51 魔族の里の勇者の仲間たち
魔王領を囲む鬱蒼とした森は、人間の方向感覚を惑わし、時間の感覚も狂わす。
抜けられるのは、精霊と対話し、導きを得られる者と獣だけだ。
つまり、魔族である。
マカロンは人間の臭いを辿り、鼻をひくつかせながら進んだ。
途中で足を止める。
首を後ろに向ける。
マカロンの後ろには、シャンテとアドル、ロリマがいる。
バロモンテとグロウリスは、マカロンに万が一でも危険が及ばないように警戒している。
2人だけに追わせた方が確実なのだとは、シャンテも知らないことである。
「どうなさったの?」
足を止めて振り向いたマカロンに、シャンテが尋ねる。
「なんだか、知らない人間の匂いが増えたの」
「おーほっほっほっほっ! それは、本当に知らない匂いですの?」
「あっ、シャンテの匂いだった。御免なさい」
「謝るには及びませんわ」
「うん」
常にモブ化しているシャンテの匂いは、マカロンですらわからなくなるのだ。
マカロンは途中何度か足を止め、その度にシャンテが笑い、森の中を元の場所に戻ってこようとしていた。
「マカロン様、戻っているのでは?」
「しっ。近いですわよ」
「はい」
アドルが黙る。マカロンは、地面に鼻を押し付けていた。
地面を隠す。
「わーい。キノコだ」
「おーほっほっほっほっほっ! トリュフですわね!」
「シャンテ! ここで会ったが百年目! マリアの仇だ! 死ね!」
マカロンがトリュフを掘り出し、ともに喜んだシャンテに向かい、木の影から飛び出したセイイが斧を振り下ろした。
セイイは、魔王の娘マカロンより、同族のシャンテを狙った。
不思議なことではない。
マカロンのことを魔王の娘だと理解していないのだ。
ただの無害なタヌキが、国を跨いだ悪役令嬢シャンテに従えられている。
セイイが横恋慕している勇者マリアの幸せを阻み、いやがらせを繰り返しているシャンテを憎まないはずがない。
シャンテに向かって振り下ろされたセイイの斧が、鉄の棒に阻まれて火花が散る。
シャンテが高笑いを放った瞬間であったことは、セイイにとっては当然だった。
その瞬間でしか、シャンテをシャンテとして認識できないからだ。
同時に、仲間達にもシャンテをマカロンにとっての友人だと思い出させる行為だった。
セイイの斧を止めたのは、セイイと比べても体格には遜色ない奴隷のロリマだった。
金属の棒を得物とし、セイイの斧を止めた。
「アドルさん!」
「はい!」
シャンテの呼びかけに、狩猟を得意とする奴隷のアドルが弓から矢を放つ。
ロリマもアドルも奴隷だが、魔王領の産まれだ。
人間の世界を知らず、魔王の愛娘の側近として取り立てられたことに恩を感じている。
初めて訪れた人間の街で、ほとんどの時間を遊びに費やし、その費用はシャンテが用だてた。
奴隷として一生を終えるしかなかった2人が、シャンテを守ろうとするのも当然である。
セイイは矢を避けて下がり、ロリマは鉄の棒を振り下ろす。
セイイは下がり、背中を向けた。
その背に、アドルの放った矢が突き刺さる。
走り去ろうとするセイイの背に、2本3本と矢が刺さり、5本目になって、ついに倒れた。
シャンテが近づこうとする。その前に、水色の髪をした華奢な男が立ちはだかった。
「待って。どうして君たちは、この男を殺そうとするんだい? この男が、何をしたんだい?」
シャンテは知っていた。神官のクロム、勇者マリアの仲間の1人だ。
「何をしたか、聞きたいんですの?」
「ええ。僕の友人だ。商人をしている。お金には細かいけど、悪いことをする男じゃない」
シャンテは、セイイの治療をしようとするクロムを見下ろした。
クロムがいる以上、他の仲間も近くにいるだろう。
勇者マリアが、魔王に誘拐された。
マリアを救出しようとして、ずっと森で右往左往していたのだろう。
結果として、ゼルビア王国から駆けつけたセイイと合流することになったのだ。
「マカロン」
シャンテは、セイイを恨む理由をもつ友人に言った。
マカロンは、シャンテの足に隠れながら、セイイを前足で指した。
「私の叔母様を殺したわ」
「えっ?」
クロムが驚いてセイイを見た。
マカロンが話したとは、気づかない。
「王族よ。現国王の妹だわ」
「ま、まさか……いや、でも……」
「クロム、迷うな! まずは、助けるべきだろう!」
その怒声は、背後から聞こえた。
シャンテが振り返る。
かつてはシャンテの婚約者だった男が、アドルを羽交締めしていた。
「そ、そうですね」
「ソマリア、カラスコはどうしたの?」
姿を見せたソマリア王子に、シャンテが尋ねる。
騎士でもある王子は、シャンテを見つめ、首を傾げながら言った。
「君は誰だ? ゼルビア王国の民か? 私だけではなく、カラスコのことまで知っているとは、勇者マリアのファンか?」
「マリアのファンが、セイイを殺そうとするかい? まあいいや。準備はできた。神の息吹」
クロムが祈りを捧げると、水色の髪が波打ち、セイイの全身が穏やかな光に包まれた。
人間性にどけだけの問題があろうと、勇者マリアの仲間達は本業では優秀なのだ。
「私は、ただ居合わせただけですわ。その子を放してくださいません?」
「いや。駄目だ。この女は、セイイを間違いなく殺そうとした。あんた……ただ居合わせただけなら、早く森から離れるといい。森の外に馬車があるが、誰も乗っていなかった。持ち主がどんな奴かわからないが、交渉して街まで連れて行ってもらうんだな」
シャンテの足元で、マカロンがじっとシャンテを見つめ、静かに離れようとした。
シャンテが裏切ったと思ったのではない。
隣で話している人間が誰なのか、わからなくなったのだ。
「マカロンさん、1人にはできませんわ」
シャンテが足元のタヌキを抱き上げる。
「離して。あんたなんか知らない」
マカロンがシャンテの手に噛み付くが、タヌキが話したことに、不思議と誰も気づかない。
シャンテは、噛まれた手から血が流れ出ようが、マカロンを抱いたままで続けた。
「勇者マリアの仲間ともあろう方々が、森の中で何をしていますの? 勇者マリアは、どうしましたの?」
「……随分、色んなことを知っているようだな。カラスコ、どうだった?」
ソマリア王子が背後の森の中に呼びかける。
木々を押し退けて、波打つ黒髪を揺らして、若き宮廷魔術師カラスコが長い杖を携えて姿を見せた。
「他には居ないな。この2人だけだ」
すでにロリマも、セイイの隣で倒れている。
神官クロムは、祈りによる治療と同様に、薬物を使用することに長けている。
薬物で眠らされたのだろう。
カラスコが杖を振ると、木の上から蔓で縛り上げられたバロモンテとグロウリスが降ってきた。
まだ、人間への変装を解いていない。
魔族としての本性を表していれば、戦闘の技術でマリアの仲間達に遅れをとる2人ではない。
だが、マカロンが信頼するシャンテの命令だったのだ。
忠実に守り、2人はカラスコの魔術師抵抗できずに囚われたのだ。
「私なら、あなたたちを魔王城に案内できますわ。ずっと、この森をうろうろしていますの? マリアも助けられず、再会した頃には、マリアは魔王の子供を孕っているかもしれませんわよ」
「あんた、何者だ?」
ソマリア王子が剣を抜き、切っ先をシャンテに向けた。
「マカロン、私を信じてくださいます?」
シャンテはタヌキを抱え、耳元で囁いた。
「誰なの? あんたなんか……」
「おーほっほっほっ」
酷く静かに、誰にも聞こえないほどの音量で、シャンテは笑った。
マカロンの目が大きく見開かれる。
シャンテは、タヌキの頭部を撫でながら、勇者に仲間たちを見据えて言った。
「シャンテ・トワイス・ゼルビア・フェリオ・ティアーズ、それが現在の私の名前ですわ」
「何? それでは……あなたがトワイスの新しい王……やはりシャンテでは……いや、シャンテと言ったな。どういうことだ? 私の知るシャンテと、どんな関係が……」
ソマリア王子の目が険しく寄り、剣を下げ、シャンテを見つめる。
シャンテが名乗ろうとも、誰も本人とは認識できない。ただ、耳元で笑い声を聞かされた、マカロンだけはじっとしていた。
「そ、そうだ。シャンテが、森の中になんてくるはずがない」
カラスコも同意した。
「そもそも、シャンテはトワイスの王じゃない。トワイス王国の王は、マカロンっていう、美しい人だ」
クロムが言った。
シャンテは、高笑いを飲み込んだ。
勇者マリアの仲間たちに囲まれた状況で、シャンテ本人だと知られるのは避けるべきだと思った。
「マカロン、魔王城に帰りましょう。案内して下さるわね?」
「うん」
自分を抱いているのがシャンテだと確信したマカロンは、シャンテの腕の傷が、自分が噛み付いた跡だとも理解できずに熱心に舐めた。
「魔王城に案内しますわ。魔王領には、魔族より人間の方が多いんですわよ」
「……奴隷としてか? あんたも、奴隷ってわけか?」
「そうですわね。全員、ちゃんと連れてきて下さるわね」
「ああ。拘束はさせてもらうが、魔王城まで案内してくれるなら解放する。マリアを助けることが最優先だ」
「結構。行きますわよ」
シャンテは言うと、まだ転がっていたセイイを蹴飛ばした。
クロムの祈りで怪我を癒した大男の商人が、唸りながら体を起こした。




