上がりの中から荻野内の前に出てきたのは一番初め時雨にやられたかの男であった。拳の骨をわざとらしく鳴らすと首をぐるりと回す。

「それじゃあやっちゃいますかぁ?」

腕を何度か回すと、その男は拳を硬くする。


 腕を引き。

 腰を回し。

 そして一気にそれを開放する。


荻野内は、咄嗟目を瞑る。物理的な抵抗の出来ない彼女の唯一の紛らわし方であった。









「いい加減止めたら?」




 一人の男の声が皆の鼓膜を激しく揺らした。

 特段大きな声でもない。どちらかと言えば、小さい方なのかもしれない。ただそれは恐ろしく冷徹と、そして赫怒の面を帯びていた。だからこそ途轍もない存在力を発揮していたのだ。

 荻野内の顔に向かった拳は、まるで時間が止まったかのようにびたりと止まる。

「だ、だれ?.........」

ゆっくりと荻野内は目を開ける。

 軍勢を割ったその先に、一人の人間が立っていた。

 初見、それは男であるか女であるか分からないモノであった。それは体躯的な事も、声がやけに冷たい事も理由なのだろうがそんなのはあくまで端数でしかない。


 このモノ、男子の制服に身を包んではいるが髪は女性ほどに長いのだ。

「白い、髪.......」

この黒の世界で、まるでそこだけ荒く空間を削ったようにその髪は白々としてた。絹のように美しく滑らかでありそして何処か神々しくもある。

「誰だてめぇ!?見せもんじゃねぇぞ!!!!」

軍勢の中から一人、その白髪のモノに近付いた。

 そして武道家とは思えない不況な手口で顔面への攻撃を仕掛ける。


──────刹那。

 男は後方五メートルは吹っ飛んだ。

「多勢に無勢を敷く人間の程度などたかが知れてたけど、所詮はこんなものか」

白髪のモノは余裕綽々とそう言葉を紡いだ。

「何....今の?」

あの細腕から繰り出された一撃は、もはや人間の一撃とは言い難かった。

「........て、てめぇ!?」

余りの光景に言葉を失っていた、有象無象は思い出したように怒号を上げそのモノに襲い掛かかる。

──────そして二度目。

まるでスタントマンの大袈裟な演技かのように次々と襲い掛かった男たちは、一撃で鎮められていった。

 特段足音も無く、生きているのか死んでいるのかも分からないような人間。そいつは何時の間にかリンチに興じていた人間を二人にまで片づけていた。

「な、何なんだてめぇは!?」

荻野内に一発入れようとしていた男は、上ずった声でそう聞く。

「別に、誰でもいいだろ?それを知って何か変わるのか?」

淡々と白髪のモノはそう睨み、尋ね返す。その眼は日本人とは思い難い翡翠のような色合いで見るだけで惚れる魔性を秘めていた。だがそれが一度転じれば、その刺々しさにむせ返りそうである。

「クソがぁぁぁぁぁ!!!!」

男は例にも漏れず、その白髪を襲おうと上段蹴りを見舞う。

 だが白髪はそれより何千手と早かった。開いた肋骨の下を抉るように、レバーに拳を叩き込む。そして電源の切れたロボットのようにぐにゃりと地に伏せた。

「.............強い」

荻野内は感嘆とそう一言漏らす。

「な、何で俺たちを襲うんだ?」

「何で?..........さぁ」

震え上がった男に対し、その白髪は不可思議そうに首を傾げると空を見上げふとその答えを探し出した。

「道理は分からないけど、体が勝手に動いた。──────多分お前らみたいに弱い者虐めをする人間に腹が立ったんだと思う」

そして淡々と説明を終える。

「弱い者虐めだと!?バカ言え!!この女はなぁ化け物みたいに強ぇんだぞ!!」

「知らん」

即答であった。本当に心の底からそんな言い訳に興味が無いかのよう白髪は、男の弁明を斬り伏せた。

「そいつがどれ程強いかなんかはどうでもいいが、事実弱いからそいつはやられてる。そうじゃないのか?」

「あっ..............」

完全に言い包められた男は、次の一手を迷った。その瞬間


「くたばれッ!!!」

ある程度動けるようになった荻野内は、その男の金敵に向けて肘を刺した。

 鈍痛に悶絶した男は、奇声を発しながら地面に倒れ込むや否や彼女は開いた脇腹に蹴りを思い切り叩きこんだ。するとぴたりとその奇声は止む。

「おぉ.....弱いくせやるねぇお前。まっ終わったみたいだし俺帰るわ」

白髪は煽る思いは欠片も無いのだが、何処となく莫迦にしているような言葉遣いであった。

 後ろで一つ結びにした紙の束が、ゆらりゆらりと揺れながらそのモノは去っていく。

「わ......私は弱くなんかないッ!!!」

必死の抵抗。それは魂の方向でありその白髪は取り憑かれたように脚を止める。

「次は、こんな失態は犯さない!!こんな群れる事しかできない奴らに負けはしない!!」

息も絶え絶えにそう叫ぶ。白髪はくるりと横顔だけを向けると、荻野内の瞳から流れる滝のような翡翠のハイライト様に輝く。

「.........お前、女なんだろ?」

「だからどうした!!女だからってお前もバカにするのか!?格闘技なんて女のするものじゃないって。お前もバカにするのか!!」

嘗て試合会場で幾度と囁かれた、その陰口を彼女は反芻する。



はぁぁぁぁ..........


「ちげぇよばーか」

特大の溜息と共に白髪は呆れたような顔をする。「えっ?」と荻野内は豆鉄砲を喰らったハトのような顔をして見せた。

「そうじゃなくて、女のくせに中々良い魂持ってるなって事だ。──────男だって強いやつは強いし、弱いやつは弱い。けどお前は女でありながらに男より強い覚悟と魂を持ってる。まっそんだけだから」

その言葉は何かを貫いた。それが何でるのかは二人ともども知らない訳だが、荻野内雅の頬はどうしてか紅潮する。

 そしてその白髪は再び背を向けると荻野内から去っていった。


「..............あのっ!!な、名前は!?」

咄嗟そう彼女は口走る。しかしその白髪は脚を止めない。だが不意に手を挙げて





「鬼川祐」



そう言い残して男は夕焼けに消えた。


──────暗転。

 時間は随分と遡る。大凡にして一年と三ヶ月程度であろう。二〇二四年四月八日。天童高校入学式から二日が立った日の事だ。

 授業オリエンテーションが早急に済み、本格的な高校生活を営む一日目となる人生の分岐点。中学時代の友人がいればこの日を円滑かつ揚々と生活できるわけだが、こと荻野内雅はそう言う訳には行かなかった。

 何せ彼女は、高校生になりこの素数番街と言うふざけた名の街に足を踏み入れたのだ。

(........友達作らなきゃなぁ)

頬杖を突きながらに彼女はそう感じ、視界の先に見える長い髪の毛に息を吹きかけた。別に一人でいることが悪いわけでは無いのだが、それでも友好関係を築く事の有用性を重々承知している。

 しかしながら彼女に声を掛けてくる人間は、居なかった。別に顔が整っていないからなどという理由ではない。

 一言で言えば、雰囲気が恐ろしいのだ。確実に、触れれば棘の様に刺さるオーラの形が悪さをしている訳だった。


 そして鋭い眼光もまたその痛ましい雰囲気を加速させる。興味を以て荻野内を見つめる者は一定数居るのだが、近付くより先に彼女が牽制と言う名の眼光で刺し止めていた。

(はぁぁぁ.......空手の為にこの学校入ったけど、難しいなぁ)

荻野内は立ち上がるや否や、人の間を縫うように教室から飛び出した。だからと言ってトイレに行くわけでもない。それはただ気を紛らわすだけの愚行に過ぎないのだ。


 廊下に出たからと言って、何かを得るわけでもない。それを知りながらに彼女は右往左往としながらに他クラスを観察する。

 一組、二組、飛んで四組、五組──────と。しかし変わり者の人間など一人としてこの学年には居なかった。

「なぁ知ってるか?四組に白髪の男子が居るらしいぜ」

すれ違いざまの一人が、荻野内の隣でそう口にした。昼休みの廊下など音が絶えぬことの無いブースのような環境でなお、その言葉だけは鮮明であった。

 しかしその噂はおかしい。現に荻野内雅は教室を一望したわけで、そんな異常の塊が居れば即座に目に付くわけである。

(髪、染め直したのかな?........)

荻野内はそんな猜疑心(うたがい)を胸にしながらも再び四組へと脚を進めた。


 案の定であった。そんな人間は愚か、髪を染めている人間すらいやしなかった。

 これが何処か空想の世界であり、荻野内雅がヒロインなのであればここで運命的な出会いをするのだろう。だが現実は無情で残酷である。

「.........何やってんだろ。そろそろ五時間目始まるし、教室戻ろ」





 荻野内雅は、とある部活の中では名を知られるどころの騒ぎでは無かった。その競技の代表選手がふと高校に現れたような感覚とよく似ている。

「えぇ.....それじゃあ稽古を始める。正面に礼」

神前の前、横五人縦六人の形で正座をしていた部員はその号令で頭を下げる。

 極真空手では基本、正座の姿勢は拳に二個半なわけだがそんな事を気にしている素振りは誰一人としてない。


 彼女には友達以外でも少々思い悩むことがあった。それは紛れもなくこの部活動なわけだが、如何せんにレベルの低さにやや愕然としていた訳だ。中学時代、全日本女子の部において二連覇を果たした彼女にとって部内の男は男とは呼べない程に貧弱であった。

「はいっ次!!」

上段回し蹴り一閃で、一人の人間が沈めば刹那二人目を要求する始末。

 一般的な体躯の良さでは荻野内に対抗すら儘ならない。この街で有数の強さを持つ人間でもなおやはり彼女には遠く届かないのだ。

 結果として、組手では誰も彼女と組みたがろうとしなくなった。

「...........はぁぁぁ。つまんないなぁ」

そして彼女はそうぼやいた。


 部活を終え、武道場から外に出ると朱色の夕焼けが一面と染まる。活力を失った太陽の最後の足掻きかの様な儚げとした美しさがやはりあった。

 学校の鞄と道着袋を肩に掛けると彼女は先輩に挨拶もくれず校門に向かう。

(明日こそは、誰かと会話しよう)

一日の瀬戸際、彼女はそんな可愛げで小さな目標を掲げる。



「おい!!荻野内────ちょっと来い!!」



本日初めて彼女の名が高らかに呼ばれた。だが彼女はこれっぽっちも嬉しくは無い。むしろ厄介なのに捕まったと目を瞑る。

「はい。どうかしましたか?」

彼女は呆れざまに振り返ると、湿布に塗れた輩が十人近く壁を成していた。

「どうしましたかじゃねぇ!!いいから来いっつてんだよ!!」

随分とガラの悪い台詞とともに、一人の男が手招きをする。


 ──────このまま帰ろうか。


そう荻野内の中で一つの選択肢が生まれる。このまま付いて行き何か得をするとは、天地が返ろうが考えられない。

 だが断るわけにも行かなかった。武道の世界云々以前に、やはり先輩の命令は聞かなければならないからだ。荻野内は重い足取りでその群衆に近寄る。腕を伸ばせば確実に人中を捉える距離感に入った。

「ちょっと道場裏に付いてこい」

右頬に大きな湿布を張った男が、顎で彼女に指示を送る。


 ──────やはり帰るべきだった。


ふと荻野内はそう後悔した。




 道場はどうやら夕日を遮るようだ。影を作った先は、同じ時刻かと疑いたくなるほど暗闇が形成されている。

「それで何か用ですか?」

淡々と荻野内はそう尋ねる。それは彼らの神経を逆撫でるのには丁度良い煽り文句であった。

「どうしたもこうしたもねぇよ!!!てめぇ、強ぇからって調子こいてんじゃねぇよ!!」

中々の言いように彼女は、面を喰らう。

「別に調子に乗っているわけじゃありません」

「っるっせぇ!!てめぇに今発言権があるわけねぇだろ!!」

中々では無かった。途轍もない程の言いようであった。

 部活が始まってはや二日目、荻野内の被害に遭った人間が憤りの限界を迎えた。本当に頭に血が上っているのか、皆顔がみるみると赤くなる。

「良いかぁ!?明日からぜってぇ手を抜けよ。こっちはお前みたいな化け物ゴリラとは違くて人間なんだよ!!」

ずかずかと音を立てて一人の男が、そう言い寄る。

「稽古は本気でやってこそ意味があると思いますが?」

だが荻野内は、全く持って物怖じする様子は見せなかった。仮に喧嘩になろうが、彼女が負ける確率零に等しい人間の余裕と言うモノなのか。それとも慣れと言う二文字に帰するのかは当の本人でさえ知らぬところである。

 

 こめかみを伝う青筋が音を立てて切れた途端に、正拳が顔に飛びかかる。

 だがそれでも荻野内は冷静であった。首を右に傾け左手上段受けを終えると、空いた鳩尾に容赦なく下突きをお見舞いする。二十キロ近い体重差でありながら男の体は宙に浮く。悶え苦しみながら男は、地に伏した。

「てめぇ!!!やっちまえぇぇぇ!!!!!」

それを見た三年の部長は、一斉に荻野内を襲うよう指示を出す。

 初めからこの気であったのか、彼らは良い連携で彼女を囲む。

「いくらお前が強くてもなぁ、それは一対一の話ってことを教えてやるよ!!」

四方向からの同時攻撃、一人は下段に一人は顔に一人は掴みかかり、そして一人は急所に。女相手に多勢に無勢、そして遠慮ない本気の殴り。

 荻野内は顔への打撃を、寸でで避けるとその腕を掴んだ。腕を引きながらに横蹴りを合わせる。

 試合であれば掴みの反則こそ取られそうだが、堂々の一本。見事な試合の幕引きとなるが相手はまだまだ居た。猪かのよう掴みかかる野獣を迎撃しようと向きを変えるのだが、その一歩前の下段への蹴りが膝裏に入った。

「ッ!!.......」

がぐんと身体が下へと落ち込み、迎撃が遅れるとなるとタックルにより地面に押しつぶされた。

 空手は立の競技。寝技への返しなど知るわけはなかった。恐らく知ってたとしてもこの体重差では実践はやや厳しい。

 ショートレンジのフックを肋骨の下に入れ込むと「うッ!!!」と情けない声を出して男は、荻野内から退いた。すぐさま立ち上がろうとしたが、それに合わせた顔面への蹴りで荻野内は再び地面に叩きつけられた。

 

 こうなれば、仮に総合格闘技出身であろうが返す方法は一つとしてなかった。

 踏み、蹴り、その応酬が絶え間なく彼女を襲いそして傷つける。身体を亀のように丸め防御を取るがそんなモノは穴だらけの生兵法と大差はない。




 大方、やり残したことも無くなったのかリンチはピタリと止んだ。

(.............お、終わったの、かな?.......)

すれすれの意識でそう考えると、暗かった視界が唐突に晴れやかになった。

「おい!!こいつもう伸びてんじゃねぇのか?」

荻野内の髪を掴み上げた一人の男が冷笑しながら、周りの面々にそう聞く。

 事実彼女の容体は、相当に酷かった。多量な内出血、切傷、打撲痕と女の身体には余りに似つかわしくないファッションが纏わりつく。

「なぁ雅人!!お前一番コイツの事恨んでたよなぁ?一発入れちまえよぉ」

軍勢の中から一人そんな提案をした。大盛り上がりの中から荻野内の前に出てきたのは一番初め時雨にやられたかの男であった。拳の骨をわざとらしく鳴らすと首をぐるりと回す。

「それじゃあやっちゃいますかぁ?」

腕を何度か回すと、その男は拳を硬くする。


 腕を引き。

 腰を回し。

 そして一気にそれを開放する。


荻野内は、咄嗟目を瞑る。物理的な抵抗の出来ない彼女の唯一の紛らわし方であった。









「いい加減止めたら?」




 一人の男の声が皆の鼓膜を激しく揺らした。

 特段大きな声でもない。どちらかと言えば、小さい方なのかもしれない。ただそれは恐ろしく冷徹と、そして赫怒の面を帯びていた。だからこそ途轍もない存在力を発揮していたのだ。

 荻野内の顔に向かった拳は、まるで時間が止まったかのようにびたりと止まる。

「だ、だれ?.........」

ゆっくりと荻野内は目を開ける。

 軍勢を割ったその先に、一人の人間が立っていた。

 初見、それは男であるか女であるか分からないモノであった。それは体躯的な事も、声がやけに冷たい事も理由なのだろうがそんなのはあくまで端数でしかない。


 このモノ、男子の制服に身を包んではいるが髪は女性ほどに長いのだ。

「白い、髪.......」

この黒の世界で、まるでそこだけ荒く空間を削ったようにその髪は白々としてた。絹のように美しく滑らかでありそして何処か神々しくもある。

「誰だてめぇ!?見せもんじゃねぇぞ!!!!」

軍勢の中から一人、その白髪のモノに近付いた。

 そして武道家とは思えない不況な手口で顔面への攻撃を仕掛ける。


──────刹那。

 男は後方五メートルは吹っ飛んだ。

「多勢に無勢を敷く人間の程度などたかが知れてたけど、所詮はこんなものか」

白髪のモノは余裕綽々とそう言葉を紡いだ。

「何....今の?」

あの細腕から繰り出された一撃は、もはや人間の一撃とは言い難かった。

「........て、てめぇ!?」

余りの光景に言葉を失っていた、有象無象は思い出したように怒号を上げそのモノに襲い掛かかる。

──────そして二度目。

まるでスタントマンの大袈裟な演技かのように次々と襲い掛かった男たちは、一撃で鎮められていった。

 特段足音も無く、生きているのか死んでいるのかも分からないような人間。そいつは何時の間にかリンチに興じていた人間を二人にまで片づけていた。

「な、何なんだてめぇは!?」

荻野内に一発入れようとしていた男は、上ずった声でそう聞く。

「別に、誰でもいいだろ?それを知って何か変わるのか?」

淡々と白髪のモノはそう睨み、尋ね返す。その眼は日本人とは思い難い翡翠のような色合いで見るだけで惚れる魔性を秘めていた。だがそれが一度転じれば、その刺々しさにむせ返りそうである。

「クソがぁぁぁぁぁ!!!!」

男は例にも漏れず、その白髪を襲おうと上段蹴りを見舞う。

 だが白髪はそれより何千手と早かった。開いた肋骨の下を抉るように、レバーに拳を叩き込む。そして電源の切れたロボットのようにぐにゃりと地に伏せた。

「.............強い」

荻野内は感嘆とそう一言漏らす。

「な、何で俺たちを襲うんだ?」

「何で?..........さぁ」

震え上がった男に対し、その白髪は不可思議そうに首を傾げると空を見上げふとその答えを探し出した。

「道理は分からないけど、体が勝手に動いた。──────多分お前らみたいに弱い者虐めをする人間に腹が立ったんだと思う」

そして淡々と説明を終える。

「弱い者虐めだと!?バカ言え!!この女はなぁ化け物みたいに強ぇんだぞ!!」

「知らん」

即答であった。本当に心の底からそんな言い訳に興味が無いかのよう白髪は、男の弁明を斬り伏せた。

「そいつがどれ程強いかなんかはどうでもいいが、事実弱いからそいつはやられてる。そうじゃないのか?」

「あっ..............」

完全に言い包められた男は、次の一手を迷った。その瞬間


「くたばれッ!!!」

ある程度動けるようになった荻野内は、その男の金敵に向けて肘を刺した。

 鈍痛に悶絶した男は、奇声を発しながら地面に倒れ込むや否や彼女は開いた脇腹に蹴りを思い切り叩きこんだ。するとぴたりとその奇声は止む。

「おぉ.....弱いくせやるねぇお前。まっ終わったみたいだし俺帰るわ」

白髪は煽る思いは欠片も無いのだが、何処となく莫迦にしているような言葉遣いであった。

 後ろで一つ結びにした紙の束が、ゆらりゆらりと揺れながらそのモノは去っていく。

「わ......私は弱くなんかないッ!!!」

必死の抵抗。それは魂の方向でありその白髪は取り憑かれたように脚を止める。

「次は、こんな失態は犯さない!!こんな群れる事しかできない奴らに負けはしない!!」

息も絶え絶えにそう叫ぶ。白髪はくるりと横顔だけを向けると、荻野内の瞳から流れる滝のような翡翠のハイライト様に輝く。

「.........お前、女なんだろ?」

「だからどうした!!女だからってお前もバカにするのか!?格闘技なんて女のするものじゃないって。お前もバカにするのか!!」

嘗て試合会場で幾度と囁かれた、その陰口を彼女は反芻する。



はぁぁぁぁ..........


「ちげぇよばーか」

特大の溜息と共に白髪は呆れたような顔をする。「えっ?」と荻野内は豆鉄砲を喰らったハトのような顔をして見せた。

「そうじゃなくて、女のくせに中々良い魂持ってるなって事だ。──────男だって強いやつは強いし、弱いやつは弱い。けどお前は女でありながらに男より強い覚悟と魂を持ってる。まっそんだけだから」

その言葉は何かを貫いた。それが何でるのかは二人ともども知らない訳だが、荻野内雅の頬はどうしてか紅潮する。

 そしてその白髪は再び背を向けると荻野内から去っていった。


「..............あのっ!!な、名前は!?」

咄嗟そう彼女は口走る。しかしその白髪は脚を止めない。だが不意に手を挙げて





「鬼川祐」



そう言い残して男は夕焼けに消えた。


──────暗転。


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