50 勇者の仲間たち
ゼルビア王国を出発した時、シャンテとその一行は、快適だが地味な馬車一台だった。
本来、王族の移動であれば豪快な装丁が施された馬車を大部隊で護衛する。
それが他国の王だからと、手を抜いて良いわけではない。
シャンテは、ゼルビア王家を従属させた以上、なおさらである。
だが、シャンてはあえて地味な馬車を選んだ。
向かうのが魔王領であり、大部隊での移動は戦争行為と捉えられかねないためでもある。
何より、人間の王族という立場は、魔王領ではなんら意味を持たないことをよく理解していたためである。
ちなみに、魔王よりも王妃、つまりマカロンの母である大タヌキへの土産は大量に用意してある。
全て、バロモンテとグロウリスの亜空倉庫に入れ、紐で縛ってある。
紐で結び、紐を取り出せるようにすれば、繋がっている荷物は引き出せる。
体への負担が紐の重量だけであることは、魔族の2人も理解していなかった。
2人の魔族に持たせたのは、紐ぶんの重量すら、タヌキ姿のマカロンには負担が大きかったのだ。
街道は、ゼルビア王国からトワイス王国につながる。
魔王領に行くには、街道を外れて森の中を行かなくてはならない。
御者を務めていた奴隷のロリマが馬車を止めた。
「どうします? 歩きますか?」
馬車の中でマカロンの毛繕いをしていたアドルが尋ねた。
狩猟を得意とする、小柄で素早い女性である。
「おーほっほっほっほっ!」
「シャンテ、歩ける? お家は向こうだけど」
マカロンが、窓から首を伸ばした。
シャンテが高笑いを上げる時は、往々にしてマカロンを始めとする周りの人間に、シャンテがここにいることを教える為であると、マカロンは理解し始めていた。
一度は森の中を歩いて行ったこともあり、行けないことはない。
マカロンが前足で示した先は、ただの森だった。
その先に、魔王城があるのだ。
「私の足は、マカロンの足ほど優れていませんわ」
「うん。バロモンテ」
マカロンが呼ぶと、護衛として追従していた魔族の若者が、馬から降りて馬車の外でひざまずいた。
「お家まで馬車が通れる道を作って」
「承知しました」
魔族の2人とも、人間に偽装している。
奴隷のロリマもアドルも野営は得意であり、馬車も地味な形にしたことから、魔法を使う必要はなかった。
魔族の本来の姿に戻ろうとしたバロモンテを、シャンテが止める。
「お待ちなさい」
「マカロン様、そちらは?」
「おーほっほっほっほっ!」
「失礼しました、シャンテ様」
「シャンテ、どうしたの?」
「あそこに、山賊らしい奴がいますわ。ちょっと、人間の姿のままで退治してくださらない? 相手は1人ですもの」
シャンテが指差したのは、馬車の進行方向だ。
禿頭の大柄な男が、鬱蒼と茂る森の前で立ち尽くしていた。
シャンテが乗る馬車を見て振り返り、近づいてきた。
「お任せください。マカロン様は、ここに」
「うん」
「行きますわよ」
バロモンテが動き出す。
シャンテは馬車の扉を開けた。
「えっ? シャンテも行くの? 私、ここにいるって約束しちゃった」
マカロンが言うと、シャンテは高笑いではなく笑った。
「『ここに』いればいいですわ。バロモンテは、そう言いましたわよ」
シャンテは、持ち上げたマカロンを腕に抱く。
「あっ、そうか。そうだね」
バロモンテの指示は、シャンテの腕の中にいるように言ったのだと、マカロンは誤解した。
誤解させた張本人であるシャンテは、馬車を降りる。
同じ馬車の中にいたアドルは、あえて何も言わなかった。
静かにシャンテの後に従い、護衛の役目を果たすために剣を手にしていた。
※
シャンテが馬車から降りると、バロモンテは警戒しながら近づいていくところだった。
グロウリスは馬車の後方にいる。馬に乗ったままだ。
バロモンテと距離を詰めながら、禿頭の男が言った。
「あんた達、ちょうどよかった。この辺りの地図か、方向を知る道具を持っていないか? あんた達は街道に沿って進めばいいだろうけど、俺はこの森の先に行きたいんだ。金なら払う」
バロモンテのすぐ後ろに、シャンテがマカロンを抱いたまま立った。
禿頭の男の視線がシャンテに向いたが、すぐにバロモンテに戻る。
魔族のバロモンテは、特徴を消して人間に化ている時は、ただの精悍な若者である。
立ち振る舞いは武芸者そのものだ。
禿頭の男は、バロモンテを馬車の主人だと思ったのだろうか。
「この人間、野盗なの? お金を払うって言ったわ」
シャンテに抱かれたままのマカロンが男を前足で指した。
バロモンテが視界を遮っているため、男には見えていない。
「すぐに分かりますわ。野盗より、もっとも悪いですわよ」
「そう」
マカロンが首を傾げて黙る。バロモンテが言った。
「地図はない。そんなものがなくとも、方向はわかる」
禿頭の男に、好意を抱いていないことが如実にわかる物言いだった。
「そうか……あまり言いたくなかったんだが……俺は、勇者マリアの仲間だ」
「殺して」
まさに間髪いれず、命じたのはマカロンだった。
主人の命令を、バロモンテは躊躇わずに実行した。
実に流麗な動作で、剣を抜き、突き立てる。
禿頭の男、商人のセイイの腹に剣の切っ先が吸い込まれるが、セイイが腹の防具で受け止めた。
あらかじめ、魔法を使わないように言われていなければ、バロモンテは魔族の正体を現し、魔法で吹き飛ばそうとしただろう。
バロモンテは大柄なセイイの胸を蹴り上げた。
セイイは腕につけた動物の毛皮で作った手甲で受けると、後方に飛んだ。
「あの毛皮、タヌキの皮ですわ」
「えっ? 誰?」
「きっと、マカロンのおばさまですわ」
「シフティーヌ叔母様の仇よ! シャアァァァァッ!」
セイイが腕につけた毛皮が誰の皮か、シャンテが知るはずがない。
そもそも、タヌキの皮ではないだろう。
だが、それは関係ないのだ。
マカロンが絶叫し、バロモンテの目の色が変わった。
「ちっ、何だってんだ」
セイイが毒突き、背中に括り付けていた大きな斧を手にする。
バロモンテが距離を詰め、剣で斬り付けた。
斧の柄で受ける。
人間に擬態している時、魔族は一切の魔力が使用できない。
魔力で肉体を強化することができず、バロモンテはセイイに押し込まれた。
今度はバロモンテが下がる。
追おうとしたセイイの足元に、馬車の中から乗り出したアドルが放った矢が突き立った。
御者台にいたロリマが、長い鉄棒を振り回して殴りかかる。
「おーほっほっほっほっほっ! 情けないですわよ、バロモンテさん」
「申し訳ありません」
「なっ! シャンテ! 貴様一体、ぐふっ……」
ロリマの鉄棒に腹を突かれ、セイイが悶絶した。
剣での刺突は防げても、単純な衝撃は防げないようだ。
セイイの体勢が崩れたところに、ロリマが振り回した鉄棒が剥き出しの後頭部を襲う。
セイイが地面に倒れる。
「マカロン、あの男の匂いは覚えまして?」
「うん。でも、どうして? あれ、死んだんじゃないの?」
ロリマはセイイを倒したものとして、シャンテとマカロンの前に戻る。
バロモンテは不覚を恥じ、グロウリスはようやく駆けつけた。
「そう見えますの?」
「えっ? あっ……どこ?」
マカロンの慌てる声に、ロリマとバロモンテが同時に振り返る。
セイイが倒れていたはずの地面には、人間が倒れた痕があるだけで、何もいなかった。
「さあ、マカロン、追いますわよ」
「はい」
答えたバロモンテに、シャンテは冷たい視線を送る。
「おーほっほっほっほっ! 実力不足ですわ。アドル、おいでなさい。マカロンさん、あの臭い男の痕跡を辿ってくださるわね」
「うん」
シャンテが言うと、マカロンは地面に降り、森の中に分け入った。




