35 魔女の話術
毎日投稿十三日目。
嘗ての那須世嗣と傀儡師の関係とは!?.........
楽しんでください!!
傀儡師から飛び出した一人の名前に時雨は言葉を失った。
「私がこの街に来たのは、実は二回目でね.....三十年前に来た時も魔陰の核を求めてやってきたのよ」
ただ傀儡師はそんな事などお構いなしに言葉を紡ぐ。
「その時は第五魔法《完全なる予見》の為だったんだけどね。まぁその時は失敗に終わったわ.....那須世嗣という男が居たせいでね」
顔を顰めず、声も平坦としている彼女に悔しがる素振りは無かった。しかしどこどなく世嗣と言う男を毛嫌いするような台詞を吐いた。
「............第五魔法?」
途端、時雨は同僚であり師匠でもある世嗣ではなく五つ目の神秘に反応を示す。詰まり切っていた喉は、まるで餅が吐き出たように言葉を通した。
「あれ知らない感じかしら?──────あぁそっか。三十年も昔の話だから貴女は知らなくても当然ね」
彼女はそう口にすると、妖艶に口角を吊り上げる。早々と殺さねばならない立場にある時雨はいつの間にかこの魔女にペースを握られていた。
「ちょうど三十年前、私は今と同じように上からの命令で魔法の収集を行ってたの。今回以上に順調なペースで進んでいったんだけどあの男と交戦して、無事に今際の際に立たされてね.......」
「それで二発弾丸を受けた.....と?」
未だ開けている胸に目を向けながらに時雨はそう問いかける。
傀儡師は、正にその通りと言わんばかりに目をゆっくりと開閉した。
「まだ私も十五の時だったから、勝てると思ったのよねぇ。けどあの男は強かった.....今まで戦ってきた人間の中で最も《《魔術師》》を殺すことに長けた人間と言えるわ」
自信を死の淵に立たせた人間を語るにしては彼女の顔はやけに嬉々としていた。
「........狡猾で残忍で冷酷で、確実に私を殺す選択を取り続けて漸くの末にあの男は私に二発銃弾を撃ち込んだわ。────あの時の感触は今も忘れない。視界が少しずつ曇って行って、音がみるみる減って行って自分の溢れ出る血流の音が骨を通して伝わってくるの.......」
当時の感覚を一字一句違わず言葉に乗せながらに傀儡師は右手を上へ上へと持ち上げる。西に落ち出した太陽が、彼女の手にぶつかり影を伸ばす。
「私は死ぬんだと.....そう確信した瞬間。あろうことかあの男は私の傷口を塞いだの。それも嫌な顔一つする事無くね」
広げていた掌をその言葉が終わると同時、力の限りで握りしめた。拳から肩に掛け、わなわなと震え顔もそれに釣られるよう剣幕となる。
「命を懸けた尊い魔術師同士の闘いで、敵に情けを掛ける?.......あれ程の屈辱を味わったのは生まれて初めてだったわ」
時雨との一戦、逃げの一手を選択していた彼女が喰ってかかったのは那須世嗣というたった一人の退魔の男が原因の事であった。
伝統。規律。数千年は愚か、神代の頃から刻まれてきた魔術師の全てをある種コケにされた彼女の憤りは、何処となく時雨にも伝わった。
何故、傀儡師があの男を認めながらに魔術師紛いと罵るのかも何処となく時雨は理解する。
「では、何故貴女は第五魔法を諦めたのですか?────動ける身体になった後に、幾らでも追跡する手段が在ったのではないですか」
彼女の心を知った時雨からこそ出る疑問を傀儡師に直線的に投げつける。
「私に敗れ。それでも尚、第三魔法を諦めない貴女がどうしてですか?」
「........無論私は追跡を続けてわ。けど、突然第五魔法はこの世界から姿を消したの」
「姿を....消した?」
その発言は、理解に苦しむモノであった。
魔力出力にこそ差はあれど、殆ど永久機関と大差のない核から魔術や魔法が抜け落ちることは在り得ないのだ。
それを時雨以上に魔術師として理解している筈の傀儡師が口にする。
「そう。忽然と姿を消してね.....だから撤退を余儀なくされたの」
(どうして魔法ほどのモノが?......)
ただ茫然と時雨は立ち尽くし、疑心を考える。
しかし答えは返らない。その問いが収束することはない。無限に発散するよう、時雨の脳裏を侵食する。
「.......昔話が長くなっちゃったけど、最後に貴女に一つだけ教えてあげるわ」
傀儡師はえらく勝ち誇ったほうな表情を魅せ、時雨を見つめる。
「あの男がどうして、私が操っている魔陰を追ってるか知ってるかしら?」
「......いえ」
「はっはっはっ───やっぱり教えてないのね....私があの男の恋人を殺したからよ」
空気が見て澱むような気概に時雨は落ち込んだ。
刻々と進んでいた時間が、時雨の中で凍り付くように止まる。たった一言の情報が時雨の情報処理限界を余裕綽々と貫いた。
意識を保たなければ、いつの間にか呼吸や心音すらも停止してしまうような錯覚すら覚える。
「...................。」
「魔術師を汚した事、そして第五魔法を得られなかった腹いせってところね」
それほどの一言を軽々と吐き捨てるに留まらず、傀儡師はそれをさも当然の事として後を語る。
魔術が何故この国に反映しなかったのか。
──────その問いに対し、大陸の魔術師は考え方の違いだと豪語する。
ただ違った。いや厳密に違ったの方が良いのかもしれない。
──────その問いの答えは、『倫理観』の違いなのだ。
「それで......私の事を殺すの?それとも、全てを投げ出して見逃すの?」
生殺与奪の二択。ついぞ先程までは軽い懐疑の心で済んでいたそれも、今では昏迷に陥る究極の二択に変貌する。
たった数秒の思考時間。しかし時雨の中でそれは数年に及ぶような感触。ついぞ剣聖の神子はその決定を下すに至らなかった。いや至れなかった。
「ふふっ。やっぱりお人好しで、甘くて、軟弱な人間。もしかすれば魔女の世迷言かもしれないのにねぇ」
たちまちに傀儡師は傷を塞ぐと、ゆったりと立ち上がる。だがそれであれ、失われた血が戻っている訳ではないので如何せんに顔色が青磁路としていた。
決定的な勝利からの、弁論による敗北は見るも無残な状態であった。剣士でありながらに刀を手から離し、闘う者でありながらに敵をみすみすと見逃す。
いやそもそも早急に捕縛しなかった時点で勝機は無かったのだろうと時雨は混濁とする意識の中でそう考えた。
数多の選択肢を背負うモノが、究極の一しか持ち得ない人間が開いてではそもそもの話だったのだろう。
「.........さっきは、ごめんなさいねお嬢さん。怖い思いをさせたでしょう」
「あ、あぁ.......」
酩酊的な足取りで傀儡師は、校門に向かう最中ポツリと座り込んでいる荻野内に小さな謝礼を述べる。
(まぁ口封じのために殺せはするけど、無駄な魔力は今は消費しない方が身の為ね......)
そして傀儡師は未だ日が昇る合間に天童高校から姿を暗ませた。
「なっ、なんだったの今のは........」
まるで夢や幻を見ていたような感覚に陥った荻野内は軽く太腿を抓る。頭をこずかれたような瞬間的な痛みが、それが現実であると知らせてくれる。
そして入れ替わるようにか、二人の足音がバタバタとして近付いてきた。
だがそれは二の矢三の矢とは違う荒々しさがあった。
「あれ!?荻野内ちゃんやない?どうしてここにおるの?」
東京に染まりだした関西訛りが、この地獄さながらの雰囲気には良い薬と言えた。土屋は小走りで荻野内に近付く。
「霧太刀ちゃんを追ってきたんだけ......」
荻野内に寄り添い、視線を同じ方向に向けると一人の女性が佇んでいた。
それは動かぬ石像かのように微動だにすることは無く、ひたすらに足元のすぐ先を見ているようであった。澄み切った天の下ただ風に煽られて後ろで結んだ髪が無造作に揺れ動く。
「ど、どないしたんや。霧太刀ちゃんは?.........」
「それもそうだけど、あのぶっ壊れた塀はどうしたんだよ?.........」
時雨と行動を共にしている道中に巡り合った八田は、打撃療法により傀儡の術から自我を取り戻していた。
「分からない」
同時に投げかけられた質問の答えにしては、随分と雑であった。しかし一頻りを見て来たとしてもあの光景を、そして時雨の心境を言語化するのは余りに不可能に近い芸当であった。
「分からないって......なぁ土屋、ちょっと心配だから見て来てやれよ」
「えぇええ。─────仕方ないなぁ」
短い悩みの末に土屋は重い腰を持ち上げる。砂を引きずるような音が足を進めるたびに校庭に鳴り響く。
時雨を中心とした半径四メートル。そこには本来の砂とは少々異なる色の砂が広がっている。無論結界などではない、その模様違いの空間は霧太刀時雨という一人の人間が立つことで、本物の結界と変わる。
(に、日本刀?......いや、それにしては刀身が長いなぁ。大太刀か?)
模造刀か否かはさておき、こんな物騒なモノが現代社会の一コマに彩られているだけで異質と取れる。
揺れ動く髪の毛に手が届きそうな距離感に入ると、土屋はぐっと息を呑み込み意を決する。
「あ、あのぉ......霧太刀ちゃん?」
ノー天気とも呼べるこの土屋という男を以てしても後続の言葉を捻り出すことは出来なかった。まるで怖いもの見たさのような感覚で土屋は時雨の背に手を伸ばすが、時雨の方が動いた刹那その手を、音を置き去りにするよう引っ込める。
「........土谷さんでしたか?」
「あぁいや、土屋やけど。どうかした?」
少しでも場を和まそうと、下手な苦笑いを浮かべながらに問いかける。
「いや、余りの自分の情けなさに.....憤りを越えて、何か無に近しい感情を抱いているだけです」
(だけとは?)
「あぁそうなん?.....まぁそう言う時は誰にでもある話や、けどッ!その感情は人それぞれやから俺の言葉なんか待ってないよね。うん。ごめん」
無神経極まりない発言の一歩手前で、自身の口車でドリフトをする。
「いえ.....そんな事はありません。今まで喋る気にもなれなかったので少々良くなりました─────有難うございます」
振り向きざまにそう口にする時雨の表情は、恐ろしい程に曇って見えた。
「.........一体何があって霧太刀ちゃんがそんな、表情になってるのかは分からんけど。自分が情けない事に対して、感傷的にならない事をお勧めするよ」
「え?.....」
「聞いた話やけども、在る所でとんでもない天才家系に生まれた長男は、まぁ一般的には秀才なんやが一家として見るとまぁ言わば汚点みたいな子供やってねぇ.....結局その子は最終的に家出することになるんよ」
土屋は何を思ってか、何処ぞの人間の昔話を始めた。そんな口が乗る顔には、先ほどの苦笑は無くいつも通りの土屋としての表情が浮かんでいた。
「自分が汚点やと思って生きとったその子は、ある日とんでもない馬鹿に出会うんよ。そしてそいつにまぁえらく褒められてなぁ.....自分が如何にしょうもない事で悩んでたかを教えてくれたらしんよ。─────まぁ知らんけど」
そして土屋は満面の笑みを時雨に見せつけた。
「やから、そんなにうじうじせんとって。自分の出来ることに自信を持った方がええよっていう話」
土屋は膝を曲げ、地面に堕ちていた白鞘の大太刀を握りしめると時雨の正面に回る。
「はい。これ、霧太刀ちゃんのやろ?」
「..............」
時雨は固まりながらに刀を見て、土屋の顔を見てを繰り返しそして柄を握りしめた。
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