12 目覚め
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深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いている。
いつ聞いたかは知らないが、そんな言葉がこの世に存在している事を祐は知っていた。しかし無知といって差支えの無い祐はその言葉の適用を知らずにいた。
だが、今。目の前にいる妖艶な女が口にした言葉を聞きその真意を知った。
「この復讐の計画をしている時一つの障害が存在することを神領域への侵犯が弾き出してくれてね。それがあんたらの存在、退魔の衆とされる国家容認組織。とはいっても現在は皇室がそれを認めているから成り立っているに過ぎない組織ではあるけどね。」
氷菓はまだまだ新米の祐には到底知り得ない情報までを何故か口にし、得意げにしている。
「何処で手に入れてかって?この街には便利な人工知能があるのよ。」
神領域への侵犯。通常の人工知能とは比較にならない圧倒的な演算スペックを持つ素数番街が誇る最大にして最強の発明品。それは秘密裏になっている情報すらも容易に掘り起こしてくる文字通りの性能を有している様だ。
「だとしても、時雨さんの情報までもそう簡単に調べられるってか?冗談じゃねぇぞ。それじゃあこの街の個人情報保護プログラムは意味を成していないのも同義じゃねぇか。」
無論これほどの知能を有していれば、犯罪に使うなど容易であるため弐番街は対策を施している。
とある情報応用の授業。祐の担任である虎丸涼が気だるげに説明を加える。
『この人工知能を用いてハッキング、または個人情報プログラムの突破を図ろうとすれば強制的に知能中枢を自ら破壊するよう施されている。』
「確かに一人の個人情報を抜き取るのは無理。けどそれはあくまで弐番街のデータバンクに組み込まれている物に限定される。歴史と同じで文献さえ残っていればそれを掘り返ることは可能なの。」
「なるほど......確かに霧太刀の歴史は古くその中でも私の存在は千年ぶりの異例。探すこと自体大したことは無いと。」
「ご名答。だからあんたの隣にいるその男の情報は殆ど無い。分かっている事はその退魔の衆に肩入れしている事だけ。」
氷菓が放った言葉は形勢逆転の一手だったのだろう、祐が先導していた雰囲気は軽々と彼女のモノに挿げ替えられている。
「鬼川。あんたは恐らく私と初めて会った時魔力を感知したことで容疑者候補に入れたんでしょ。」
「ははっ、第二中学きっての秀才の頭脳は流石だねぇ。」
自身の行動を軽々と言い当てる彼女の穎脱した頭脳に少々冷や汗を流す。暦上夏を迎えてはいるものの、真夜中に汗を垂らすとやけに冷たく思えた。
「もともと退魔の衆の存在を知って色々、打開策を考えてたの。そんな時一人の中年の男が私の前に現れた。まだ被害も少ない段階で私に近付いてきた人が居た。だから殺した。」
祐の隣でカチャッ。とわずかながら動揺の証のような音が鳴る。
「けど慢心は出来なかった。退魔の衆は基本二人ペアつまりまだ一人残っているしなんなら相方を見つけるかもしれない。そんな時にそこの霧太刀さんが転校してきた。だからすぐに調べた。そしたらあの情報が出て来た。」
初めての人を殺す計画を立てたモノの思考判断では無かった。一切の抜かりが無く確実にその計画を完璧に遂行する為に洗練されていた。
「じゃあこの学校に無論相方が存在している。探すのに手間はかかったよ、何せ私この姿じゃ感知できないし。そこで私の異変に気が付いたあんたに重点を置いたの。どうして恨みも嫉みもない清廉を私が襲ったと思う?しかも白昼堂々と。」
被害者は学生からこの区域に住む高校生に絞られ、そして第二中出身の人物であり橋爪氷菓の虐めに関与した人物と絞られた。
ただ一つの例外を除くとすれば。
虐めとは無縁の存在である、清廉白日が襲われた事に祐は多少なりとも違和感を覚えていたのは事実だった。
「要するに、てめぇは俺を釣る為だけに清廉を手に掛けようとしたってのか?」
拳を固く握り祐は眉間に青筋を立て、ヘラヘラと笑う評価を睨み付けた。
「まぁね。というか、正直容疑を晴らすための犠牲者は第二中出身だったら誰でも良かったの。無論あんたの親友も選考対象だったって訳。」
やけに湿気を含んだ突風が、三人の髪の毛を揺らし砂煙を巻き上げる。瞼を瞑らなければ砂粒が目に入る事は分かっていた。だが祐は人を眼だけで威殺せるように瞬きという運動をしなかった。
ブチっ。と鳴るはずもない音が祐の中で一つ切れた気がしたが、祐にはそれが何だか分からない。分かることがあるとすれば
今自分は心から憤りを覚えているという事だけ。
「生憎私はあの女を殺すまで死ぬわけには行かないの。だからあんたらはここで死んでもらう。──────魔力開放。」
丁度心臓のある左胸に手を当てると、闇夜を紫電のような光が照らす。同時二度感知した膨大で棘のある魔力が二人の皮膚に引き裂く痛みを与える。
(これが、鬼川さんの言っていた零の魔力!?どの個体とも裕に一線を画す圧倒的質量。)
右手の刀と左手の鞘が連動するようにカタカタと震える。
喉が渇き、それを止めようと唾液腺が多量に分泌を続ける。
魔陰と化した彼女の姿は、醜い以外の言葉で表現が出来なかった。端麗な顔立ちの根幹ともいえた眼は当然の如く無くなまじ綺麗な鼻と口が残っている。しかし皮膚の質感ときたら竜の鱗を彷彿とさせるそれ。身長は二十センチは伸び殆ど時雨と変わらない、手は膝の辺りまで伸び爪は相変わらず鋭い。そして影と同化してしまうのではと思う程に黒い。服何て物は当然着ていないがそこに妖艶さを感じる要素は無い。
「来ます。」
「あぁ分かってる。」
二人の中に稲妻の様に緊張が迸る。時雨は鞘を別の場所に飛ばし両手で柄を握り、祐は左脚前で半身を切り膝を曲げ重心を下げる。
だが零は構えない。構えを持っていないのか、する必要が無いのか、そもそも仁王立ちが構えなのか。何が何だかは分からないが動くことを止めたその姿は
恐ろしい。
空気が物理的に冷え込み、重く呼吸が乱れ始める。それを切り裂くように祐が核目掛け瞬時に距離を縮める。拳を伸ばせば当たる距離感
(当たる。殺せる。)
一心不乱に拳を前に前に押しやる。確信のある一撃を前にしてもまだ零微動だにしない。それが死に直面する一発だとしても。
伸ばし切った拳は衝突し、けたたましい轟音と衝撃波を辺りにまき散らす。
「人間が放っていい拳の威力じゃない。」
「「っ!!?」」
言葉にならない金属音しか口にしない物体が唐突に喋り出す。氷菓の喋り方は残っているが何度も重ねて録音したかのようにガビついている。
「けど、当たらなきゃそれは羸弱な年寄りの肩たたきと同じだよ。」
零は右の掌を祐の腹元に向け、小さな魔力の塊を作り上げる。大きさにしてピンポン玉程度のそれ、だがそこに組み込まれている魔力は容易に祐を殺せる。
当たった感触、そして魔陰がしゃべるという事実が祐の咄嗟の判断を鈍らせる。祐が距離を置こうとする速度よりもほんの少しだけ早く零の右手は祐との距離を詰める。
(当たる。避ける。いやそれよりも腹部に巫力と覇力を全開にして回した方が存命の可能性が高い。)
咄嗟の判断バックステップを止め喰らう覚悟と取ると、祐の視界の景色が遠のく。それは意識的ではなく物理的に。
高密度の魔弾は祐の代わりに一メートルほどの白鞘が代わりと接触した。木端微塵、文字通りの状態となった鞘は地面の砂と良い具合に調和している。
目の前の零に意識を向けているとゴンと祐の頭を細い鉄のようなモノが祐の頭を小突く。
「どうしていきなり飛び込んだんですか?私が鞘と鬼川さんの位置を入れ替えていなければ死んでいましたよ。」
大太刀の峰が祐の脳天を捉える。時雨は言葉だけでなく物理的に祐の頭を冷やしてみせる。
「ごめん。ちょっと思考能力が低下してた.......けど収穫。あいつとんでもない密度の魔力で体を覆ってる。」
「初撃目が当たらなかったのはその所以という事ですか。」
(恐らくは魔力装甲。もしくは剛を剛で相殺する防御術式のどちらか。)
「鬼川さん。零との戦い少々任せてもらってもよろしいですか?」
淡々と。しかしどこか熱を帯びた言葉を時雨はさらっと口にする。あれを見てあれを感じあれを知ったうえで、殺せると考えているかのように祐には映る。
「鬼川さんは貴女に対して怒りはあるが恨みは無い。ですが、私は零に恨みがしっかりとありますので。」
白木の鞘を両手で握り込み、それを肩越しにゆったりと構える。月の光が刀身と複雑に触れ合い気付けば身は暗闇に消えていた。
(あれ程の魔力で固めた装甲。無論力技で斬捨てるの少々難しい。なら中和して落とせば問題ない。)
口から薄く、長く冷たい空気を肺に送り込む。踏み込むために構えの後ろ脚をするように退く──────
『睦月の舞:閂祓い』
瞬間。時雨は祐の前から消え零の右腕側に潜り込む形で逆袈裟の筋道に一閃。
だが零はそれに容易に反応し右手で大太刀を掴みに掛かる。
剣筋は右手と当たったと同時、一切の減速を受けずに切っ先が空を向く。
闘力による身体加速の剣技。それは祐の会心の一撃を防ぐ鋼の如き鎧を豆腐の様に斬り落として見せた。
「なにっ!?」
「ま、マジかよ........。」
掌の上半分は宙を舞い時雨の後ろにぼとりと堕ちる。だが核には未だ傷は無い、当然時雨は持ち手を瞬時に返し少し深めの軌道で核を斬りにかかる。
(斬られるっ!!)
体をのけ反らせ、零は大きく後方にバク宙することで身を退く。
「へぇー。それが剣聖の実力ってわけ?魔力ごと体を立ち切る斬撃.......」
(恐らくは巫力を用いた中和反応。なら装甲に費やす魔力を増やせば良いだけ。)
零は斬捨てられた右手を無い眼で見つめる。人間であればこの時点で敗北の二文字を背負うが魔陰であれば話は変わる。魔力を集中させることで右手は一瞬にして再生した。
「次は、腕ごと核を斬りますので。」と今度は正眼の構えをとる。
「あっ..........そっ!!!!!!」
咄嗟屈み込んだ零は両手を地面に押し当て術式を回す。
闇夜を照らすのは月の仕事。だがこの校庭ではそれと同時に地が天を照らした。だがそこに美しさは無く歪で仰々とした濃い紫の色が二人の眼を刺す。
(理論もクソも無い魔術。だがこれで足場を奪えばあの女は宙に上がる。そこに魔弾を撃ちこんで終いよ!!)
砂場に潜む微小の砂鉄が雷を伝導し零より前方全てに触れれば即死の地を作り上げる。右手と左手に一つずつ祐にぶつけようとしたモノを収め、迎撃態勢を敷く。
(さぁいつ飛ぶ?女には右で、後ろのあいつには左で殺す。さぁ、さぁっ!!!)
『竹春の舞:呪詛返し』
大太刀を一度下まで振り切り、逆風の斬り返しを流麗にこなす。それはオーケストラの指揮棒かのように零の魔術を操り、時雨の前まで来た術式をそのまま返してしまった。
「やっぱり、初撃の剣技と同じで剣術そのものに巫術が組み込まれてる。一太刀目は魔力....いや魔力を媒介にしたモノを斬る術式。今のはそれを返す術式。これが剣聖....かっけぇ!!」
目の前で繰り広げられる闘いは、三年近く孤独に魔陰を殺し続けていた鬼川祐の眼には新鮮で何より格好良く見えた。馬鹿正直に相手をぶん殴る風情も情緒の欠片も無い不格好の極みとは当然一線を画している。
広範囲の雷撃は撃ち返され、飛び上がるはずもない虚空を見つめる零に寝返り襲い掛かる。
「えっ!?バカなっ!!」
上を見れば足元をすくわれるとは、よく言ったもので一瞬の反応の遅れにより策士策に溺れる。雷撃により一時麻痺した零の行動を見逃すはずも無く時雨は再び懐に飛び込み核目掛けて切っ先を突き付ける。
誰が見ても決まりの一手となるそれは、核を貫いた。
「圧倒的な力を持とうが、それを扱う者が獣では頭を使う狩人には敵わない。」
核を穿つその刀身をゆっくりと引き抜く。がくりと膝を曲げ零は地に伏せ、あっけない幕引きに祐は疑念を浮かべつつも時雨の背中を見つめる。
鞘を失った大太刀を抜き身のまま時雨は祐の方に歩み寄る。
「久々にこの得物を振ったので少々疲れました。これにて任務完了です。」
「........お疲れさま。けど思ってたより弱かったね。っていうか時雨さんが強いのかな?」
「私が強いのも多少はありますが。単純に操縦士の能力が低かっただけです。」
「確かにね。」
微かに笑顔を顔に浮かべるが、祐の拳は強く握られたままだ。
最高峰の魔力をもった機体にのるパイロットが素人では、まさに猫に小判の状態と言える。だがそれを前提としたとしても時雨の強さは核たるものと言えた。
「自身の魔力装甲が絶対だと勘違いしていた慢心。そして戦闘不足による余裕の無さが相手の敗い──────っ!!!」
まだ言葉の途中、祐は時雨の左腕を強く握り右に投げ捨てた。余りに突然の出来事で受け身を取れず時雨は尻もちを着いたまま祐を見上げる。
その眼に映る祐の体は何故か紫に煌々していた。自ら発光するなど当然人間が出来る事ではない。
一寸、刹那と時間が過ぎ行く毎に祐の前身は更に強く光る。身体の前で十字受けを取り腰を下げ片足を退くその姿は耐えのモノ。
爆発的な音の創造。トンネルを掘る為に幾度と発せられるあの音以上の圧倒的な存在感と風圧。耳に手を当てなければ鼓膜が木端微塵に成りかねないその轟音に時雨は顔を顰める。
端的な話狙撃だった。だがそれに使われた弾丸は火薬弾ではなく魔力弾、その破壊力たるや人間の成しゆるモノではない。この空間に居る存在は鬼川祐霧太刀時雨そして先程機能を停止した骸となった零。
──────いや、待て。誰がそれを見て。誰がそれを確認した。
──────一体誰があれの死を定義した?
「面倒な方から殺そうと思ったけど、まさか先にそっちが逝くかぁ~......まっ結局どっちも殺すだけの話なんだけどね。」
楽観的な喋り方、そしてどこか妖艶としたその声色と所作。そして悍ましい質量の魔力。橋爪氷菓と零の粗悪な要素が時雨の五感を通して嫌と言う程伝わってくる。
「なぜ、なぜ生きている!?」右に首を捻りながらそう問う。
「なぜって.....別に核を貫かれただけのことでしょ?そんなに声を荒げてどうしたの?」
零の言葉は説明の役割を全く果たせていなかった。全ての機能を司る中枢を壊され、それをたったそれだけと言うのは理解する気すら時雨は起きない。これは幻か夢かと頭の中で光景を否定する情報を編み込む。
しかし思考はその編み込んだ思考を惰弱と言わんばかりに破壊する。
「この体はいろんなことが出来て便利だけど、この中心部に一定以上のダメージが入ると死んじゃうって言うのが難点でね。」
と鋭い爪の先で一切の傷の無い露見している核の表面をつつく。
「三週間位前に核を壊されたときは、死んだと思ったんだけど気が付いたら生き返ってたの。────今みたいにね。けど、そこで倒れてるのは私みたいに行かないから早く診てあげた方が良いんじゃない?あっ。もう死んでるかぁ......ははっ。はははははははっ!!!!!」
人を殺めた高揚か、零は声高らかに笑う。
時雨は祐と比べれば矮小な範囲の感知で祐を見る。被弾した零の魔力が表面に刻み込まれているモノの、当の本人から溢れる四神力は些少であった。
(私が彼を殺した。自身の経験則に基づき行動した過失.......何が剣聖だ。)
うつ伏せに倒れ指先一つ動かない鬼川祐を見つめ、右手に握られている大太刀を強く握り立ち上がる。
「あれ?随分怖い顔するね。もしかして仲間を殺された事への憤り.....かなッ!!!」
再び両手を地面につける。──────(また雷を走らせるのか?無駄な一手なはずだが。)
祐の死と零の復活を一度思考から削ぎ、相手が使う魔術のみに警戒を敷く。構えをと足を退く。だが足に五寸釘で地面に打ち止められているように足が動かない。
一度視線が脚に下がる。命を懸けた勝負にて視線を相手から外すという行為は当然死に直結する。
(ッ!それを狙って)
咄嗟、視線を上げる目の前で時雨の胸部を身体を貫かんと先立つ爪。時雨との距離凡そ一メートル、それが亀の様に遅ければ問題は無いのだが何せ零は祐と同程度には速い。
身体を無理にのけ反らせるが、幸い足は固定されていて頭を打つことは無い。
(胴体ががら空き、両断。)
左半身を急速に捻じりその反動、その勢いそのままで堕としに行く。残像と月の光が地上数十センチに小さな三日月を作り上げる。
だがその芸術は両断したのであれば映し出されることの無い虚ろのモノ。
(外された。いやそもそも避けたのか。だが案外好都合、拘束を斬る好機.....)
人の眼では追えない剣速で時雨は魔力拘束を断ち切る。左手一本で後転倒立で体制を整える。
(正面ではないなら──────!!)
振り向きざまに横一閃。ガキンと金属音が高鳴り、その音が闇に溶けるよりさきに時雨は斬り返すがそれを零はわざわざバックステップで避ける。
「あんたの斬撃は私にとって弱点が過ぎるんでね。避けさせてもらうよ。」
「存外堅実な姿勢何ですね。」
「そりゃ斬られるのは痛いしねぇ。」
「それだけが、本心ですか?」肩越しに剣を構えながらそう問う。
「だけって?そりゃそうでしょ。痛覚は誰もが望んでない生命体の危険信号なわけだし好き好んで受けたい奴なんかいないでしょ。」
「そうではないです。不死身の貴方が私の剣を避ける理由にしては少し物足りないと思いましてね。」
「?まどろっこしいし、はっきり言ったら?」
時雨は軽く鼻で笑い口角を数ミリ上げる。
「零。貴方は不死身ではないと言いたいのですよ。」
「世迷言ね。」
零は片手を前に押し出し、そこから飽和状に魔弾を無数に時雨に撃ちこむ。初撃目を斬り、二撃目を避け、三撃目を打払い一気に距離を縮める。
(魔術を撃たせないきか。けどその返し程度とっくに考えてあるのよ。)
両手を体の前でクロスさせる。時雨が関与しなかった魔弾の残りが横から両方向から時雨に襲い掛かる。
『恵風の舞:花弁返し』
前方に進めた身体をその場で留め、両端からほぼ同時に着弾する魔弾を同時に処理し事後爆風対策に右後ろに飛来する。
(若干右の方が先に爆発してるから、完全な同時では無いけど.......今の方法じゃあいずれ対処されるかな。倒れてる方は....死んでるか。それにそろそろね。)
零はその場で左脚を強く踏み込む。二度目の雷が曲線を描いて時雨に走る。
(範囲攻撃ではない分速度は上がっているが.....呪詛返しを撃つ必要もない。)
右脚で踏切り四メートル程横にずれると、どうしてか零は口角を上げ時雨を見つめそのまま一気に突進する。魔術師として漸く時雨との距離を開けられたというのに自らそれを破却するある種の暴挙。
(正面で対処す......円い影?まさかっ!?)
関節視野で捉えた影に気付き咄嗟視線上げると既に斬る以外の択を取らせない魔弾が降り注ぐ。
(初めの拘束で目線が下に行った時に放射状に撃っといて正解だった。)
──────ここにきてわざわざ避ける事を急かす様に地を這わせた雷に合点がいく。
避ける事は選択肢から外された時雨の取れる選択は二つに一つだった。上を斬り心臓を貫かれるか、前を防ぎ爆死するか。
『時雨さん、俺が居ることを忘れないでくれよ。』
何故か時雨の中で数時間前の鬼川祐の言葉がエコーが掛かったように響く。
その発言に縋るようにそしてその発言を信じて時雨は魔弾を優先して斬った。中和反応で斬ったために爆発は起きないが、零の爪は時雨の胸の寸での場所まで
来た。そして止まった。
いや止められたのだ。
「あぁ。間に合ったったったぁ。」
硬く握られた拳は少し大振り気味に零の頬を捉える。竹とんぼのようにくるくると横軸に回転し零は十メートルは吹き飛んでいった。
「助かりました......後有難うございます。」
「いぇい。」
小さくピースサインを作る男は、自慢げに口角をあげる。
(ど、どうして生きている?生体反応も四神力も反応も無かったのに!!!)
「何で生きてるんだ。って面か零?俺はなぁ、速くて強くて堅いのが売りでねぇ。あの程度の威力じゃあ失神が関の山ってところなんだよ....まっ、受け手が普通にヒビ入ってるんだけどね。」
祐の言葉通り腕の側面が焼けこげ、そこから血がぼたぼたと垂れ落ちている。一目でその怪我が耐えがたい痛みだと分かるが祐は、そんな素振りは見せない。我慢大会があれば祐に勝てる人は居るのだろうかと時雨は愚考する。
「けど、かなり無理をしてるんじゃない?今の一発で拳にまでヒビが走ったんじゃない?」
「無論な。けど、それがどうしたってんだ。」
(イカレてんのかあいつは?何で普通にしてられる。何でその壊れてる腕で殴り飛ばせる。いやその前に何故生きている?頑丈何て二文字で解決して良いことじゃない。あいつは私と違う。確実に死んだんだぞ!?)
魔術の殺傷能力を誰よりも知っている零自身だからこそ、祐が起き上がった事への異常性は深く感じられる。それは零が起き上がった時雨を軽々と上回る。
「時雨さん、さっきの剣技で巫力を相当消耗してるでしょ。今から俺があれの相手するからちょっと休憩してて。」
準備運動がてらにその場で跳ね、首を回す祐がそんな事を軽々と口にする。
「何を言っているんですか!?百歩譲って私が休んだとしても装甲を貫けない鬼川さんで、は.......
「正解。んじゃあちょっくら行ってくる。」
関節をコキコキと鳴らしながら祐は零に近付く。恐ろしいまでにいつも通りな後姿を見て時雨は鳥肌が全身に走る。
(中和反応の感触は二度の機会で掴んだし、後はそれをいつもの戦闘に組み込むだけ......)
深く長い呼吸を繰り返す。酸素が肺に取り込まれ不要な二酸化炭素が排出されるのを感じ、目の前の零に集中する。それ以外に一切ピントを合わせない。眼は鋭く光り顔から柔らかな表情が消し去り、無に近付いていく。
「とっとと地獄に戻れ。屍野郎がぁぁぁ!!!!」
魔力を体の前で一点に固めそれを射出する。速度は音と同等、見てから反応するのは一般人には土台無理なモノ。
威力は言わずもがなガードを固めた祐が失神する程のモノ。
(イメージしろ。相手の魔術を掻き消す事を。壊すのではなく、溶かすと思え。集中しろ、魔力の細部を感じ取れ。)
片腕を前に突き出し、魔弾を手の平中央部分で捉える。
爆風も爆音も何もかも発生せずそれはこの空間から姿を消した。
「完璧だな。」
片側の口角を上げ祐は零を見つめる。眼は無いがその下に存在する橋爪の見開いた眼を創造し脳内で補完する。
月が雲によって陰り、祐専用のスポットライトの様に照らす。サラリと風に靡き、月明かりに照るその髪を携えた少年の背は如何せん神秘に映る。
戦闘シーンをここまで鮮明に執筆したのは、初めてで中々難しかった。
それにしては中々の出来だと自惚れている作者ではありますが、次で零編は完結します。
待っててねぇ。




