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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
12/23

11 復讐の刃先

次は戦闘回にしますので、お待ちを。

評価とフォローコメントお願いします。

 博士の研究所はどういう訳か、見違えるほどに綺麗になっていた。溢れかえる程の資料はそのままとは言えども、溜まりに溜まっていたゴミの山が全て瓦解していた。

「時雨さんが掃除したのか?」

「はい、二日ほど前からこちらで寝泊りさせていただいているのでほんの少しの謝礼として。」

時雨の優雅な見た目からしてもあのようなみすぼらしいく汚らしい空間はいていられなかったのだろう。

「ってか、博士の奴は何処に行っちまったんだ。我先に自分の発見を俺に自慢するのが唯一の愉悦とかほざいてなかったかあの人。」

「つい先ほどまで、興奮状態で踊っていたのですが先程気絶されて寝室に運びました。」

はぁぁぁ.......

時雨がそう言い指を指した鉄の扉を見つめ、祐は溜息が自然と口から溢れ出てくる。

「一応私でも説明できるくらいには、葉加瀬から言伝を受けていますが起こしますか?」

「いや俺の仮説を聞いてから一秒も休まず考え続けてたんだろう?それを起こすのは流石に可哀想だから良いよ。」

丸めた資料の束で祐は、一切の凝りも無い肩をポンポンと叩きソファーの真ん前まで立ち寄る。視線を下ろすと最早中に入っている緩衝材は意味を成さない程に潰れ座り心地が最悪なそれが目に飛び込む。腰を下ろすとやはりというか見た通り一切の反発性も無かった。

「はぁぁぁ......これが賃金のさか。」

「どうかしましたか?」

「いや何も。それじゃあ互いに得た情報の交換会と行きますか。」

水洗いされ、煙草の灰が欠片も残っていない灰皿だけが乗った机に祐は資料をボンと置く。


 先行は祐であった。八田、坂城、清廉から聞き入れた断片的な情報を組み合わせその概要を大まかに纏め、今回の怪事件の被害者がどのようにして選別されているのかという情報の全てを時雨に語り明かした。

「──────と、まぁ俺が集めた情報はこんなもんかな。そっから推測するに間違いなく犯人は橋爪氷菓なわけだけど。」

「それを証明する確たる事実は未だ無し。と言ったところですか?」

先読みをした時雨は微々たる笑みを浮かべる。

 正直な所祐自身、己の話のことなど今この状況を前にすれば些細な事だと分かっていた。どれ程動機を空中に塗りたくろうと中にある骨組み(しょうこ)がない現状それは空想の中の事実に過ぎないからだ。

「そうですね。単刀直入に電話で述べたように、葉加瀬曰く人が魔陰まおんになることは可能とのことです。少々お待ちを────」

突然立ち上がった時雨は、両脇に紙の城が出来ているデスクから二つのモノを取り出して再び祐の前に座った。

「えっ、なにそれ?」

「核替わりの水晶玉と、人間替わりの(ねずみ)です。」

直径四センチに満たない小さな水晶玉は良いのだが、恐らく死体となっているネズミを時雨は事も無げに説明する。

「そいつ動いてないけど.......。」

「はい無論死んでいます。生きている状態は倫理観に欠けると葉加瀬が言っていたモノですから.......。それに死体であることに意味があるんです。」

死んでいるネズミを祐の丁度真ん前に時雨はセットしそれに手を乗せ、目を瞑る。微細だが時雨の魔力は腕を伝い手を伝いそしてネズミに流されていきいつしかネズミそのものが魔力を帯び始める。

「そして.....。」

次は、水晶玉を手で包み込み再び魔力を篭める。だが今回はネズミに流し込んだそれを遥かに凌ぐ程魔力を注ぎ続け、水晶玉が器としての限度まで流し込むと時雨は魔量を止めた。今度は祐の前で倒れている魔力を帯びているネズミを持ち上げその胴体に疑似核をねじ込む。

 祐は黙ってそれを見続けた。それは純粋無垢な少年が科学番組の実験にのめり込んでいるかのようにさえ映る。

「準備は完了です。後は、鼠に注いだ魔力が途切れるまで待つだけです。」

「完了って、これだけで人が魔陰化するのか?」

「えぇ調節にミスは無かったので完璧化と思います。」

祐はソファーから降り、膝立ちの状態でそのネズミを目の前で見つめる。魔力を持たないモノが魔力を流されたところでそれを帯びていられるのは量に比例する。これほど微細であれば時間にして二分も掛からなかった。

 しかし、

「.......別に何も変わんねぇけど。」

「それは、鬼川さんの目に魔力が帯びている状態だからです。遮断して見てみてください。」

「あそっか。けど、俺完全に魔力切れないからな..............

ただそれでもその事象を目にするには十分だった。


 「透けてる?」


 仮に祐の視力に問題が在ったとしても、物が透けるということはガラスを見ていない以上在り得ない事だ。確かにネズミの身体は薄く透け、したのガラス製の机を貫通し鉄筋コンクリートの地面が目に飛び込んでくる。

「私は魔力を完全に遮断できますので、今私の目に鼠は映っていません。」

祐は、何度も何度も瞬きをしそして血が出てしまいそうになるほど目を擦る。だがそこにある事実は捻じ曲がらずそこに居続けている。

「とはいっても、これはあくまで疑似核で行っているので水晶玉から魔力が切れれば無論ネズミは再び姿を取り戻します。」

「......................すげぇな博士は、俺の妄想を理論化して再現するって。只の巨乳研究者じゃねぇんだな。」

「ふふっそうですね。」

零から一を生み出す瞬間を目に焼き付けた祐は、片側の頬が釣り針で引っ張られた魚の口の様に歪に上がり目には興奮の文字が刻まれきっと随分と気持ちの悪い顔をしていたのだろうと祐自身そう感じた。

「ですがこれは死体だからこそ成立する法則であり、生きている身には土台無理な話だとも言っていました。」

同期としては完全であり、証拠としても無欠なそれを前にしても今回の事件はやはり厄介と言わざるを得なかった。


 「お主等は、二度も固定概念(じょうしき)が撃ち破られるのを見ておきながらもう手詰まりか?」

欠伸混じれの声が祐と時雨の耳に飛び込む。

「あれ博士。気絶してたんじゃねぇのかよ?」

「あんなもん足したことは無い。数分眠ればそれなりに回復するわ。」

胸ポケットから煙草を取り出し博士は一服する。やはりヤニカスにはなるものではない。

「まっ、まともな家庭環境で育っていない主等には思いつかない領域かもしれぬが。自身の両親がどういう訳か殺され精神が参っている状態で虐めを受け続けてみろ。自殺の選択肢はおのずと見えてこように。」

「けどよぉ。仮に死んでたとしてどっから核は現れたんだ?植物じゃねぇんだ、そこいらから生えてくるわけじゃねぇんだぞ。」

「ここからは、儂の想像の域から外には出ぬ空想じゃが。その橋爪とかいう少女は天山で自殺を計った。どのようにして死んだのか興味は無いが自殺は無事に成功した。平安の世からあの山はモノノ怪の巣窟とまで言われていた魔境故かつての核が落ちていたとしてもおかしくは無い。」

「では葉加瀬は彼女がその時同調したと?」

煙草の煙をふぅ、と吐き捨てながら博士は首を縦に振る。

 それが正解なのか何て、口にした博士も無論分かっていない。だが今はそれがシナリオとして筋が通っている。だから二人はそれを前提として思考を回す。


「じゃあ、まだ復讐(しかえし)は終わってねぇな。」


 暗転。



翌日の学校は不気味な程にいつも通りだった。それは祐の通う高校には未だ一人として犠牲者ししゃが存在していないからだろう。同じ地域区間で同じ年代の学生が殺されているというのにそれを面白がって語っている始末。新手の恐怖という具現に他ならない。

「同年代の人間が数多死んでるっていうのに、異常だな。」

「まだ傍観者を決め込める立場だからやろ。仮に清廉ちゃんが死んどったら、この空気も少しは澱んどるよ。」

祐は購買で買ったコッペパン二つと牛乳を食しながら土屋と気だるげに言葉を交わしていた。元気だけが取り柄の八田弘明は風邪をひいて寝込んでいるらしい。

「土屋はどっちかつうと、あちら側に居る人じゃなかったか?」

「あの悲惨な場面を直接目にしたんよ?流石にそこまで不謹慎極めておらんよ。」

ふとこの昼休みと言う時間あたりを見回すと、教室とはこれほど広かったのかと祐はある種の錯覚に陥る。何せ休み時間のたびに時雨に会いに来ようとする輩が後を絶たなかった。

「鬼ちゃんは、どうして氷菓ちゃんの一件を聞いて回っとるん?」

「何で知って.......って聞く必要はねぇな。耳の早いお前の事だし大方予想は付く。──────別に冷やかしてるわけじゃねぇ。ただ単純に興味があるんだよあの女に。優等生として知られていた人間がどうしてあそこまで荒んだのか。」

祐はまだ半分以上残っていたコッペパンをギュっと縮めそのまま口に押し込んだ。パンと言うモノは生地に空気の層があるからもちもちしている、その緩衝材が無いそれは研究室のソファーにも匹敵するほど硬かった。

「それは、俺としてもちょっと気になる所ではあるねぇ。ことの真相が掴めたら俺にも教えてくれねぇかい。」

「土屋のそれは冷やかしじゃあねぇのか?」ニヤリと煽るような笑みを浮かべる。

「へへっそうかもね。」

土屋は負けじと祐に返した。

 いつも通りなのは生徒や学校の空気感だけでなく、教師もまたそれに該当した。自分達の管理下に居る生徒に被害が届いていないのならそれでよい。という方針なのだろう。何せ教師と言うのは一人の生徒を救う事すらできない人間なのだから。

「そこで、ここでΣを用いた方法がとられるわけだ。」

黒板には相も変わらず祐には到底理解の及ばない呪文が書き連ねられている。Σ、部分分数分解、漸化式。そろそろ定期試験が近づいているせいもあり演習が多くなり授業中当てられる事が増えた事に祐は少なからず嫌気がさしている。

 だが突っ伏してはいられなかった。数学の少し頭髪の薄いおやじ教師は成績不振な祐を嫌っていたからだ。

「おい、鬼川!!お前はこの大事な演習の時間を眠って過ごせるほど大層な学力の持ち主じゃなかろう。」

そう大声を張り上げるとクラスがどっと盛り上がった。

 やはりいつも通りだと祐は強く感じた。

 だが、普段隣から聞こえてくる笑い声だけはいつも通りでないことにも同時にふと祐は気が付いた。

 お天道かのように、輝くように笑うその笑顔がやけに萎れていた。

 だから祐は声を掛けた。

「(どうしたんだ坂城さん?体調悪かったりする?)」

「(いや体調は頗る良好だよ。)」貼り付けたような笑顔をする。だが、そこに輝きは無い。紙に書いた餅が本物でないのと同じだった。

「(けど、笑ってない。)」

祐は、無神経にそう告げる。

そっか。とかお茶を濁せばいいモノを祐はその時出来なかった。時間にして五秒ほど黙ってから

「(本当に大丈夫だからね。)」

と再び笑顔を浮かべ、祐に念じるように告げた。

 だが、笑っていなかった。





 下校時間になると、その後の予定に合わせ個々が進路を決める。部活に行くもの寮に帰るもの学校に居残るもの。人が十いればその道は十存在する。そんな中一人いそいそと校門の外に飛び出さんとする生徒の姿があった。

 制服姿で走るのは慣れていないのだろう、妙におぼつかない様子で校門の外に出ると急いで鞄からスマホを取り出し届いたメールを確認する。

『今日の夜十時頃に校庭に来て。話がしたい。』

文面として異常な所は見受けられないが、強いて言うなら少し待ち合わせ時刻が遅い事と送られた時間帯が丁度昼休みに当たるという事だけだ。一つ上のメッセージに目をやると既読だけが付いた

『ごめん。』

という二年前に送ったそれが送り主の心に刃渡りの長いナイフを突き刺す。


『メールじゃダメなの?』

学生の中で最も早く寮に戻った彼女はそう返事をする。だがその返事に既読の文字が付いても返事が返ってくることは無かった。

だから彼女は諦めてベッドにうつ伏せた。

早起きを基本とする彼女だが流石に就寝時間とするには、早すぎる時間帯。当然眠れるはずもなくただ時間だけが過ぎていく。スマホの画面を点けると三時二十七分。ベッドに横になって五分も経っていない。

 諦めて外で時間を潰そう。

財布と鍵とスマホを鞄に入れて彼女は外に出た。部活の無い生徒たちが丁度帰ってきた時間帯なのか多くの足音が響いている。川の流れにただ逆らう鯉のように彼女は外に出ると。見知った顔、いや見知った髪をした男が寮の入り口に立っていた。

 日本人には似つかわしくない純白の色をしており、その長さたるや腰に届くほどまで伸びている。平均的な背丈だが腕や足が如何せん細いために後姿は女性そのものだった。いや女性より女性らしいと言える。

 何をしているの。

と声を掛けようかと彼女は迷ったが、止めることにした。それはその男の淡い翡翠の眼を見ると全てを見透かされているような気がしてならなかったからだ。何せその男は彼女の笑顔が上辺だけのものだと瞬時に理解していたからだ。女心何て物はからっきしだというのにやけに鋭いのが何とも恐ろしい。

 あれ、坂城さんじゃん。

男は素通りを決め込んだ彼女に声を掛けた。ばれているのを承知で彼女は笑顔を貼り付け会話を少々たしなんだ。最後に男は彼女の肩に手を乗せて寮のエレベーターに乗っていった。


 ゲームセンターという場所に久しく彼女は行っていなかった。元来ゲームに関心が無く中学の頃二度親友と訪れたのを覚えていた。

 入ってみよう。

そう思い立ちゲームセンターの二重になっている自動ドアを潜った。入るとキンッ、と甲高い音が嫌と言う程耳に飛び込みどうして二重構造を取っているのかがすぐに分かった。

 だが、入ってみたモノのやはり楽しくはなく。彼女はゲームセンターの対角に位置している本屋に足を運んだ。多量の娯楽普及により読書離れが盛んな年代だが本屋にはそれなりに学生が居た。エロ本をニヤニヤとみている男子たち、参考書の質か値段化のどちらを取るか迷っている女子。純文学コーナーに足を運べば人の数は愕然と減る。まるでフィルターが掛かっているかのようにさえ感じられる。

 数分散策していると惹かれるタイトルがあったので彼女はそれを手にした。帯を見るとミステリーであり、彼女はすぐに会計を済ませた。

普段本は殆ど読まない彼女だが時間つぶしには最良の選択で、流れるように駅の中にあるカフェで八百七十円の本を読み始めた。


 一枚、一枚とページをめくると存外面白いモノだと感じるようになってきた。本の中でしか存在しえない机上の空論でここまで人を惹かせる作者の技量にも驚かされる。コカフェラテを二杯頼み彼女は訳四百ページにわたる本を読破することに決めた。


 会計を済ませると財布から千円が飛んでいた。一杯換算五百円と何ともぼったくりに思える値段設定だが、集中を高める為と考えれば安いのか?と疑問に思いながら店を出る。駅の時計に目を向けるともう七時を回っていた。外は暗く約束の時まで三時間を切っていた。

 この時間帯は、最終下校近くになるので当然リバーブとディレイのかかった女性の声が門限を口酸っぱく報告してくる。いつもの彼女であれば当たり前に夕食を取っている時間帯だが、彼女はそれを無視して時間潰しに興じた。

 誰も居ない公園はやはり物寂しい雰囲気を醸し出しているが、ブランコを独り占めできる良い機会だった。

 童心に帰り三十分が過ぎたところで警備システムが巡回を始め出した。補導されれば後々面倒になる。無論彼女はスパイの様に見つかるぬよう街を歩んだ。学生中心の拾九番街だからか人気の無さが尋常ではない。悪いことをしているという罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。


 だが余り気にならなかった。むしろ背徳感が増大し罪悪感(それ)を上塗りする。




普段では味わうことのできない一人の娯楽を彼女は堪能し尽くすと時計の針は約束の時間の十分前を指していた。

 そろそろ行かなきゃ。

何かに誘われるよう彼女の足は無意識に学校に進んでいく。

裏の街道から表の本道路にでる。

そのまま駅方面に向かい、左に曲がる。

突き進むと、右手側から校舎の影が湧き上がる。

 止まらなきゃ。

学校のコンクリの塀が現れる。

 帰った方が良いんじゃないの?

塀と塀の切れ目がすっと目に付きそこに吸い込まれていく感覚が身体に走る。

 止まらなきゃ。



 だが止まらない。いや止まれない。


門を通り抜けると、だだっ広い校庭が視界一杯に広がる。中央まで進むがそこに人の姿は無い。

 いたずらだったのか?なら無駄足だ帰ろう。

そう思い校門の方に振り返ると、そこに一人の人が立っていた。


 寮の入り口であった男以上に見覚えの姿が、夜の暗い地面と繋がっているかのようにそこに立っていた。人の気配じゃなかった。いや生命の気配と根本から異なる雰囲気を持っていた。まるで本来ここに居るはずの無いモノのような。


「久しぶり。千尋ちゃん。」

「.........氷、ちゃん。」


妖艶な声をしたかつての親友が坂城千尋の名を呼んだ。

「真面目な千尋ちゃんの事だから、来てくれないと思ってよ。やっぱり優しいね。」

「ど、どうしたの氷ちゃん。こんな時間を集合時間にして.....。」

「いや大切な話をするなら人目が無い方が良いかと思ってね。だからここにしたの。」

氷菓は短く、染めた髪を耳にかき上げる。

「は、話って何?」

「分かってるくせにぃ、中学の一件についてに決まってんでしょ。ねぇどうして千尋ちゃんはあんなことしたの?」

「........えっ?」

全く覚えの無い答えを求められ坂城は困惑の声と表情を同時に外に出す。

「もしかしてしらばっくれる気ぃ?感心しないなぁ。」

氷菓は少しずつ坂城の方に近付いてくる。それが恐ろしくて仕方が無かった。

「ねぇどういう事!!ちゃんと教えてよ!!!」

近付く恐怖をはねのけるための威嚇の様に声を張り上げる。だが、氷菓は近付いてくる。

「分かってるくせにぃ、あの糞どもが書いた暴言の写しを毎回私に届けてたじゃない。」

足音が大きくなるにつれ氷菓の表情は坂城の眼の中で鮮明とし、その不気味な笑顔に殺気が満ちていることに気が付き始めた。逃げろと身体に強く念じるが、蛇に睨まれた蛙かの如く動かなかった。

「............ま、待ってよ。本当に何のことだか分からないの。だからねぇお願い。待って、待って、待ってください。」

涙と鼻水の混じった懇願は、他人からすれば殆ど何を言っているのか分からない代物だった。だがそれでも無力で恐ろしい感情に支配されている坂城に取れる選択はそれしかなかった。

 無情にも乾いていた足音は、坂城の目の前で小さな水たまりを踏み最後ピタリと止んだ。涙を擦っていた手を目から外し少しずつ、瞼を開いてく。妙に輝きが鋭く目を刺してる。




「じゃあね。」



 冷徹以外の言葉を含まないそれと共に、氷菓は純手持ちしているナイフを心臓目掛けて突き刺した。月光がナイフの刃面で強く反射している。軌道は一切の無駄を省いた直線で坂城の眼には鋭く早い光が胸に飛び込んでくるよう映る。

 人は死を覚悟した瞬間走馬灯のようなものを見ると何処かで聞いたことがあったが、どうやら噓っぱちらしい。

 坂城の中にはやり場のない後悔が只怨念の様に渦巻いていた。


黒の世界に瞬間血しぶきが高く舞う。どさり、と坂城はその場で膝から崩れ落ちる。だが彼女の左胸にナイフは突き刺さっていなかった。

それよりも、舞い上がった鮮血は心臓を穿ったにしては余りに鮮少と言えた。


氷菓の視界の右端に風に靡いき、月光によって美しく輝く絹が現れる。

僅かに腕に残るむち打ちのような感覚。押し込んでも引こうにもピクリとも動かない感触。ナイフの刃先は誰かの手で覆われていて鈍く紅い。

「バカな。どうしてここに?」

「よぉ夜遊びか?俺も混ぜてくれよ。」

握っているナイフを握り砕き、祐は右膝を飛び上がる反動を用いて氷菓の水月に叩きこんだ。体は十センチは浮き、口からは粘性の高い涎を垂れ流していた。打ち込んだ膝を直ぐに戻し、浮いた体に左足の裏を体全体に押し込むように吹っ飛ばす。

 闘力を用いた上での格闘術をもろに喰らえば普通の人間であれば気絶は免れない。しかし痛がりはするものの氷菓は後ろ三メートルの位置で祐を強く睨み付けている。

「寮の門限はとっくに過ぎてるハズだぜ。橋爪氷菓さん。」

「............お生憎様、私は寮生じゃないんでねっ!!!」

「あっそう。実は俺も、ははっ。」

(生身の状態でもかなり硬いな等級肆程度だったら今ので瞬殺出来るんだけど.......ここから魔陰化すうると思うとちょっとまずいかもな。)

準備運動がてら右肩を軽く廻していると、二人目の乱入者が姿を見せる。普段の学校での格好ではなくそれは戦闘装束としての装い。黒のズボンに白のワイシャツそして黒のロングコート。

「時雨さん、そこに倒れてる坂城さんは博士の所にでも連れて行ってくれ。」

「分かりました。帰ってきた時に死んでいた、では洒落になりませんからね。」

そう言い残すと時雨は気絶している坂城を抱えて、博士の研究所まで飛来する。

「さて。実はと言うとお前には聞きたいことがそれなりに在ったから、いい機会だし少しお話でもしない?」

「目無し耳無し君と、まともな会話ができるとは思えないけどね。」

ついには完全に痛がる素振りを見せなくなり、氷菓は妖艶に笑う。

「人を殺してみてどう思った?初めて人の命を冥界に送った感想は何だ?」

「高揚したよ。私を散々無下にした人間が最後は命乞いして糞尿を垂らして死ぬ様は滑稽だったわ。」

困惑する質問を氷菓は一切の躊躇いを見せず口にした。心の本質を淡々と口に漏らしただけに見えた。

「どうやってその力を手に入れた?.........もしかして自殺した時か?」

「っ!?私の事を調べているのは知っていたけどそこまで知ってるなんて少し気持ち悪いねあんた。」


 すう。と一呼吸置き橋爪氷菓は一度空を見上げた。

 星は無い。それは消えたのではなく隠れているだけだろう。只一つの月が二人を照らしている。

「二年に入ったタイミングでプリントでのいじめが始まった。正直両親が死んで精神的に参っている時にあれは結構効いてね、無視しようとしても見てしまうあの感覚は脳と体を切り離された気分だったよ。」

氷菓はそう言いながら人差し指で額に横一文字を引く。

「だけど二学期の途中、突然その嫌がらせは後を絶って、家にプリントが届くことは無くなって全部電子になった。それから三年の四月千尋ちゃんに学校に行こうと言われて行ってみたら..........。」

その後の展開は聞かずとも知っていた祐は、とっくに昔話に飽きが回っていた。だが、悲しい面をしている彼女の顔にやけに視線を奪われていた。

「結局死のうと考えたの。だから五月の終わりに天山に潜ってそれなりの崖から飛び降りた。下からの風が吹き上がってきて髪の毛が本来なら在り得ない方向に向かっていくのがスローモーションになって見えた。」

氷菓は片方の手を握り高く掲げ、もう片方の手を受け皿の様にして胸の前で待機された。ゆっくりと掲げていた拳を下ろしていき受け手と衝突した時


 「べちょンッ!」


生々しく聞きがたい擬音を口にする。

「血が出ていたのか、骨が折れていたのか、当然死んだはずの私に分かるはずも無かったんだけど。唐突に握り拳ほどの玉が目の前に転がってきたのは鮮明に覚えている。けど生きていた目を覚ますと死んだはずの地面で横になっていたの。」


 ────どういうわけか、どこの打っていなかった。だから血も出てなければ骨も折れていなかった。しかしおかしなことに心臓も動いていなかった。

「そこで、お前は人じゃ亡くなったのか。」

「せいかーい。そこから不思議に感じてね、父のパソコンに入ってる神領域への侵犯ゴッドバイオレーションで色々調べてのそしたら湯水の様に私に答えをくれた。私は人ではないと。」

唐突に氷菓は校庭全域に届くように大声で笑い始めた。何が可笑しくて、何に笑っているのか祐には分からない。

(貼り付けだ。)

祐の眼には真偽を見破る力でも宿っているのだろうか、それが虚笑だと直ぐに分かった。

「そこからこの力を使って復讐を計画した。そこから言わなくてもあんたなら分かるでしょ?」

「まぁな。お前の為に色々走らされたんで、頭にこびりついてるよ。」

親指の先で側頭部辺りをつつきながら軽く鼻で笑う。

 同時、飛来する魔力が祐の右横に辿り着いた。

「未遂ですか。間に合って良かったです。」

ちらりと横目にすると時雨は鞘から刀身を抜いていた。

「坂城さんはどうだった?」

「気絶していたので、博士に状況だけ説明して任せてきました。」

「サンキュな。」

時雨はいつも以上に冷たく本当に表情筋が凍結しているのかと見まがうほどだった。鋭く砥がれた眼光はかつての相方を殺したモノに向けられている。

「そんなに怖い顔しないでよ霧太刀時雨さん。」

「おや、私の事をご存じで?」

「勿論知ってるよ。霧太刀時雨、現霧太刀家当主代行にして千年ぶりに蘇った二代目剣聖。そして退魔の衆神速を謳われる傑物だってね。」


 氷菓はペラペラと滞りなく女子高校生としてではない霧太刀時雨の情報を口にした。

「どうして、お前がそれを........。」

震える声でそう聞く、祐の隣で時雨は眼を元重(もとかさね)ほどまで薄めた。




次も待っとってください。

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