14 怪我の功名
毎日投稿目指して、今までよりも分量を少なめにしました。
橋爪氷菓の死から六日が経った。元より不登校な彼女だった事もあり学校は依然ととして変わりはない。
「そう言えば、時雨さんっていつまでこの街に留まるんだ?この街には零を殺すために来たんだよな?」
決まって放課後の十五時半頃に制服姿で現れる時雨にふと質問を振る。
剣を極めた人が、果物ナイフで林檎の皮剥きをする手を止める。
「私が死ぬか、鬼川さんが死ぬまでですね。」
愚問かと言いたげな顔をしながら時雨はそう答える。
「え?そうなの」
「そもそも退魔の衆の仕事は、街の安泰を影から支える事ですから。」
「けど、時雨さんたちが来るより前にそういった連中は居なかったぜ」
約三年間に及ぶ素数番街で魔陰狩りをして来た祐の記憶に残る姿は無かった。とは言えども時雨から声を掛けられるまで存在を認知していたかった祐の言葉に信憑性は無いと言い切れる。
「この街は、そもそも魔陰の数が外に比べ異常に少ないので必要としてなかったんです」
「何で?」
腕を組み首を傾げる。
「一つは千年前に丁度ここら一体を巣窟にしていたモノノ怪や悪鬼羅刹の類を一掃したのが理由ですね。どうぞリンゴです」
自由に腕を動かせるようになった祐に八切れの林檎の乗った皿を乗せる。
入院当初、腕の扱いが困難な事もあり時雨にあーんしてもらう。とまぁ、全男子が羨ましがる時間が有ったのだが。今ではとんどご無沙汰な様子で惜しい気になる祐。
「ありがと」
大売りされている木の楊枝が皿の淵に乗せてあるが、祐は素手でそれを口に放る。
良い林檎なのだろう、口が潤い何より純度の高い甘味が舌を包む。
「二つ目は鬼川さんの存在ですね」
「えっ、俺?」
林檎を掴む手をすっと止める。
「出現数が少ないのにも関わらず、片っ端からそれを殺しているので」
「じゃあこの街の外は、もっと被害量が多いの?」
「範囲面積で見ても、五倍は」
知らぬ間にこの街の守護者になっていた祐だが、それも案外当たり前の事なのだろうか。
平均月に数十、多い月であれば三桁に及ぶほどの個体を殺す。個人的に目に付くモノを殺す事もあるが、殆どがゴミ屋敷に住まう博士からの依頼によるモノだった。
「ははっ、いつの間にか英雄になってたとわね。そっか。ならこれかもよろしくね時雨さん」
「はい。こちらこそ」
橋爪の一件後、世間体で変わった事など祐の知る所ではないが。霧太刀時雨は良く笑うようになった。八田や土屋のような大笑いでなく、クスリとほくそ笑む。
「明日には退院ですか?」
「まぁね。まだ爛れ跡とか拳とかは治って無いけど、日常的に支障はないからね」
「包帯は暫くそのままで?」
「退院してもこの腕に巻かれてるやつだけはまたかな」
入院初日のミイラと見紛うほどの量の包帯。それは日を追うごとに減っていき今では、拳と前腕部に巻かれたそれ以外にはない。
「治癒魔術も施していないと云うのに、凄まじい回復力ですね」
「それは、持ち前の天性だね。まぁ宇都宮先生はドン引きしてたけど」
神領域への侵犯の未来予知の想定を軽々と超える祐の力に、回診の度彼女は打ち震えていた。
『気持ち悪っ‼︎』
と。
「それでは明日も来ます」
学生鞄を肩に掛け時雨はそっと立ち上がる。手に取っていた果物ナイフを虚空に投げ飛ばす。
「毎日ありがとね時雨さん」
「では、お大事に」
一日の中で唯一人と会話をする祐の嗜好の時間が終わりを迎える。去る背中に「まだもう少しだけ話さない?」と甘えた提案をぐっと喉元で止める。相方であれど時雨は当然祐の彼女でも母親でも無い。
(時雨さんには時雨さんの用がある訳だし。我慢我慢)
自制心を働かせ皿の上に手を伸ばすが、指先の触覚はそれを皿の表面だと残酷に告げる。
はぁぁぁぁ……
入院生活初の溜息を祐は、どっと吐き捨てる。
三年以上前にこの床の上で一日を送る時は退屈を感じさせないモノだった。そこは偏に宇都宮風華が話相手をしてくれていたお陰ではある。
だが此度は違った。味の薄い栄養の為の食事、数時間に一度の回診、そして就寝。漫画や本などの娯楽が欲しい所ではあるが本来、今の鬼川祐は医学上絶対安静の身。未来を見通す人工知能の演算を上回った所でそれは覆らない現実。
「退屈だ。てか、俺が意識戻してからあいつら一回しか来てねぇじゃねぇか!薄情者が。ったく」
皿を横の戸棚に手荒く乗せカタカタと揺れ動く。
ある種のふて寝とも取れるよう祐は布団を頭から被り目を閉じる。しかし、時雨が来る前に昼寝は済ませてあるので眠くなるはずも無かった。
ノックノック。
扉の向こうから入室の許可を取る行為に祐は飛び起きる。
「どうぞ‼︎」
とやや食い気味に戸を開けるよう声を掛ける。扉は右に開閉され、そこに一人の学生が居た。
女ではあるが、やけに男らしい雰囲気を醸し出している。
背格好は紛れもなく女だが、鞄を肩乗せし髪は薄い茶髪に短髪。何より睨む様な目がそうさせているのだろう。
「萩野内?珍しい事もあるもんだな」
「クラスの代表としてね。別に私個人があんたの為を思ってるわけじゃないから」
「後ろの言葉はいらんだろうに」
はい。と渡された花束を祐は受け取り備え付けの鉄製の花瓶に生ける。
学級委員長としての責務なのだろうが、やはり彼女がそれを請け負うのに違和感は拭えない。何せ荻野内雅はこの白い長髪男の事をやけに嫌っているからだ。女の気持ちをきちんと理解していない祐が何かをしでかした事は容易に想像出来るが、その詳細を彼女に聞けば極真空手日本一の鉄拳が飛んでくる事も容易に予見できる。
「鬼川、あんた何したら二日も意識が飛ぶことになるの?飛び降り自殺でもした感じ?」
「いやぁ面目無い……ははっ。」
回答にならない返しと、気持ち程度の愛想笑いを浮かべる。
「明日には退院するんでしょ?」
「まぁな。けど学校復帰は二日後になると思うわ。命に関わる怪我は回復したけど一応安静必須だし」
「そう。なら安心ね、毎日あのバカ共が、祐。祐ってうるさいから早く復帰しなさいよね」
「す、すまん」(チッ‼︎あのっ莫迦‼︎)
心の中で舌打ちを強めに鳴らす。親睦がかなり深い所為で二人の行動が容易に浮かんでしまうことにも祐は少々腹を立てる。
「それじゃ私部活だから。」
そう言って彼女は祐のベットから離れて行く。
「えっ、もう行っちまうのかよ!もうちょっと話そうぜ。例えば学校の事とか授業の話とか」
「授業の話?」
足を止めて怪訝な顔をして荻野内は後ろに振り返る。
「普段寝るか、屋上でサボってるような人間の聞きたい事とは思えないね」
「こりゃ、痛い所をお突きになる。何にしても何かないか?」
彼女が去れば無論退屈が祐を寝床に引き摺り込む。面白い話題の一つでもあればと躍起になって問う祐の姿を見ての慈悲が彼女はここ一週間を振り返るように天井を見上げる。
数秒の沈黙の後に荻野内は口を開く。
「明日から定期テストだから」
祐を射殺す特大の矢を撃ち放って彼女は病室の外に出て行った。
「おい!」や「ちょっと待て!」などと引き止める言葉は祐の脳裏に幾つも候補として上がるが口には出せずにいる。
仮に明日テストが始まるのであれば、確定で補修科目が二つ増えるという変更不可能な確定事実が祐を時空の狭間に置き去りにする。
絶望。暗澹。それを超えた先には文字通り何も存在しない真白の無がある事を祐は身を持って知る。
回診の時間。宇都宮風華は鬼川祐が安静しているはずの病室に入る。
「少年。回診の、時間…だぞ?」
宇都宮は目を擦り、祐の姿をまじまじと見つめる。安静にしろと口酸っぱく言ってもなお腕立てしている少年が、石像のように固まっていたら。反応は単純で、感心ではなく心配と焦りが垣間見る。
「身体の具合でも悪いのか?」
「………病院で寝てる患者に健康な奴はいねぇよ先生」
「それもそうか。いや、にしても安静にしてるなんて珍しい事もあるもんだねー。それじゃ腕見してくれる」
差し出した祐の腕から包帯を外して行き、爛れ具合を丁寧に観察する。がさつな彼女であるが本来この病院きってのエース。診療は迅速かつ丁寧に富み芸術の域に達している。
「腹部、胸部や顔の火傷痕は再生してるけど。ここは中々治らないね。いやまぁこれが普通なんだけども」
ほんのり冷ややかな彼女の手が祐の腕を撫でるように触れる。少し骨ばった指に適度に保湿された手の平が何とも言えない心地よさを持つ。
「一生モノになったりする?」
「いや、それは無いから安心して良いよ。ただここだけが一般的な回復力だとしたら二ヶ月はこのままかな」
祐は少々だが、人目を気にする性格だ。別にナルシストなわけではなく、単純に異物として捉えられる眼を気にしている。日本人離れの髪色に、男らしからぬ長髪。性差別を無くそうなんて気概を持ってる連中は、この世には毛ほどもいない事を祐は良く知っていた。
これが二ヶ月も続くのであれば、暫くは半袖は着れない。
「あっ」
何かを思い出したように口を開く。
「なぁ宇都宮先生、俺の服って何処にある?」
電子カルテに何かを入力する彼女にそう問いかける。あの夜正面からの咆哮をまともに受け服はボロボロの状態だった。当然今着ているのは入院着なわけであり。
「運ばれてた時に着てた服?なら処分したよ。あんなもん着て道を歩けると思う?」
「あれ、俺が持ってる唯一の夏服とジャージなんですけど……」
「はぁ?何で服一着しか持ってないの?」
「いや、あれ登代子さんに買って貰ったもんなんだけど」
初めて外の世界を歩んだ記念品とでも呼べる服は、現在ゴミ処理場にでもいるのだろうか。
「しょうがないでしょ。こんなんだよ⁉︎」
電子カルテを人差し指で何度かスクロールし、一枚の写真を祐に見せ付ける。
服なのだが、それは服と言うには所々にパーツ不足が目につく。
「ジャージなのにジッパーは無いし。袖の部分は全部焦げ落ちてるし。黒を染める量の血色。これ、服じゃないでしょ‼︎」
「それは、言えてる…けど!せめて捨てる時に俺に言ってくれよ」
「それは....ごめん」
何とも言い難い気まずい静寂が、病室に広まる。
「じゃあ今度お詫びに何か私が、買ってあげるよ。それでお相子って事にしない?」
「悪くないね」
魅力的な提案とはまでは行かずとも、この現状を解決する唯一の提案ではあった。
翌日、めっぽう味の薄い昼食はもうなかった。白米とみそ汁と鯖の味噌煮そして漬物とが盆に並ぶ、質素であり日本らしい朝食がこの病院食の最後。今だ完治は行かずとも八割以上の回復により異例の早期退院準備を祐はしていた。
だが、準備らしい準備はなく。布団を畳みカーテンを開ける二工程を終え祐は入院着に身を包み病室に立つ。
「宇都宮先生が来るまで待機か.....にしても俺は退院の度にこの藁半紙みたいな色合いの服を着なきゃいけねぇ呪いにでも掛かってんのか」
入院着にスニーカー。そして厨二病にも見て取れるぐるぐる巻きの包帯。客観的に見ずともえらく気色の悪い服である。
はぁぁぁ......。
落胆、いや自身の不運さへの溜息か祐は、そっと肩を下ろす。
「失礼します」
丁寧な挨拶と共に唐突に扉が開かれ、それが宇都宮による行動ではないと瞬時に理解する。
「あれ、時雨さんじゃん。まだ学校......あぁテスト終りね」
半ば絶望するようにそう口にする祐をおかしなモノとして見るような眼を向ける時雨の手には大きな紙袋が握られていた。必然的に祐の視線はその男性の胴体程の紙袋に吸い寄せられる。
「退院おめでとうございます。やはりその格好でしたか、予め申請しておいて正解でした。どうぞ」
手を伸ばし渡されたそれを祐は、特に不振がる様子も見せず受け取る。透明度の高いビニールに包まれたそれは黒々としている。
「何これ?」
「試しに出してみてください。サイズは私の目寸ですが、大方間違いはないかと」
一度地面に置き、つるつると滑るビニールごとそれを持ち上げる。
「あぁ!服だ。これ時雨さんが買ってくれたの?」
「いえ買ったわけじゃありません。一種の隊服のようなものです。私が戦闘の際にあの格好をしているのと同じく」
包装を外すとそれは洋服と言うか、和服のそれに近かった。黒の羽織、装飾も模様も無い純黒のそれを祐は入院着の上から着る。ジッパーは無いが前で止められるよう紐が左右から飛び出している。
「鬼川さんが良く着ている白のTシャツと良く似合うと思いますよ」
裾、脇、背中とぐるりと睨め回す。肩幅的に少しだけ祐より大きくはあるが、白髪のお陰もありきでビシッと決まっていた。
「恐らく白シャツも無いと思い、ズボンと共に紙袋に入れてありますので」
「神」
グッとサインをして祐は、女性の眼前だというのに気にも留めずその場で着替える。
白シャツと裾の広い白ズボンを履き最後に羽織を着て、再びぐるりと自身を見渡す。
「サイズは大丈夫そうですね。それは私の上司に当たる人が巫術を用いて編み込んだ羽織ですので、そっとやちょっとでは傷一つ付かない優れものですので」
「へぇえ......確かに、微細だけど巫力が込められてる」
「防寒性や通気性も抜群ですので、私同様いつでもどこで着れるので」
時雨はその他の羽織の情報をつらつらと口にしていると、宇都宮風華が病室に入ってきた。入院着ではない格好をしている祐を目にして少々驚きはするものの退院を労う言葉と、一週間に一度の通院を言付け彼女は職務に戻る。
『似合ってるじゃんそれ。』
と去り際に言い残した言葉には混じり気が無かったように祐は感じた。
素数番街の学生は、住居費や学費を払わなくて良いという利点のほかに医療費、入院費など大方全てが全額負担になることもかなりの良い利点だった。
「それにしてもこれ格好良いね!普段使い出来るやつじゃん」
と気分上々に鼻歌を歌う祐を横目にする時雨。
「明日は、古典と世界史Ⅱのテストですよ。勉強は大丈夫なんですか?」
不意に思い出したようにそう口にすると、祐の足はピタリと止まる。
──────そう言えばそうだった。と
時雨はこの鬼川祐の学力がいかほどのモノなのかを知っているようで知らない。祐が小テストや中テストで補習課題を取り組んでいるのは零の一件で勉学に手が回らなかったからだと若干の思い違いをしているからだ。
「はぁぁぁ.....大丈夫じゃないよ。ってか時雨さんは大丈夫だったの今日のテスト」
「私は一応、二度目の高校生活ですので知識としてある程度はあるのでそこらへんは」
再び祐は思い出す
──────そう言えばそうだった。と
こんななりをしているが彼女は二十四の紛れもない卒業資格を持っている女性。忘れかけた一を取り戻すことは、知らない一を覚えるそれよりずっと簡単だ。
「今日のテスト科目って?」
「数学Ⅱと情報応用でした」
勉強していてもほぼ確実に赤点を取る科目であったことが唯一の救いかと、遠い眼をしながら駅に向かう。
「まっ古典が明日あるだけでも、救いかな」
「得意なんですか?」
「唯一ね。何なら全国模試で一位取ったこともあるくらいには」
「何ですかその得意の振り方は」顔を顰めながら時雨はそう尋ねる。
「俺が知りてぇよ」
この才能が全ての科目にあればと、祐自身何度考えた事か分からない。だが現実は無情で圧倒的な古典の才の代わりに全てを置いてきた始末に涙を禁じ得ない。
余りに静かで走っている事を忘れさせるモノレールの影が、時雨と祐の大小異なる影を覆い隠す。
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