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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
4/23

3 退魔の衆

続き



靴を履き替え校門からつかつかと歩き出した祐は、家ではなく学校の裏へ向かった。その顔は普段の祐らしからぬ険しさがあった。

「あの女、俺名前まで知ってやがった....いや待て、冷静に考えてどうやって知ったんだ?ストーカーにしては精度高すぎるだろ。はっ!これも神領域への侵犯の力か....」

誰とも会話するでも電話をしているでもなく只単純に独り言をし続けている様子は、傍から見てまぁ普通にヤバいやつである事に変わりはなく一般人の眼や校庭で部活動をしている生徒の眼が祐に集まる。

「はぁぁ....会いたかぁねぇけど、今から無視して家に帰るわけにも行かないし。」

溜息を封印していたなどという数時間前の自分自身の行動は何処ぞに忘れ去り、平然と何の躊躇いも無く溜まりに溜まった幸運を吐き出した。


「そんなに溜息を吐いていては、風水が悪化しますよ。」

またしてもあの女性の声が祐の左耳に何の妨害も受けずに突き刺さる。いや今回は先程とは違い若干吐息の様なものさえ感じていた祐は、足の先から頭に天辺に至るまでに連鎖するように鳥肌が立ち込める。咄嗟に左耳を手で覆い声の方に振り返ると先程の女性が祐の眼前に立っていた。吐息が耳に掛かったのはこの近さ故だろう。

「マジでビックリするから、それは止めてくれ。」躍動する心臓に祐はそっと手を当てる。

「そうですか。それは申し訳ありません次からは気を付けるよう善処します。」

言葉上では反省してるようだが、それを発している口はもちろんの事。顔の隅、至る所までの表情に反省の色は見受けられない。

「あ、あの。それで話って何か?......」

「そうですね、ここは人目にもつきますし一度移動しませんか。」

起伏が無い物だからそれが提案なのかそれとも強制連行なのか一瞬戸惑う祐だが、「あ、あぁ。」と何とも歯切れの悪い返事をして彼女のゆく方向に付いていった。

(......感知反応は小さいな。四神力は普段は縮小してるのか。まぁ当然だな。)

背中を追い続けながら祐は、縮めていた感知の範囲を広げる。四神力を知っている以上彼女がそれを使えるのは大方判明はしているが、念の為としたが案の定微弱ながらも感知に引っかかった。

「あの......けんせいさん?」進み続ける彼女の偽名を呼ぶ。

「はい、どうか。」彼女は振り返らず答える。

「どこで俺の名前知ったんだ?」

「仕事の関係上調べさせていただきまして、その時。」

「仕事ってスパイか何か?」

「まぁその様なものです。」特に躊躇うことなく彼女は即答する。

(えっもしかして俺この世界から粛清される?新たな出会い束の間そのまま社会から消されるのか?えっ、俺なんかしたっけ。)

自身が今までしてきた悪行を祐は、一から思い出す。髪を切れと言われるが切らず、染めろと言われ染めず、赤点を取るなと言われるが赤点を取る。などとしょうも無い物が列挙されるが、闇の組織から消されるような出来事は何処にも見つからない。

(いや、思い出せ。きっときっと何かしてるハズ!.....)


うぅぅん~.....と必死に過去の記憶をを遡り続ける祐を後ろに置きながら彼女は不明の目的地に進み続けた。



「(もしかしてスーパーの品、物戸棚の手前じゃなくて奥のから取ったことか?)」

10分程歩き続けている最中、未だに過去の悪行を上げ続けるがやはり依然としてしょうも無いものしか出てこない。

「着きました。」

その声はまたしても祐の耳にするりと通り、祐の思考を中断させる。はっと我に返りあたりを見回すと見知った光景だった。

 毎朝毎夕毎晩見る光景は見知ったを通り越し、知り過ぎた光景と言える。ここが何処でどういう場所なのか一字一句適切に説明できるほどに知り尽くした光景に祐は絶句する。

「あ、あのぉ......」祐が震え交じりに呼び止める。

「はい、なんでしょうか。」如何せん氷のような声で振り返る。

「こ、ここ俺の家なんですけど。」

人差し指をピクつかせながら祐は彼女の後ろに佇む鬼川荘を指し示す。似ている場所か何かかと思った祐だが、所々に赤錆びが回り素数番街(このまち)の風景とは似合わない異質な荘何て探したところで見つかるはずはない。

「はい。それがどうかしましたか?」

「どうかもこうかもあるかぁ!!!何で俺の家知ってんだ!?やっぱり何?ストーカーか何か?仕事上調べたとか言ってるけ流石に怖いわ!!!」

息を切らしながら言葉を羅列し続ける祐を見て、無表情を貫いてきた彼女の顔に若干の陰りが見える。

「.....では、行きましょうか。」

「おい!ちょ、ちょっと待てって。」

再び無表情に戻ったかと思えば、何の躊躇いも無く鬼川祐の敷地に足を踏み入れる。外付けの赤錆だらけの階段を響かせずに滑るように昇っていく。その後ろを慌ただしく上り、ガンガンとした騒音をこれでもかと響かせる。

 祐が後ろから何度も声を掛けるが、彼女の辞書には止まるという単語が無いのだろうかと思わせるように祐の寝床である203号室に突き進む。

「こ、こいつぅ......」

彼女を呼び止める事は無意味なことだと理解させられた祐は、言葉を失い彼女の後ろを追い続けるさながら勇者パーティの一人の様になった。肩をこれでもかと落としたせいで肩に掛けていた鞄の紐がずるりと落ちる。

「鬼川祐さん。それではこちらの鍵を開けて頂けますか?」

祐が住み始めて未だに使用したことの無い扉付属の郵便受けは今日も当然の様に空らだった。悠然と立ち尽くして、さっさと開けろと言わんばかりに指をピンと鍵穴一直線に

指を指し示す光景は、悪徳商法を繰り返す押売り以上に酷いものであった。

(開けるべき、なのか?......いやけどなぁ開けないとこの人扉蹴り飛ばしそうだし。修繕費も洒落にならないしここは素直に開けよう。)

 はぁぁぁ~......

何たる厄日と自身の今日の運勢を呪いながら祐はポケットに入れてある鈴付きの鍵を取り出す。「ちょいとそこ退いてくれ。」と扉の前で立ち止まっている彼女を手で払いのけるように空中でジェスチャーをする。そっと二人分の間を扉と開けたそこに祐は割って入り、鍵を差し込み開錠する。

 扉のヒンジが少しばかり錆びて来たのか何か爪でひっかいたような雑音が扉の端から聞こえてくる。

「ど、どうぞ。」

普段からレディーファーストを重んじているわけではないが、今回ばかりは背後を取られるのが怖く祐は先に彼女を家に居れた。「ありがとうございます。」と丁寧に祐に頭を下げた彼女は玄関に入り、靴紐をほどき始める。ハイカットスニーカーの為祐のように適当に踵をもう一方の足で抑えて勢いよく脱ぐという荒業が出来ずにいる。中に入って鍵を閉めようかと思っていた祐だが、一人分が限界の小さな玄関に押し入るのは少々気が引けた。

 靴を脱ぎ廊下に上がり彼女は丁寧に靴の向きをそろえる。育ちが良いのだろうかと、その所作を見て祐はふとそれを感じ玄関に入り鍵を閉じた。

「あぁその左側の所の扉入ったら、洗面台あるからそこで手洗ってくれ。」

「わざわざご説明感謝します。」

「はぁ......どうも。」(言葉遣いとか所作とか見た感じ良い人、のか?まぁまだ油断はしない方がいいな。)

頭をすっと下げ彼女は祐の説明通り廊下の左側の扉に入っていった。背負っている荷物を下ろすべく祐は一度洋室に入ると、見るに堪えない散々な光景が広がっていた。眼を擦り瞼を開いて閉じてを繰り返して再び洋室を見るが、やはり姿は変わらない。箪笥は空きっぱなしで服は飛び出し、ベッドの掛け布団は荒れに荒れ、所々に水滴が堕ちている。

 

 この厄日の総仕上げと言わんばかりに泥棒にでも入られたかと一瞬祐の思考は、そっち側の路線を考えたが。

「あっちげぇや今日は、朝寝坊して散々だったんだ。」

と凡そ10時間前の自身の行動を振り返る。寝癖を直した後まともにタオルドライもせず洋室にパンイチで走り込み、肌着と制服を着用。そのまま髪を乾かさずキッチンに走り込み弁当の準備を済ませるが、この際も塩と砂糖を間違えるというべた過ぎる間違いを犯し....

 何て厄日の変貌を見せていた自身の朝準備を思い出す祐。

 はぁぁぁ.....

深く溜息を吐いてから散らかっている箪笥をまずは片づけ始めた所で、洗面台に居る彼女の事が心配になった祐。

「あそこびちょびちょなんじゃ!」

服を畳んでいる手を一旦止め、下の住人に迷惑が掛からない範囲で走り込む。洗面台には風呂場の入口に置いてある速乾性のバスマットに緊急避難しながら手を洗っている彼女の姿があった。

 申し訳ねぇ。と口には出さないが顔で全てを語っていると鏡越しに彼女が祐に語り掛ける。

「朝は随分と急いでいたようですね。私の事は大丈夫ですので、一度居間の方を掃除して来てもらって大丈夫ですよ。」

「今すぐ。今すぐ掃除してきますので、少々お待ちを。」

鏡越しに頭を下げ祐はすぐに洋室に駆け戻り、爆速で荒れ部屋を綺麗にする。手を洗い終えた彼女はその間唯一の安息の地である廊下で一人佇んでいた。



あれから3分程が経ち廊下と洋室を区切る扉が、ゆっくりと開かれた。

「掃除...終わったんで...入って..どうぞ。」息を絶やしながら祐が顔をのぞかせる。

「そこまで急いで頂かなくても大丈夫でしたが。」

祐が扉を開ききると、彼女は洋室に足を踏み入れる。先ほどの泥棒被害部屋と比べれば天と地ほどにその綺麗さに違いが生じている。しかし細かい部分に至るとやはり粗が出てしまっており、箪笥が妙にガタついていたりと表面上だけを掃除したのが容易に見て取れた。

「すみませんが、ハンガーを一つお貸し頂きたいのですが。」 

着用していたロングコートを脱ぎ祐にそれを見せる。

「ちょっと待っててくれる?」

そういうと祐は、ベランダに出てプラスチックの黒いハンガーを取り出しそれを彼女に手渡す。

「こんなんで大丈夫か?もしかしたら生地傷めるかもだけど。」他のを持ってこようかという口ぶりだが、ずぼらな祐の家にこれ以外のハンガーは一つとしてない。

彼女はそれを受け取り

「そんな高等な物ではないので、問題ありません。」と相変わらずの無表情でハンガーに上着を掛けた。

 祐の観察眼通りやはり下に来ていたのは何の柄もワンポイントも入っていない無地のワイシャツだった。ズボンを上げているわけではないのだろうが祐は彼女の腰の位置の高さに驚いた。

(なぁんか、違和感が喉に詰まってたけど....この人俺より身長高いんだ。)

四神力の事を知っているという点で十分に違和感は感じていたが、それとは違う小骨のような何かが祐の喉からすっと離れていった。

 彼女はちゃぶ台の前に立つとゆっくりと腰を下ろし、そのまま正座をする。座布団が無い現状板の間もとよりフローリングで正座をするのは居たくないのだろうかと祐は率直に感じた。祐も祐で彼女の対面に座るが、座り方は正座何て高貴なモノではなく普通に胡坐だ。

「.....................。」

「.....................。」

先程まで受け答えは平然と出来ていたというのに喋る準備が整った瞬間二人の間で、言葉のやりとりは行われなくなった。だというのに彼女は祐の眼を真直ぐに見つめ続けている。どうにか目線を外したい祐だが、これほどまでに直視されるとどうやら人間は動けなくなるのかと祐は新たな事実を知る。

 気まずい静寂が、この一室にどっと重くのしかかる。さっさと話題を切り出してくれと願う祐の心の叫びを汲んだかのように彼女は口を開いた。

「どの様に切り出せば良いか。と考えていましたが、やはり単刀直入に申し上げるのが適切ですね。」

「?」

今まで祐の眼を見続けていたのは何を話そうかと考えていた顔だったらしい。


 いや、それにしてはその様な素振りは見受けられなかった気が......

と心の中でそう感じながら、へへっと祐は愛想笑いする。

「単刀直入に申し上げます。私の相方になって頂けますか?」

「はぁ、相か─────────




───んへ?」

10秒に及ぶ思考の末、祐の口から出て来たのは情けない疑問詞だけだった。『相方』とという一つの単語の意味はいくら阿呆な祐とは言え分かっている。だが、どういうわけかその言葉が一度彼女の口から発せられるとその真相が雲隠れしてしまい理解しようにも理解しがたい状況に陥る。

「?難しい事は何も言っていないのですが。何かご不明な点でも。」

「えっ?いや、その。はい....相方って、どういう?」自分の多くの思考を処理しているが故に口が追いつかずにいる。

「そのままの意味合いです。」

一体何の相方なのか、という最も大切な主語を抜いた発言のせいで祐の脳内に無数の選択肢が溢れ出すが最終的に一つの結論が祐の中で完結する。性的興味が乏しい祐とは言えどもこれ程美しい女性の口から相方に成って欲しいと言われれば、男として当然そっち側の思考が溢れ出てしまうのはむしろ当然だった。

「ま、まじで?」と口にしながら祐は少し頬を赤らめる

「はい。」普通であれば相当恥ずかしいことを口走っているはずが、彼女は無を貫いている。

「いやぁ、けど俺まだあなたの本当の名前も知らないわけだし。ちょっと早すぎるんじゃ....」

待て待て落ち着けと祐は勝手に論理を飛躍させる自身の本能を理性が食い止め、冷静に彼女の言葉に対処する。

「.....そういえば伝えていませんでしたね。私の真名は霧太刀時雨と言います。これで早すぎる事は無くなったのではないでしょうか。」

(やっぱり俺の事好きなん!?───いや落ち着け!!!!!)

精神世界の自身に全力フルスイングのビンタを浴びせ再び冷静な思考を取り戻す。

「その相方っていうのは、日常生活的な意味ですかね?」

「はい。」

なんの躊躇いも見せない即答。


 えっ好きじゃん。

本能を咎める役割であった祐の理性ですらまともに機能しなくなり始めてしまう。それほどまでに時雨が発した一言は男の急所を捉える会心の一撃であった。

「つい二週間前に私の前相方が任務中に亡くなってしまったので。此度は鬼川祐さんにと。」

「.........亡くなった?」

頭が完全にお花畑状態だったの祐を目覚めさせるようなシリアス過ぎる発言を時雨はまたしても無表情のまま口にする。その瞬間相方の意味合いが祐の中でがらりと変わる。

「はい。この街には一ヶ月近く任務のため滞在していたのですが、単独行動中に魔陰に襲われたようで。」

魔陰という単語に反応するよう眉を顰めながら祐は高圧的に顔を寄せる。

「任務って何のために。」

「単純な話です。この街に等級零の魔陰が出現したからですよ。」今の今まで無を貫いてきた時雨の顔が初めて険しくなる。

「っ!?...............」

顰めていた眉は時雨の話を耳にした途端、上へ上へと上がるり口はそれに連動するように少しずつ開いてく。


 魔陰において等級というのは、文字通り強さの指標となる。最低を伍そして肆、参、弐、弌と順にその数が減るごとに強さを増す。参以上は、基礎的な魔術をはじめかなりの知能を持ち始め、弐や弌に関しては一体で兵器級の強さとなる。時雨の言う等級『零』というの存在は祐の知る所ではなかった。

「ちょっと待て時雨さん。等級は弌が最大じゃないのか?」

「基本はそうです。しかし十数年に一度の間隔で現れる等級感知を振り切る存在。それを臨時的に零という等級に区分するんですよ。」

その説明は、先程まで重要な工程を吹っ飛ばしていた人間のそれとは思えないほどに丁寧だった。

「それで、その等級弌すら凌ぐ怪物を倒すために一緒に。と?」

「えぇそういう事です。無理は承知ですが、お願いします.....」

ちゃぶ台から後ろにずれ時雨は丁寧に頭を下げる。祐は胸の前で腕を組み少々唸る。普段の祐であれば二つ返事で快諾するのだが、何せ倒す相手は今までの強さを数段凌ぐ怪物なのだ。現に今祐の前で頭を下げている時雨の元相方はそれに殺されている。

 しかし彼女が現状困っているのもまた事実であり、きっぱりと断るのも何処となく申し訳なく感じるところであった。

「なぁ時雨さん。どこでツッコもうか迷ってたんだけど、俺が一般人という可能性は考えてないの?」

祐が時雨の後頭部に話しかけると、時雨はすっと頭を上げた。

「えぇそうですね。一週間ほど前下位個体ではありましたが、鬼川さんが魔陰を殺しているところを目撃していますので。」

「なーるほーどねぇ.......分かったよ。そのお誘い承諾する。」

目を細め祐は白い歯を見せる。それを見た時雨は無表情ながらもどこか安心した表情を見せ再び頭を下げる。

「有難うございます。──────それでは、」

頭を下げながら時雨は視線をすっと祐の方へ上げ、左手を横へ勢いよく突き出す。


 虚空を握っていたはずの時雨の左手に突如、白鞘の日本刀が握られていた。

 その目に見えない速度で右手をその柄に添え時雨は祐目掛けその刀身を抜き払う。

 通常の日本刀よりかは二回りは大きいであろう、大太刀の刀身は祐の首を両断する軌道に沿って円を描く。

(避ける。いやその選択は無い。間に合わない。覇力で受け止める....それだ。)戦闘時のみ高速で働く祐の脳内コンピュータが最適解をはじき出す。回り続ける秒針の進行ルートに爪楊枝を刺し止めるように、祐は自身の首の右側に覇力を限界まで纏わせた右腕を入れ込む。前腕骨と刀身とがぶつかり合い金属音のような甲高い音が部屋に響き渡る。木霊と化したその音が静まり帰ると次に聞こえてきたのは祐の切り込みが入った前腕から滴り落ちる血の水音だった。

「おい。こんなもん家の中で振り回したらあぶねぇだろ。」

落ち着いた声とは裏腹に祐の睨みつける瞳には確実で明確な殺気が滲み出ていた。時雨は素早く抜刀した刀身を白鞘に納め祐の瞳を安定した無で見つめ返す。

「流石ですね。力は兎も角、速度は本気を出したのですが防がれるとは。」

「これは相方を承諾してくれた相手にする態度とは思えないが?」

「『退魔の衆』の仕来りとして契約を交わした相方がそう簡単に死なないかどうかを試させていただきました。申し訳ないです。」

「たいまのしゅう?」等級零に続いて二つ目の初見単語に祐は引っ掛かる。

「私が属している魔陰刈りの組織の名前です。その歴史は古く平安の世からこの国を魔陰の脅威から守り続けている只の秘密裏に動く国家容認組織。それが退魔の衆ですよ。」

納刀し終えた刀を空中に投げると、今度は虚空に溶けていったのかと錯覚するように大太刀はこの一室から姿を消した。

「右腕を。診ますので。」

祐に一太刀を見舞った時の仰々しい殺気は何処ぞやにと問いただしたくなる程に今の時雨に邪推なモノは感じられなかった。不審がる様子もなく祐は斬れている腕を差し出すと時雨は患部を両手で包み込み、そっと目を瞑る。

「術式:治癒」

詠唱のように単語を口にすると祐の傷口は時間を戻したかのように塞がっていき、物の数秒で跡一つ残らず完治した。

「時雨さん。魔術が使えるのか?」治った腕を色々な角度から見まわしながら祐は問う。

「魔術と言っても本当に基礎的な術式しか出来ません。何せ私は剣を使う者ですから。」

と時雨は自信なさげに言う。「そうか。」と小さく呟くように相槌を打つと祐は目の前のちゃぶ台を見つめる。青天の霹靂かのような出来事が起こり、そしてその霹靂は祐を襲い終えると音もなく天へと戻っていった。高速で動いていた脳ミソは熱暴走状態になり祐は口をボケーっと開いて固まってしまう。

「大丈夫ですか?」

目の前の人間が電源を切ったかのように動かくなるという半ばホラー展開を前にして、表情を崩しながら時雨は祐の肩を数回叩く。

 何一つ乗っていないちゃぶ台の上を眺め続けている祐の視界が、破裂寸前の水風船のようにぐにゃりと曲がる。

(何だ....これ?)

次第に頭痛が祐を襲い始め、頭がゆらゆらと揺れ出す。

「鬼川さん!?」

大きめに時雨は祐の名前を呼ぶが当の本人の鼓膜を揺らすには小さすぎたようで、祐は時雨に何の反応も見せない。着実に時間が経つごとに祐の頭痛はその被害を増していく。尋常ではないその痛みに耐え兼ね祐は瞼と力強く閉じる。

 その瞬間祐の意識は途切れた。

「鬼川さん!!?」

机を挟んだ向こうで祐が後ろに倒れたのを見た時雨は周章し咄嗟に駆け寄る。

「ずぅぅ......ずぅぅ......ずぅぅ......。」

鼻提灯を膨らませ一定の間隔で呼吸をしている祐がそこに居た。いや寝そべっていた。先ほどまでの異変はどこにも見受けられず、只気持ち良さそうに眠りこけている。

「えっ.....寝てる?」

ただ茫然と祐の真横でその光景を眺め時雨は、力が抜けそのままフローリングに座り込む。





 のそりと寝返りをうち祐は自身の周りが布団で包まれている事に気付いた。どうして寝ているのだろうという事実より、何故布団に入っているのだろうという疑問の方が祐の脳内で先んじて取り扱われた。

(布団?.......)

「はっ!!!」

咄嗟に体を起こしちゃぶ台の方を見ると、ガラスのコップで麦茶を飲んでいる時雨が居た。

「おや、起きましたか。」 

意識が途切れた時確かに自分はあの机の前に座っていたのを祐は思い出す。視界が歪み頭を穿たれるかのような棘痛も鮮明に思い出す。だがそれは繰り返すがこのベッドの上ではなくちゃぶ台の前で行われていたというのも再認識するかのように思い出す祐。

「時雨さんが、ここまで?」

「えぇ、随分と気持ちよくお休みになっていたので起こさぬよう努めました。──────どうして顔を隠しているのですか?」

ベッドの上には顔を俯かせ両手で顔を覆いつくす祐の姿があった。

「いや、何。恥ずかしくて死にそうだからこうやって隠してるだけ。」

「別に恥辱の事柄は何も無かったはずですが?」

「十分恥ずかしいよ!!!突然ぶっ倒れてそれで布団を掛けられるならまだしても、ベッドまで運ばれたんでしょおれ!!.....それを初対面の女性にされるとか。」

生き恥もいいところだ!!!!

とその続きを叫びたい気持ちをどっと抑え、祐は溜息を吐く。

「なるほどそう言うことだったのですね。」過去の疑問に合点がいったのか、時雨は手をもう一方の手にポンと乗せる。

「そう言うこと?」顔を覆っている手の指を少しだけ広げそこから時雨を覗き込む。

「昔、浩二との任務で彼が両足を骨折したとき私が抱きかかえてた時、今の君の様に顔を隠していたのを思い出したんです。」

祐の場合意識が無かったから良い物の、時雨の先代の相方は恐らくだが意識があったのだろう。既に死んでしまい顔も知らない赤の他人ではあるが、その人の事を思うと祐は

同情の意を禁じえなかった。

「しかし、そこに恥辱を感じるというのは.....やはり男性の感性というのは少々理解に苦しみますね。何故恥辱を感じるのか具体的に教えていただけませんか?」

「えっ!!??」

この話題を広げると思わず祐は思わず隠していた顔をさらけ出し、たじろぎながら時雨の顔を見る。そこにからかってやろう、などと言う邪な欲望は無く単純に問いの答えを知りたい純粋無垢な顔をしている。無論断りずらい祐である。

「いやぁ~.....何と言うか、その男って女を守ってやりたい。的な考えなのかそれとも本能なのか分からないけど、確かにそれが存在するんだよね。だから逆に守られるというか、抱えられるっていうのは....ほら。こう悔しさ半分、恥ずかしい半分みたいになるんだ。」

自身が抱く感情を言葉で説明するというのは祐でなくとも難しく、況してや祐のように言語化能力に乏しい人間が説明するのはかなり無理がった。当然時雨は?と言う表情をしながら祐をじとりと見つめる。

「つまり、自身の無力さからくるある種の無念。いや慚愧という事でしょうか。」

無念は分かった祐だが、その次の『慚愧』で首を傾げる。しかし時雨の推理は的を得ていないようにも感じた祐だがこれ以上追及されれば恥ずか死にそうなので「そういう事かな。」と首を縦に振りながら肯定する。

「なるほど、見識が一つ増えました。感謝します。──────ところでお身体の方は大丈夫ですか?」

「うん。寝たからもう問題ないかな。わるいな心配かけて。」

「久々に大きな声を出しましたよ。まさか右腕以外に傷が入っているのではと...」

「そんな目立たない傷じゃ、ああはならないよ。」

「では何故?」

「ん?シンプルに情報過多で気持ち悪くなっただけ。テスト期間とか普通に起きる現象だから結構マジで心配しなくて大丈夫。」

満面の笑みで答える祐を見て時雨は再び呆然とする。刀で斬られる事より、情報量が多いという事実の方が祐にとって危険度が高いという、常人には普通に理解し難い事実であったのが原因だろう。

「ふふっ。君は本当に面白い人ですね。」

今までマイナスの感情か無を浮かべていた時雨の顔に暖かみのある微笑みが現れていた。


 「美人.......」

その絵に描かれたような顔を見た祐は、感嘆の声を漏らした。


 どうやら占いというのは、馬鹿にできない物だと祐は心の中でふとそう思った。

 

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