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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
11/23

10 瓦解した謎

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昼休み祐は逃げるように、屋上に向かった。何故か、と問われればそれは鬼川祐が坂城千尋を泣かせたという紛れもない虚偽情報が学年に一頻り届いていたからというのが正確な答えとなる。

「はぁぁぁ.........ったく、たまったもんじゃねぇ。いや確かに、やな思い出を蒸し返したのは俺だけど泣かせたってのは.........うん!断じて違う。」

瞬間加害の容疑が確定しそうになるのを、切り捨てる。

「俺は!坂城を泣かせて!無い!!!!」

「おまじないか何かですか?」誰一人としていなかったはずの屋上に祐以外の声が現出する。

「......時雨さんか。後ろから声かけられすぎてそろそろビビらなくなってきたよ。」

「?それは良かったです。しかし、探していたので手間が省けました。昨日あの後葉加瀬の研究所に暫くの間お邪魔になっていたのですが、一つ目の難題を解決してくれましたよ。」

「えっ嘘!」

一つ目の謎。つまるところ、残穢を残さずどのように出没するのかという解析不可能な事象の事。命題とも呼べるそれをたったの二日間で成し得た博士に感服しながらも、祐はその報告を眉一つ動かさず口にする時雨の方に若干の愕然とする。

「鬼川さんが言っていた、人が魔陰になるという定義が確定している世界であれば可能だと豪語していました.....虚数空間と実数空間の相互なんたらと。」

あの博士がどのようにそれを時雨に語りどのように喜び舞っていたのか、祐は手に取るように分かった。時雨の後ろの説明は恐らく気分が高揚し誰かに説明したくてたまらなくなった産物なのだろう。

「説明長かったでしょ。」にやり顔で祐はそう時雨に尋ねる。

「はい。無知であるわけではありませんが、彼女の様に専門的な知識となると流石に造詣が浅いので。ともあれ一歩前進ですね。」

薄っすらとだが時雨は確かに喜びをかみしめるように微笑む。

「そう言えば、あの後橋爪氷菓の情報は集まりましたか?」

「あぁその事ねそれなら結構な収穫があるよ。とはいっても橋爪が魔陰である要素は之と言って無かったけどな。」


 ──────祐は八田と坂城から耳にした情報を簡略的にまとめて時雨にそれを話した。

「なるほど......分かってはいましたがやはり不確定要素ですね。」

「仮に時雨さんが、橋爪の立場だったらその時に居た周りの奴らに復讐したいとか考えたりする?」

「復讐とまでは行きませんね。恐らくは橋爪の様に主犯の者には殴りかかっていたと思いますが。それが?」

「いや。それが動機になれば随分と楽に情報を整理できるかもと思っただけ。」

わざとらしく残念そうな表情を見せ祐はその場に座り込んで空を見上げた。晴天には届かずともそれなりの青空が祐を見下ろしていた。

「では逆に鬼川さんはどう思うんですか?」

「どうって?」視線を落とし時雨の顔を見上げる。

「今の私はもう随分と大人ですから高校生の感覚と言うのがいまいちまだ分かっていないので、現職高校生の鬼川さんならどう考えますか?」

投げかけた問が自身に帰ってきて初めて祐はその問いが難問であったことを知る。再び青空を見上げながら自分の中の欲望と語り合う。

 鬼川祐であればどうするかと。

「俺も時雨さんと同じかな。多分(はらわた)煮えくり返るくらい怒り心頭するだろうけど、殺しはしない。だってそいつらは殺人犯じゃないんだから。」

祐は空を見上げながら自分自身に言い聞かせるようにそう答える。

「ならば、それが答えなのではないでしょうか。」

「.....そうかもね。」

「それはそうと、坂城千尋さんに暴力を振って泣かせたというのは事実ですか?」その声は冷ややかさを含んでいる。

「そんな訳ないでしょうが。──────ってか待て、その『暴力』ってのはどこから出て来たんだ?」

「土屋さんが嬉しそうにそう皆に言いふらしていましたよ。」

死刑確定。そう祐の中にある裁判所で可決の木槌(ガベル)が音を立てた。

「(あの野郎....)」

ピキリと眉間に青筋を立てながら、寝技は不得手だからやはり打撃か?などとどのように痛めつけるかを思考する。

「そうですか。なら安心です。」

「はぁぁぁぁ.......あぁ不幸不幸。」

背中を後ろに倒しそのまま青空に包まれるように仰向けになると、良い心地に祐はなる。天山からの颪が新緑の葉の香りを連れ祐の鼻腔を通り、そして髪を揺らす。このままゆっくりと目を瞑ればそのまま深い眠りについてしまいそうにさえその風は祐を呷る。欲望に身を任せ目を瞑るとやはり眠気がぐっと祐を襲う。

(今日は早起きだったから、やっぱしまだねみぃや。このまま寝ちまおうかな)

そんな安直な考えを持ち始めると、不意に祐の瞼の裏に泣きじゃくる坂城千尋の姿が浮かぶ。こんなものを見せられたうえで熟睡を決め込める人間が居ればそれは祐以上の無神経を持った俗物だけであろう。反動を使わず上半身だけを起こして屋上のフェンスを睨み付ける。

「あれ寝ないんですか?こんなに良い天気だというのに」

「嫌な夢を見たから寝れなくなった。それにまだ、弁当食べてないしね。」

「では戻るとしましょうか。私もまだ昼食を摂っていないので。」



 教室に戻った祐の周りには、予想通りありとあらゆる観衆(やじうま)が集まっていた。大方坂城の一件だろう。その元凶たるお喋り関西人の腹に一撃を見舞い祐は悪びれる様子を見せずそのまま弁当を喉に通した。

(卵焼きの味付け.....ミスったな。しょっぺー)

寝ぼけまなこで調理していたせいで、定番の塩と砂糖を入れ違うミスをしでかしていた。

「なかなかの一撃で.......。」

「鳩尾に入れ込めばもっと素晴らしかったぞ、土屋。」睨み付けるとかではなく、最早軽蔑に近い白い眼を向ける。

「ってか土屋も人が悪いよな、幾ら祐でもそんな悪性な事はしないぞ。」

「それフォローのつもりなら口を慎めよ八田。貴様の腹もただでは済まんぞ。」

「いやぁクラスだけに広めるつもりやったが....失敬失敬。ぎゃははは」

反省の色は文字通り零に等しかった。仮に反省の意が篭められていたとしても最後の高笑いでそれは全て無に帰るだろうと祐や八田だけでなく周りの聴衆もまたそう感じた。


 断片的な情報だけで形成された鬼川祐は、無神経で問題児で髪が白くそして長く瞳が翡翠の色をしているという個性が詰め込まれ過ぎている人間なのだが。存外、此度の風評被害の波はすぐに収まった。土屋の噂がただの嘯きであった事が判明するまでそれなりに短かったのもあるが、仮の被害者である坂城千尋が祐の誤解を解いてくれた事が大きかった。

「土屋は坂城さんに感謝しろよ。」

「悪かったて鬼ちゃん。流石に俺も反省しとるよ。」と口にはするがやはり目を細めニッと笑う。

「本当かねぇ....」

「それはそうと、鬼ちゃん氷菓ちゃんについて聞きまわってるらしいな。」

「八田から聞いたのか?」

「そうやけど、それより先に千尋ちゃんから。何で泣いとったか聞いたときに教えてくれた。」

(じゃあこいつ俺が泣かしてないって知ってた上でやりやがったな.......)

「もしかしてあの鈍感な鬼ちゃんもついに春を知ったか?えぇ?」

下校中隣を歩いている土屋が肘で祐の脇腹をつつく。

「そういうのじゃねぇ。まぁ端的に言えば、単純な興味って奴だから。残念だったな。」

「はぁぁ...つまらんねぇ。」

しゃくれながら溜息を吐く土屋の横顔に少々の苛立ちを覚えながらも祐は口を開く。

「本当に問題児として俺と同じって言われてる人間がどんなもんか知りたいだけだよ。俺は別に問題児でも何でもないけど、本当の輩を知ろうと思ってな。」

「それはあれかい、問題児として更なる高みを目指してかい?」

「んなわけあるかい。」言い切るよりも早く祐はツッコミを入れる。

「ぎゃはは、そうかい。じゃあ俺はこっちやから鬼ちゃん気を付けてな。」

土屋が住まう学生寮が建ち並ぶ学区に曲がる交差点に着くと土屋は、軽い別れをしてそそくさと帰路に着く。後ろから見るその姿は刈り込んでいるすっきりとした頭髪で髪はもちろん黒そのもの。普段は何もつけていないが、授業中となると眼鏡を付けるその姿は普段の土屋とは一線を画す独特の雰囲気を醸し出している。

『鬼川君は不思議だよね。』

「坂城さん、それはどっちかつうとあいつの方が。だよ。」

自分に言われた言葉を誰に届かせるでもなくただぽつりと呟き祐は鬼川荘に足を進める。駅のホログラム掲示板に目を向けるとやはりと言うべきか無論と言うべきか怪事件被害の情報が記載されている。やはり被害地域は拾七と拾九に絞られ、そして学年は違えど高校生。

(普段の怪死体もあるだろうけど、ほとんどが俺と同世代だろうし。)

「そろそろ本格的にまずくなってきたな。」

青に切り替わった信号機のメロディーを聞き祐は、学生で形成された流れにそって歩き始めるとスマホがブーと音を立てながら震えた。通知が入った合図だった。一度渡り切りスマホを取り出すとHuukaという人物からのメッセージだった。

「宇都宮先生?あぁ連絡先交換してたっけか。えぇっと.........................。」

祐はそのメッセージを見るなり、返信の一つもせず走り出した。


『少年に頼まれてた調べ事で、伝えたいことがあるから暇な時に病院に来てくれると助かる。受付カウンターのパネルは触らなくていいから、そのまま二号棟にいるナースに声を掛けてね。』

そのメッセージと共に舌を出しグッドサインをしている猫のスタンプが送信されていた。




 天山病院は概ね三つの施設が合併して成り立っている建設物である。診察、手術、検査などを行うための一号棟。研究施設としてと医師たちの住み込み寮となっている二号棟。そして入院患者のいる三号棟。一号棟の東側に二号棟があり、西側は三号棟が並列しており一般的に二号棟に行くことは関係者以外立ち入り禁止であり。

「あぁ、君が宇都宮先生がおっしゃてた鬼川さんね。案内するわ。」

「どうも。」

仮にこの様に招待されていたとしても入棟は難しいはずなのだが、祐はその二号棟に難無く入ることが出来る。

 三年前、記憶喪失とは全く異なる類の記憶破壊は世界的に見ても症例が珍しく祐が退院すてもなお研究対象として脚を踏み入れていた事に起因する。「宇都宮先生に会いに来た。」と二号棟に居る人物に声を掛ければ簡単な話顔が通るのだ。白衣を着ていない人物が二号棟の廊下を闊歩することは当然違和感を覚えるはずなのだが、医者や看護師たちは軽快に祐に挨拶をする。

 一度廊下を右にわたり、二号棟の端まで歩き続け宇都宮と書かれた札が掛かっている部屋の前まで祐は案内される。

「じゃあ私はここまでですから。」

深々と頭を下げた看護婦に祐は反射的に頭が下がってしまう。

 その背中が小さく白い点の様に見えるまで祐は扉を叩くのを待った。別に見られてまずいことなど無いのだが、研究対象としてではなく一般人として来たことが祐をそうさせる。拳の第二関節で白の扉を叩くと、廊下が静かなこともありかなり響く。

「宇都宮先生。俺だけど、入っていいか?」

「あぁ今鍵開けるから待ってくれ。」

扉の向こうでごそごそと宇都宮が動いている音が少しずつ祐の方に近づいてくる。

鍵とは言うが厳密には英数を混合した9桁から18桁のパスキーであり、素数番街の役人の住み込み寮には全て設置されている。無論外から開けることは物理的に不可能なのだがハッキングすれば解除することが出来ると鬼川祐の担任である虎丸はいつかの授業でそう豪語していた。

「随分早いね少年。まだ五分も経ってないけど.......近くに居たのかい?」

「ちょっと用が在ってね。」

無論嘘である。拾九番街の駅から天山病院までにはどの公共交通機関を用いても十分は掛かってしまう。ではどのようにしてここまで来たのか。祐には時雨の様に何処かに瞬間移動することも出来ないので、ビルの屋上を飛び渡るという現代版忍者方式で移動を下に過ぎない。

(この時間帯は、まだ勤務中の人が多いから闘力を全開にして飛ばせば行ける行ける。)

「まぁ入ってきて。」

宇都宮の部屋は、博士の研究室と比べると天と地ほどの差があるかのようにゴミ一つ落ちていなかった。家具は新品同様に綺麗で配置も無駄がない。煙草の吸殻が数十と転がる灰皿も無ければ、飲み捨てたコーヒーの空き缶も無論存在していない。

「まぁ研究者と医者じゃあ似たり寄ったりだけど、博士も見習って欲しいもんだぜ。」

博士の元に行っては掃除をし、そしてまた訪れるとゴミ屋敷に早変わりなルーティーンをしなければならない祐は溜息をそっと吐く。

「少年はコーヒーとお茶どっちが好みかな?」

「じゃあお茶で。」

そう言うと宇都宮は手でオーケーサインを作ると台所に歩みポットで湯を沸かし始める。「そこらへんに座ってて。」と言われたが、基本座椅子生活を営み、座ったことのあるソファーは革製のおんぼろ。ブランドを知らない祐でもなおあの贋作(がんさく)とは本質が違うことは何となく理解していた。

「なぁこのソファー座っても大丈夫か?」

「ソファーは座る為にあるんだよ。そんな事を聞く道理はないと思うけどね。」

戸棚から茶葉を取り出しながら宇都宮は正論を祐に放る。一度制服の尻の辺りをはたいてから祐は腰を下ろすと、やはり柔らかさや心地よさが格段に違った。そして

(あぁ.....煙草くさくねぇ。)

これが何よりも祐は嬉しかった。



「はいこれ。熱いから気を付けてね。」

「あんがと。」

白のマグカップに入れられた熱い茶を祐は喉に少量入れる。忠告こそあったもののむせ返る程の熱量では無かった。

「それで、宇都宮先生。今回の怪死体で何か分かったことがあるんだろ。」

「あぁそう言えばその為に少年を部屋に呼んだんだったね。ちょっと待っててね。」

ソファーの傍らに置いてある国語辞典ほどの幅を有しているファイルを取り出し、そこからA4サイズの資料を二十枚ほど引き抜いた。

「これが怪死体の中で窒息死によるものを抜粋した者のリストだ。まぁ普通はこんなものお目に掛かれることは無いんだがね。」

解剖を主としている二番街の情報刻印付きの資料を受け取り祐は目を通す。

 (むくろ)の名前、出身地、経歴、生年月日に血液型そして家族構成までたった一人の死者の為に紙の半分を使う量の情報が書き記されている。一枚に二人、そしてそれが二十枚と成れば被害者の数は数えるまでも無かった。

「少年も知っているとは思うが、今回の窒息による怪死体は皆君と同年代のモノでそして十七番街と拾九番街をまたぐ学区に固定されている。」

「前例とかあったりするのか?」

「分からない。私も少し違和感を覚えたから色々調べてみたけど、怪事件の情報は二番街が牛耳っているからね。──────けど、」

「ん?けど?」

視線を資料から宇都宮に上げると、何故だかにんまりと微笑みながら彼女は茶を啜る。

「過去の事は分からずとも、その資料から一つだけ重大な事実を見つけてね........。少年は確か拾九番街第三中学出身だよね?」

「そうだけど。」

「なら少年は被害に遭う確率は無いと断言できる。」

「それはないだろ。この学区に所属してる以上俺も被害に遭う可能性は十分に──────

「無い。絶対にね。」

マグカップを下ろした宇都宮風華の顔には先程の表情は無かった。医者としてそして高い知能を持ちゆる人間としての最適な思考判断に絶対の自信を持っているからだった。しかしそれでも祐は絶対に被害に遭うことは無いと考えるのは少々無謀と言えるのもまた事実である。

「どうしてそう言い切れるから教えてくれないか。」

「ふふっ。まぁこれを教えるために今回少年をわざわざ気密性の高い私の部屋に呼んだんだけどね。」

再びマグカップを持ち緑茶を飲むというだけの行為がどういうわけか、祐の目には美しく止まった。部屋の照明がほの暗く西から降り注ぐ夕日が情緒に拍車をかけるからなのだろうか。


 「今回の被害者は皆、拾九番街第二中学の卒業生だった。」


短く端的な情報だった。だが、そこに含まれる意味は計り知れなかった。それを処理せんと祐の脳内では多量の処理が行われる。だが一つある要素がかみ合う。それはパズルの中央の最後のピースさながらだった。

 資料を一枚目の初めの人物、西野日花里。生きていれば今日が誕生日であったその少女の出身中学は云われた通り第二中。祐が言えたことではないが学生らしからぬキンキンとした髪色そして化粧にピアス。その下の人間もまた同じ属性の少女でまたしても第二中出身。二枚目の人物も、そして三枚目の人物も。もはや顔や名前ではなく出身中学だけの確認のために経歴の欄だけに視線を固定する。

 宇都宮は事前に全て確認したうえでの結論を展開して見せた。当然そこにミスは無く全ての人物が第二中学出身だった。

「そして、二日前に少年が救ったあの清廉さんにも話を聞いたけど.........。」

彼女はその先を言わなかったが、言葉にせずともその空気感や流れで理解には十分に及ぶ。

 祐は何も言わずまだそれなりに暖かい緑茶を一気に飲み干すと沈殿した渋味が下をギュッと縮こまらせる。

「宇都宮先生この資料貰っても良いか?」立ち上がりざまにそう問う。

「あぁ構わないよ。個人情報ではあるがもう既に存命していない人間の情報だしね。────そういえば、清廉さんもうすっかり良くなってるから帰りに三号棟でお見舞いして上げな。」

「あぁそうするよ。ありがとう宇都宮先生。」

ふっと微笑み祐はそそくさと資料を手にしながら二号棟の廊下を走る。病院の廊下何て学校以上に走るものではないが、患者もいないこの一号棟では恐らく仏も見逃すだろう。

 一号棟は、この時間帯相変わらずの人だった。入院患者の九割近くが学生であるためにありと見たことの無い制服の姿さえ存在している。一体どこが彼女の入院部屋のか探そうと目を凝らしたところ見たことのある背中がこちらに歩いてきた。

「鬼川じゃない。どうしたのこんな所に?」

「お前こそ.....いや清廉か。俺もあいつにちっと用事が在ってね。」

後頭部に手を当てながら乾いた笑いを浮かべる。

「そう。じゃあ。」

関りが少ないとはいえ余りに無情な別れを告げ荻野内は祐の右を抜けていった。

「なぁ荻野内。」

えらく真剣に歯切れ良く彼女の名を呼ぶと、荻野内の足はピタリと止まる。どれほど祐の事が嫌いなのかは祐の知ったところでは無いのだが流石に止まるだろと予測はしていた。

「何か?」えらく怪訝な顔をしながら彼女は振り返る。

「清廉の病室番号教えてくれんか。」

「.......201。」

ぼそっと呟いた荻野内は、仕事を終えた後の社会時の様に流れに身を任せながら進んでいった。

「あっ、何で俺の事嫌ってるのかまた聞きそびれた.....まぁ次の機会だな。」


 清廉の顔を二日ぶりに見た祐は、安心した表情を浮かべた。何せ最後に見た顔は青白く染まり口から泡を吹いている、女子高生がらしからぬものだったからだ。

「あら、あんたが私のお見舞い何て随分と珍しいこともあるのね。」

「お前俺があの時いなかったら死んでたかもしれねぇんだぞ。少しは感謝したらどうだ、別に罰はあたらんぞ。」

「ふふ。冗談よ冗談。鬼川には無論感謝してる、本当にありがとね。」

仏頂面を決め込んでいるか、鬼の形相で祐を追いかける以外の顔を見たことが無かった祐はその笑顔に少々驚いた。

「と言う俺の清廉に礼を言わなきゃいけないんだけどな。」

「ん?私何かあんたにしたっけ?」

「いや何良いモン触らしてくれてサンキュな。ってな。」

その言葉の真を理解していない清廉は首を傾げ不可解な表情を浮かべる。

「お見舞いついでにさ、少しだけ清廉に聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

祐は手にしているホチキス止めされている資料を清廉に手渡す。

「別に、構わないけど.....これ、何かしら。」

「入手元は合法だから安心してくれ。そこに居る人物について心当たりがあれば......ってどうした清廉、見知った顔でも?」

壁際に置ていある椅子をベッド当たりに置き腰を据えると、随分と清廉の表情がくもがたっていた。

「........知ってるわよ。何せこいつらはみんなある一人を虐めてた集団だしね。私たちの代なら第二中出身だったら絶対知ってるわね。」

「もしかして、そのいじめの対象って橋爪氷菓だったりするか。」

「そう。」

「けど清廉、橋爪の事をいじめ始めたのって三年生の頃からだろ。お前はとっくに卒業してたんじゃ。」

「確かに全面的にいじめが発覚したのは、私が卒業してからだけど実はその以前からあったわよ。丁度彼女が不登校になってからだけど。」

資料を捲る度に清廉の顔はみるみる険しくなる。校則を破る生徒を正す正義感を持ち合わせている彼女であり当時の虐めを無くそうと奮闘していた姿は容易に想像できた。

「二中出身じゃないあんたが、橋爪の件を知ってるってことは概要は知ってるんでしょ。だから私と当時の先生たちしか知らない情報を教えてあげる。」

(見舞いに来て正解だったな。)

「うちの中学は不登校になった生徒の所に授業ノートの写しとプリントを届けるのが決まりで、その役を受け持ったのが千尋ちゃんなの。だけど、その届けるノートの写しを取っていたのは千尋ちゃんじゃなくてこの───西野日花里。いじめの主犯だった人物。」

プレゼンテーションかのように、清廉は一番上に印字されている金髪の少女の顔写真を軽く叩き祐に見せる。

「?何でそいつはわざわざノートの写し何て面倒な役職を受け持ったんだ?橋爪の事は嫌いだったんだろ。」

「一般的な思考だったらそう思うわね。無論当時の教師たちもその異変には気付いていたんだけど一々詮索するほどではなかったから。まぁ悪知恵が働いたんでしょうね、端折って言えばその写しには悪口が書かれてたの。死ね、とか学校戻ってくんな、とかまぁ有象無象とね。」


 そこからの話は聞いていて気分の良いモノでは当然なかった。坂城はそれに気づくことなく半年近くが過ぎ、たまたま坂城が欠席した日に担当した生徒の証言で判明したという。生徒指導や担任、そして風紀委員長として清廉が加わりその一件は大事となる。では何故これほどの大事を坂城と八田は口にしなかったのか。答えはいたって単純な話であり評価を落とさんとする学校運営人の方針だった。


「いじめる野郎も随分な事だけど、それを見過ごす先公もまた大層なご身分なことで。」

「公立中学何て所詮そんなもんよ。」

憤りを通り越し呆れるように清廉は、嘲笑して見せる。

「まっ何にしても中々興味深い話してくれてあんがとな。あとどれくらいで退院するんだ清廉は。」

「明後日には学校に復帰できるわね。今日は一応病人だから見過ごしてるけど、次に会った時は覚悟しておきなさい鬼川。」

「はいはい、肝に銘じておきますよっ。と、そうだ清廉。最後にもう一個だけ聞きたいことがあるんだけど。」立ち上がり清廉を見下ろす形でそう尋ねる。

「構わないけど。」

「知ってる範囲で良いんだけど、橋爪をいじめた奴らってこの資料にいる人物で全部か?」

「ええ。まっ、裏でやっていた人も居たでしょうから全部かどうかは分からないけど。」

「そっか。じゃあな清廉早く体調治せよ。お前が居ないと後輩たちが不安がってるから。」

そう言い残して祐は病室を出た。時間にして二十分も居なかったはずだが、随分と長い事時間を過ごしたような気が祐の中でしていた。



 三号棟の自動ドアから外に出ると、早いものでもう影が身長を超すほど長く伸びていた。

「後は、人が魔陰になることが出来ると証明できれば...........ん?スマホが震えてる。」

ポケットから取り出してみると、Shigure からの着信と書かれた画面が表示されていた。メールでのやり取りしか行ってこなかった祐からすれば未知の画面に慌てふためく。

「えっと、これってどうやって出るんだ?病院の人に聞く。いや駄目だ病院は携帯電話禁止だった。えぇっと、えぇっと..........。」

白い長髪を結び、どういう訳か制服を身に着け挙動不審にあたりを見回している人間に声を掛ける心優しい人間なんて居るはずもなく皆祐を横目にスルーしていく。

「えぇえいこうなったら。よしあのスーツの男性に聞くか。すいませーーーーーん!!!!」

不幸にも祐の前を通り過ぎていった営業終わりのサラリーマンに大声で駆け寄る。諦めたのかそれとも身がすくみ身動きが取れなかったのかはさておき、男はピタリとその場で固まり祐を見つめている。

「すみません、お忙しの所だと思うんですけどこの電話の出方教えてもらっても良いですか!?」

「...............はい?」

糸の様に細かった目を男は、かっぴらいた。これが昭和初期頃に生まれたご老人からの問いであればこの男もこんな反応は見せないだろう。

「これってどうやれば出れるか教えてください。ってかそれだけでいいんで。」

「..........その下のボタンを右にスライドするだけ、ですね。」

ふざけている訳でなくいたって真剣に祐が問い詰めるもんだから男は動揺しながら当然のことを言語化して説明する。

「すらいど.....こうか。あっ出れた!!お兄さんありがとうございます。───もしもし時雨さんか?」

(初めてスマホ触ったのかな.....珍しい子供だな。それにしても綺麗な髪だな。)

去り際、祐に対してそんな感想を抱いた男はネクタイを緩めて駅に向かって歩き出した。

『もしもし鬼川さんですか。今すぐに葉加瀬の所に来ていただいてもよろしいですか?』

『分かった。俺もそっちに向かおうとしてたから丁度良かったよ。何か分かったの?』

『はい。電話で長話も何ですから本質だけを言いますと.........不可能は可能だったという事が判明しました。』












そろそろ零編も終盤に差し掛かって来ましたのでこれからも待っていてください。

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