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ファミレスの中はがやがやと賑わっていた。


「…それで本題って?」

「お前が俺に頼んでたことについてだよ」


光輝に頼んでたこと…あぁ、と僕は言う。


「あれなんだけどさ、なんかもういいかなって」

「…は?」

「なんか慣れてきちゃったし」

案外、悪くないよ。と言いながら僕は机の隅に置かれたペットボトルの水を眺めている。


その異様さに光輝は引いてるようにみえる。


「いや、お前のことだから慣れそうとは思ってたけど…なんか…それとは違くね?」


違うとは…?と首をかしげる僕に

光輝は自分の頭をがしがしと掻いた。


「…俺のダチに聞いたらうちの大学でいわば“視える”子がいるんだと。

俺は関わったことはねぇけどダチの彼女の友達らしくて、紹介してもらったから」


あと少ししたら多分来る、そう言ってまた光輝はメニュー表を開いた。


「え、急すぎない?」

「頼んできたのは律だろ」

それはそうなんだが…。まさかこんな急展開だとは…。

こっちはコミュ力低いんだぞ…とは思ったが確かに頼んだのは僕なので黙る。


律もなんか食う?と聞いてきた光輝に食欲ないからいいや、と断って

トイレ行ってくると僕は席から離れた。





……ヴーヴーッとズボンに入っていたスマホの振動でハッとする。

僕はトイレの手洗い場で水を流しっぱにして立っていた。


(…疲れてんのかな…)


環境が変わった上に引っ越し先は幽霊付き。

そりゃ少しは疲れも出るか…


手をさっと洗い、ハンカチで拭いてからスマホを見る。

光輝から心配のチャットだった。


僕は既読だけつけて光輝が待っている席へと戻る。


「ごめん、なんかボーっとしてた」

「…トイレで?大丈夫か?」

「大丈夫、それで……その子は?」


光輝の隣には黒髪の凛とした印象の女の子が座っていた。


「……佐々木 望です。」

光輝がさっき言った…と紹介をしてくれてる最中に佐々木さんが、手をあげる。


「あの、先輩が戻ってくるまで我慢してましたけど、それ、なんですか?」

僕の席側に置いてあるペットボトルを指さす。


「あ、えっと…これは飲むようじゃなくて…」

「…まあ、そうですよね。」


そうズバッ切り捨てる佐々木さんに

僕は苦手な…タイプ…と勝手に失礼なことを考えていた。


「望ちゃん、もう少し優しくしてやってくんね?

こいつメンタル豆腐だからさぁ」

そう言って佐々木さんと僕の間に光輝が入ってくれる。


「…光輝先輩、この先輩憑いてますよ」

首に巻きつくようにずぶ濡れの女が。

と、しれっととんでもないことを言って

佐々木さんは暖かい紅茶を口にする。


「…光輝どこまで話したの?」

「いや、望ちゃんもさっき来たとこでお前が帰ってきたら説明しようと…」

…ということは佐々木さんはまだ何も知らないはずなのだ。


僕と光輝は顔を合わせる。

佐々木さんがティーカップをゆっくり置いて、一息つく。


「…それで話ってなんですか?先輩方」


きっと大方わかってそうな彼女に僕たちは事情を話す。

途中で店員さんがミックスグリルのお客様~?と鉄板に乗せられた出来立ての

ミックスグリルが運ばれてきて若干光輝は気まずそうだったが。


あらかた事情を話し終えた頃には光輝のミックスグリルは胃袋へと収納されていた。


「…いや、これ以上そこに長居しないほうがいいですよ」

というか、それ持ち歩いてる時点で変だと自覚してください。

と佐々木さんはペットボトルを指さす。


「というか、私、別に祓うとかできないですからね。」

「「え」」

光輝と声が被る。


はぁ…と佐々木さんがため息を吐いて女子大生になに期待してんですか。と

冷たく言われてみれば当たり前なことを言われる。


「…確かに、親戚にはそういう人もいますけど。私は“視える”だけなんで。

まあ…先輩がお金出せるなら親戚紹介しますけど。」

「それってどれくらい…」


んー…と考えて貧乏大学生では無理ですねとその日初めて佐々木さんの笑顔を見た。

…美人には棘があるというのはこういうことか…?


「まあ、冗談抜きでそこには長居しない方がいいですよ。

まだ引っ越して一週間ちょいとかですよね?」


それでそれは…と僕、ではなく僕の首元を見ている。

…もしかしてずっとくっついてるのだろうか、さすがに僕も気味が悪いぞ。


その日は結局家から出るというのが一番の対策らしかった。

僕としてはせめて半年くらいは居たかったんだが…いや、なんならもういいかな

って思うほどだったので急に実家に帰るのを推されて戸惑う。


「まあ、一応これあげます。家帰ったら飲んでください。

…あと、これはお節介ですけどご飯はちゃんと食べたほうがいいですよ」


…佐々木さんは優しい棘かもしれない。ちょろい僕はありがとうと言って佐々木さんから

小さな小瓶を渡される。


「…これ何??」

「お清めの塩が少し入った水です」

「それって何か効果とかあるん?」


今までおとなしく話を聞いていた光輝が間に入ってくる。


「気休め、くらいですかね。」


佐々木さんがそう言ってじゃあ私、朝から講義なんで帰りますと、席を立つ。


「あっ」

「…なんですか?」

「いや…これ、ありがとう」


僕は貰った小瓶を振り中の液体がタプン…ッと揺れた。


「…いえ、私は友達に頼まれてきただけなんで。」

あ、お茶ご馳走様です。と佐々木さんはファミレスから出ていった。


しれっと奢ることになっていた。

まあ、光輝に頼るか。なんせ僕は金欠なので。


しばらくして僕も光輝もファミレスから出る。


「望ちゃんも言ったけど、お前ほんと大丈夫か?食ってる?青白いけど…」


そう言って僕の顔を光輝が覗き込んできた。

「…そう?」

そういえば最近まともに食事してなかったかもな…水くらいか…


「まぁ、望ちゃんもああいうんだしさ、お前ほんと抵抗しないで一旦実家帰れって」

「……光輝はさ、定期的に出るハンバーグとか

唐揚げとかそういうの、平気だったりする?」

「…おいしいじゃん?」

「いや、そうじゃなくてさ、なんていうんだろう、今日はこれじゃないんだよなとか

今はそうして欲しくないんだよなみたいなそういうこと。」

「んー…わからんでもないが唐揚げは美味くね?」


うん、伝わってないな…まぁ、大半が伝わらないんだろうな。

文句を言うな、とか実家なんだからとか甘えとか

そういうの聞き飽きたから家を出たのもあるんだけど。


「…とりあえず、佐々木さんにもらった“気休め”使ってみるよ」


また小さく小瓶を振れば光輝があんまり無理すんなよと声をかけてくれた。

…幼なじみじゃなかったらきっと僕は光輝みたいな人間とは友達にはなれなかったんだろうな。


優しくて、友達想いで男女平等に明るく接して。

まるで僕と逆だ。


ありがとう、色々考えてみる。と僕は光輝に手を振ってその日は解散となった。


家に帰りさっそく“気休め”を口にしてみる。

その液体を少し飲んだ瞬間に何かがせり上ってきて僕はそのままトイレへと駆け出した。


「おぇっ…おぉぇっ」

はぁはぁと苦しみながら吐き出したのは胃液と、

数本の長い髪だった。


……髪を食べる習慣なんてないので素直にゾッとする。というか長い。

僕が初日に見たあの女と佐々木さんが今日見たあの女が一緒ならその女の髪の毛だったりするのだろうか。


そんなことを考えてまた気持ち悪くなり便器へと

吐き出す。


あらかた終わった頃にはなんだかとてもスッキリしていた。

最近の食欲不振もなかったみたいにお腹も空いてきた、気がする。


…この“気休め”って割と効くのかなあなんて悠長なことを考えながら口をゆすいだ。






…あれから律が休みがちになりついに大学でも姿を見なくなった。

そして連絡もつかない状況。…これやばいんじゃね?


まともに話したのはファミレス以来で大学でたまに会ったときは青白い顔で

大丈夫と言って早々に離れていった律の背中をみていたものだ。


(…まさかまだあの家に居たりしない、よな?)


いや、律ならあり得る。

俺は急いで望ちゃんに電話をかける。


ぷるる…と数コール鳴った後にめんどくさそうな声ではい…?という声が聞こえてきた。


『最近大学で律見た?』

『…律?あぁ、あの先輩ですか?いや見てないですね』

『最近、大学にも来てないんだよ』

『……まさかあのままいるとかじゃないですよね』

『…たぶん?』

『馬鹿なんじゃないんですか?!』


電話の向こう側で急にばたばたと聞こえる。


『このままじゃ先輩死にますよ!』

『え』


急に出てくる“死”というワードに驚く。


『準備するんで、そうですね…20時頃に先輩の最寄り駅で』

あとで最寄り送っておいてくださいね!!そう言って電話はガチャ切りされた。


あまりに後輩が慌てていて、いや俺も幼馴染と連絡がつかなくて焦ってはいるが

それとは違う焦り方で…

俺や律が思っている以上にやばいことが起こってるのかもしれないと

今更ながら実感してきた。


そりゃ、あんな心霊マンションで怖い思いをしたのだ。

何もないとは思ってはなかったが…


そのままスマホの待ち受け画面を見る。

時刻は19時だった。

望ちゃんに律の最寄り駅を送り、俺も軽い支度をして家を出た。




律の家の最寄りまでつくと大きな紙袋を重そうに持った望ちゃんが立っていた。


「…重そうだけど…」

それ、と指をさすとじゃあ光輝先輩が持ってください。と荷物を差し出された。

素直に受け取ると思った以上に重い。


「いや、これほんと何が入ってんの」

「念のためのものです」


念のためとは…


「あれ、そういえば今日は髪結んでるんだな」

「…光輝先輩って全女子にそんなこと言ってます?」

「え、なに?なんかまずい?」

セクハラになんの?と聞くと小さいため息を吐かれ、

自分のポニーテールの先をいじり念のため。とまた言っていた。






「それで…ここが律のマンションなんだけど…」

「…ここらで有名な心霊マンションじゃないですか」

私でも知ってますよ、ここ…と引いてる望ちゃんを見て自分の反応が

異常だったわけじゃなくて安堵する。


「…全体的に嫌な感じですね」

マンションをきょろきょろと見て俺がエレベーターに乗ろうと足を進めようとしたら

望ちゃんから止められる。


「そこはだめです。」

「…え、なんで?」

「……私は歓迎されてないみたいなんで閉じ込められるかもしれないので。」

「……」


望ちゃんの目には何が見えてんだろうか、知りたいような知らなくていいような。

わかった、と短く返事して階段から上がることにする。


二階だとしてもこの紙袋がなかなか重い。

ふぅー…と階段を上がりきる。


あそこの部屋ですね?と望ちゃんが指さすのは律の部屋だった。

…部屋の場所まで教えたか?と疑問に思ったが今はそれどころではない。


部屋の前でチャイムを押すが壊れているのか鳴らなかった。


俺がドアノブに手をかける。

……鍵はかかってなかった。


「空いてる…」

「光輝先輩、それください」


そう言って俺が持っていた紙袋からなぜか日本酒が出てきた。

日本酒を片手に、じゃあ開けてもいいですよと望ちゃんが言う。

…すごく異様な光景だ。


ドアを開ける。

部屋は真っ暗で、なんだか異様にじとじととしている。


律が右側の壁のスイッチを押してたな、といううっすらな記憶を頼りに

玄関の電気をつける。


前回の水たまりがどうとかの範囲を超えて

至る所がじっとり濡れていた。


「…うっ」

後ろで呻いた声で振り向くと望ちゃんが青ざめていた。


「大丈夫か?」

「…光輝先輩はよく平気でいられますね」

「確かに気味は悪ぃけど…」


もういいです、と俺を押しのけてそして手の持ったそれを勢いよくぶちまけた。


「えっえっ何してんの?!」

「お清めですよ!」


本来はこんな手荒じゃないですけど!

そう言って彼女はユニットバスの扉も臆せずあけて間髪いれず

日本酒をぶち込む。


「…本体はもうここじゃないですね」

「え」


後輩が幼馴染の家に日本酒をぶちまけるという異様な光景で

俺は呆気にとられてしまっていた。


ずかずかと望ちゃんは奥に入っていき部屋の扉を開ける。


部屋が暗いが廊下の明かりで律が倒れているのが分かる。

俺が咄嗟に律に駆け寄る。


「おい、律!律?!」

声をかけるが返答がない、横には“気休め”の瓶が転がっていた。


望ちゃんが部屋の真ん中にぶら下がってる紐を下げて電気をつけ、

窓を開けて換気をする。

そしてこちらをぱっと見て


「“気休め”って言ったじゃないですか!」


意識がない律に怒鳴りつけて、持ってた日本酒の残りを律に頭からぶっかけた。


「何して…!」

「先輩抑えててください!!」


凄い気迫に光輝は律を抑えると徐々に律が呻きもがき始める。

その間、望は紙袋の中を漁って、小瓶を取り出した。


その小瓶は赤い紐と紙で止められており望は手早く紐と紙をとって中蓋をあけた

そしてガッと望が律の顎を持ちためらいもなく律の口に、いれた。


「ちょ!望ちゃん!!!」

「光輝先輩、煩いです!」


望が半ば無理やり嚥下させる。


律の呻きが大きくなりじたばたと体の動きが激しくなる。


「悪いけど、出てって。」

望ちゃんが、とても冷たい目をしていた。


でもそれは律に対して、ではないことをすぐに知る。


もがいていた律の動きがぴたっと止まり

目が開き首がありえない向きをしてにたぁ…と笑い、


『もう少しだったのに』


と律の口で律ではない声で何かがそう言った。


ぞっとした瞬間に律が、がはっと吐き出す。

「…もう大丈夫ですよ、いや、追い出しただけなんで大丈夫ではないですけど」

そう言って律の背中を望ちゃんがさすった。


おえっと吐き出したそれは長い髪が混じっていた。







…あれから僕は救急車で運ばれて入院となった。

栄養失調らしい。


正直、記憶がすごく曖昧で光輝と佐々木さんが助けに来てくれたことは

何も覚えてなかったがお見舞いにきた光輝が身振り手振りで教えてくれた。


それから、意外なことに佐々木さんもお見舞いに来てくれた。

私の説明不足でした、とか悪くないのに謝罪をしてくれたあとで、

でも“気休め”って言いましたよね?としっかり静かに問い詰められた。


まあ、僕はあの“気休め”を使ってできるだけあそこに粘ろうとしたのだが

バイトにも行けなくなり大学にもいけなくなり、結局は意味がなかった。


気休めはほんとに気休めでしかなかったのだ。

光輝にも佐々木さんにもちゃんと謝罪した。


そして僕の入院期間に実家に帰ることも決定した。

というか両親にも迷惑をかけてしまったわけで…


父さんが入院中に引っ越しや後片付けをしてくれるらしい。

…全方面に申し訳ない。


ふぅ…とため息を吐く。

僕は最後の入院時のバッグを持ってナースステーションの前を通る。


「お世話になりましたー…」

小さい声でそう言ってぺこっと頭を下げる。

それに気づいた看護師さんたちが笑顔で頭を下げてくれた。


エレベーターで下に降りると光輝と佐々木さんがいた。


「あれ、大学は?」

「望ちゃんも俺も二限目から」

「せっかくなんで先輩の顔でも見てやろうかと」


…なんでこの子はこんな好戦的なのだろうか。

いや、中身はお人よしなんだろうけども、光輝と同じで。


「ありがとう、二人のおかげでなんとかなったよ」

そう言うと佐々木さんが間髪いれずなんとかしたんです。こっちが。

…相変わらずの棘だった。


「まあ、律も元気になったし、今度三人で飯でも行くかあ」

そう言って光輝が肩を組んできた。


「あっそれいいですね、律先輩のおごりで!」


初めて名前で呼ばれてしかもとてもいい笑顔だったので、


「よろこんで奢ります…でもちょっとバイト復帰するまで待って…」

そう小声でいう僕に光輝と佐々木さんは顔を見合わせて笑うのだった。


最後まで書き上げたので1.2よりは長くなっていますが

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
律くんがのほほんとしていて、そのまま受け入れていそうなので、主人公的な怖さがあまりないのが、余計に怖いですよね。 やっとできた一人暮らしとお金の問題も、分からなくもないですが(笑;) 望ちゃんと光輝く…
すっっごく面白かった! スクロールする手がとまりませんでした 律、光輝、望のキャラクターとても好きです 素敵な作品が読めて嬉しいです!
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