54 魔王の宰相
マカロンが戻ってきたことは、すでに知らされていたのだろう。
バロモンテやグロウリスが伝えたのかもしれない。
シャンテがマカロンを抱いて魔王城に戻ると、人間の奴隷たちが列を作っていた。
「お帰りなさいませ、王女様」
奴隷たちの声が揃う。
「おーほっほっほっほっほっ! さすがマカロン、愛されていますわね」
「ふふん。当然よ」
シャンテの腕をするりと降りて、床の上でタヌキが胸をそらす。
「魔王様と王妃様がお待ちです」
女たちの中から、魔族の戦士が顔をだした。
人間の奴隷は結果的にすべて女性になり、人の姿をした男は全て魔族である。
魔族であれば優れた身体能力と魔力の持ち主であり、ほぼ全員が戦士である。
「バロモンテとグロウリスは?」
マカロンが尋ねると、魔族の戦士はマカロンより視線を下げて、つまりほぼ床に腹ばいになって報告した。
「玉座の間で待っています」
「うん。わかった」
「おーほっほっほっほっ! 魔族さん、バロモンテとグロウリスは、マカロンのお婿さん候補ですの?」
「シャンテ! 恥ずかしいことを聞かないで」
マカロンが、わっさわっと太い尻尾を振った。
その行動の示すところは、シャンテにとっても謎である。
魔族の戦士が、這いつくばったままで応える。
「産まれや能力からは、そうなってもおかしくはありませんが、難しいでしょう。奴隷志向が強いため、マカロン様の護衛に選ばれたのですから」
「……あらっ、それは残念ですわね」
「シャンテ、行くわよ」
マカロンが四つ脚で走り出す。
魔族の男が、『奴隷志向が強い』というのは、本人が奴隷になりたいというわけではない。
タヌキの姿の同族の女性を愛することができず、人間の女性に魅力を感じてしまう傾向のことだ。
魔族と人間の子どもは、人間である。
魔族は、魔族の女性からしか産まれない。
奴隷志向は魔族にとって種族の存続をかけた問題であり、同じことが人間世界で起これば、間違いなく魔族を滅ぼすことになるだろう。
だが、今のところ人間の男がタヌキに欲情するという事態は避けられている。
魔族が人間の女を皆殺しにしないのは、主に魔王の意向である。
※
人間の奴隷が綺麗に並んだ通路をマカロンが走り、シャンテがついていく。
まっすぐに玉座の間と呼ばれる王と王妃の部屋に入る。
閉ざされた扉の前で、王族直属の魔族の戦士バロモンテとグロウリスが控えていた。
マカロンが駆け込むのに合わせて、扉を開ける。
ちょうど、マカロンが全速力で駆け続けてもぶつからないタイミングである。
2人が、いかにマカロンのために教育されているのかが窺える。
マカロンにやや遅れてシャンテが扉にたどり着いた頃には、バロモンテとグロウリスは、自らも扉の内側に入り、閉めようとしていた。
扉に挟まれそうになり、シャンテが下がる。
バロモンテと目が合ったが、バロモンテは躊躇なく扉を閉めた。
「おーほっほっほっほっほっ!」
「シャンテ! どうして外にいるの? バロモンテ、気が利かないわね」
「失礼しました」
扉が再び開かれ、シャンテは魔王城の玉座の間に踏み入れた。
※
シャンテが部屋に入ると、魔法の灯りで照らされた部屋は、広く、明るかった。
魔王城といっても、おどろおどろしい雰囲気はなく、中央の玉座に腰掛ける王は、たくましく精悍な青年であり、横の長椅子に寝そべる王妃は、人間大の大柄なタヌキである。
魔族の里の3分の1はタヌキだが、シャンテは王妃のような大きなタヌキは他に見ていない。
大きくなるのには、魔王と結ばれる必要があるのだろうか。
ちなみに、残りの3分の1は魔族の男で、最後の3分の1は奴隷である。
何も知らない人間の目には、男女比が概ね同じで、どの家庭もタヌキを飼っているように見えることだろう。
勇者とその仲間たちは、『何も知らない人間』に該当する。
魔王と王妃の前で、マカロンはちょこんと尻を下ろした。
その左右で、魔族の戦士が畏まって礼をする。
「マカロン、よく戻った。バロモンテとグロウリスも、ご苦労だった。立つが良い」
魔王が語る。人間の街での態度しか知らないシャンテは、魔王の堂々とした態度に純粋に驚き、滑稽に感じた。
2人の魔族が礼を述べて姿勢を正す。
シャンテは、部屋の隅に控えている奴隷たちに混ざっていた。
「マカロン、本当によく無事だったわ。一度、人間の森で雄タヌキを狩り殺すために人間を動かしたと報告を受けた時は、もうダメかと思ったわ」
長椅子に寝そべる大狸が、尻尾をばっさばっさと振りながら言った。
「だから、すぐに救出したと言ったではないか。それなのに、取り乱しおって……」
魔王は自らの服をめくり上げた。。
人間の王族のような煌びやかできちんとした服は着ていない。
女性がタヌキで、そもそも服を着ないので、男もぞんざいになるのかもしれない。
魔王が持ち上げた服の下に、真っ赤な傷跡が3本あるのに、シャンテは気づいた。
魔王であれば、傷など簡単に消せる。マカロンが森で逸れてから、かなりの時間が過ぎている。
それでもまだはっきりと傷が残っているのは、マカロンの母もまた特別な力を持っているためだろう。
ただの大きなタヌキではないのかもしれない。
「マカロンの重要性を考えれば、当然です。上の娘たちは、みんな間違ってタヌキに嫁いだのよ。今頃、野生化して野山で走り回り、私たちのことなど覚えていないわ」
「間違ってタヌキに嫁がせたのは、そなたではないか」
「この間も、お見合いの相手がタヌキだったわ」
マカロンが口を挟む。口を挟むことが許されるのは、マカロンが魔王の娘だからにほかならない。
「し、仕方ないじゃない。発情期の雄タヌキって、魅力的に見えるものよ。マカロンが間違わないよう、早く夫を見つけようとしただけだわ」
「その結果、また間違えては意味がなかろう。マカロンが途中で止めたのか?」
「ううん。止めたのは、人間のお友達。私が森で迷子になった時も、その人がいたから戻れたのよ。その間……記憶がないの。もしかして……野生化したのかもしれない……」
マカロンの言葉に、左右に真っ直ぐに立っていた魔族の戦士が、顔を青ざめさせた。
もし、マカロンがただのタヌキになっていたら、2人はひどい罰を受けるのだろう。
マカロンが最後に残った魔王の娘であれば、死罪となっても当然なのだ。
魔王は身を乗り出し、はっきりと言った。
「マカロン、そのようなことはない。2度と言ってはいけない」
「はい」
魔王の厳しい口調に、マカロンも姿勢を正す。ただし、タヌキなので見た目は変わらない。王妃が付け加えた。
「そうよ。そうでないと、パパの首から上がなくなるわ」
「……余の責任か? 現に、マカロンは戻ったではないか」
「マカロンの友達のおかげでね。人間にも、多少は見込みがある者もいるようね」
「うんっ! パパもママも知っているはずよ。シャンテだもの」
「ああ……」「なるほど……」
2人が揃って声をあげ、互いに視線をからませ、押し黙った。
「パパ、ママ、どうしたの? シャンテよ。知っているでしょう?」
「ええ。知っているわ。でも……思い出せないの。どんな人間だったかしら?」
「余も、世話になった気がする。だが、思い出せん」
「変なの。だって、シャンテなら……あれっ?」
マカロンは、シャンテがすぐ近くにいると思っていたらしい。
振り向いて、背後に誰もいないことに首を傾げる。
シャンテは、マカロンや魔族の戦士と、奴隷が並ぶことの不自然さを考え、あえて奴隷たちの中に混ざっていた。
シャンテのスキルであれば、魔王や王妃に、奴隷にしか見られないことは間違いないのだ。
「どうした? マカロン、シャンテがいるはずなのか?」
「うん。だって、一緒に部屋に入ったのよ。シャンテ……どこなの?」
マカロンの心細そうな声に、シャンテは黙っていられなくなった。
魔王と王妃の愛娘であり、魔王城では誰よりも大切にされている。
そのマカロンが、シャンテがいないことで、不安になっている。
シャンテは、奴隷たちの人垣の隙間から前に出た。
「おーほっほっほっほっほっ! マカロン、私はずっと近くにいましてよ!」
「わーい!」
マカロンは、王の前であることを忘れて駆け出した。
シャンテが腰をかがめて両手を伸ばす。
マカロンはシャンテの腕に飛びつくと、まるでそこが専用席であるかのように、丸まって収まった。
「パパ、ママ、シャンテに、お城での地位を与えて」
「人間にか。例がないが……」
「功績もあるのですし、マカロンがあの様子では、仕方ないでしょう」
「……そうだな」
魔王が了承し、シャンテは王女専属の宰相という奇妙な地位を与えられた。




