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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
14/23

13 真実の涙

遂に零之魔陰編が完結しました。前回の戦闘続きからスタートですので、良かったら楽しんで読んでください。

 闇夜の高校校庭。本来そこに人はおらず、あるのは静寂だけなのだが今宵は少し違った。一人の少年と一人の剣豪そして一つの魔陰が命を懸けたやり取りをする修羅場に成っていた。

 祐の拳は速く、そして重たかった。一発一発を着実に捌き、着実に避けなければ致命傷に成りかねないそんな一撃。

 つい十分前までは空砲だったそれも今では零を殺すに至る凶器と何ら変わりはない。


右の直突き。左腕の捌き、返しの鉤爪。寸ででしゃがみ飛び膝蹴りを顎に入れる。

 零の体は宙に上がる。祐は左の拳を硬め一気に顔目掛けて振り抜くが、空に舞い上がる零にそれは避けられる。

(空中に行かれると、やりようが無くなる。だったら地に引きずりおろしてやるよ。)

祐は膝を曲げ伸ばす勢いに身を任せ宙に舞い上がる。当然それは浮遊とは原理も違う只の跳躍であり滞空時間は限られ、身動きも取れない振りの局面。

(跳んでくる。だったら撃ち落とせば良いだけの事。でも魔弾は中和されて終わる。なら物理で対処する。)

両手を合わせ指と指とを絡めて強く握り頭の後ろに振りかぶり、タイミングよく一気に振り下ろす。


「それを待ってたよ。」

ギラリと眼を輝かせ祐はその鉄槌を甘んじて頭部で受ける。

鈍く思い音と共に首は真下に折れ曲がり額からは溢れんばかりに鮮血が吹き上がる。体が下に落下するのと同時に祐はその振り終わりの零の手にしがみ付く。

「噓でしょ!?」

「中和をされることを恐れて、殴り落とすこと位読んでんだよばぁか!!」

掴んだ両腕を使い、半ば鉄棒の蹴上がりのようにし零より高い位置まで祐は到達する。右脚を大きく後ろに引き呆気に取られた零の側頭部に斜め下に振る下ろすような軌道の蹴りを叩きこむ。

 隕石の様に零は地面に叩き落ち砂埃を轟轟と巻き上げる。

「斬られる心配が無いからって、判断を誤らない方が身のためだぜ。それに俺は自分の身を案じて闘うような性分じゃないんでね。自己犠牲くらい視野に入れとくことをお勧めするよ。」

着地ざまに地に寝そべる零を嘲笑するようにそう言う。

 魔力により傷一つない魔陰と己の身を治すことのできない血だらけの人間。有利なのは火を見るよりも明らかであるはずが、この鬼川祐という男にはその常識は通じないらしい。両腕は火傷跡と拳頭からの出血。頭からはとめどなく漏れ出す鮮血で、立っているだけでやっとの満身創痍の体。

 だがその顔に現れる表情に苦の文字は無い。それどころかその状態が当たり前化の様に毅然と振舞う異常性。

「どうした橋爪氷菓。良い機体(もん)持ってんだ。ちゃんと使わねぇと宝の持ち腐れなんじゃないか?」

「っく.......バケモンが。」牙を噛み締めながらにそう吐き捨てる。

「それはおめぇの事だろうが。自己紹介あんがとよ。」

(と。余裕綽々に構えてはいるけど、実際流石に喰らい過ぎだ。これ以上撃たれて反撃っつう繰り返しはおっちぬわ。)

(喰らっても平然として、殴り返す?人間がしていい戦法じゃない。仮に自分が不死身と分かっていてもそんな方法取る奴なんか居るはずがない。)


 一息つき祐は構えを取り、ノーモーションで距離を縮める。

 姿勢はかなり低い。祐は殴り上げ、零は殴り下ろす攻撃に方法を狭めさせた。

(近付かれると読み合いじゃああいつに分がある。)

時雨に試したように飽和状の攻撃を展開する。数にして十三。中和を行う間に二撃目三撃目と後続が祐を襲う体形。

突進を止め、思考を巡らせる。

(俺の中和は極限の集中状態でのみ可能な贋作。一発目を処理している間に二発目の事なんか考えてたらそれこそ意馬心猿いばしんえん。出来たとしても、展開は不利になるだけ。じゃあ突っ込む。)

止めた足を再び駆け回し、分け目もくれずに零に近付く。そもそも距離を離したところで祐に勝機は無い。近接戦を得意とした兵が狙撃兵に対し距離を開けることが愚策なように祐には初めからそこに思考の余地は必要としていなかった。

 飽和状の魔弾の間を突っ切りは出来るが、要所要所で祐の肩や腕や脇腹を掠め取りその都度血が噴き出る。

 ──────だが顔は顰めない。

 ──────眼は瞑らない。

 ──────視線は動かない。

ただ核を粉砕するという事のみを考えつき動く姿は猪そのものなのだが、これを知性を持つ人間の行動であると認識を改めるとやはり気味が悪すぎる光景だった。

 弾幕を抜け、二人の距離は二メートル。一般人では詰め難いその距離も異能を従えた二人であれば数ミリの感覚に等しい。

(中和をしてこなかった処からもあれには集中状態が必須。それにあの女と違って、魔力量を感知しそれと同量の巫力に調節する必要性がある。この距離では捌かれる可能性が捨てきれない。まだ、もっと近づいてから。)

 魔術の予兆を感じさせぬ魔力制御は嵐の前の静けさとでも呼べるモノであった。

 血の滲む左拳(さけん)を爪が手のひらに食い込むほど強くそして硬く握りしめる。

 二つの特異点の距離は既に殺しの範囲。一瞬早く祐がその左拳を振りかぶる。

(今。)

 得物を捕食するように零は口を広大と開く。その中は鈍く光り、魔力が高密度に集約する。

 拳は殴りの軌道に乗り始めて、もう止まらない。


 いや止められない。


『自己犠牲くらい視野に入れとくことをお勧めするよ。』

咆哮の寸前零の行動を鈍らせる記憶が氷菓から押し出され、不安要素が一気に蓄積する。

 ──────これであれを殺せるのか。

完璧主義。自分は傷つかず、相手に攻撃を与えることを是とする橋爪氷菓としての思考が速度を上げて脳を駆け回る。

 避け。喰らう。避け。喰らう。避け。喰らう。避け。喰らう。避け。喰らう?よけ?くらう?よけ?


 五十パーセントの競り合い。祐同様零の咆哮ももう止められない技、拳速(けんそく)よりも早く二つの距離を詰める咆哮は、生徒計七百二十名を収容できる校庭全域を照らし尽くした。

(中和の手応えは無かった。避ける姿も感知も無かった........やったぁ、殺せた。ころせ)

白光と輝く世界の中から、頭の先から爪先に至るまで真っ赤に染まる男の眼が現れる。


 二度目の轟音は何の神秘性も無い音の塊に過ぎなかった。地盤を彫る工具のような、解体作業の爆発音のようなそんな単純な音だった。しかしそこにはトンネルを吹き抜ける海風のような心地よさが何処かにあった。


 

 祐の拳によって緻密に砕かれた核は、星屑の様に宙を舞う。

 零にとって二度目の死を迎える。そもそも二分の一を読み切る事を強いられる相手が一分の一に走る阿呆に勝るはずが無かったのだ。

「やった?」遠目でその結末を見る時雨は不謹慎極まるフラグを立てる。

「くっそ.......踏み込みが浅い。時雨さん、まだだ!!深部はまだ完全に砕けてない!」

追い打ちを掛けようと一歩踏み込んだ祐の体に、致死量の振動が及ぶ。前髪は赤黒く、ジャージの前は焦げてなくなり腹や胸部から血が吹き、吐血もとめどが無い。

「やばい。これ死ぬ奴だ....けど、止まるな。ここで俺も死んであいつも....殺す。だから........止..まる...な。」

気力、ガサツな表現を用いれば執念のみで立つ祐。時雨は刀握り零の元に飛来し、切っ先を核目掛けて振り下ろす。


 パキンッ。と音を立てて刀身は零の硬い右の裏拳によって見事に叩き折られる。

 直後左の掌を時雨に付きつけ、衝撃波のような魔術でコンクリ製の塀の外まで吹き飛ばされる。


「もう、こうな■■■。この土地■■全部、ぶっこ■す!!!!!!!!」

金切声のそれは、人間の耳では聞き取れない範囲に達し。所々にピー音が入ったように聞こえる。

零は空高く飛び上がった。もう今の祐ではどうあがいても届かない高みへと。

 指先一つとして動かしていなくとも、足元に臙脂(えんじ)の水たまりが出来上がる。

(この校舎、いやここら一体の学区そのものを吹っ飛ばすつもりかあの野郎?時雨さんは.....生きてるかな?はぁぁぁ....詰みか。どうしようもねぇ)

諦めの感情は祐の執念の火を軽々と吹き消した。体力は底をつき、四神力は受けと装甲突破の為に全てを使い果たした祐には持ち前の感知すらできない状態。

 ゆったりと腰をその場に下ろし、空高く光るもう一つの紫色(ししょく)之月を見上げる。



 塀の外に飛ばされた時雨は、意識が途切れることは無かったがあばら骨が数本逝っていた。呼吸をするたびに刺す痛みが時雨の胸部を襲うのはそれが理由だろう。

「私は、何度失敗すれば気が済むんだ。早く戻らないと────こ、これは?」

時雨は塀を突き破り歩道に飛び出たはずだった。いやはずだったも何もそれが事実で過去のモノであることに異論はない。だがどういう訳か自分が開けた風穴はそれが嘘であったかのように綺麗に塞がっている。

 修復などではない。

立ち上がり穴が開いたはずの部分に手を当てると、するりとその手は塀を透過する。虚像(ホログラム)だが、それは科学技術によるものではない。

「視認性。いやそもそもあれ程の爆音が鳴り響いておいて警備システムがここに来ないはずがない。つまり結界魔術。しかし─────」

魔術であろうが巫術であろうが、結界には内と外とを決める囲いが必要となる。それは物理的なモノではなく黒い遮光カーテンのようなモノだ。どういうわけかこの結界はそれが無い。壁も天井も床も無いのにそれを家と呼べないように、結界にはそれが必要不可欠な存在の筈。

「まさかこれは......第三魔法(完全なる掌握)!?」


 前提条件として、魔術や巫術と言うのは当然理論から成る異能の術式。仮に術式だけを持ち得ていたとして、見たことも無い家電を説明書なしに使うのが無理なよう術式を稼働するのは不可能と言っていい。

 ─────橋爪氷菓は人でなくなったとはいえ、魔術師ではない。

 ─────情報として術式を持っていようが、理論は持たない。


だが、第三魔法(完全なる掌握)であれば話は変わる。

神秘の領域に達する魔法であれば常識は覆り天地はひっくり返る。己の決めた空間の中ではその想像が具現化される一種の心象空間。

「詠唱も、魔唱も使わずに発動できたのはそれが理由。更にそれに核を復活させる何て身勝手な魔術モノが存在しているのが良い証拠。」


 核はまだ完全ではない。


「彼がまだそこに居るなら。私は逃げる訳にも諦めるわけにも行きませんね。」

折られた刀をその場に捨て、腕を横に広げる。虚空を握る時雨の手には二つ目の刀が握られていた。


 それには装飾が施されている。鞘、柄、鍔。白鞘の大太刀には無かった本来の日本刀としての形がそこには華美に施される。少しだけ異彩を放つ要素と言えば(こじり)に細長い紙垂(しで)が幾つも付いている事だろうか。

「これで技を振る力は無いなら核を落とすまで。」

飛来の対象を零に固定していた選択が事を奏してか。あれが今空高くに飛んでいるが手に取るように分かった。




 第三魔法による核の想像を以てもなお、表面が砕け深部すれすれに達するヒビを修復できなかった。

 魂が籠った一撃の残り(かす)の怨念か。それとも単に修復を想像できなくなったのか。だが零はそれを些事として捉えることにした。何せ自身の障害はこの地と共に沈むのだから。

坂城千尋(あの女)さえ殺■■■、私の目的は完遂さ■る。どこに隠■■かは知らな■けど、この学■■居れば諸共吹っ■■■■殺す!!!」

零に生への執着はもとより無かったのだろう。魔力が集約させる毎に核が砕けているというのにも関わらず酔いしれている。

「へへっ。既視感があると思ったら、あれだ.....超一星龍のマイナスエネルギーパワーボールだ。ここにはゴジータ4は居ねぇってのによぉ。」

霞れ眼で祐は遠近法により月より巨大になった魔力の塊を目にしそうぼやく。もう体の隅から隅まで力を使い切った祐にそれを防ぐ手段は無かった。将棋で言えば詰みの状況だが、えらく祐は不敵に微笑む。

「っ!!......一人じゃないか。じゃあ時雨さん、後は頼んました。」

 その魔力の塊より高い空に、一人の女がいた。

 それは月から舞い降りたかぐや姫でも無ければ、天の使いでもない。祐と同じく魔を討つ事に命を掛けたもう一人の大馬鹿剣士。

 

 剣聖。霧太刀時雨の姿だった。

 それが幻想で偽りの姿だとしても祐はそれを信じそして縋ることを選択した。


「■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!」」

「これで、終わりだ。零!!」

 結界の外からの最後の飛来。刃を天に向け核が埋まっている位置に背後から刀身を身に穿つ。

 手応えは在った。一度目には無かったズンと沈む感覚、それと核を粉砕したという直観。

 刀身を引き抜く事無く両手で柄を強く握りしめ地面に向かって押し堕とす。とは言ってもそれは重力による自由落下ではあったが、十分すぎるモノだ。

轟音の反響が失せ、砂煙が地に戻るとそこに零の上に乗る時雨が居た。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ.........終わり.....ました。」

「流石だね時雨さん。」

上空に留まる魔力の塊は統率を失い空中分解し、花火の様に音と立てて散った。

地面に刺し止めた刀を背中から抜くと、鱗のような外皮が捲れ上がり本来の橋爪氷菓が姿を現し始めた。

「..............結局、私は自分の意志も貫けず野望の一歩前で散ったのね。」

人として死んだ彼女を動かしていた、核の残り火で橋爪は掠れ掠れに言葉を紡ぐ。

「橋爪....お前のしたことは許される事じゃない。全身を貫いた憤りに身を任せ、(あまつさ)えお前は関係のない人間にまで手を出した。」

死に体間近の体を祐は起こし、橋爪の傍に歩み寄る。

「記憶の始まりから独りで、何も失わずのうのうと生きて来た俺の言葉なんてお前への説教の代わりにはならない。だけどこれだけは伝えておく......坂城はお前のいじめを自分のせいだと悔いて泣いていたよ。」

虚ろ眼を見開き、首を祐の方に傾ける。

「っ!?......う、嘘よ。あいつは────

「坂城は中二から始まっていたいじめの存在を知らない。それどころかその一件は当事者と教師しか知られていない。坂城が知っているのはお前の席への罵詈雑言くらいだ──────ごっふ!!」

治まりかけていた血が再び食道を逆流し口から溢れる。「鬼川さん!!私から伝えますから休んでいないと。」千鳥足でまともに立つ事すら出来ない祐の体を支える。

「いや、俺が言わなきゃいけねぇ......坂城が知らなかったのは学校側が問題を隠蔽するためにこの事実を洩らさなかったからだ。だから坂城は偽り無いの善意を以て不登校のお前も元に足を運び、心からの悔みでお前を心配していた。坂城を殺すことがお前の最終目標だったのかもしれねぇ。けどそんな事は初めからする必要はなかったんだ。お前は、その選択を間違えた。」

これが最期の瞬間となる橋爪にとっては愁傷な事実なのかもしれないと祐は分かっていた。酷であり、いたたまれない現実であることも重々理解していた。

 だからこそ祐はそれを口にしたのだ。あの日。あの早朝の教室で見た真珠のような涙をかつての親友に伝えない事こそが本物の痛みであることをそれ以上に理解していたからだった。

「は、ははっ。はっははははははははは........完璧な計画の終端が蛇足だったとは、飛んだ計算違いだったみたいね。鬼川祐、それに霧太刀時雨────


 ──────親友を守ってくれてありがとう。


 閉じた瞼が、己の意志で開くことはもう無い。つうと、目尻から一本の涙が伝り地面に染み込んでいった。

 橋爪氷菓は満足げに深く眠る。



「終わりましたね。」

「..............。」一切の反応が無い。それ以前に肩に乗る体重がぐっと増える気さえする。

「鬼川さん?鬼川さん!?」

顔を地面に向け祐は、ピクリとも動かなかった。幸いにも呼吸も心音もあるようだが浅く、弱い。

「いや逆に今の今まで意識が切れなかった事の方がおかしかったんだ。早く病院に連れて行かないと死んでしまう。」

だが、ここから天山病院まではかなりの時間を要する。正攻法で行けばモノレールの線路を伝って歩き続ければ二十分、電車に乗ったところで十分は掛かる。無論時雨の飛来を用いれば辿り付けないことも無いのだが、もはや魔力と巫力は底を尽きている状態。

「それに、零の核の回収と事後処理もまだ終わっていないっていうのに!!」


 プップー!

 門の外からクラクションが鳴った。この時間帯、そして学生街に車が走るなんてことはあり得ない。バスの可能性も捨てきれはしないがここは生憎停留所ではない。

(誰だ?)

祐を担ぎながら、時雨は重い足取りで外に向かうとライトが白く軽自動車の前方を照らしている。ナンバープレートらしきものが備え付けられていないその車フロントガラスには葉加瀬の姿があった。

 車に近付くと葉加瀬は窓を下ろして、時雨に話しかける。

「心配で来てみて正解だったわ。ほれ、さっさとその死に体を車に乗せんか。子奴の事は儂に任せてお主は核と死体を回収に専念せい。」

「助かりました。では、お願いします。」

後部座席に祐を寝そべらせると、葉加瀬は分け目もくれずに車を走らせた。魔電気を燃料とした電気自動車は殆どエンジンの音を立てずに夜の街を駆けて行った。



 祐と時雨の初めての共同任務は、月夜の下で幕を引く。

──────暗転。





 鬼川祐の容態は、随分と酷いモノだと言えた。肋骨五本のヒビ、両拳の粉砕、火傷多量、致死量の出血......と診察結果を上げれば枚挙にいとまが無い。宇都宮風華の迅速な対応と祐の頑丈さのお陰もありきで、祐はこれほどの怪我を負いながらも二日で意識を取り戻した。だが点滴に繋がれ、ありとあらゆる部分に包帯が巻かれているある種ミイラ男状態ではある。

「少年。一体何をしたらこんな怪我を負うんだ?活火山に装備無しで突っ込みでもしたか?」

電子カルテと睨めっこをする宇都宮は呆れるように口にする。あの夜の闘いを知るモノであれば必然の怪我なのだが、知らない人からすれば原因不明の偶然とも取れる怪我だ。

「あっはははは。面目ない。」

「それにしても怪我の直りが速いね、少年は。爛れた皮膚も、折れた骨(なん)かは再生をもう始めてるし。失った出血の補完に至っては殆ど終了してる。人間とは思い難いよやっぱり。」

「それが売りなもんでしてねぇ。」

「笑い事じゃないよ!!」

乾いた笑いで、適当な言葉を並べる祐を彼女は強めに叱責する。医者として以前に大人としての行動だろう。

「まっ。どれほど頑丈であれども四日間は絶対安静。このベッドからは一歩も動かさないからね!!」

捨て台詞まがいな言葉を残して宇都宮は、看護婦と共に病室から外に出ていき入れ替わるようにして時雨が病室に入る。

「目覚めたと聞きましたので、様子を見に来ました。」

「あぁ時雨さん。体の方は?」

「その姿で他人の心配ですか.....君らしいと言えば君らしいですが。私の方はもう治癒で結合は済んでいますので後は安静にすれば。」

「なら良かったよ。あっ!そう言えば学校の方は?」

「その事でしたらこの街の流石の技術力の一言に尽きます。塀はあの夜が明け昼頃には元通りでしたから。ですが、鬼川さんの残していった血溜まりはまだそのままなのですがね。幸い殆どしみ込んで誰かが紅いペンキをまき散らしたといういたずら程度に処理されましたし。」

「ははっ。バカ学校で良か、ッううぅぅ.....」

体を捻ったせいで祐のあばらが悲鳴を上げる。

「大丈夫ですか?」

「あぁうん。だいじょぶだいじょぶ.....それより核と橋爪はどうしたんだ?」

「核は葉加瀬が今研究対象として躍起になっています。亡骸の方は退魔の衆に送りました。通常の怪事件関連で亡くなった方は本来退魔で処理するのが決まりなので。」


 時雨は祐が眠っていた二日もの期間で起こった事の概要を伝えた。坂城には葉加瀬から直々に事の詳細を聞き、やり場のない感情に彼女は放心状態となり一日学校を欠席したそうだ。この世界の究極の命題とも呼べる怪事件の真相、そして拾九番街と拾七番街での一件の犯人、そして親友を失ったと同時に聞かされれば当然の行動と言えた。

 核の事と言えば、あの核は千年前に平安京を襲撃した三天の一体である天穿の核であったという衝撃の事実をあっさりと口にする。


「つまるところ、橋爪が魔術を使えたのはその第三魔法のお陰だったと?」

「はい。究まった論理、溢れかえる資金、遥か未来の技術を以てしても辿り着けない神域の魔術とされる結界の中でしか発動することの無い魔術(ニセモノ)。」

「それであの脅威。恐ろしいな。」

「葉加瀬曰く、魔法出力は千年前と比べれば十分の一程度に落ちているのだとか.......。」

良く二人とも無事だったものだ、と全く同じ瞬間に二人の脳裏にそうよぎり病室の空気が明らか重くなる。

 丁度良いタイミングなのかは不明だが、病室の扉が少し強めに叩かれた。

「祐よ。入るぞぉ。」

と口にしながら博士は半分以上扉を開ける。

「あれ、時雨ちゃんじゃないか。そして木乃伊(ミイラ)少年。」

完全に子馬鹿にした声と表情で博士は時雨の隣に腰を据える。少々違和感を覚えた祐と時雨だったが、それが白衣を身に纏わず珍しく外向きの格好をしていたからだとすぐに自己解決を済ます。黒の膝丈のスカート、白のワイシャツにヒールと、OL感満載の格好はどこか不格好に見える。

「俺は次いでか?ったく何しに来たんだよ、研究に没頭してるって聞いたけど。」

「そう嫌そうな顔するでない。なに、あれ程の怪我をしていたんじゃ。流石に儂とて心配くらいするわ。ほれ、メロンだ。」

「あぁあんがと.....。」

バスケットに入った一玉のメロンという誠意を博士はベッドの横の戸棚にすっと置く。人使いの荒い博士が妙に優しい事が祐にとって、やけにむず痒かった。

「それはそうと、祐よ。話は大方聞いたか?」

「あぁ時雨さんからな。」

座る博士をまじまじと見つめながら祐は答える。

「何じゃ気色の悪い。儂の体なんか見て何になる?」

「いや、やけに珍しい格好してるからさ。あんた人の眼なんか気にするタイプだったっけ?」

「病院で普段の格好をしておると、医者だと間違われるからのぉ。泣く泣くじゃよ。それを言うなら二十歳過ぎの大人が平然と高校の制服に身を包んでいる方が珍しいというべきじゃろう。」

「そういう事は云わないでください葉加瀬。」

慣れて来たとは言えども羞恥心はあるのだろう。時雨の頬が見るからに赤く染まる。

「まぁお主の元気も見れた事だし儂は帰るとする。何せ儂には愛しの天穿の核が待っておるしのぉ。」

そう言うと博士は後ろ髪を引かれる様子も見せずに扉の取っ手に手を掛ける。

「えぇ........早くねっ。」

「あぁ伝え忘れ取った。今回の報酬の明細書をメロンの下に入れておいた、金は主の口座に入れてあるから好きに使え。後時雨ちゃん、祐と同じ制服を着た二人組がロビーをうろついておったから、そろそろ帰った方が誤解を招かずに済むぞ。」

助言らしい言葉を残して博士は慣れない格好に身を包んで病室の外に出ていった。


「時雨さん、メロンの下にある明細書取ってくれいない?」

「えぇ。少し待ってください.....えぇっとどうぞ。」

腕を動かせない祐の為に時雨はその紙切れを祐の見やすい位置に固定する。

 

 振込額の欄にやけにゼロの多い数字が羅列されている。

「一、十、百、千、万、十万、ひゃくまん.....せんまん......................いちおく。億?いやいやそんな訳、もう一回数え直そう一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億。」

何度数え直そうが、その数字のゼロの数は増えも減りもしない。そこに掛かれている桁はまぎれもない一億という数字。一般的な男性が一生を掛けて会得する額に匹敵する値。それを博士は祐に譲渡したのだ。任務の謝礼として。一切のためらいも無しに。

 理由が分からない冷や汗が祐の額や背中を走る。

 刹那、驚愕の咆哮が病院を包み担当医である宇都宮風華にこっぴどく怒られたのはまた別の話。そんな中病院の自動ドアから外に出た博士が自慢げに高笑いしていたのもまた別の話。





  零之魔陰編────完。






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