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退魔の英雄  作者: 明太子
宴之魔陰
40/64

39 生きた傀儡

毎日投稿十七日目。

恐らく次の話でこの章は一区切りつくと思います。

評価とコメントとフォロー頼んます。

では楽しんでください!!

 天を翔かける未視の者は、世嗣より幾らかは速かった。それが全速なのかと問われれば世嗣は答えようが無かった。

「間に合ってくれ!!.........」

人を掻き分け、ただその黒点を世嗣は追い続ける。第十競技場の天井部が街の垣根を超えまるで地平線から上がる太陽の様である。

 世嗣の顔は随分と酷いモノであった。脂汗にまみれ、眼を細め、歯を食いしばる。あれを見て一体他人は何を思うのかなど分かるはずもない。

 第三競技場と比べれば犠牲になる人間の数は半数と言える。ただそれでも数百と言う単位で人が死ぬことはやはり耐え難い痛みであった。そんな痛みの顔だと一体だれが分かろうか。

(さっさと元に戻らねぇか!!くそったれ術式がッ!!)

未だ戻らない飛来の術式を世嗣は喉から手が出るほどに使いたくて仕方がなかった。しかしここで乱発することは余りに愚策としか言いようのない事である。何せ回復し来ていない魔術を無理にでも使用すれば、定めた場所に飛ぶことが出来ない。仮に見知らぬ場所にでも飛ぼうものならそれこそ元の木阿弥であった。

 世嗣は走る以外の選択肢が無かった。

 口に咥えていた煙草はいつの間にか風に置いて行かれ、黒のコートはその風に靡く。時々に見える鈍く光る二つのしろがねの光が世嗣の両胸にあった。


「ッ!!...........戻った!!」

焼き切れていた魔術式が時を経て世嗣の身体によく馴染む。最早世嗣は人目を気にしていなかった。何があってもあれを止めねばならない使命感とでも呼べるその思いがそうさせた。

 雑多に溢れる人の中から、あれ程までに目立つ人間が唐突に消えた屋台通りは狐に化かされた人のようピタリと音が止む。



 第十競技場天井部。そこにはあの黒点のモノが居た。

 世嗣は一切の迷いも躊躇いも無く左胸に仕込んだデザートイーグルを引き抜く。五十口径の本物の実弾は既に装填を終えている。先手に当てていない為、無論必中の術式は働かない。

(間に合った.........)

世嗣は人差し指を引き金に掛け、それを引き絞ろうと力を込める。


 しかし何故か、その者は直立不動のままその場に立ち尽くす。

(構うモノか.........)

何千、何万と引いてきたその金属がやけに重たく感じる。







「──────私を撃つの?世嗣」






 人の声が鳴る。それは素朴であり決して絶世の美しさとは呼べない、淡白な声色。

 咄嗟世嗣の右指はピタリと止まる。いやその声に止められたのだ。自身の名を呼ぶその声色は世嗣の中で薄れそして掠れていた心の慈雨であったからだ。心拍は上がり、嫌に冷たい汗が世嗣の身体からだらりと噴き出る。一丁の拳銃を持つ世嗣の手は残像を残し縦横無尽と揺れていた。

 連動しているかのよう世嗣の眼と口は少しずつ開いていく。風に打たれ、眼球が乾燥してなお世嗣はその眼を閉じれなかった。

智恵(ともえ)?............」

世嗣は黒点のモノの背にそう呼びかける。

 高いところはやはり風が良く届いた。世嗣のコートと黒点の羽織が良く揺蕩う。まるで共鳴しているかのように同じく動く同じく静まる。いつの間にか世嗣は向けていた銃口を下にと下げていた。

 魔陰だと、そう信じ疑わなかったその黒点の者は人間であった。

「やっぱり世嗣は優しいのね」

頭まで被っていたその羽織から女性の顔がちらりと見え隠れする。その人間を世嗣はよく知ってた。

 顔、生まれ、姓と名、声、性格、ましてや夜の床でどのように啼くのかさえも。

「バカな.......お前はあの時、あの時死んだはずじゃあなかったのか?」

「神様のご加護かな。久しぶりだね世嗣......」

その女は、清らかな笑みと共に振り返る。頭に乗っていた羽織がするりと音を立てて外れると、祐と同じほどの髪が現れる。

 何よりこの女、黒の羽織以外に服を着ていない。文字通り素っ裸なのだった。だが世嗣はそこに一切の疑問を持たない。

「そ、そんな筈はない!!あいつは.......智恵は死んだんだ。それにあいつは空なんか飛べるはずがねぇ!!」

気力と言葉を振り絞りながらに世嗣は、銃口を彼女の左胸に向ける。

「どうして?どうして私にその銃を向けるの?──────私は智恵、渚智恵。世嗣が何よりも大切にしていた人だよ」

「ッ!!.........」

生きた心地がしないとはこのことかと世嗣はそう直観する。失った心の一塊が再び目の前に現れるというのはこれほどまでに、酷なモノなのかと世嗣はそう心に叫ぶ。

 世嗣の眼や耳から流れる情報は全て彼女を肯定する。それを否定するのは過去の(しがらみ)だけである。

「もしかして私を忘れたの?世嗣......」

彼女はすり足に世嗣に近付く。

「近寄るなッ!!!!」

「えっ?」

咆哮のような命令であった。震える右手を左手で何とか支え銃口の狙いを再び定める。

「お前が生きている筈がない!!生きていたとして、どうしてあの時から老いていない!?──────頼む.....記憶の中で俺の中でだけ生きていてくれ」

持ち得る全ての言葉と思いを使い果たした世嗣の声は、終いに掛け弱弱しくなった。

「私は私よ!?どうして分かってくれないの!?......私が世嗣の様に年を喰わなくなったから!?それとも他に好きな人でも出来たの!?」

「そんなんじゃ......そんなんじゃぁねぇ!!........」

行き場のない思いを紡ごうと下を回すが、その先が出てこない。

 そんな世嗣を追い詰めるかのよう彼女は歩みを進める。嫌だと世嗣がどれ程に抵抗してもその女は知ろうともしない。

 智恵の瞳と、世嗣の瞳とが重なる。混沌とする世嗣の涙姿がよく反射していた。





 その騒がしい音の波が咄嗟、断ち切れた。

 世嗣の握りしめていたデザートイーグルの先からは、まるで煙草の煙を吐くかのように煙が空へと延びる。それを握る世嗣の手にはぐんと衝撃が乗った。退魔の衆に入り十三の時に始めて発砲したあの緊張感に似ているそれが世嗣を包み込む。

 刹那の先、若かりし世嗣に浴びせられたのは魔陰を撃ち殺した高揚感であった。


──────しかし今は違った。惜しんでも悔やんでも戻ることの無い命を奪った、只の罪悪感のみであった。


 黒の羽織に身を包んだ彼女はうつ伏せるように倒れ込む。

──────殺したのだ。

 近距離、そして生身で五十口径を心臓に喰らえば助かるはずがない。

──────お前が選択したのだ。

 世嗣はその場で立ち尽くした。先程まで、眼前に居た一人の女の姿はもう無く遠い空だけが目に飛び込む。

──────それは正解だったのか。

 視線を落とすと右手の拳銃からは煙の香りがした。

──────何故引き金を引いたのか。


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


喉が焼けるように熱くなる感触が世嗣を襲った。それでも止まらない咆哮は世嗣の気持ちを良く代弁してくれた。

 膝が砕け、項垂れ、そして吐き気が湧き上がる。ここ数日殆ど食べていなかった世嗣は、胃液だけを吐き捨てた。

「...........どうして!?どうして!?どうして!?」

何もない虚空に只ひたすらと自身の問の答えを求める。ただ現実は冷徹であり非常であった。返ってくる答えは愚か、声の一つも無い。ただその静寂だけがお前が人殺しであるとそう告げる。

 どうやらこの世には多数主義というモノがあるらしい。五百人が乗る船と三百人が乗る船が在った際中に乗っている人間との関係値を捨て去りただ多いだけを救う極端な選別思考。無論それが間違いであると誰もが否定することも、それが正しい事であると肯定することもできない。

 世嗣はこの主義に従ったに過ぎないのだ。

「..................」

傍から見れば数百の若き芽をたった一人の命と引き換えに救った英雄。一体誰がその行動を咎めることが出来るのだろうか。


 しかしその一人は、英雄にとって余りに重たい命であった。この世全ての生命と天秤にかけてなお釣り合うことの無い唯一無二の命。

「くっそ............」

只ひたすらに打ち震える事のみを許された世嗣は、嗚咽混じりにそう訴える。

 己の読みの甘さから失った命を、此度は己の腕によって二度目の死を与えた。世嗣の四肢はまるで(はりつけ)にされたかのように動かなかった。





「やっぱり私の事嫌いになっちゃったの?.......世嗣」

幻聴かのよう悍ましい声が世嗣の鼓膜をこれでもかと揺らす。本能であるかのようその声を聞いた途端、世嗣は吐き気を催した。

 女の声ではあった。

 しかしかつての彼女ではない。素朴で味わいのない慈雨のような声色ではなく、妖艶に冷笑を交えたような声であった。

「ッ!!......て、てめぇは?..........」

(よこしま)(まみ)れた魔女のような声に世嗣は覚えがあった。

「あれ?.....あぁ、声帯部分の術式が破壊されたのね──────えぇっと。あーーーーー。あっ治ったわ」

濃い絵の具にまるで大量の水を混ぜ込んだように、その魔女の声は再び智恵の声に戻った。

「まさか撃ってくるとは思わなかったよ....世嗣」

傀儡師(メタフォア)?」

「違うよ世嗣。私は智恵、渚智恵。そんな大陸の魔術師じゃないよ」

薄気味悪さ以外の何物でもない喋り方をする彼女は、文字通り素っ裸であった。黒の羽織は撃ち抜かれた際に外れたのだろう。世嗣が撃ち抜いた部分に風穴が空いているがそこから血は垂れていない。

 出るところは出て、なんとも抱きごちの良さそうな体である。

「その傷は何だ?」

「あぁこれ?動かす為に糸で繋げて頂いたの。」

関節毎ではなく、不規則な位置で糸目が体に施されていた。腕だけでもその数は恐ろしく、上腕部に三か所、前腕部に五か所ほど跡が残っている。体全部で数えれば一体どれ程の時間を掛けたのかが分かるだろう。

「世嗣の為に教えてあげると、私は本物の渚智恵。これは嘘じゃない......ただ人格を傀儡師(メタフォア)様に少しいじられただけ」

その言葉に嘘がない事を世嗣は一瞬で理解した。会ったことも見たことも無く、自身を殺した人間に対して人は敬意を以て名を呼ばない。

「じゃあ何で智恵の体からあの屑野郎の声がしたんだ?」

「それは私の声帯を動かしていた術式が撃ち抜かれたからよ。一時的なメンテナンスの為に声が変わったの」

素朴な声色に似つかわしくない妖艶な出で立ちと話し方は、世嗣の神経を逆撫でする材料としては中々に良いモノである。

「ふざけてんのかてめぇ........それじゃあお前はあの野郎って事じゃねぇか!!」

眉間にぐっと皺が入る。釘で打たれていたような腕を振り払い、世嗣は狼狽えることなく銃口をその傀儡に向ける。

「けど、私自身は本物なんだよ。この顔も声も体も全部ね........それが誰かに操られているだけの事。どう世嗣?またその引き金を引くの?」

「クッ!!.........舐めんなよ」

殆ど強がりと変わらない笑みと台詞を立て並べ世嗣は、固まった関節を動かし立ち上がる。

「本当に撃てるのかしら?」

「二度も聞いてんじゃァねぇぞ!!このクソアマ」

「随分乱暴な言葉ね」

「黙れッ!!次その体で、その顔で、その声を侮辱して見ろ。撃ち殺してやる」


 覚悟を決める。たった六文字のその言葉をこの世の人のうち一体どれ程の人間が出来るのだろうか。

 傀儡と成り果てたものの、その声、その顔、その姿形が何も変わらぬかつての恋人を撃つ覚悟。これを固められる人間がこの世界の何処にいるのだろうか。


「ふふっ。強がりね世嗣......お願い撃たないで世嗣」

その言葉が終わるより先に二度目の銃声が鳴った。次は左目が吹き飛んだ。無論血は出ないが眼球、骨、皮膚がぼとりと地面に堕ちる。

「撃ち殺すって言ったよなぁ......」

「殺せてないわよ、」

そして三度目の銃声が鳴る。次は左ひざが吹き飛んだ。支えを失った体はぐしゃりと(ひしゃ)げる。

「傀儡と言え、本物の体なんだけどねぇ.....良く撃て、」

四度目の銃声。次は右肘より先が飛ぶ。

「.....るわねぇ」

五度目の銃声。次は右の脇腹が抉れる。

「流石は那須世、」

六度目の銃声。次は右膝が吹き飛んだ。完全に脚を失ったその傀儡はうつ伏せに倒れ込む。

「どう?人を殺した気分は」

七度目の銃声。脳天に直撃。



「ふふっ...」

八度目の発砲を試みた世嗣だが、生憎のこと引き金を引いてももう弾丸は出なかった。

「私が死人(しびと)だと分かった途端にこの有様。やっぱり人間の本質何て、殺し殺されの精神。どんなに綺麗ごとを並べても所詮は獣」

世嗣の右手からデザートイーグルが外れ落ちたと同時、世嗣はその場に崩れ落ちた。

「でも良かったじゃない。世嗣は魔術師紛いから本物の魔術師になれたのよ。昔あれほど憧れていたモノに成れたんだから少しは喜ばないと」

「黙れ」

「その最後のピースを埋めるために私は、世嗣の為に死ねるの」

「黙れっつてんだろッ!!!」

「そう............................」

王の命令かのように叫んだその言葉を受けた所為なのか、単純に傀儡の魔術(レタンレム)が切れただけなのかその傀儡はピタリと静まった。

 世嗣の足元に広がる残骸が、今の今まで本当に生きていたと一体誰が思うのだろうか。

 

 灰のように真っ白と燃え尽きた世嗣には、この街を撫でる晴嵐(せいらん)は余りに冷たすぎた。



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是非第零話を読んでみてね。

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