55 悪役令嬢の夢
魔王の娘マカロンが戻ったことで、宴が開かれた。
人間の王族のような凝った食事ではなかったが、山で採れる山菜や奴隷たちが育てた野菜と果物、狩猟による動物の肉を、香草や植物油で調理した料理に、シャンテは笑いながら満足した。
常に高笑いをあげていないと、給仕の奴隷と間違われるのだ。
宴の後、マカロンは満足して自室で眠り、シャンテはベッドを抜け出した。
魔王城は、基本時に奴隷によって維持されている。
奴隷が立ち入らない場所はなく、シャンテが入れない場所がないことを意味する。
シャンテは、魔王が複数持っている寝室で、魔王に犯されている勇者マリアを見つめていた。
魔王の奴隷好きは有名らしいが、決まった奴隷を囲うことは、王妃である大タヌキが許さないのだという。
だが、例外もある。
それが、魔王の敵であり、殺すより拘束して生かし続けたほうが効果的な場合だ。
現在、勇者マリアは魔王の性奴隷として生かされている。
魔王が満足して去った後、勇者マリアは手足に枷を嵌められ、全裸のままベッドに放置された。
シャンテは、魔王が出ていくのに軽く会釈をする。
魔王は、それがシャンテだと気づかず、勇者に餌を与えよと命令して出ていった。
シャンテは、勇者マリアの餌として積まれていた硬いパンをトレイに乗せ、自ら運んだ。
全裸で泣き崩れていたマリアが、顔を上げる。
「君も、人間だろう。どうして、魔王なんかに従っているの?」
マリアは、シャンテを見つめた。
だが、シャンテだと理解していない。
シャンテは、マリアの前に硬いパンを置いた。
「ありがとう。でも……手足が繋がれているんだ。届かない。食べさせて」
自ら同じベッドに腰掛け、シャンテはマリアを見下ろした。
「おーほっほっほっほっ! いい様ですわね、マリア!」
「シャ、シャンテ! シャンテなの? ど、どうして……君も捕まったの?」
「おーほっほっほっほっほっ! トワイス国の女王にして、ゼルビア国王族の支配者である私が、捕まるはずがありませんわ。私は、魔王領でも宰相ですのよ」
「えっ? ど、どういうこと?」
マリアが凝然と目を開く。シャンテは、ベッドに落ちた硬いパンを拾い上げた。
「言った通りですわ。マリア、あなたが股を開いて、男たちを誘い込んでも成し遂げられなかったことを、私をしましたわ。ソマリアなんか、こちらから願い下げですわ」
シャンテの本心だった。
かつて、シャンテはソマリア王子の婚約者だったが、その位置を勇者マリアに奪われ、死刑判決を受けた。
もし、ソマリア王子と結ばれていたら、魔王に攫われていたのはシャンテだったかもしれず、トワイス国の実情を知ることもなく、女王になることなど絶対になかっただろう。
シャンテはパンをむしり、マリアの口元に近づけた。
「シャンテ、オレにまだ、復讐したりないの?」
「マリア、今のあなたの様を見て、これ以上、私に何をしろと言うのですの?」
「じゃ、じゃあ……オレのこと、許してくれるの?」
「勇者マリアが、高慢ちきな態度をあらためて、私から施しをうけたいと願うのでしたら、聞いて差し上げなくもありませんわ」
「シャンテ……ごめんなさい。謝ります。オレがしたこと、全部……オレが悪かったです」
「仕方ありませんわね」
シャンテが許した。マリアは全裸で拘束されたまま、シャンテの指につままれたパンのかけらを口に含む。
マリアはパンを口に入れ、涙を流していた。
シャンテは指についたマリアの唾液をマリアの肌で拭ってから、さらにパンを千切る。
「マリア、あなたと初めてあった時のこと、よく覚えていますわ。とても生意気そうで……可愛かったですわね」
「シャンテ、オレも覚えている。シャンテは……こんな綺麗な人、本当にいるんだって思った。物語から抜け出てきたみたいで……隣にいるソマリア王子は、ちょっと情けなく見えた」
「迎えにきていますわよ。あの人たち」
シャンテが差し出したパンをさらに口に入れてから、マリアは息をのんだ。
「どこにいるの?」
「捕まりましたわ」
「全員? ソマリアやカラスコも?」
「4人ともですわ。このままいけば、殺されますわね」
シャンテが言うと、勇者マリアは拘束されてまともに動けないまま、ひたすらに頭を下げた。
「シャンテ、お願いします。4人を助けてください。オレにできることなら、なんでもします」
「今のマリアに、私が求めることがあると思っているなら、思い上がりもはなはだしいですわね」
「ご、御免なさい。でも、あの人たちは、オレが巻き込んだんです。ソマリア王子だって……別に、勇者の仲間になる必要なんて、なかったんです」
「私は、言いましたわよ。あなたに求めることなんか、もはやないですわ」
「で、でも……」
「私が、助けないと言いまして?」
「シャンテ……ありがとう」
泣き崩れるマリアの顔の近くに残りのパンを置いて、シャンテは立ち上がった。
※
勇者マリアの仲間たち、騎士である王子ソマリア、宮廷魔術師カラスコ、神官クロム、大商人の番頭セイイは、拷問を受けていた。
鎖に繋がれ、鞭や棒で打たれ、女たちが囃し立てる。
打っているのは魔族の男たちで、囃し立てているのは魔族の女たちだ。
つまり、タヌキが行き交う磔台で、魔族の男が男たちを鞭打っている。
どこからか歓声が聞こえるが、誰の声かはわからない。
そんな状況で、男たちはただ耐えていた。
耐えるしかないのだ。
拷問とはいっても、何も聞かれていないのだから。
ただ、見せ物として勇者の仲間たちが痛めつけられている。
それ以上のものではない。
シャンテは、魔王城の庭園に作られた磔台を見下ろす席にいた、タヌキの傍に立った。
「ねえ、シャンテを知らない?」
尋ねたのはマカロンである。
シャンテは、魔族の里に戻り、マカロンを見失わないように、リボンを結んでおいた。
リボンが解けたことを想定して、いくつかの、マカロンであることを示す印もつけてある。
シャンテにしかわからない印だが、シャンだけが理解できれば十分なのだ。
「おーほっほっほっほっほっほっ! ここにおりますわよ、マカロン」
「ああっ! シャンテだったのね。見て。あの人間、眠っちゃったわ」
「気絶しているんですわ。水をお掛けになって」
「水をかけて」
「はい」
シャンテが言ったことを、マカロンが復唱する。シャンテが宰相に就任したことは、まだ魔王城では周知されていない。
また、宰相としてもごく限られた権限しかないので、シャンテの指示には従わないだろう。
マカロンはそれを理解して、魔族に命じた。
マカロンの命令は、魔王の命令と同等の意味を持つのだ。
「マカロン、気は晴れまして?」
「うん。だいぶすっきりしたわ。シャンテ、あの人間たちを許したいの?」
マカロンは鋭い。普段はただのタヌキではないかと感じる時もある一方、シャンテの感情を敏感に察知する。
「そうですわね。もっと、いたぶってからのほうがいいですわ」
「そうよね。もっと打って」
「はっ」
マカロンの命令を受け、水をかぶせられて起こされたカラスコが、さらに打たれる。
ソマリアとセイイは、シャンテの高笑いによりシャンテであることを理解したが、一度視線を向けただけで、何も言わなかった。
シャンテがマリアの仲間たちを助けるとは思えなかったのだろう。
「でも、魔族の女たちを、獣のように狩り殺した罪は、こいつらを叩き殺しても償えませんわ」
「……うん。パパもママも、同じことを言っていたわ。でも、どうしたらいいの? 人間たちを、全部殺せばいいの?」
マカロンは、積み上げられたドングリを、スナックのように口に入れ、咀嚼した。
シャンテも勧められたが、シャンテは傍の花の蜜だけに手を伸ばした。
「人間を全て殺すことは、魔王と魔族の男たちが承知しませんわ。人間の半分を殺すのでしたら同意するでしょうけど……とても大きな被害を出しますわね。人間たちには、償いをさせるべきですわ。でも……魔族の女たちは、姿を変えられませんの?」
「ママのように、大きくなるってこと?」
「それも有効ですわね。野生のものたちと、明確に区別できる方法が必要ですわ」
「……野生の子達より、毛並みがいいわよ」
マカロンが言う『野生の子達』とは、野生のタヌキである。
シャンテは頷いた。
マカロンは、自分がタヌキと見分けがつかない姿をしていることは、容認しているのだ。
「では、こういうのはいかがですの? 魔族の女は、生まれると同時にオシャレをすること。人間たちにはこうさせるんですわ。おしゃれをした森の動物を狩り殺した場合、人間を殺した時と同様の罪とする」
「そのような法を、人間たちが守るか?」
マカロンとシャンテの背後から、魔王が姿を見せた。
魔王は、基本的に暇なのだ。
庭園で見せ物があれば、見に来るのは想定できた。
シャンテは膝を折る。
「トワイス王国の国王として、法制化いたしましょう。その法を、周辺の人間の国に守らせるには、トワイス国をより強く、豊かにする必要がありますわね」
「できるのか?」
「おーほっほっほっほっほっ! 私を、誰とお思いですの?」
勇者マリアの仲間たちを撃つ鞭の音と共に、シャンテの高笑いが蒼天に響いた。




