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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
3/23

2  会合

1の続きです。

2


 素数番街のとある拾九街のとある学区のとあるアパートのとある一室で、目覚ましを遂行するため時計が秒を刻んでいた。時限式の爆弾宛らの緊張感が部屋に充満するなんて事は露知らずのうのうと快眠中の祐がいた。

 カチッ。

何かのスイッチが確実に押された音がしてから刹那。ジジジジジ!!と不快以外の何物でもない耳障りな騒音が祐の鼓膜をこれでもかと揺らす。

「あっ、あぁぁぁぁ...あっ。」

クフ王のピラミッド内から聞こえたとしても違和感がないような呻きを上げながら祐は、鳴り響く時計の頭をまるで騒ぎ立てる子供を鎮める親の様に叩く。メキっ、と時計から聞こえてはいけない泣き声を発し、表示部分が下を向く。再び人体の何処から発せられるのか分からない呻きを発する。

 二度目の時計の喚きも虚しく、眠りを妨げられる事を本能的に嫌がる人間の性により意味を成さない。そんな無意味に流れ続ける時間が始まりの目覚ましから20分は経った辺りで祐は、ふと目を覚ます。

「ふはぁぁぁぁぁ.....今何時?」

下を向いている時計を持ち上げるとそこに表示されているのは、7時20分。

始業が8時20分という確定した予定がある現状、祐に残された時間は家から学校への道のりも含め1時間。最低でも8時に家を出なければならない以上準備に掛けられる時間は明白だった。

「やっばぁぁぁぁぁぁい!!!!!!」

今の今まで寝続けていた人間とは思い難い動きで跳ね起き、コメディアニメのドタバタシーンの一幕の様な足取りで祐は風呂場へ向かった。

 昨日風呂には無論の事入った祐なのだが、如何せん入らなければならない事情があった。少しゆったりとした黒のタンクトップとトランクスを乱雑に脱ぎ捨て颯爽と風呂場に駆け込む。

 記憶喪失になる以前の祐がこうだったのかは知らないが、鬼川祐は一度仰向けに寝ると神の悪戯なのか普通の人間とは明らかに性質に差異がある寝癖が形成されるのだ。天然パーマではない祐の髪はこれでもかと巻かれ、絡み合う。文字通り爆発のしたのかと見まがう程に髪の毛が前後左右に飛び出し、燕であれば数羽は飼えてしまいしまいそうだった。

「あぁぁぁぁぁぁもう!!!!俺の寝相は本気マジでどうなってんだよ。寝ながらブレイクダンスでも踊ってんのか!?」

自身の頭の上で造られた一種の芸術に腹を立てながらシャワーの蛇口を温度も調節せずに捻る。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」

まだマヒ状態の脳ミソを物理的に叩き起こすように、寒冷な水流は無情にも祐の脳天を直撃した。脊髄的に口から溢れ出た叫び声は空高くまで届いた。



「はぁぁぁぁ.....」

「随分な溜息だねぇ、鬼ちゃん。何?朝の星座占い最下位だった?」

「それならまだましだったのかもな。」

「へへっ。そいつぁ災難だったね。」

満面の笑みで土屋は祐の肩を二度叩く。寝癖を直してからというもの祐の災難な続きに続いた。弁当のおかずをつくっている最中砂糖と塩を間違え、シャツと色物を一緒に洗ってしまったが故の色移り。何とか8時に家を出るも全ての信号に捉まり一時間目は無事に遅刻。

「俺、不幸キャラじゃないんだけどなぁ....今日は何か悪いことが起こりそうなんだよ。」

「鬼ちゃんって誕生日いつ?」

「はい?」突拍子もない質問が祐は当然の反応を見せる。

「んなもん聞いてどうすんだ?」

「いいからいいから。」お喋りのおばさんが良く行う手ぶりをする。

「えぇえっと....5月21日だけど。」

自身の誕生日、もとより目覚めの日を思い出しながら答える。「オッケー」と気の抜けた返事をしながら土屋はスマホに何かを入力し始め、物の数秒で顔を莞爾とさせる。

「今日の鬼ちゃんの運勢は最悪。基本あらゆる面で不幸が降りかかるとよ。」

「はぁ!?」

「おっ!喜べ鬼ちゃん、新たな出会いが待ってるとよ。」

「...はぁぁぁ。あぁ神様どうもありがとう。」

気の抜けた棒読みで天井を見上げ、祐はふざけるように胸の前で両手を合わせて見せる。すると、本当に神が見ていたのかそれとも不幸の再来か祐の座っている席の斜め後ろの扉ががらりと開く。

「おい鬼川。」その声は、少々赫怒の面を帯びていた。瞬間祐は、不幸の再来だと理解する。

「はい。何でしょうか....」

ゆっくりと首を旋回させ声の元へと顔を向けるとそこには一人のポロシャツを着た男が立ってた。髪は薄く身体は針を指せばそのまま爆ぜてしまうような、丸みを帯びた体形をしておりそしてなにより眉間には彫刻刀で彫り付けたかのような皺が入っている。

「一昨日の小テストだが、規定の点数に達していなかったのはお前だけだ。範囲を纏めてノートに解いて今週中に職員室にもってこい。」

教師はそう言い終えるや否や、ぴしゃりと横開きの扉を閉めた。

「ドンマイや。鬼ちゃん。」

後ろから祐の肩に手を下ろし、その声は祐に惻隠の情を禁じ得ないと言ったものだった。

「はぁぁぁぁぁ........」

先程とは違った意味合いで天井を見上げ、祐は今日一番の溜息を吐いた。


 午前の授業が全て終わり、後二時間授業が残っているというのに祐の体は既に疲弊しきっていた。

「今日のお前は何というか、悪い意味だが神懸っているよなぁ。土屋もそう思うだろ。」

「そやねぇ。朝の数学の小テスト赤点含め、教材を運んでいる女子が転んだ弾みで鬼ちゃんの後頭部に会心の一撃を与え、拾うのを手伝ってる最中にあの鬼殺しと出くわし数分のチェイスを強いられる。やっとの思いで帰ってきたと思ったら、情報応用の小テストも無事零点で明日また再テスト。」

「まぁ何というか.....芸術的?」

祐が机に突っ伏している前で、八田と土屋は顔を見合わせる。人の不幸は蜜の味と誰かが言った言葉があるのだが、流石にここまでの不幸を目の前で見続けるとその蜜も甘ったるく胸焼けをさせる。

「...............。」

「(ほら見ろよ土屋。あの祐が最早溜息すらしなくなっちまった!)」

「(相当重症やね。)」

「(ここは、八田ちゃんが声を掛けるべきじゃあ。)」

「(いやいや!祐との付き合いが長い土屋が先決かと。)」

共に気の利いた真面な言葉を掛けられない二人は、一種の重役の擦り付け合いをする。

(あれ?もしかして俺今まで吐いてきた溜息に反逆の狼煙挙げられてる?ミューツーの逆襲ならぬ、溜息の逆襲?いや誰が見んねんそんな糞映画。)

何て机とにらめっこしながら祐はボケ、そして自身のセンスの無さにまた一つ溜息を吐きそうになる所を何とか食い止める。祐は髪を靡かせながら体を起こしすっと勢い良く立ち上がり、目の前の二人は肩をビクつかせる。

「鬼ちゃんどこ行くんよ?」

「便所。」

半分程飲み終えていた牛乳パックを手に取り廊下に出る。ストローを口に咥えパックを握りながら中の牛乳を飲むというよりかは吸収する要領で飲み干す。廊下の壁に備えられている全自動分別機能付きゴミ箱の穴に慣れた手付きで投げ入れれる。

「仮にだ。仮に溜息が俺に不幸を呼び寄せるなら何でこのタイミング?普通日常的に不幸になってくものんだろ!やっぱり今日の運勢が終わってるのか......。」

口に手を当てながらその場で立ち止まり思考を巡らせる。しかし何一つとして解決策何て高説なものは浮かび上がってこなかった。何せ考えている人物の脳はこの学校随一の阿呆なのだから。

「ちょっと。そこ退いてくれない?」

一喝するような怒りに満ちた声ではなく、祐を気味悪がる冷酷で棘があり何処となく疲労しているようだった。

「はぁ?」気の抜けた炭酸水のように痛みも恐怖もない声をだしながらゆっくりと振り返る。

そこに立っていた人は女であった。可愛い系という項目ではなく美系という項目欄にチェックをしたくなるような女だった。制服は所々で乱れており、髪は毛先が銀髪で祐に次いで清廉に目の敵にされるような女でもあった。

(こんな女子、同じ学年に居たっけ?....あっもしかして土屋が言ってた新たな出会いの人か!?まぁ落ち着けここは一度冷静に。)

「何かよう?」

「あんた耳が付いてないの?それとも耳垢詰まり過ぎて人の声が聞こえないとか?.....邪魔だって言ってんのが聞こえないの?」

(はい。まごうことなく今日は厄日だ。それもとんでもない....)

「チッ!」

(あぁうん。今日が俺の命日で決まりかな。)

「す、すみませんでした。....はぁ、っ!」

ギリギリの所で反射的に飛び出す溜息を両手を当てることで留める。

(あっぶねぇ。もう少しで飛び出すところだった....)

彼女の進行ルートを防がぬよう廊下の壁側に寄る。しかし何故だか彼女は動こうとせず祐をさらに睨みつける。

「あの、退いたんですけど。」

「あんた耳も終わってれば目の付いてないの?私はトイレに行きたいんだからそこ塞いだら行けないでしょ。」

「トイレ?」

単なる壁だと思っていた背後のそれを顧みると、人のマークが印された赤い扉があった。どうやら彼女の言っている事には一つとして誤りはなく、迷惑を掛けていたのは自分自身だと気づいた祐は焦りながらその扉のすぐ横に移動する。

「悪いボーっとしてた。次からは気を付けるよ。」

「.....っそ。」

(あぁ、『あ』は抜くタイプね。そいやぁ俺も便所に用があってきたんだった。男子は隣だしさっさと済ませるか。)

女子トイレの奥にある男子トイレに行こうと一歩足を進める祐、そして目的地に向かわんとする彼女の距離が至近になった瞬間。

 祐の感知に魔力が掛かる。

「えっ?」

祐の三年間の記憶史上最も速く人を見るために振り返った。その勢いは凄まじく後ろで束ねている髪が鞭のようにしなり祐の顔をぴしゃりと叩く。だが今の祐はそんな小さな不幸を気にしている暇なんて無かった。

(今のは、間違いない魔力だ。何でこの学校の女子が?いや、それ以上に今の魔力は....博士や俺のような人の物とは少し異形の。)

「はぁぁ....いや落ち着け。人間が魔陰になるなんて在りえないし、それに体のどこかに『神領域への侵犯』を内蔵してる機械を持ってるかもしれないだろ。....あっ、溜息吐いちった。」

廊下の窓から外を見ると、見事な曇り空であった。だがその奥には終端さえ見えない晴れが広がっていた。

 教室に戻った祐は、開口一番に彼女の身なりを二人に話した。好意を持っているから何て青春じみた理由ではなく、兎にも角にもあの魔力の事が気になっていたからだ。無論神領域への侵犯による魔力だと己の解釈で腑に落ちている祐だった。

「あぁそりゃ橋爪だな。」

「間違いないねぇ。」

「誰?」

祐の数少ない情報から二人は、躓くことなく一人の人物を導き出した。同学年だし名前くらいは知っているだろうという浅はかな考えを持っていた祐には、知る由もない苗字に祐の頭の上には大きめの?が浮かぶ。

「橋爪氷菓。二中出身で、まぁ俺と同じ中学だった奴。」

「じゃあ八田ちゃんと同じクラスだったことある感じ?」

ペットボトルのお茶を飲み一息ついてから八田は、重た目に口を開いた。

「クラス自体はずっと一緒だった。」何かを含んだ言葉を八田は口にする。

「自体?」

「....あいつ中一までは結構優等生というか明るくて、まぁ一言で言えばクラスの中心人物って奴だったんだよ。」

(普段絶対に暗い雰囲気出さない八田が、まぁ随分と.....)

「それで何か事件でも?」



「あいつの両親怪事件の被害で死んじまったんだよ。それ以降中学の間はずっと不登校で高校はまぁ基本は来ないけど、出席の関係で卒業の為だけに来てる。」


 声色のみならず明らかに顔の表情を暗くさせ八田がそう告げる。

(見たことないのはそれが原因か。)

「けど、氷菓ちゃんは鬼ちゃん並みにこの学年の有名人だってのに知らなかったのかい?」人を子馬鹿にするような笑みを浮かべながら土屋は祐に語り掛ける。

「普段ならそういうノー天気さに、腹を立てたくなるが。今は感謝だな。」

「へへ、そうかい八田ちゃん。」

肩を組んだ二人は、周囲の迷惑になる程度の声で笑い飛ばし始めた。それを嗅ぎ付けた武闘派の学級委員長は二人の頭を後ろから拳で殴り飛ばし、八田と土屋はそのまま地面に崩れ落ちた。どうやら厄日なのは祐だけではなかったようだ。


 六時間目の終了の合図とともに三割方の生徒は自身の家や寮に向かい、七割方の生徒は部活動という具合にその行く先々はどれも異なっていた。部活動に入っていないこの鬼川祐は、颯爽と家に帰る。という訳にもいかず今はモップを持って掃除をしている。

「何でこんなに便利な街なのに教室は未だに手作業で掃除しなきゃいけないのかねぇ。」

「ホント面倒よねぇ。」

モップをつっかえ棒のようにして身体を支える当番の生徒がそう気だるげにぼやく。

 そういうものかねぇ....

と普段から自分の家は自分で掃除している祐には正直共感しかねる意見だった。祐は意外なことに掃除をすることに対しそこまで苦を感じることは無く、むしろするのであれば塵一つ残したくない綺麗好きだった。何せ祐に常識を叩き込んだ大家さんが、それはそれは潔癖症だったからだ。

「鬼川君ってこういう時は真面目よね。」殆ど掃除をせず文句ばかり垂れている女子がそう祐に言う。

「別真面目じゃねぇよ。普通にゴミが落っこちてる空間に居たくねぇだけ。」

「えっ?もしかして鬼川君って潔癖症だったりする?」

「それも違うな。」

否定。そして重ねて彼女の言動を否定し、祐は足元に溜まったゴミを塵取りで粗方取る。塵取りの縁にどうやっても残ってしまうゴミは足で払い飛ばし、壁に設置されているゴミ箱に塵取りの中にある物を流し込む。

『進捗100%:分別完了しました。』

灰色の掃除ロッカーにモップと塵取りを入れ、祐は教室を出る。

 下駄箱に行くための最短ルートとなる中央階段に体を向けた瞬間、祐の視界に嫌な者が写り込んだ。

 身長は恐らく女子の平均よりも小さめ、だがその胸部備え付けられた武装の破壊力は桁外れ、黒髪で祐と全く同じ髪型、そして何故だか祐を睨みつける目。

「ゲッ!清廉。」

「あっ!!!居た居たぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

生き別れの兄弟に出会った時さながらの勢いで彼女はその武装をだゆんだゆんと揺らしながら祐に猛進ししてくるのだが何故だかそこに一切のエロさは無く最早恐怖しか感じない祐。当然二人に血のつながりも恋人的な関係なんて高等なものは無い。それでも猪突猛進ガールを彼女がしているのは、

 祐の白くそして長い髪の毛に起因していた。

「今日という今日こそその髪の毛!!!切り染めしてやるわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」見た目からは想像もできない雄叫び。

百獣の王から逃げる縞馬が如く祐は、進行方向を中央階段から東階段へ体を向けそして一目散にその場を離れる。

「待てこらぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

「厄日だ!やっぱり今日は正真正銘の大厄日だぁぁぁぁぁあああ!!!!」

祐も清廉に負けず劣らずの声量を出しながら、駆け始めるがその声は雄たけびではなく只の悲鳴紛いの叫びではあった。

 東階段に着くや否や後ろを振り返ることもせずに祐は階段を一段も使わず全段飛び降りる。そうでもしなければ彼女を撒くことは容易ではないからだ。男子の平均より幾分か足の速い祐の後ろで今もなお怒号のような足音が鳴り響いている。

(これが俗に言う死のカウントダウンか?ってかあんなでけぇ胸してて何で俺についてこれるんだよ!?)

一階に降り立ち下駄箱に向かい、靴を履き替え、校門から抜け出されば祐の勝利なのだが。第一の関門を突破した所で第二の関門がどうあがいても詰みポイントである現在の距離感をどうにかする。と言うのが今祐に課せられた関門であった。

「ってまぁまずは体力を削る作業からだな。」

闘力を全開に出来ない以上一気に距離を離すのは無理があり、耐久戦で徐々に距離を離すという唯一の選択を取る。

(前回は10分程度で離せたし、今回もそれくらいだろ。)


 10分後、少々息切れはしている物の平然と清廉は祐を追い続けている。

「まっ、待ちなさいよ!!!」

それどころかまだ大声を出せる元気さえも残っている様子。


 何かがおかしい。


祐の脳裏によぎる一抹の思考。全力疾走に近い走りを10分も続けるなどなまじ常人には出来かねる芸当のはずだが、どういう訳か清廉白日はそれが出来ている。

「毎度毎度、体力差で敗北を喫していんでねぇ。最近は毎日走り込みしてんのよ!」

「俺の髪の毛程度の為に何でそんなに本気なんだよ。お前は!」

「風紀を乱すものは誰であろうと、処罰し変改するのが私の役目なのよ!!」

「いや、ガチ過ぎだろ。クッソ.....これも厄日災難の一つだってのか?」

無論このまま耐久レースを続ければ勝つのは祐なのだが、現状清廉がどれ程動き続けられるのかは未知数なため別の手段を取る方が確実と言えた。

(今は、二階だし下駄箱ルートはまぁ無理か。......なら屋上しかないか。)

中央階段に差し掛かるタイミングで方向を転換し、一気に上へ上へと数段飛ばしながら駆け上がる。

「屋上!?ふっ。これはチャンスよ!!!」

気力を振り絞り清廉は、祐の背中を見失わないよう全速で駆け上がる。


 ガシャン。と屋上への錆びた鉄製の扉をこじ開ける。屋上の四方には落下防止用の緑の鉄格子が設置されている。

「良し。ここなら行けるか。」

扉から真正面の鉄格子に手と脚を掛け上に昇り始めた所で、屋上の扉がドガシャン!と祐の時とは比べ物にならない勢いで開かれた。

「ふふふっ遂に、遂に追い詰めたわ。鬼川祐!!!.....って何してんのあんた!!?」

「おぉ清廉もう此処まで来たのか。相変わらずお早いことで。」

振り返ることもせず、只鉄格子の最上部へと向かい上り続ける祐を見て彼女はおどおどとした素振りを見せる。

「あ、あんたそんなとこ上った危ないわよ!さぁ、さささっさと降りてきなさい。」

刑事ドラマで言えば犯人が断崖絶壁に追い込められたシーンで自ら崖進んで飛び降りようとしているのだから、彼女が動揺した口振りになるのは当然と言えた。しかしそんなことはお構いなしに祐は鉄格子を昇り終え、縦の足幅すらない程の反対側に立ち尽くす。

「あれ、ここまでは流石の清廉も追ってはこれないか?」にたりと嘲笑する。

「当たり前でしょ!!!ホントに危ないから早くこっちに来なさい。」心配というよりかは、しっ責のような怒号。

「えぇぇえでも、そっち行ったら俺は捕まっちまうし。」とまだ嘲笑する笑みは絶やさない。

 んんん.....っくぅぅぅう。

 と今日は見逃してあげると言うべきか、それとも自身の仕事を優先するかで清廉は悩みを形成したかのような唸り声を出す。

「即答できないかぁ.....じゃっ。」

高貴な人特有の小さな手振りをしてから、物の一秒後祐は小さく跳ねそのまま重力に身を委ね落下していった。ずっと下の方でズドン。と輪郭線が不定形な鈍くグッと腹に突き刺さるような音が鳴る。

「ちょっと鬼川!!!!!!!!!!!!!!」

慌てて鉄格子の傍まで駆け寄り下を見る。四階の高さから人間がそのまま落ちればまず助からないのはおのずと明らかで、仮に生きていたとしても下半身の骨は粉々に砕けてしまう。

「う、嘘で.....しょ?」

震え交じりに見降ろした先に居たのは、骨折は愚か怪我一つしていないピンピンとした鬼川祐が屋上を見上げていた。

「それじゃあな清廉!!!今日は俺も俺の方が一枚上手だったな!!!!!ハッハハハハハ。」

体が揺れるほどの哄笑をしながら祐はその場からそそくさと消えていった。

「な、何なのあいつは?」

腰を抜かし、尻もちをついた清廉は自身の頬をぎゅっと抓る。少々伸びた爪が頬に食い込み刺痛が脳に走る。

 どうやら夢じゃないのね....

清廉は心で思っていた言葉が無意識に口に出ていた。



 「ふぅ。何とか撒いて見せたぜ。別の作戦を考えないと何時かは誰かに見つかるかもしれないしな。それに清廉にも怪しまれるし。」

既に疑心を抱かれてるとも知らず、自身の阿呆な論理を振りまき下駄箱へ足を進める。

「やっぱり、隠れながらチェイスするのが正攻法か?いや、けど今日みたいに至近距離で見つかったら殆ど不可能だしなぁ。それに隠れた所で監視カメラの処理情報で俺の居場所何てすぐばれるし.....どうしたものか。」


 「ではあなたの姿が消えた一瞬のすきに闘力を用いれば良いのでは。」


「あぁその選択ねぇ.........

聞いた覚えの無い声が祐の耳に届き、祐の体は蛇に睨まれた蛙かの様にピタリと止まってしまった。だが止まったのはその声が聞こえたからではない。

 (闘力?)

冷たく感情の起伏を感じさせない声によって紡がれた、たった一つの言の葉に祐は思考をぐちゃぐちゃにされる。そもそもこの声の主は誰なのか。闘力という存在を何故認知しているのか。何より何故鬼川祐がそれを使えることを知っているのか。

 阿呆なりに脳をフル回転させ答えを導き出そうと奮闘する。そんなこと自体が愚行であり無価値なものだと祐は頭では重々理解している。さっさとその声の先に居る人間の顔を見れば初めの答えは出る。

 だが未知への恐怖という文字が祐の体を雁字搦めにし、額や首筋況してや背筋までに冷や汗をたらりと流させる。

(落ち着け、相手の顔を見ろ。そこからだ.......)

その声がした左側にゆっくりと視線を向けるが、祐の横髪が網戸のように視界をぼやけさせる。だがその奥には間違いなく人が立っていた。

(校舎の外に居るのか?)

視線の後を追うように首を少しずつ捻り、そして首に付随するように体も回す。



 そこに居たのは、女だった。だが、橋爪や清廉の様に柳眉を逆立てる様子もなく。一切の生気を感じさせないような女が一人フェンス越しに立ち尽くしていた。この暑い夏だって言うのに全身黒の格好で、上は膝下までのロングコートに中は恐らくワイシャツ。ズボンはダボッとしたゆとりのあるカーゴパンツ。そして足元はオールブラックのハイカットスニーカー。

「こんにちは。いえ、こんばんはと言う方が今の時間帯は適切かもしれませんね.....」

髪は膝裏に届きそうな程に長く、そして不純物を含まない艶のある黒。顔だけで食っていけてしまいそうなほどの国宝級の美人。

「あんた。何者ナニモンだよ?」

恐る恐る口を開く祐の掌には変に冷たい汗が滲み出る。

「私ですか。そうですね、まぁ『剣聖』とでも呼んでいただければ結構です。」

「けんせい?」

「はい。それにしてもあの高さから落ちて無傷とは流石は四神力を扱う者なだけはありますね。」

(こいつやっぱり....)

祐の聞き間違いではなかった。この剣聖を名乗る女はやはり四神力を知っており、

「その口ぶり、何だって俺が使えることを知ってんだ?」

「.....申し訳ありませんが、ここ一週間あなたの事を付けていましたので。」

「はい?」

祐の容姿は悪くはなくむしろモテる側のそれではあるが、こんな美人に追っかけされるほどのものでは無かった。

「このような会合の仕方は出来れば避けたかったのですが。.....鬼川祐さん。少し私とお話していただけませんか?」



 『おっ!喜べ鬼ちゃん、新たな出会いが待ってるとよ。』


ははっ。これの事か......


 トイレに向かう際中曇りがかっていた空はいつの間にか雲一つない晴天へと変貌していた。


書くの楽しい。

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