53 悪役令嬢と勇者の仲間
人間であれば強敵であるはずのワイバーンを、勇者の仲間達は怪我をすることもなく倒して見せた。
武器を拭うソマリア王子の隣に立ち、シャンテは笑った。
「おーほっほっほっほっほっ! お疲れ様ですわね!」
「シャンテ!」
ソマリア王子が絶叫した。
「お前、今までどこにいた?」
斧を地面に置いていた商人のセイイが目を剥いた。
「どうやってここにきた?」
宮廷魔術師カラスコが、下げていた杖を掲げようとする。
「じゃあ、さっきの高笑いも、幻聴じゃなかったんだ」
地面に座り込んでいた神官クロムが腰を上げた。
「おーほっほっほっほっほっ! 魔族の里にのこのこ乗り込んで、無事で済むとは思わないことですわ!」
シャンテが再び高笑いをあげる。その腕には誇らしげなマカロンがおり、足元にタヌキたちがじゃれついている。
「魔族の里……やはり、ここがそうか。シャンテ、そのタヌキはなんだ? 魔族はどこだ?」
「さあ、人間の男たちに襲われないよう、避難させてくださいまし」
「はい」
シャンテに注目している勇者の仲間たちの背後で、女たちが返事をした。
魔族に従えられている奴隷たちだ。
勇者の仲間たちは気づかなかったらしく、慌てて振り返る。
普段から魔族に仕えている奴隷たちの中でも、魔族の令嬢たちを世話する高位の奴隷である女たちは、自分が世話をするタヌキを的確に抱き上げて下がる。
「あれが、魔族か?」
「俺たちと、ほとんど変わらないな……」
「待て。シャンテはどこだ?」
タヌキたちが抱き抱えられて連れられていくのを、勇者の仲間たちはただ見送った。
それは、突然出現した女たちに驚いたからであり、女たちが武装せず、ゼルビア王国であれば田舎でも着ないような粗末な服しか身につけておらず、全員がタヌキを回収することにしか興味を示していなかったためである。
シャンテは、マカロンを抱いたまま女たちと同時に移動した。
「おい、そこの君……君も魔族なのかい?」
ソマリア王子が尋ねた相手はシャンテである。
シャンテは、マカロンを持ち上げながら言った。
「魔王の娘ですわ」
「何?」
「ソマリア、捕まえて。マリアを解放するよう、交渉しよう」
「よし」
シャンテが下がる。
ソマリア王子が飛びかかろうとした。
「おーほっほっほっほっ! まだ、私に未練がありますの? 残念ですわね。私はもう、なんとも思っていませんわ!」
「シャンテ! お前、どこにいた? 魔王の娘が消えた!」
目の前にいるのがシャンテだけなので、はっきりと認識させると、誤認識していた相手が消えたように感じるらしい。
シャンテは、何度も検証した結果を利用していた。
「アドル、ロリマ」
「はい」
タヌキたちを連れて行ったのは、魔族の里で普通に暮らす人間の奴隷たちだ。
魔族の里では、人間は全て奴隷である。
ただし、魔族の女たちは人間にほとんど興味がなく、魔族の男は人間の女を大切に扱うため、奴隷の身分に不満を持つ者は少ない。
シャンテとマカロンを見つけて集まってきたタヌキ姿の令嬢たちを、奴隷たちは自分の意思で回収に来ていた。
ただし、アドルとロリマはシャンテが譲り受けた奴隷である。
回収するタヌキがいないため、その場に留まっていた。
シャンテに呼ばれると、すぐに両脇に立った。
シャンテが後退し、横に移動する。
「んっ? 君たち、ここで、目の釣り上がった性格と顔色の悪い、高飛車な女を見なかったかい?」
「あっちへ行きましたわ」
シャンテは、背の高いロリマの背後から魔王城がある方向を指差した。
「ありがとう」
「これを差し上げますわ」
「ああ……これは?」
シャンテが渡したのは、泥団子である。
意味はない。ただの嫌がらせだ。
渡されたソマリアは、差し出した手を泥だらけにして戸惑った。
問い返そうとするが、シャンテはすでに移動していた。
ソマリアは、誰から渡されたのかもわからなくなっていた。
「バロモンテとグロウリスが援軍を連れて来るまで、遊べますわね」
シャンテは言うと、魔王城に向かおうとした勇者たちの背後で、再び高笑いを上げた。
※
高笑いを上げて自らの存在を示し、いきりたった勇者の仲間たちの前でロリマとアドルといった奴隷たちに紛れる。
戸惑う勇者の仲間たちの前で再び高笑いを上げる。
シャンテはそうして、勇者の仲間たちを誘導した。
シャンテは、勇者の仲間たちを侮ってはいなかった。
森に入る前までは侮っていたとしても、魔族の里に着く前には完全に警戒していた。
その意味では、シャンテに警戒をさせた段階で勇者の仲間たちは失態を犯しているのだ。
シャンテは、必ずしも魔族の味方ではない。
魔族の境遇を理解しているが、魔族によって人間が滅ぼされるのを望んでいるわけではない。
そもそも、魔族は人間を滅ぼそうと思っていない。
シャンテの目的は、相変わらず復讐なのである。
その意味では、シャンテは成長していない。
勇者マリアが魔王に蹂躙され、現在生きているかどうかもわからない。
シャンテは内心で快哉を上げると同時に、マリアと結託してシャンテを貶めた仲間たちへの復讐を開始したのだ。
シャンテの言いなりになったマカロンの指示で、男性の魔族によって、まず神官のクロムが囚われた。
次に宮廷魔術師カラスコが魔術で吹き飛ばされ、大商人の番頭セイイが罠に落ちた。
1人になった騎士でもある王子ソマリアの前で、シャンテは笑った。
「おーほっほっほっほっほっ!」
場所は魔王城を背負う、魔族の里の中心地である。
「……シャンテ、やはりお前なのか? お前がマリアを攫わせ、カラスコたちを襲わせたのか?」
ソマリア王子は剣を抜いた。
盾を構え、剣を盾に隠す。
騎士というより、闘技場で剣闘士が戦う構え方に似ている。
「おーほっほっほっほっほっ! マリアはいい気味ですわ! スッキリ、心底スッキリいたしましたとも! でも、まだですわ。魔王に攫われたというだけで、まだマリアがひいひい言いながら這いつくばる姿を見ていませんもの」
「貴様!」
「殿下のお友達たちは、監禁してあるだけですわ。だって……私がマリアの次に復讐しなければ気が治らないのは、殿下ですもの」
シャンテが、ソマリア王子を指さした。
「貴様! 王族に対し、無礼だぞ」
「お忘れですの? 私はいまや、女王なのですわ。しかも、ソマリア殿下の一族は、私に服従いたしましたのよ」
「シャンテ!」
ソマリア王子が斬りかかる。
「マカロン」
「うん」
王子が飛び出し、剣を突き刺そうと動いた。
鋭い剣の切っ先が、シャンテに伸びる。
シャンテは後退するが、飛び出した騎士の動きに、逃れられるものではない。
ただ、マカロンの名を読んだ。
マカロンが応じた。
マカロンは、亜空倉庫を開け、どうでもいいものを取り出した。
突出したソマリア王子の頭上に、青銅製の巨大な彫像が出現し、押し潰した。
まるで踏み潰された油虫のようなソマリア王子を見下ろし、シャンテはマカロンに尋ねた。
「これ、なんですの?」
「知らない。誰かが入れたんでしょ。シャンテに言われた通り、一番要らなそうなものを取り出したの。取り出せるってことは、誰のものでもないのよ」
「そうですわね」
魔族は、全員が亜空倉庫と呼ばれる異次元の収納スペースを持つ。
だが、中は繋がっており、他人が入れたものも出すことができる。
そのスペースは無限に近いが、入れたものを取り出すためには、その物にマーキングをしておく必要があり、そうすることによって、手に持つ必要はなくなっても、その物の重量を負わなくてはならない。
魔族のマーキングは魔術的な仕様である。
シャンテは、亜空倉庫に入れたものを紐で繋ぎ、紐に対してマーキングをすることで、紐分の重量の負担だけで済むことを発見した。
マカロンはそのために、数多くのオヤツやお菓子を亜空倉庫に収納している。
ただ、マーキングをしていない物もとりだせる。
何が出てくるのか、本人にもわからないらしい。
「さあ、この人間は、監禁しておくといいですわ。私たちは、本命に向かいますわよ」
「本命?」
「おーほっほっほっほっほっ! 魔王様に飼われている、勇者に決まっていますわ」
「勇者!」
勇者と聞くだけで、マカロンの毛が逆立った。
シャンテはマカロンの毛並を整えながら、ソマリア王子を監禁するように奴隷たちに命じて、自らは懐かしの魔王城に帰還した。




