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部屋の隅にこれでもかと未開封の段ボールと布団も畳み一緒に寄せて
真ん中に折りたたみの机を置いた。
机の上に自分たちが買ってきた物を次々に乗せていく。
「じゃ、かんぱーい」
「…乾杯」
缶チューハイを二人で合わせる、安っぽい音がした。
この部屋で起こった出来事なんて忘れたかの如く、お酒とつまみを
食べながら最近のサークル内での恋愛事情とか、バイト先がどうとかを
楽しそうに話す光輝に適当に相槌を打つ。
呑み始めて二時間くらいだろうか、そこそこに二人とも酔い始めていた。
何缶目かわからない缶チューハイに光輝が手を伸ばそうとした瞬間、
ユニットバスの方からシャー…と水の音が微かにしている。
二人ともピタリと黙る。
「…シャワーの音しねぇ…?」
「するね…」
扉を挟んでるから音は小さいが水の流れる音はしっかりしている。
急な出来事に二人とも若干酔いは冷め始める。
微妙な雰囲気が二人の間で流れはじめて黙る。
「…よし、見に行こう」
「え」
光輝はこいつまじかって顔をしている。
僕は立ち上がり、ついでに光輝の腕も引っ張る。
「お前も一緒にいくんだよ」
「まじ…?」
まじまじ。と適当に返事をして光輝も立ち上がらせる。
それに昨日の出来事とか僕の勘違いかもしれないし、光輝にも確認してもらいたい。
僕は部屋の扉を開けて、後ろから心底嫌そうな光輝が付いてくる。
短い廊下だから、ユニットバスの扉はすぐだ。
中からはやっぱり水の流れる音がする。
「ほんとに確認すんの?」
「…水道代もったいないし。」
そういう問題か?とでも言いたげな光輝をスルーして
僕はさっさとユニットバスの扉を開ける。
カーテン越しにはやはり水の音がする。
カーテンに手を伸ばそうとした僕の手を静かに光輝が掴んだ。
なに?と聞こうとして口を開こうとしたら青ざめた顔で光輝がカーテンを指さす。
「…カーテンの影おかしくないか?」
「……」
自分の影がカーテンに反射しているもんだと思っていたが確かに…
カーテンに写された影は細身でシルエットが明らかに女性だ。
それにカーテンの向こう側から透けているような。
…簡単に言えばカーテンの向こう側に、いるはずがない女が居ることになる。
光輝が掴んだままの僕の腕を思いっきり引っ張りユニットバスから出す。
「いやいや、もうだめだろ!こんなん!」
「僕の気のせい…」
「もう手遅れだって!」
なんとか引っ越しを避けたい僕は苦し紛れに理由をつけるが
どれも却下される。
ユニットバスの扉の前で言い合いを数分していた僕らだったが、
あることに気づく。
「シャワー止まったね…」
と僕が言った瞬間ユニットバスのなかでカーテンが開く音がした。
それからの光輝の動きは早かった。
走って部屋に戻り自分の荷物と僕の最低限の荷物を抱え戻ってきて
そのままの勢いで部屋から出される。
「シャレにならねぇって…!」
すごく焦っている幼馴染を久しぶりに見たなーと思ったが
光輝に今言ったら絶対殴られるので言わない。
「鍵かけてないんだけど」
「そんなんいいから!」
僕の袖を掴みながら光輝が走るのでつられて走る。
「…エレベータ」
「この状況で使おうとしてるお前も怖いわ!」
…その日は結局、光輝の家に泊まることになった。
*
「…それでどうしたいいと思う?」
「いや、もう引っ越すか実家しかないだろ…」
「できれば実家に帰りたくないというかさあ…」
「なんで?おばさんたちいい人じゃん」
「いや、別に仲が悪いとかそういうんじゃないんだけど」
家族といえどなんか人と暮らすの向いてないと思うんだよねぇ…と呟く僕に
はい、麦茶と冷えた麦茶をくれる。
「まあ、昔からお前友達も少なかったしなー」
と光輝が茶化す。
「言いたいことは分かるけど、あそこはほんとやべぇって…」
「でも引っ越しするにもまたしばらくお金貯めないとだしさ…」
なんかそういうのに詳しい人いない?と僕は光輝に尋ねる。
「…お前、俺をなんだと思ってんの?」
「社交性の高い陽キャ」
なんだそれ…と呆れ気味の光輝に手をぱんっと合わせる。
「いや、ほんとに居たらでいいから…」
せめて次の引っ越し代が溜まるまでなんとか住みたい。
「まあ…ほっといたらお前そのうち慣れてそのまま住み続けそうだしな…」
わかった、周りとかに聞いてみるわ…と引き受けてくれた。
次の日、あんなことがあったけれど光輝の家に居座り続けることも
申し訳ないので僕はあの家に帰ることにした。
光輝はすごく心配していたけれども今のところ被害と言えば
水道代くらいだし…と言ったらとても呆れられたが。
噂を知ってから家に帰ると多少なりとも印象は変わるものだなあと
他人事のように思いながら自分の家に帰ってきた。
鍵は、かかっていない。
玄関すぐの電気をつける。
もはやユニットバスの前の小さな水たまりはお決まりのようなものになっていた。
……あれから心霊現象ぽいことは初日と次の日を除いて
シャワーの流れる音や水たまりくらいになっていた。
一週間くらい経つが案外住めるなー…と思い始めたころ、
ぽこんと光輝からスマホにチャットが届く。
『話があるからこれからファミレスでも行こうぜ』
スマホの一番上の通知にはそうやって書かれていた。
…話とはなんだろうか…
僕はいいよと短く返事を返した。
…今は19時頃くらいだろうか
まだまだ賑わってるファミレスに入る。
店員さんにおひとり様ですか~?と聞かれ相手が先に来てるはずなんですけど…
と答えると同時に光輝が僕を見つけてこっちこっちと手を招いている。
店員さんに見送られつつ光輝の元へ近づいていく。
僕は光輝の向かい側のソファーに座る
「話ってどうしたの?」
「まあまあ、本題に入る前に飯でも食おうぜ」
メニューを広げながらどれにしようかなと選ぶ光輝をしり目に
バッグから水の入ったペットボトルを出した。
「…水持参?」
それを見て若干引き気味の光輝。
「…いや、なんか最近持ち歩いてんだよね」
特に意味もないんだけど…飲むわけでもないし。という僕にさらに光輝は引いていた。
「飲むわけでもない水持ち歩いてんの?」
「…なんか落ち着くから」
と僕から見える位置にその水を置く。
「…それ、家の水?」
「え、うん」
そう答える僕に光輝は真剣そうな顔になってメニュー表をぱたんと閉じる。
「やっぱ先に本題話すわ」
「え、ご飯先でいいよ…」
「…いいから」
いつもへらへらとしてる光輝が久しぶりに真剣な顔をしてるので
さすがに僕もそれ以上は何も言えず、本題ってなに?と聞き返したのだった。
区切りがよさそうなとこで区切っているので
ショートか短編くらいのものが続いていきますが
楽しんでいただけたら幸いです