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7 黒幕の正体

 シャンテは元々、国王命令で拘束されたまま、王子の前に引き摺り出されたのだ。

 だが、連れ込み宿の一件で王子はもはやシャンテに構う余裕はなく、シャンテは乳母のミュウと侍女のヒャンを連れて馬車に乗った。


 処刑から逃れたことを罪に問われることなく、勇者マリアが複数の男性関係を持っていることも詳らかにした。

 十分すぎるほどの成果を得ているはずだが、シャンテは納得し兼ねていた。


「『馬車代はやるから帰れ』だなんて、あたしゃ王子を見損ないましたよ。誰のお陰で生き延びたと思っているですかねぇ」


 乳母のミュウが声を荒げる。


「本当です。あの勇者マリア、お嬢様が裁判にかけられた原因でしょう? お嬢様はお優し過ぎます。どうして、あんな女を助けたんですか?」


 侍女ヒャンが手巾を口に咥えた。

 2人とも、カラスコが駆けつけてきた後にその場にやってきていたのだ。

 シャンテは、揺れる馬車の中でペンを走らせていた。

 馬車が止まる。


「また、ここに用がお有りですか?」

「ええ。当然ですわ」


 シャンテが馬車を降りた時、目の前には先ほど寄った孤児院があった。

 院長と子どもたちが、シャンテを見つけて走り寄ってくる。

 シャンテは、子どもたちに似顔絵を見せながら言った。


「今後、この女の情報はそれほど必要としませんわ。買ってあげるけど、値段を下げることにいたします。その代わり、こっちの女の情報は高く買いますわよ」


 シャンテが値を下げたのは、勇者マリアの情報である。代わりに値を上げたのは、ソマリア王子の母である、この国の王妃フォリアの情報だった。

 シャンテは続けて言った。


「それから、この男は武器職人らしいですわ。どこの店か案内できる人いらっしゃいません?」


 複数の子どもたちが手を上げた。

 シャンテは、情報を集めるために似顔絵の技術を鍛え上げていた。

 一眼見た人間の顔は模写できる。男は、王妃と一緒に連れ込み宿から出てきた若者だ。


「あと、これが最後ですけど……もしこの顔を見たら、すぐに知らせてくださいまし。高く買いますわ。でも、決して近づいてはいけませんわよ。とんでもない変態ですの」

「みなさん、変態には近づいてはいけませんよ」

「はーい」


 子どもたちが快活に返事をする。シャンテが最後に見せたのは、シャンテが揺れる馬車の中で書いていた、魔力が消えて逞しい筋肉の鎧が無くなった、ヒョロリとした青年の似顔絵だった。


 ※


 馬車が武器職人の仕事場で止まる。シャンテは孤児に駄賃をあげて帰した。

 シャンテは、屋敷を出る時には財布を持っていなかった。

 現在はかなりの大金を所持している。


 カラスコは、バックの中の物を使えと言った。シャンテは、あえて何を使うとは言わなかった。その結果、金目のものを全て自分のバッグに移し替えた。

 王子は、馬車代は王子が出すと言って、金貨の入った袋をシャンテに渡した。

 シャンテは乗合馬車を利用したが、馬車が買えるだけの金額を王子の持ち合わせの中から引き抜いていた。


 その結果、シャンテは王子の有り 金をほぼ取得することになった。

 2人がシャンテに返還を要求しなかったのは、シャンテに助けられたという自覚があるのだろう。

 シャンテは、元々罪を犯したという意識は持ち合わせていない。


 その代わり、王子やカラスコ、勇者マリアを助けたとも思っていない。

 シャンテは、シャンテがやりたいようにしか行動できないのだ。

 武器職人の仕事は、火と金属が打ち合わされるむさ苦しい場所だった。


 シャンテは乳母のミュウと侍女のヒャンを外に残してきた。

 魔王との遭遇で確信した。シャンテを知らない相手にとって、モブ化のスキルは対象がいるということ自体の認識を阻害するのだ。


 男ばかりの仕事場に、乳母や侍女が入れば目立つ。だが、シャンテだけなら誰にも注目されないのだ。

 シャンテの予想通り、半裸のような格好で槌を振るう男たちは、公爵令嬢の姿に意識を取られることはなかった。


 シャンテは堂々と内部を物色し、目的の男を見つけた。

 打ち上がった剣を研いでいるところだった。

 シャンテが話しかけると、生返事ではあるが返事をした。


 シャンテの声は聞こえている。

 王妃の話をすると、仕事中だと拒絶された。

 モブ化した相手に、個人的なことを話すものではないのだろう。


 モブ化スキルに、尋問の能力はないらしい。

 シャンテは舌打ちすると、現場を取り仕切る親方のような立場の男に目星をつけた。

 男の前に移動し、金貨を渡す。

 逞しく年季の入った中年の男は、金貨が本物であることを確認すると、シャンテを凝視した。


「ティアーズ公爵家のシャンテですわ。つい最近、処刑されそうになった可憐な令嬢って言った方がわかりやすいかもしれませわね」

「公爵家の御用ですかい?」


 中年の男は、突き出た腹を撫でながら尋ねた。男は平民だろう。処刑されかかったとはいっても、貴族の中で最も王族に近しいのが公爵家だ。

 その公爵家の一員であるシャンテに、声を荒げるようなことはしなかった。


 シャンテが名乗ったのは、モブ化した後で自分を相手に認識させることができるかどうかの実験も兼ねていた。

 どうやら、きちんと名乗れば、モブ化しているとはいっても、相手はシャンテを認識できるようだ。


「あっちの若い子のことで聞きたんですの。質問に答えてくれるたびに、一枚差し上げてよ」


 シャンテは、膨らんだ皮の袋から、金貨を覗かせて言った。


「なんでも聞いてくれ。そうだ、場所を変えよう。あいつらに見られたら、たかられちまう」


 シャンテは同意し、武器工房の個室に移動した。シャンテのような令嬢が、男と二人で個室に入るのは避けるべきだと言われる。シャンテは習慣で、ミュウとヒャンを呼んで控えさせた。

 目の前の平民の男自身には、シャンテは興味がない。すぐに本題を切り出した。


「さっきの剣を磨いていた若い子、王宮に出入りしているんですの?」

「ああ。剣の納品をするときに、行ったことがあるはずだ。誰がいくか決まっていないが、一度あいつを行かせたら、どうしたわけかあいつを寄越すように指定があった。それから発注数も増えたから、文句もないがね」


 シャンテは、男に金貨一枚を渡した。


「今日の昼間、いなくなりませんでした?」

「休みはときどきとるさ。今日もそうだ。理由までは詮索しないな。確かに、昼間2、3時間休む時がある。最近多いな」


 シャンテの手から、金貨が一枚移動する。


「休む時というのは、具体的に決まっていますの? 例えば、水曜日が多くありませんの?」


 水曜日は、王が王都内を視察する日に決まっているのだと、シャンテは知っていた。

 王妃が王の目を盗むのであれば、それは水曜日が最もやりやすいはずだ。


「……そう言われれば、そうだな。間違いない」

「ありがとうございます。これで全部ですわ」

「すまないな。大した情報じゃないが」


 シャンテから金貨を受け取りながら、男は答えた。シャンテは告げる。


「これは私からの忠告ですけど、あの男、さる貴族の奥様と不倫していますわ」


 男が腰を上げた。


「貴族? 奥様?」

「早めに止めないと、相手によってはこの武器工房、お取りつぶしになりますわよ」

「そ、そうだな。シャンテ様、感謝します」


 深々と頭を下げられ、シャンテは席を立った。

 武器工房を出て、待たせておいた馬車に乳母と侍女を連れて乗り込む。


「あの若いののこと、教えてよかったんですか? せっかく情報を掴んだんですから、泳がせた方がよかったのでは?」


 馬車に乗り込むと、武器職人の親方との会話を後ろで聞いていた侍女のヒャンが尋ねた。

 馬車の御者に行き先を告げ、シャンテは言った。


「あまり時間はないんですわ。王妃は、私が処刑されなかったことを知っているのだし、私が王妃の不倫を知っていることも知っていますの。時間との勝負ですわね。さっきの話で、全容が掴めましたもの。ヒャン、屋敷に戻ったら、印刷所に予約を入れてくださいな。今日中に記事を書いて、国中にばら撒いてやりますわ」


 王国では、印刷技術は未熟で、定期的に発行される新聞のようなものはない。

 文章や絵を複製する技術はあるため、広めたい事実を周知させるのに、印刷所が存在する。

 ほとんどは政府が発行する公告文だが、民間の使用も解放されているのだ。


「フォルト王妃を敵に回すことになりますよ」


 ミュウが心配そうに言った。


「王妃はすでに敵ですわよ。私が訴えられたも、死刑になったのも、全部王妃の圧力あってのことですもの。大丈夫ですわ。次は、負けやしませんわ」


 心配そうな乳母と侍女に、シャンテは軽く片目を瞑った。

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