8 シャンテ対策会議
後日、シャンテは王城を訪問した。
自宅に戻っても、公爵も公爵夫人も、シャンテがまるでいないかのように振る舞っていた。
シャンテにとっては好都合だったため、あえて侍女たちに紛れるように自宅に戻った。
2人に認識されていなくても、シャンテを知る侍女たちは、いつもと変わらない食事を提供してくれたし、湯浴みや洗濯もしてくれた。
シャンテが王城に入ったのも、公爵である父に従う執事に紛れてのことである。
シャンテは、父が自分を認識できていないことを確信した。
シャンテのことを知っていても、あえて意識しないようにしている人間にとって、モブ化のスキルは認識できないように作用するらしい。
王城に入ってから、シャンテは王宮付きの侍女に金を掴ませ、王位継承権第一位にあるソマリア王子の部屋の前まで入り込んだ。
実質、王宮の最奥である。
王子の部屋の扉は頑丈で厚く、聞き耳を立てても中の物音が聞こえるとは思えなかった。
シャンテは、王子の巾着袋から金貨を取り出して、案内してくれた侍女に渡した。
「この中に、ソマリア様はいるかしら?」
「はい。外出されていませんし、お仲間が先ほどいらしたはずです」
「中に入ってくれません?」
「私がですか?」
「ええ」
シャンテは、侍女に手持ちの巾着ごと押し付けた。
中身の重さを感じ、中身を確認し、侍女は力強く頷いた。
「お任せください。少し、お待ちを」
「頼みますわね」
侍女の移動に併せて、シャンテもついていく。シャンテ1人になると、シャンテを知る宰相や王族に見つかる恐れがあったのだ。
侍女は遠くには行かず、給湯室でお茶とお茶菓子を用意して王子の部屋の前に戻った。
ノックし、中に入る。
お茶のセットをトレイに乗せた侍女の姿に、部屋にいた者たちは、誰も注意を払わなかった。
部屋には、ソマリア王子とカラスコ宮廷魔術師、勇者マリアのほか、2人の男がいた。
若くして司祭の地位についたクロムと、大商会の番頭であるセイイだとシャンテは見てとった。
シャンテが聞いている範囲では、この5人が魔王討伐部隊として編成されるはずだ。
クロムは薄い水色の髪をした線の細い若者で、セイイは精悍な顔つきをした禿頭の男である。
ソマリア王子が自分の机に拳を叩きつけた。
「それじゃ、マリアはずっと、私たち4人と付き合っていたってことか?」
声を荒げる王子に、マリアは体を震わせ、俯いていた。
侍女は見事な手際でお茶の準備をしている。あえて手間がかかる茶葉を選択したのは、シャンテにとってありがたかった。
「それだけ、マリアが魔王討伐に本気だってことだろう。何が問題なんだ?」
禿頭のセイイが言うと、王子は睨みつけた。
「お前たちは、全員知っていたのか?」
「俺は知っていた。ソマリア様が、よく思わないだろうことも含めてね」
魔術師カラスコが言うと、王子は机に置いてあった本を投げつけた。
「僕は……最初は知らなかったよ。でも、途中で気づいた。仕方ないだろう? 5人の絆は強いほどいい」
「腐れ坊主」
水色の髪をしたクロムの言葉に、シャンテは思わず呟いた。
「よく言った」
ソマリア王子はシャンテを見ずに称賛する。
「ちょっと! 酷くない?」
「クロム、落ち着けよ。俺も知っていた。むしろ、こんなに可愛いお嬢さんに、魔王討伐なんて重責を追わせるんだ。気分転換は必要だろう?」
セイイは開き直るように言った。
「デロリン茶でございます」
侍女が王子の手元にカップを置く。
「ああ。気が効くな。こいつらには出さなくていい。喉が渇いたようなら、水でも飲ませておけ」
「承知いたしました」
侍女は下がる。だが、部屋からは出なかった。シャンテが止めたからである。
戸口に立った。
「何をしている?」
「皆様が水を所望されるまで、お待ち致します」
尋ねる王子に対して、侍女の背後でシャンテが言った。
「あ、ああ。そうだな。私は、マリアのために婚約を解消したのだぞ」
「それは関係ないだろう」
口を挟んだカラスコに、王子は怒りをぶつけた。
「関係ないことがあるか。魔王を討伐した暁にはマリアを娶るつもりだったからこそ、婚約を解消したんだ」
「でも、相手はあのシャンテだぞ」
セイイの言葉に、ソマリア王子、勇者マリア、魔術師カラスコが反応した。
まるで、シャンテのことを考えたくないようだった。ソマリア王子が、絞り出すように声を出した。
「シャンテは……ひどい女だ。まだ指名手配されているし……だけど、あいつがいなければ……」
「少なくとも、俺と王子は殺されていたな。マリアはわからないが」
「止めて」
カラスコの言葉に、マリアが頭を抱えて呟いた。
意を決したように、マリアが頭を上げる。
「ソマリア、オレたち、もう駄目なの? オレは……こんなに愛しているのに……」
「いや、しかし……」
「魔王に……汚されたから?」
マリアの発言に、クロムとセイイが立ち上がった。
「聞いていませんよ。どういうことです?」
「お前たち2人は側にいたんだろう。何をしていた!」
「私が駆けつけた時には、手遅れだった。カラスコは全裸で叩き出された。マリア……カラスコと2人で、裸でいたところに、魔王に乗り込まれたんだな? だから、抵抗もできなかった。そうだな?」
マリアが再び青ざめ、小さく頷いた。
話題を意図的に変えるかのように、大商人の跡取りであるセイイが口を開く。
「王子の婚約相手は、あのシャンテだったんだ。確かに見てくれはいいし、地位も名誉もある。だが、性格が最悪だ。怒らせれば必ず復讐しようとする。俺としては、早く処刑してもらいたいね」
シャンテは堪えた。セイイの所属する大商会に、どんな復讐をしてやろうかと考えた。
「シャンテの悪口は辞めて」
全員が黙った。言ったのが、シャンテに嫌がらせを受け続けたマリアだったからだ。
「マリアさん、どうしたのですか? あんなに、シャンテの嫌がらせで泣いていたのに」
クロムが声を掛ける。マリアは涙を流した。
「シャンテだけが……オレのことを理解していた。だから、特にオレの嫌がることを的確に嫌がらせしたし、慰めてくれた……」
「あれで、慰められたのか?」
シャンテがマリアと話したのは、死刑判決を受けて以降は魔王と遭遇した一回だけだ。
その時にいたカラスコは、シャンテの言葉を慰めとは受け取らなかったようだ。
シャンテは、5人の会話を全てメモし続けた。
いずれ復讐するにせよ利用するにせよ、性格や人格の分析は必要だ。
「とにかく、王子はシャンテとの婚約は破棄したんだ。今後、マリアを娶ることがなくても、シャンテと結婚しなくて済む。それだけで十分な成果だろう」
「あ、ああ……」
セイイの言葉に、ソマリア王子は視線を彷徨わせた。
シャンテは、自分のところに王子の視線が向かないように、そっと侍女の影に隠れた。
「やっぱり、ソマリアは、もうオレのこと……」
再び泣き顔になったマリアに、ソマリア王子は咳払いした。
「突然のことで、私も混乱している。少し、考えさせてくれ」
「……うん」
やや明るい口調で、マリアが応じる。
その時だ。王子の部屋の戸が、乱暴に叩かれた。
「誰だ?」
扉が厚いため、ソマリア王子が大声で呼びかける。
「ソマリア、いるの? 入るわよ!」
外にいた人物を、シャンテは知っていた。
部屋の主人の返事を待たず、扉が開けられる。
入ってきたのは、かつてはこのゼルビア王国一の美女と評された、フォルト王妃だった。
「ソマリア、聞いてよ。あらっ……魔王討伐の作戦会議だった?」
ソマリア王子に真っ直ぐに向かおうとした王妃は、居並んだ魔王討伐隊の面々に動きを止めた。
シャンテは、用件の察しがついた。王妃の手に、シャンテが印刷し、孤児院の子どもたちに配布させた王妃のスキャンダルを書き連ねた文書が握られていたのだ。
「いえ。構いません。もう話は終わったところです」
「ああ、そう。でも、皆さんにも聞いてもらったほうがいいかもしれないわ。ソマリア、シャンテが生きているのは知っているでしょう?」
「はい」
シャンテは死刑判決を受けたが、処刑されずに逃げ去った。そのことは秘密でもなんでもない。
王妃は、シャンテと会った場所に王子がいたことは、知らない振りをするつもりのようだ。
「シャンテを早く殺して。死刑囚だもの。簡単でしょう?」
「お待ちください。それは私の役割ではありません。母様に何かあったのですか?」
「いずれ目にするだろうから、隠しはしないわ。これを見て」
王妃は、シャンテが王都中に配布した公告文書を王子に渡した。
ソマリア王子は目を通してから、うずくまっているマリアに渡した。
マリアが目を通している間に、王子はフォルト王妃に尋ねた。
「事実ですか?」
「そんなはずないじゃない。根も葉もない出鱈目よ」
「どうして、シャンテがやったと?」
「ここに書いてある武器職人が、シャンテに警告されたから、もう逢えないって言ってきたのよ」
「王妃様、つまり本当だったと?」
マリアから文書を受け取ったカラスコが言った。
「ち、違います。宮廷魔術師のあなたまで、何を言うのです。とにかく、シャンテは生かしておいてはいけないわ。すぐに殺して!」
「母様、まずは落ち着いて。おい、こいつらより先に、母様に水を」
「はい」
王子に言われ、水を渡したのは、侍女ではなく侍女の影に隠れていたシャンテだった。