22 崩落の怪事件
崩れ落ちたフェンスの真意を探るべく屋上に向かった祐。そこに居たのはまさかの那須世嗣。
一風変わった怪事件、その真相は如何にして........
という訳で今回もまた楽しんでください!!
出血症状が治ったばかりだというのに祐は、再び天童高校の保健室で治療を受けていた。
荻野内雅の振り抜いた左拳が見事に祐の左頬を捉え、往々に腫れ上がったせいである。
「ったく!!俺の事が嫌いなのは重々承知の上だけど、何も助けてもらったのに殴ることはねぇだろうが。───いててっ」
「動かないで。皺が入っちゃうから.....良しっ、これで大丈夫」
祐の頬に既に貼られていた温い湿布を取り外し、新たな湿布剤を貼り付ける。メントールのような鼻腔を差し込む清涼感が何とも言えず気持ちが悪かった。
その横、怪我は無いモノの一応はという理由で荻野内は回転式の丸椅子に座り縮こまっている。
「わ、悪かった......」
頭を下げ、ちらりと上目遣いで祐を見つめる。元々三白眼な事もあってか本来可愛いはずの女子の行動には毛頭見えるはずもない。
「別に良いよ。そんな縮こまってるのは荻野内らしくねぇし、怪我が無いんだったら十分じゃねぇか」
よっこらせっと。とじじいまがいの掛け声と共に祐は椅子から立ち上がり保健室の戸を潜る。
「一日に二回も面倒見てもらって、悪いな先生」
振り返ることもせず、手の甲をひらひらと舞わせた。
殴ってしまった責任か、彼女は祐を目で追うことが出来なかった。
長い事保健室に留まれば身震いを起こしかねない程に空調は聞いていた。だというのに彼女の頬や耳は恐ろしく紅潮している。
「昨日からだけど、ひでぇ目に合いっぱなしだ。ここ最近運気が終わってやがる」
悪態を吐きながら祐は中央玄関に向かう。その隣、職員室横でスーツや運動着など十人十色の姿をした教師陣が深刻そうに顔を見合わせている。
何かを口論している様子だが、祐の耳には丁度届かなかった。
(俺があそこに居なかったら荻野内が死んでだろうし、それもそうか)
玄関口に置かれた自信のくたびれた運動靴に踵を踏みながら足を入れ、外に出た。
練習は一時中止で皆が顔を見合わせて、崩落したフェンスを見物していた。
「それにしても、このレベルのモノが落っこちてくるって....どんだけ土台部分腐ってたんだよ」
フェンスを固定しているアスファルトの重しの少し上から、雑に引き裂かれたように砕け散っている。
錆び付いた朝礼台は、一切に太陽を反射せず放射熱を自身に溜めこんでいた。十メートル近くの高さからの崩落により所々が極度に凹み、付近の砂場にも抉れ痕が残っている。
「ごめんごめん。待たせたね」
「気にしないで。それにしても祐君、ここからよく間に合ったよね.....」
三枝は祐の肩越しに事件現場である朝礼台を見つめる。直線距離にしてざっと六十メートルはあるその距離を文字通り一瞬で祐は走り抜いた。
(流石にこれは、言い訳しようがねぇな.......どうしよ)
世界最速の男であるウサイン・ボルトを子ども扱いできてしまう祐の速度は、人間を遥かに超越しておりツッコまれた言訳の仕様がないのだが
「本当に祐君は神様みたいだね!!」
「......かもね」
祐はこれほど白神様という恥辱な名称に感恩にむせぶことは無かった。
はぁぁぁ......
安堵から祐は肩に乗った荷を溜息と共に吐き捨てた。
「それにしても、最近建物の崩落が多いらしいね。まさか目の前で見るとは思わなかったなぁ」
「えっ、そうなの?」
天童高校の外でまるで常識であるかのように彼女は、祐にとって何の馴染みも無い事実を口にする。
「知らない?学生街だけじゃなくて色んな場所で建物の一部が崩落して死亡事故が多発してるんだよ。今さっきのフェンスみたいに」
「素数番街の建物ってそんなに脆かったっけ?」
祐は己の知識を疑いながらに、三枝にそう問いかける。立ち止まり彼女は首を大げさに振った。
「四十五年前に素数番街が設立した時、どの建物も耐震補強や耐火補強が施されてるから生半可な衝撃じゃあ壊れないようになってるよ。それにこの学生街何かここ二十年近く前に建ったんだから尚更だね」
「...................。」
世界一の技術を誇る素数番街。それはITに限った話ではなくありとあらゆる方面にて、自国や他国の全てを数段凌駕する圧倒的なモノである。
「余りに連発して起きてるから巷じゃ、新種の怪事件。何て呼ばれてるんだよ」
その言葉を受け祐は十秒余りの沈黙に入る。
「三枝さん、この後の予定って何?」
静寂を解かす祐の言葉は、今までの筋道を完全に無視した内容だった。
「選抜リレーのこと?」
首を傾げながら、祐の言葉足らずな問に補足し聞き直す。何も言わず祐は只首を縦に振った。
「それなら....このあとチームでバトン繋ぎの練習とか個人練して、最後に通しで一本走る感じかな」
「通しって何時ごろ始まる?」
「そうだねぇ.......三時ごろにはやろうって事になってるよ。どうしたの?」
学生寮に表示されている時計は十二時半を表示している。
(まだ時間はたっぷりあるな)
「ちょっと調べたい事があるから、学校戻って良いかな?」
「えっ.....まぁ良いけど」
「んじゃ三時ごろには二月高校の正門に行くから」
そう言い残し祐は天童高校の正門に駆けていった。太陽の荒々しい日差しが祐の白髪を煌々と照らしていた。
校庭を横断し下駄箱に入ると、祐は靴を脱ぎ棄て靴下のまま中央階段を二段飛ばしで駆け上る。
壊れかけている屋上扉のノブを回すが、押しても引いてもうんともすんとも言わない状態だった。
「あれ、建付け悪いのは知ってるけど。全然開かねぇ......」
意地もプライドも捨て闘力を纏い扉を引くが、それでもピクリともしない。鍵穴こそある扉だがそれは機能しておらず、当然鍵は掛かっていない。そして人間らしからぬ力を使っているというのにそれでもなお扉はいう事を聞かない。
「ぜぇ...ぜぇ.....おっかしいな。──────ん?巫力だ。結界が施されてる!?なら.....逆の要領だ」
魔力と巫力はこの世の法則を無視した現象を引き起こせるが少々勝手が違うところがある。
魔力は壊しを得意とし、巫力は守りを得意とする相反する力がありそして同量の力をぶつけると消えてなくなるという性質を持ち合わせる。
(魔力を消す時の反対だと思えば良い。巫力を消すんなら同量の魔力を持てばいい)
魔力中和は橋爪戦でものにしてたが、その逆は未だ実践向きとは言えずかなりの集中を以て祐はドアノブを握りしめる。
パンッ。
実際にその音が鳴ったわけではないが、祐の手応えには間違いなくその感触と音が骨を通して伝わる。
分け目もくれず祐は建付けの悪いその扉を引く。
空気が一気に流れ込み祐の髪の毛を靡かせる。校庭側のフェンスが一部無くなり拾九番街の景色がオーシャンビューかのように広がっていた。
ただ、そこに一人人間が居た。後姿だというのに祐はその男の名も顔も全てを知っていた。何せこの暑い夏にむさくるしいコートを羽織り、煙草を吹かしている人間など二人と居なかったからだ。
「ん?....おぉ坊主じゃねぇかっ!?」
那須世嗣と鬼川祐の関係性は、大層モノが悪かった。一度しか顔を合わせていないと言うのに撃って撃たれての糞のような繋がり。
軽快に挨拶を交える中ではない事は確かなのだが祐は、拳を硬く握りしめ世嗣に殴り飛んでいった。
「てめぇ!!!」
右拳を一閃に振り抜くが、世嗣はそれをひょいと躱して見せる。
改めて、この屋上の一部はフェンスが無くなり。
そしてその際に世嗣は立っていた。
そこに殴りかかった祐なのだが、世嗣はそれを軽々と避ける。
普段であればフェンスが役割を果たし祐を落下させんと働くのだが、今はそれが無い。
つまるところ落下という未来が祐を待っていた。
前のめりしていたせいもありきで祐の視界に校庭の全貌が映る。
「あっ」
避けられるという選択肢が無かったわけではない。ただその後ろに何もないという事実は蚊帳の外と言った具合だった。
落下自体は祐にはさして問題が無かった。と言うのも、覇力で体の防御力を挙げれば頭から地面に突き刺さろうが無傷でいられるからだ。
しかし、今は下に人が居る。
祐の体は横へのベクトルから重力に引かれ少しずつ下方向へと変化するが、寸での所でその落下は止まった。
落下の最中、体育着の首周りを掴んだ世嗣が祐を引っ張り上げ。何とか屋上の地に祐を戻す。
「馬鹿野郎、何やってんだ坊主!!」
ものすごい剣幕で世嗣は、祐をしっ責する。当然だ。
「ご、ごめん......いやそうじゃねぇよ!!おっさんこそ何してんだよ!?まさかこれまでの崩落事件全部、てめぇが犯人か!?」
「そんな訳ねぇだろ!!俺は今さっき来たんだよ」
「んじゃあ何で結界何て大層なモン張ってんだ!?邪な気持ちがあった良い証拠じゃねぇか!?」
「あのなぁ。学校関係者にバレたら一々面倒くせぇから張ってんだよ!!それに坊主いきなり殴りかかってくるたぁどういう挨拶の仕方だ?」
「うるせぇ!!おっさんのせいでこちとら、出血多量で逝っちまう所だったんだよ」
「ふん。それは坊主の戦い方が雑で荒いからだろうが!!」
「何を........!!」
さながら犬猿の仲のように二人は顔を見合わせる。しかし、ここに仲介役の酉は
「いい加減にしてください二人とも」
居た。
「時雨さん」「お嬢」
二人は言い争いを止め、横に立っていた時雨に視線を向ける。
「喧嘩している場合じゃないですよ。鬼川さんが居なかったら死人が出ていたかもしれないというのに」
「「だってこいつが!!あっ....ふんっ!!」」
事前に打ち合わせをしていたかのような、一字一句違わない台詞を口にした二人は一度目を合わせそしてそっぽを向く。
「はぁぁぁ.....」
之からこの二人を交えて話し合いをする時雨にして見れば、随分な気苦労を強いられることは確定していた。
「扉の方は誰も入らないように結界を張っておいたので.......ともかく世嗣さん。どうして貴方がここにおられるのですか?担当区域ではないと思いますが」
「ババアに頼まれたんだよ。お嬢ら二人じゃあ危ないかもしれねぇからとさ」
五十近いおっさんだというのにへそを曲げて、煙草を吹かしている。
「清玄さんが.....それでは今回の怪事件は一筋縄ではいかないという事ですか」
とある誰かの名前を耳にした途端時雨は下唇を噛み、黙り込んだ顔には苦悩の色すら浮かばせる。
「......なぁその『せいげん』って誰?」
雰囲気を無に帰すような言葉を祐は口にする。時雨と世嗣はそんな祐をちらりと見つめた。
「坊主、お前退魔に所属していてそんな事も知らねぇのかよ」唖然とした表情を世嗣は浮かべる。
「しょうがないだろ。時雨さんの相方こそなったけどその退魔の衆ってモノをよく知らねぇんだから」
「そう言えば説明してませんでしたね。──────柳清玄とは退魔の衆第三十一代目当主にして、現代最強の巫術師である人なんです」
「要するに、一番偉くて一番強い人って事か?」
「まぁそういう事です」
余りに雑で簡潔で阿保らしいまとめに方に、時雨は呆気にとられる。
「その清玄って人は、どうして俺と時雨さんが危ないって分かったんだ?占い師か何か」
「予見の陣っつてな。あのババアは起こりゆる怪事件の危険度をある程度予測することが出来るんだ。それで今回一番近くで仕事してた俺が、ヘルパーとして使われたってわけだ」
世嗣は、事の経緯を祐に説明する。
ただ。
「ちょっと待てよ。未来視が出来るって、神領域への侵犯じゃあるまいし。人間に出来る芸当なのかよ」
「そのなんちゃらとか言う人工知能とは少し違う。予見の陣ってのは全てを見透かすわけじゃなく、あくまで事の成り行きを見通せるだけだ。それに予見の陣以外にも魔法の世界じゃあ完全な未来視って言うのは可能な話だぜ」
「第三魔法ってやつか?」
入院三日目にして時雨から明かされた橋爪の奥の手である、それを祐は中身しらずで口にする。
「ほぅ。無知な割には魔法を知ってるのか」
「あったりめぇだろ。何たって俺と時雨さんは天穿とかいう野郎をぶっ殺したんだからな。まぁ魔力出力は全盛期の十分の一だったらしいけど」
「ははっ、そうだったな.........なら話は早い。それと同等の魔法であり五つ目に分類される魔術の神秘。第五魔法それを使えばって話だがな」
世嗣は口から煙草を取ると、口を細め溜まっていた煙を研ぐように吐いた。
ヤニ特有の臭みが時雨と祐を包み込み、同時煙が目に染み込み涙がぐっと溢れる。
「話は逸れたが、今回のこのフェンスの崩落はババアの予見した大事の内の一つだろうな。他の現場を見て回ったが同じ魔力の残り香がありやがる」
斬り落とされたフェンスの残りに世嗣はそっと手を当てながらそう口にした。
「魔陰って奴は、人を単に殺してそれを喰らうモノも居れば。こうやって人の文明を破壊するだけの厄介モノもいやがる.....気味が悪ぃ」
静かな怒りとでも言うのだろうか。低い世嗣の声には何処か憤慨するような色が付いていた。
「ここ最近の崩落事件は全て高所のモノに被害が及んでいます。無作為に魔陰が行ってるとは考えにくいのですが」
時雨は屈みこんでいる世嗣の意見の盲点を突く。
「お嬢はこれら全てが人の手によっに行われていると?」
「はい。壊すことが目的なのでしたらわざわざ高い所の物体を切り壊すとは考えにくいのは確かです」
「.............確かにそうかもな」
世嗣は確かに言葉を詰まらせた。それは時雨の論に正しいと言いくるめられたからではない。その意見を否定しようとして詰まらせたのだ。
世嗣は膝に手を当てながらゆっくりと立ち上がる。祐の中でその姿は昨晩の世嗣と良く重なって見えた。
哀愁。それとも悲愴なのか、祐には分からない。
ただ那須世嗣という男の末端すら知らない祐であっても、今呆然と拾九番街の景色を見つめている那須世嗣に違和感を覚えている事は確かであった。
「俺は俺で今回の事件について調べておく。幸運にも明日からはこの街のガキ共の親でここら一帯は溢れかえるから俺も身動きがとりやすい。お嬢たちも情報収集頼んだぞ」
吸い殻となった煙草をドロップ缶に入れると、世嗣は何処かへと飛来し姿を消した。
「........なぁ時雨さん。おっさんの様子変だと思わなかったか?」
「えぇ。恐らくこの一件に何か苦い経験があるのですかね」
祐の世嗣への懐疑の念は、時雨から見ても明らかではあった。
「それにしても情報収集ですか、今回は私たちの頼みの綱である葉加瀬もおりませんし。それに私たちも自由に動ける身ではないですから、上手くいくかどうか」
「確かにねぇ................あっ!!」
発作のような咆哮は、反響をしていないというのに耳に来る五月蠅さがあった。
「流されてどっか行っちまいやがったが、俺はまだあの野郎に昨日の借りを返してねぇ!!」
仕返しの拳は、空を切った。
祐はまるでおもちゃ売り場で地団太を踏む子供のように憤慨する。
拝読ありがとうございます。
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