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悪役令嬢シャンテの狂気と『モブ化』のスキル  作者: 西玉


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52 魔族の里 あるいはタヌキ村

 シャンテは拘束されたまま、森の中を歩き続けた。

 周囲には同じように拘束された奴隷のロリマとアドル、魔族の青年だが人間に化けているバロモンテとグロウリスがいた。


 その周囲を取り囲むように勇者の仲間たちである、騎士であり王子でもあるソマリア、宮廷魔術師カラスコ、神官クロム、大商人の番頭セイイが歩いている。

 シャンテのすぐ前、先頭のソマリアのすぐ後ろをタヌキそのものの姿のマカロンが歩いていた。

 どうして案内役のマカロンがソマリアの後ろを歩いているのか。


「野生のタヌキが出たら、乙女の貞操を守り切れますの?」


 というシャンテの主張に、魔族の奴隷と思われる4人の男女が一斉に同意したからである。

 勇者の仲間たちは、それを言ったのがシャンテだとは理解していないし、貞操を守ろうとしている『乙女』がタヌキであることも理解していない。


 魔族であるバロモンテとグロウリスは、魔族であることを隠したままだ。

 勇者の仲間たちは、拘束して連れている全員が、魔族の奴隷なのだと理解していた。

 魔族の奴隷が、結果的に女性ばかりなのだということは、勇者の仲間たちは知らないのだ。

 森を移動した日数は1日では足りない。


 シャンテは正体を隠したまま、時折マカロンにだけは正体を明かした。

 誰にも聞こえないよう、こっそりと耳元で高笑いするのだ。

 マカロンが話せることは、勇者の仲間たちは気づかなかった。

 マカロンの発言は明らかに聞こえているが、マカロンではない誰かが話しているのだと勝手に勘違いしているのだ。


「シャンテ様、どこかにいますか?」


 列の後ろから、縛られたまま森の中を歩くバロモンテが声を出した。


「シャンテだって? ここにいるはずがないだろう」


 最後尾を歩いていたセイイが聞き咎める。


「シャンテがいなくて、マカロン様が大人しくしているはずがございませんわ」


 シャンテが言った。誰も、シャンテをシャンテだと理解できないでいる。

 モブ化のスキルとは、それほどまでに恐ろしいのだ。

 シャンテが力を増し、権力を増し、存在を増すほど、シャンテがそこにいるということを、誰も理解できないのだ。


 シャンテの発言によっても、シャンテであることは誰もわからなかった。

 だが、そこにシャンテがいることだけは、縛られた全員が理解した。


「どうして、何もしないのですか? このまま、勇者の仲間を魔族の里に連れて行くのですか?」

「私たちは負けたのですから、それも仕方ないことですわ。逆らえば、殺されますもの。マカロンを危険に晒せませんわ」

「……でも、マカロン様以外にも、大勢の魔族の方が……」


 アドルが呟く。


「魔族の里って、大勢の魔族がいるのか?」


 カラスコが不安そうに尋ねる。


「マカロンって……トワイス王国の女王だろう? 何の関係があるんだい?」


 神官のクロムが怪訝な顔をする。

 マカロンが足を止めた。

 背後の奴隷たちを見上げる。

 シャンテは腰を折り、マカロンに囁いた。


「おーほっほっほっほっ」


 小声である。

 たちどころに、マカロンの瞳に理解の色が浮かぶ。


「このまま、お家に帰っていいの?」

「もちろんですわ。勇者マリアが魔王に囚われているのなら、こいつらは手も足も出せませんわ」

「うん。わかった」


 ソマリアが振り返っていた。

 タヌキが再び歩き出すのを見ると、前に向かった。


「さっき、妙な笑い声を聞いたような気がする。誰かの声に似ていたが……」

「愛しいんですの?」

「いや……身も凍る思いだ」


 シャンテは、腕をしばられたまま、ソマリアの鎧に守られた尻を蹴飛ばした。


 ※


 深い森の中を何日も歩き続け、ついに木々が切れた。


「着きましわね」

「わーい」


 マカロンが走り出した。

 先頭のソマリアを追い越し、人間の街と比べて原始的な建造物が立ち並ぶ、無骨な里に飛び出した。


「おい。逃げるぞ」


 後方からセイイが言った。


「放っておけ。ただのタヌキだ」

「マカロン様、危ない!」


 ソマリアの無関心を否定するかのように、グロウリスが叫ぶ。

 マカロンが夢中になって飛び出した先に、翼を持つ巨大なトカゲが飛び出してきた。

 トカゲは上空にいる。

 マカロンは気づかない。

 人間たちに比べて、明らかに視点が低い。


「おーほっほっほっほっほっ!」


 シャンテが全力で高笑いをした。

 走っていたマカロンが、シャンテの高笑いに足を止めて振り返る。

 マカロンが進もうとしていた先の地面が抉れる。

 トカゲの足が抉っていた。


「アイスランス」


 宮廷魔術師カラスコが、氷の刃を放つ。

 ソマリアが剣を抜いて走り出した。

 マカロンは、何が起きたのか気づかないまま、久しぶりに渾身の高笑いをあげたシャンテの元に喜んで戻ってきた。


「クロム、ワイバーンだ。風の守りを」

「うん」


 カラスコの指示に、クロムが従う。

 後方から、セイイが斧を手に飛び出した。

 シャンテは屈むと、縛られた両手をマカロンの前に出す。

 タヌキは悪食である。


 噛めるものは何でも噛み付くのだ。

 まるでそれが習性だといわんばかりに、シャンテを拘束するロープに噛みつき、安々と鋭い牙で噛み切った。

 勇者の仲間たちは、確かに優秀なのだろう。


 シャンテの高笑いに一瞬硬直し、全員が一斉に振り向いたものの、ワイバーンと呼ばれる飛行能力を持った巨大なトカゲの襲来に、対処は遅れなかった。

 シャンテがマカロンを抱きしめ、小刀でアデル、ロリマ、バロモンテ、グロウリスの縄を切断する。


「あれ、この辺りには沢山いますの?」


 シャンテは、勇者の仲間たちが迎え撃っていたワイバーンと呼ばれる魔物を指差した。


「うん。時々、行方不明になる子がいる。あいつらの仕業だって、よく聞くよ」


 マカロンが、シャンテの腕の中で頷いた。

 シャンテがはっきりとした高笑いを挙げたためか、マカロンはいつもよりシャンテに抱きついていた。


「この辺りは、大型の魔物の縄張りが重なっている場所ですので」


 グロウリスが答える。まだ、人間に化けたままだ。


「なるほど。どうりで、多いわけだ」


 アドルが嘆息する。


「どうして、そんな場所に集落をつくるんだろう?」

「人間から逃れるためだ」


 ロリマの問いに、バロモンテが無表情で答えた。

 魔族は強い。だが、魔族の女性はタヌキである。

 人間にタヌキが狩られるということは、魔族の戦士たちの肉親が狩られ、鍋にして食べられ、剥製にされて飾られるということなのだ。


「でも、マカロンのお友達も犠牲になっているのですから、あのトカゲもどきみたいのを、を従えているわけではありませんのね。どう対処していますの?」

「魔王様が率いる討伐部隊が間引きしています。魔族の戦士たちだけでは、遅れをとることもありますので。間引きされた魔物は、食糧になることもあれば、生きていれば家畜として飼い慣らすこともあります。魔王様が飼い慣らした家畜だけで……人間の国の一つや二つは潰れるはずです」


 グロウリスが誇らしげに語る。

 その先で、勇者の仲間たちが一頭のワイバーンを押しつつあった。

 宮廷魔術師カラスコが風の魔法を展開しており、ワイバーンにとって自由に空を飛ぶことができなくなったようだ。

 地面に落ちたところを、ソマリアとセイイが畳み掛けている。


「負けそうですわよ」

「野良のワイバーンなど、あの程度でしょう。もっとも、俺たちでも魔法なしでは敵いませんが」

「そうですね。あの人間たち、油断なりませんね」


 バロモンテとグロウリスが勇者の仲間たちを称賛する。

 シャンテが言った。


「2人は、魔王と王妃に告げてきなさい。勇者を取り戻すため、仲間たちが侵入したと」

「はい。マカロン様とシャンテ様はどうされます?」


「私たちは、あいつらを監視しますわ。魔族の里に人間の男どもが侵入したのですもの。魔族の乙女の貞操の危機ですわ」

「きゃあ」


 何を想像したのか、マカロンが体を丸くしてシャンテに抱きついた。


「承知しました。くれぐれも、マカロン様をお願いします」

「おーほっほっほっほっ! このシャンテにお任せになって」


 シャンテが高笑いをした時、森の中から沢山のタヌキたちが姿を見せた。


「あっ、シャンテさんだ」

「わーい。マカロン様もいる」

「頼みました」


 グロウリスとバロモンテが、魔族の本性を表して地面を蹴った。

 シャンテは、前回に来たときに友達となっていた魔族の女の子たちに囲まれた。


「一緒にいらっしゃい。あの人間たちなんか、私がいれば怖くありませんわ」

「はーい」


 シャンテが指差し、沢山のタヌキの乙女が声をそろえた時、ワイバーンの首が落ち、騎士である王子ソマリアの足もとに血溜まりができた。

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