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退魔の英雄  作者: 明太子
零之魔陰
10/23

9 氷菓と怪事件

いいね感想お待ちしております。

「橋爪ってさ、祐に似てんだよ。」

麦茶を飲み干した八田が、唐突な価値観を口にする。当然「何処が?どのあたりが?」とツッコミを入れたくなった祐だが、一度堪えることにして八田の話に耳を傾けた。

「別に容姿がとかじゃなくて、何と言うか.....考え方がかなり似ていてさ。橋爪も祐と同じで怪事件ってニュースに対して然して興味がなさそうだったから。」

不意に五月末、ゲーセンの入り口付近で発した八田の言葉を祐は思い出す。

「興味が無かったというか、その事象そのものを嫌ってた。って方が合ってるかも。」

「嫌ってた?」

祐はそっと眉を顰める。犯人不明の殺傷事件に対して好感を持つ人間が居ればそれはそれで問題があるのだが、明確な敵意を持つこともまた問題なのではと祐は感じた。

「自分に対して無関係なモノ。まぁ言えばどうでも良いモノを世界中がはやし立ててるのが嫌いだったんじゃないか?それにあいつの父親は弐番街で働くエリート研究員だったから余計なのかもな?」

「父親が働いてるんだろ?それじゃあ自分に対して無関係で居られるはずがねぇ。」

「それは俺も思ったよ。聞いた話だと橋爪の父親は滅多に家に帰らなかったらしいから、一種のヤキモチなのかもな....」

「そうか.......まぁ一旦それは置いといて当時の事件の事を教えてくれ。」

「あぁそうだったな。えぇっと──────」

八田からすればその事件は4年も前の事であるからか、当時の風景を思い出すように天井を見上げている。

「二学期の中間試験が終わって、テスト返却日の次の日。だから10月の2日か3のどっちかだと思うけど、その朝方両親共々庭で惨殺されてたらしい。」

「同じ家に住んでたのに橋爪氷菓だけは無事だったのか?」

「身体的には無事だったらしいけど、精神的にかなりの重傷を負ったのは間違いないな。何せ両親の死体の一部.....確か頭部だっけか?の第一発見者だし正常な精神で居られないのも納得だろ。」

(惨殺って事は今回の魔陰とは殺害方法が根本から違う。恐らくは魔力切れを起こしかけている等級の低い個体の殺傷何だろうけど.....何でわざわざ橋爪だけは狙わなかったんだ?)

通常の人とは全く違う視点で、その事件の謎を考えるが。やはり祐のみでは力不足過ぎることを重々思い知る。

「?どうしたんだ、いきなり固まって。うんこか?」

「えっ。あぁ違う違う、ちょっと考え事を。それでそのあと橋爪の周辺でなんか変わったこととか起きなかったか?」

「変わったことか......まぁ一つは橋爪が不登校になったって事かな。あれだけの優等生が学校に来なくなったのはそれなりに中学で話題になったからな。」

「今ぐらいの頻度で登校してたのか?」

その問いが愚問であるかのように八田は大袈裟な首振りをしてから祐に向き変える。

「いぃや。全く登校しなくなった。その事件から三年の4月頭まで一度も......まぁその一度の後もまた不登校期間に入ったんだけどなぁ。」

「その登校した日はなんか特別な日程だったりするのか?」

「それも違う。普通の授業日、確か坂城に誘われて学校に来たんじゃなかったっけか。」

不意に全く関連性の無い坂城千尋の名が浮かんだことに、瞬間祐は反応を見せる。

(そう言えば、坂城も八田と同じ中学出身か。それなりに仲が良かったのか?)

「さっき精神的にダメージを負ったって言ったけど、俺的にはこの日の方があいつに対して会心の一撃を決め込んだんじゃねぇかなって思うんだよな。」

「もったいぶってねぇで一気に教えてくれよ。」歯がゆく感じ始め祐は少々声を荒げる。

「今でも鮮明に覚えてるけど、当時一応置いてあった橋爪の席に大量の悪口が書かれてたんだ。それも丁寧に机の上から椅子の面までびっしりと、もともと完璧美少女な橋爪に恨みを覚えている女子は結構いてな。橋爪の復帰を聞きつけてやったらしいけど。」

吐き気を催すような愚行だというのに八田はいつもの詭弁を絶やさずに口にする。書かれていた内容は、聞かずとも祐は容易に理解が出来た。

(死ね。やら何なら有象無象の悪口が量産されてたって感じか。ドラマとかでよく目にするけど。実際そんなあほなことする人間って居るんだな。)

空想の創作の中でしか存在しない悪戯が自身が目覚める以前に起きていた事に驚きながらも八田の話を聞き続ける。

「まぁあんなのを見たんだ。当たり前に橋爪は動転してな、それを計画した首謀者に殴りかかって病院送りにしちまったんだ。それと同時に謹慎処分を受けて橋爪はそのあと一回の学校に来なくなった。とまぁ、俺が知ってる橋爪の情報ってのはこんくらいだな」

断片的な情報の連続ではあるが、おおよその彼女の遍歴を知り祐はゆっくりと立ち上がった。

「あんがとな気の優れない掃き溜めみたいな話してくれて。そろそろ出ないと警官システムにとっ捕まるし。」

「あれ?泊っていくんだと思ったけど帰るのか。」

「世話になるのも申し訳ないしな。」

「なーんだ。久しぶりに恋バナにでも花を咲かせようと思ったんだけど。残念残念。───よっと。」

祐を見送ろうと八田も立ち上がる途中で「おめーは女子か。」と八田の言動に祐はツッコミを入れる、それを待ってましたと言わんばかりに八田はにししと微笑む。

 短い廊下を渡り、玄関でスニーカーに足を通す。目覚めた当時から使い続けているせいでそろそろガタが来ており、靴底の滑り止め効果が失われている。

「それじゃあ明日な。」

「おう!」

扉の取っ手に祐が手を掛けると、突然背後で八田「あっ!!」と大声を出す。狭い空間でその音は反射し木霊を残す。

「脅かすんじゃねぇ!バカッ。あぁぁ...心臓に悪い。」両肩をすくめ振り返りざまに八田の頭をはたき、躍動を始める心臓をなだめようと胸にそっと手を乗せる。

「もし橋爪の事でもっと知りたいことが在ったら、坂城に聞くといいぞ。あいつは橋爪の唯一無二の親友だったから。」





 翌日早朝祐は本来の登校時間よりも一時間以上早く家を出た。仮に日直があったとしてもこれほど早く出ることはないし、出かける必要もないが祐のこの意味なさげな行動にはそれなりの意味を含んでいた。祐の教室に一番早く来る生徒はだれかと、クラスメイト全員に聞けば口をそろえてある人間の名前を口にする。

 それが坂城千尋と呼ばれている生徒である。

学校の校門を潜ったのは七時、始業の時間から一時間半も前の時間帯であり通常運航の鬼川祐であれば未だ夢の中に居るはずの時間帯。上履きがびっしりと置かれている靴箱には異分子の様に置かれている靴が下駄箱に差し込まれていた。名札には『坂城』の文字が刻まれている。

「毎朝この時間帯に来てんのか坂城さんは。随分な物好きっぷりだな.....」

坂城の行動に首を傾げつつ、階段を上り祐の所属する4組の教室の戸を開くと祐の隣の席にやはり彼女は座っていた。イヤホンジャックを耳に装着し、ノートを広げ夢中になって勉強にのめり込んでいる彼女の姿が開扉(かいひ)一番に飛び込んでくる。

(朝から勉強ねぇ。)

かなりの音量で音楽を聴いているのか、それともノイズキャンセリングの性能が高く開扉音に気付いてのかはさておき、坂城は祐の存在を認知していないという事は確かなようだった。扉を閉め弁当箱しか入っていない空虚なバッグを机に掛け自席に座り、祐は坂城の方に頬杖を突きながら見つめる。だがしかし如何せん彼女はその手元と耳元の神経を集中させているせいか祐の存在に未だ気づいていない。

「集中力もここまで来ると、ある意味病気だなこりゃ。」

 はぁぁぁ......

やれやれと溜息を軽く吐き捨て、祐は坂城の肩を人差し指で軽く突く。柔らかな肌感が夏服の布地を通して祐の触角を刺激する。


 普段誰もいないはずの学校で、突然肩をつつかれた人間はどのような反応を見せるでしょうか。という問いが仮に祐の前に舞い降りたとしよう、恐らく今の坂城千尋の仕草表情を一字一句的確に述べれば満点は愚かプラスαの点数さえもらえるだろう。


「キャッ!んえっ何々ぃ!!!!うわっうわっ!!きゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

と慌てふためきながら祐の方に振り返るが、左側に体重を掛け過ぎていたせいだろうがそのまま椅子ごと祐の向かい側にひっくり返っていった。座面にふくらはぎがかかっているおかげなのか、せいなのかはともなく彼女の純黒の下着が祐の視界に飛び込んでくる。

 まずいことをしてしまったなと思いつつも、良いもんを見れたなと言う二つの相反する感情が祐の中で渦巻かれる。

「早起きは三文の徳。うん、先人の知恵は偉大なりってやつだな。」

目を瞑り合掌を決め込んでいるとひっくり返っていた坂城が祐に声を荒げながら問いかける。

「ど、どどどどどどどどどどうして鬼川君がこ、こここに!?」

「一応俺の教室でもあるんだから、別にそんなに慌てふためくことでもないでしょ。」

「あっそ、そうじゃなくて。何でこんな早くに居るのって聞きたかったの。」

「.................。」

祐は黙ったままひっくり返っている坂城を見続ける。とはいっても見ているのは顔ではなくパンツの方なのだが。

「な、何よ?」

「別に。その格好だと黒のパンツが良く見えるなって思っただけ。」

「ぱ、パンツ?」

パンツと言う単語を耳にして漸く、今自身がどのような醜態を晒しているのかを理解した彼女の顔はみるみる赤くなる。そして光の速さで立ち上がると激しく足音を鳴らしながら祐に近づき──────



 スパンッ!!!!.......

二人以外誰もいないであろう校舎に、綺麗なビンタの音が響き渡る。どういう訳か祐の周りの女は皆ビンタを得意技としている様だ。




「女子のパンツが見えてるなら、普通目線を逸らして見えなかった振りをするのが定石でしょ!!!」

「それもう何回も聞いたから大丈夫だよ。」

未だ血の味がする左頬をさすりながら祐は愛想笑いを浮かべる。

「鬼川君はそういう系統に点で無関心かと思ってたけど、やっぱり男は(けだもの)ね!」

「悪かたって。....ってかそっち系統って何?」

別に冷やかしている訳でも、ふざけている訳でもなく祐は只坂城の言った言葉の意味を本気で理解していないからこそその言葉を口にした。首を傾げ口をぽかんと開けつつそして目には一点の曇りなき眼を浮かべている。

「はぁぁぁ.....何でもないよ。やっぱり鬼川君ってよくわかんないね。」

「はい?」

「それはそうとして、何で遅刻癖のある鬼川君がこんな早くに教室に居るの?別に自習なんて高尚な事するつもりじゃないでしょ?」

「あぁその事なんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあったから、早めに学校に来ただけ。」

「聞きたい事?そんなことだったら私達隣の席同士なんだし、別にいつでも良かったんじゃないの?」

「それじゃあダメなんだ。俺と坂城さんの二人しかいないときにしか聞けない話なんだ。」

「え?」

普段溜息と居眠りと赤点のみで構成されている鬼川祐の目に真剣の二文字が刻まれているのを見て、坂城の心臓は反応を示す。

(あれ、もしかして。こ、ここ告白?いや女子に対して興味のきの字もない鬼川君がそんな事....それに鬼川君にはあの美しい転校生の連れが居るんだからそんな事は有り得ないはず!!!!多分。)

坂城は自分にそっち路線の話ではないと言い聞かせている間に、祐は坂城に顔を近づける。

(普段横顔しか見た事なかったけど、鬼川君の正面顔ってこんな美形だったの!?いやまぁ横顔があんだけ綺麗な当たり前か。ってか顔近い....。)

動悸が激しくなり、心臓が高鳴り、顔が紅潮する。だがそんなことはお構いなしに顔を近づけ、そして両肩に手を乗せる。

「ひゃうっ!」

何とも情けない驚声を上げて祐を見つめる。

「ん?どうした坂城さん、顔が真っ赤だぜ。熱があるんなら保健室行くか?」

「..............はい?」

坂城の中で広がっていた良いムードは祐の頓智気(とんちき)な一言で無に帰した。

 同時、鬼川祐にとって女性の繊細な気持ちなど理解の及ぶところではない。という当たり前の既存の事実を坂城は再び重々理解する。

「......やっぱり鬼川君って不思議な存在ね。別に熱何て無いから聞きたいことがあるならさっさと聞いていいよ。」

「そうか?じゃあ単刀直入に聞かせてもらうけど。──────


 ─────橋爪氷菓の一件を教えてほしんだ。あいつの唯一無二の親友として。」

祐は坂城千尋という人間のことを大して理解していなかった。いやそれよりも、大切な友達が不幸に遭った人間の心の持ちようというモノを理解していなかった。だからこそだろう

「何で、そんな事が聞きたいの?」

冷たくそして棘を帯びた一言が返ってきた。

 当然だ。

 この状況的に坂城の視点では、祐の行動はその不幸を冷やかしているようにしか見て取れない。この様に腹を立て祐を言葉と共に睨みつけるのはやはりどうあがいても当然としか言いようがなかった。

「もし。もし仮に、冷やかしだと思っているなら誠心誠意をもって謝るよ。でも、俺の目を見て巫山戯てるよう見えないなら教えてくれないか。」

持っていた彼女の両肩から手を退かし、祐は自身を睨み付けている目を只冷静に誠意を篭めた(まなこ)で見つめ返す。

「..............ははっ。やっぱり、鬼川君って不思議な人。」

緊張の目をほぐし坂城は、呟くようにかつての光景を口にし始めた。








 第二中学校。正式的な名称を取るのであれば、拾九番街第二中学校。その学区に住んでいる学生であれば義務教育として通う事となる中学。

 

 そして同時に、惨憺たる悲劇が起きた現場でもある。


この学校には橋爪氷菓と言う一人の女子生徒が居た。成績優秀であり運動が得意であり真面目で面倒見も良く、オマケに顔が良いと。言うなれば完璧な生徒が在籍していた。彼女はその顔と性格もありきで男子からは異性としての女子からは同性としての好意が集められていた。

「もし良かったら俺と付き合ってください。」

なんてベタな告白を受けることもざらにあったという。しかし、彼女はお決まりの文句でそれを全て却下したらしい。

「その気持ちは嬉しいけど、私には好きな人が居るの。」

確かに相手を傷つけず、そして告白を無に帰するという点においてこれ以上の返答は中学生程度の頭脳であれば早々発掘されないだろう。だが断られた男の中には浅ましく少々性根が腐っている輩もおり。彼女の言う好きな人を糾弾することを始めた。

 初めはクラスの人気者、学力が高い生徒、背が高い生徒、二枚目な生徒。と言った具合に彼女に何かしらの点で釣り合いが取れる生徒を片っ端から標的にし始める。その中には、小学生の頃から全国的に優秀な水泳選手である八田弘明も含まれていた。

「橋爪?あぁダメダメ。あんなお子ちゃま体形は俺の範囲外。あれでボンキュッボンなら俺も喰い付いてたかもな。」

などとこの頃から既に馬脚を露していた八田の感性を聞き、大した事はしてこなかった。実際は中学生離れしている体躯を見てその糾弾者たちがビビったからなのだろう。


 当然断る為だけに紡がれた言の葉など(ほど)くのは容易であり。二週間もすれば糾弾の作業も幕を下ろしていた。無論彼女の口にしていた空想上の男子などこの学校にはいなかったのだから。

 とは言えども、橋爪氷菓という人間の評判は盤石なモノでこの程度の事では崩れるは愚か揺れる事さえなかった。


 夏の青葉が色を変え始める時期、学生にとっては落胆の溜息でしかない二学期中間試験。教科数は高校と比べ遥かに少なく、そして教育的なレベルも遥かに低いのだが当時それを受けている中学一年生にとってはそんな事は蚊帳の外状態である。

 どういう訳かこの回の数学のテストは異常な程に難しく、満点何て物は遠い理想郷で八十を超える事さえ至難を極めた。

「だが、そんな中でも今回橋爪だけが九十点代に入っていた。本当におめでとう。」

当時の担任が彼女を名指しして褒めたたえた。担任がこの中に九十点代が居ると口にしたとき既に橋爪氷菓であることは確定してた為にクラスからの称賛の拍手は案外まばらなであった。

 だというのに、それを疎らに感じさせない一際目立った拍手が在った。八田はその発生元が自身の右隣であった為にちらりと視線を送ると。坂城千尋がそこに座っていたという。坂城と橋爪は小学校時代からの仲であり互いを本当の意味で分かり合える程の関係地を築いていた。

 91と左上の点数欄に数字が刻まれたその答案用紙を手にする橋爪が横を通った際、坂城は自分の事かの様に

「流石だね、氷ちゃん!」

と嬉々として口にした。それを耳にして橋爪は満面の笑みと共にその答案用紙を見せつける。



「やっぱ氷ちゃんは凄いね。頭もいいし優しいし、何たって可愛いんだから!」

「それを言うなら千尋ちゃんもでしょ。べっぴんさんに褒められたって嬉しくとも何ともないんだから。」

「私は美しいでしょ。氷ちゃんは可愛い全然方向性が違うよ!」

「はいはい。そうですかー」

「それはそうと氷ちゃん、明日暇だったりする?どっか遊びに行こうかなって思ったけど。」

代り映えの無い平凡的な帰り道に唐突に坂城が話のタネを撒く。学生としてはごく一般的なタネであることに変わりは無いが、坂城が橋爪を遊びに誘うことはそれなりに珍しい事ではあった。

「明日は特段予定も無いし、一緒に出掛けよっか。」返事は思いの外軽かった。

 学校生活や、その他趣味などの話に花を咲かせていると二人の別れる十字路まで進んでいた。

「それじゃあ詳細はメールするね。」


 それが、橋爪氷菓として最後の言葉だった




 橋爪は、祐や八田そして土屋の様に一人暮らしをしていない。基本的に学生の多い拾三から拾九までの番街で生活をしている学生の九割以上は寮生活を営んでいる。そうすることで本来は金のかかる教育費を素数番街が代わり建てしてくれるからだ。高校から寮生活をすればよい考える親もいるにはいるが、やはり早めに慣れておいて欲しいと考える親が多く中学に上がるタイミングで寮に預ける方が圧倒的多数と言えた。

 この街には似つかわしくない木造住宅の門をくぐり戸の鍵をガチャリと開ける。

「ただいま。」

と橋爪が家に向かって声を掛けるが、返答はない。だがそこに橋爪は違和感を覚えなかった。

何せ彼女の両親は共々働きに出ている。逆に「おかえり」の一言が返ってきたらそちらの方が恐怖じみた違和感を覚えるだろう。

 階段を上り自室扉に入り、そのままの勢いでベッドにダイブする。その空中姿勢の状態で学校の鞄を机の脚に向かって放り投げる。底に入れていた金属製の弁当箱が脚の角とぶつかり

 がゴンッ!!

とそれなりの音を鳴らす。

「はぁぁ──────。ホンッと、良い子ちゃん振るのも楽じゃないわね。」

制服のネクタイを外しそれをベッドのすぐそばに捨て置く。このように乱雑に物を扱うせいで彼女の部屋は学校生活からは考えられない程に汚い様をしていた。

「勉強なんて別に好きでやってるわけじゃないってのに、教師ときたら何がおめでとうよ。ホントあほらしい。点数を取るのは文句を言われるのが嫌だからに決まってるじゃない。」

社交仮面(ペルソナ)を剥ぎ取った橋爪は、学校で溜まったストレスをそのまま枕に吐き捨てる。そんなモノで自身の苛立ちが解消されるわけではないと分かっていながらも橋爪はその愚鈍な行為を繰り返す。

 そんな中突如ポケットに入れていたスマホに通知が入る。言葉と同時に叩きこんでいた拳を止め、スマホを取り出す。メールの送り主は坂城千尋だった。

「あぁ千尋ちゃんか。そっか明日は遊びに行くって約束してたわね......。」

メールの文章は、おしゃべりな坂城が書いたとは思い難い程に簡潔にそして丁寧に書かれていた。行きたい候補や自身が遊ぶことのできる金額そして時間帯、などなど。


『最近拾一番街で、美味しいカフェが出来たらしいからそれも行きたいのよね。』

『それじゃあ拾三番街である程度買物を終えた後に行こっか。』

『ok。じゃあ明日10時、駅で。』


一切の無駄を省いたメールのやりとりを物の数秒で終わらせると、橋爪は一階に降りていった。

「千尋ちゃんは、こういう時に手短に終わらせてくれるから助かるのよね。」

坂城の評価をぶつくさと口にしながら洗面台に向かい手を洗い、うがいをする。リビングに行くと、テレビ台の前にポツリと置かれている菓子籠から煎餅を一枚取り出しそのままソファーにふんぞり返る。

「点けて。」

テレビに向かいそう一言放つと、黒い画面が光り出しニュースが流れ始める。今朝から昼下りにかけてのニュースをキャスターがテレビの向こうで口にしている。

『──────そして、たった今速報が入りました。三番街にて怪死体が七つ程川辺に遺棄されているとの事です。──────』

「はぁぁ......また怪事件?こんな有象無象のニュース何て逐一流す必要なんてないでしょ。」

橋爪氷菓は怪事件とされるモノが好きではなかった。いや、好き。何て人間が居ればそれはそれで問題ありなのだが橋爪の嫌いは通常のベクトルとはほんの少しだけ異なっていた。不謹慎なモノが苦手嫌いと言うのではなく、自身に関係ない事を社会現象にまで仕立て上げている事が嫌いだったのだ。

 要するに無関心から来る嫌気というモノなのだ。

「テレビ点けて早々、何でこんなものを見なくちゃいけないの?昨日録画しておいたドラマでもみーよう。────録画リスト」

その声に反応するようにテレビはニュースから録画リストに切り替わる。

 リモコンレスにより声操作を組み込んでいる家電製品は増えている素数番街だが、それを家庭内に普及している世帯はそこまで多くなく橋爪は希少な存在と言えた。





 取り出めていたドラマを一通り見終えると、菓子籠に在ったはずの煎餅が全て無くなっていた。何時になったのだろうかとスマホの画面を点けるともう19時を回っていた。

「そろそろお母さんが返ってくる時間帯だし炊飯器の準備でもしておこうかな。」

重たい腰を上げながら、キッチンに向かう。しかし、準備と言えども大したことは一切せず無洗米を炊飯器の釜に3カップ入れ水を釜の3の線に合わせて入れるだけ。工程にして凡そ20秒もかけずにそれを終わらせ炊飯のスイッチを押す。他に何かしらの準備をしておいても良いのだが、それ以上何かをするのは面倒の一言に尽きるので橋爪はそのまま階段を上った。

 部屋に戻りこなさなければならない学校の課題を溜息交じりに終わらせていると、玄関ドアがガチャリと音を立てる。両親のどちらかが帰宅したのだろうと思いながらもシャーペンをノートの上に走らせる。

「........今度からは数学の低いクラスに希望入れといた方がいいわね。テスト終わりだってのに何でこんな面倒な課題に興じなきゃいけないのかしら。」

机の隅に置いてあるヘッドホンを装着し、右側のボタンを押すと本体にインストールした楽曲が流れ始める。スマホと接続して、アプリを開いて、流す。という過程を一撃で短縮させられるという点で橋爪はこの白いヘッドホンを愛用していた。音楽を聴きながら勉強すると効率が悪いと言われているが、宿題と言う只の作業であれば問題ないという彼女ならではのルールにのっとり問題を裁き続ける。

 粗方宿題を終え、学校内での良い子としての社交仮面の為に粗方の予習を済ませ、橋爪はヘッドホンを首にかけたまま階段を下りる。テレビの声ではなく、二人の団欒とした会話がリビングで響いている。どうやら母親だけでなく父親も帰ってきているのだろう。

「お父さんも帰ってきてるんだ.......。ふふっ」

普段研究漬けで殆ど家に帰ってこない父の帰宅に口角を上げながら、リビングに降りると台所には、母がソファーには父親が腰を据えていた。

「二人とも、おかえりなさい。」橋爪は、にこやかな表情を惜しみなく添える。

「うんただいまただいまぁ。炊飯器の準備ありがとね今日はお父さんも帰ってきたから3カップでちょうどよかったわ。」

母親はそう口にしながら、慣れた手付きでフライパンを扱っている。父はと言うとテレビを見ながら小さく「あぁただいま。」とつぶやくように返事を返した。


 一般家庭より少しだけ遅い夕食時を三人で過ごすのは、二週間ぶりであり口にはしないが仕草仕草から橋爪の喜びが溢れ出ていた。しかしそんな中父親が付けていたニュース番組で怪事件で亡くなった7人の報道がされていたという事実だけが、無性に彼女を腹立たせる。

「物騒ね、今回はバーベキューしに行った集団がそのままでしょ....ホント何があるか分からない世の中ね。」

「そうだな.....。」

だがしかし、こんなものなんか見たくない。と子供じみた発言を橋爪は出来なかった。何せ父親はその怪事件の研究を営んでいる科学者なのだから。

「(........怪事件何てばっか見たい。)」

出来るだけ小さく口にしていた言葉だったが、気持ちが乗るとやはり思っている以上の音量になってしまい対面に座る父の耳にそれが届いた刹那。食卓がドンッと揺れる。

 橋爪の父が硬く握った拳を食卓に叩きつけたからだ。

「氷菓、世界中を危険に晒している事件で。人が死ぬ一件を莫迦みたいだと!?その被害に遭った人間の気持ちを考えたことがあるのか?」

やけに冷たい父の言葉を受け橋爪は腹が煮えくり返る程苛立ちを覚え始める。

「だってあんなの事故みたいなものじゃない。誰が殺したかも分からないのに地球規模で大げさに騒ぎ立てて、何処がバカじゃないっていうのよ!!!!」

「病的な死でなく、殺傷による死。それは事故なんてぬるい言葉で統括してはならないと、小さい頃に教えたはずだが!私の娘だというのにそんな些細なことも理解できないのか!!!!」

「──────ッ!!!」

煮えくり返ったそれは、真珠のような涙と成り橋爪の頬を伝う。怒鳴られたことに対して泣いてしまったのではなく、好きで尊敬に止まない自身の父から放たれる『私の娘だというのに』という言の刃(ことのは)の威力の一撃に当てられたからだ。

 号哭の衝動に駆られながらも、そんな陵辱的姿を晒したくないという橋爪のプライドが彼女の足を自室へと向かわした。

「氷ちゃん!」

と、呼び止める母の声は無論橋爪の耳には及んでいなかった。

 自室のベッドに飛び込み、枕に顔をうずめむせ返る感情を吐き捨てるように泣きじゃくる。だが、ストレスのはけ口としていたその枕はそれを受け止めるには余りに柔らかくなり過ぎていた。




 目をゆっくりと開けると頭の先から光が差し込んでいる事に橋爪は気が付いた。どうやら泣き疲れそのまま不貞寝していたらしいと。

「あれ今何時......あっ確か千尋ちゃんと遊ぶ約束してたっけ。」

勢いよく飛び起き、勉強机に置いてある時計を見るとまだ朝8時であり予定まで二時間弱の猶予があり自動的に安堵の溜息が口から洩れる。

「昨日あれだけ、泣いたし相当瞼とか腫れてるんだろうな.......」

階段を降り洗面台に向かおうとするが、その道中人の気配一つ感じ取れなかった。基本的に働きに出ている二人ではあるが、今日は土曜日父親は兎も角母親は休日なはずでありおかしいと思いつつも橋爪は洗面台に向かう。

 案の定目は腫れており、涎の後がびっしりと残っていた。単純に汚いなと思いながら橋爪は顔を水で洗い流し、タオルで水滴を拭い落とすがまだいつもの美貌は野暮ったい皮膚の下に隠れている。部屋に戻ろうとリビングを通るが、やはり両親の姿は見て取れない。

「買い物にでも行ったのかな?後で連絡してみようか.......な?」

腫れた瞼の下にいる目が捉えたのは、揺れ動くカーテンの裾だった。

(二人とも出かけてないのかな?それとも単なる不用心?)

何にせよ、知らない人が入ってくる可能性を鑑み橋爪は窓際に向かいカーテンを端に寄せると朝日と同時に庭の風景が目に飛び込む。





  「..................................................えっ?」



だが、視界に飛び込んできたのは平穏な日常の一片だけでなく。自分の両親の血塗れの頭部という地獄の底のような光景も無慈悲に飛び込んできた。膝と腰が砕けそのままフローリングに溶け込んでしまうかのような錯覚に陥りながら、両親の頭部を見つめる。

 橋爪は叫ぶことも泣くことも無く、その場に座り込みただ純粋に茫然としていた。

『自分に関わりの無いモノ』という定義に属していたその怪事件は一夜にして最愛の二人を攫って行く。それがどれ程の苦しみと痛みを与えたのか、などと他人の知る由もなく橋爪は約束の時間過ぎてもそこで座り込んでいた。







「連絡しても全然でないから、試しに氷ちゃんの家に行ってみたら血生臭い.....あのお魚屋さんの前みたいな異臭が漂っててね。それで庭に回ったら........。」

「...............。」

「その後警備システムに通報してそれで、その日は私と氷ちゃんは二人で取調室で事情聴取を受けたんだけど。その時氷ちゃん文字通り魂が抜けたもぬけの殻状態で、返答は愚か聞こえてるのかどうかも分からない感じだったし。」

想像力の乏しい祐だが、昨日清廉の両親の姿を思い出しながら自己補完を済ませる。

「結局怪事件として取り扱われたんだけどね、その一件は。」

「その一件は?」

「そうなんだよ。実はこの後に起きた事の方が結構問題でね......不登校になった氷ちゃんにプリントとか渡してたが私だったんだけど、中学三年に上がる前辺りから学校に行かないかって誘ってたんだけど、中々首を縦に振ってくれなくてね。結局四月までかかって漸く登校させるに至ったんだ。──────

「だが、学校に着いてみれば橋爪の席は悪口の自由帳だったと。」

「知ってたの?」先回りして祐がその後の展開を口にすると、坂城は目を見開きながらそう口にする。

「少しだけ八田に聞いたんだ。坂城さんに聞いてるのはあいつのご助言でね。それで橋爪は主犯格をボコボコにして停学処分になったて聞いたけど。」

「うん。─────けど、悪いのは私なの。」

俯きながら坂城は祐の思ってもみない事を口にする。どういう経緯でその言葉が巡ってくるのか不思議に感じるほどに祐はその言葉に違和感を覚える。

「どうして?別に坂城さんは橋爪の席に落書きしたわけじゃないんだろ?」

「──────おかしいと思わない鬼川君。不登校だった生徒が突然登校したってのに虐めっ子達はどうして周到にそんなものを用意できたのか。」

盲点だった。冷静に俯瞰的に思考を巡らせばそのいじめっ子たちの行動がおかしいこと位分かるというのにどうして疑問に思わなかったか、という自分のチンケな脳を祐は自嘲する。

「私が皆に言った。明日氷ちゃんが学校に来るって......氷ちゃんを心底嫌ってる人間が居るクラスに向かって。」

震えた声で坂城は祐に懺悔するように口にした。自責の念に駆られているのが目に見えて分かる素振りで肩を震わせ下唇を噛み、涙を流している。女の考えていることなど祐の及ぶところではないが、男子から崇められるように好かれていた女に対し嫉妬の念を燃やすという事程度は祐も本能で理解している。そんな人間が一時的に居なくなり自身の人気が上がり続けているところに、怨敵が現れればと整理するとその行動は案外想像に難くなかった。

「わ、私が......軽率な行動をしたから.......。」

祐は何も言葉を投げかけられなかった。いや正解が何かというより、今彼女に向かって声を掛けてもそれは採点対象にすらならないとうすうす感づいているからだった。椅子から立ち上がり泣きじゃくる坂城の頭を祐は優しく撫で続けた。

 その数秒後、荻野内が登校し祐が泣かしたのでは。という虚空の事実だけが学年中に回り飛ぶのはまた別の話。




今回は橋爪氷菓と坂城千尋の回想エピとなってます。

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