47 魔王討伐
勇者マリアは、3人の仲間達ともにトワイス王国王城の離宮に足を踏み入れた。
離宮に仕える侍女モナが先導していた。
最奥の部屋に、その男はいた。
玉座と見間違えるほどの立派な椅子に腰かけ、裸身に簡単な布を巻きつけただけの姿で、細身とも言える男が腰掛けていた。
頭には柔らかい布を巻きつけている。
豪胆に足を開き踏みつけているのは、四つん這いの裸の女だった。
「殿下、お客様をお連れしました」
踏みつけにされていた女に眉一筋動かさず、モナ言うと、膝をついた。
「ほう……よくぞ参った。ゼルビアの勇者殿と見受けるが、よろしいかな?」
「お見込みの通りです。殿下は……トワイス王国の前王でよろしいですか?」
前王の問いに答えた後、マリアも問いただす。
以前にも会っていた。その時は、トワイス王国の国王と名乗っていた。
「ああ。その通りだ。王の座は譲った。むしろ、感謝している。雑事に煩わされず、ただ、したいことだけをする。このような素晴らしい生活があるとは思わなかった」
トワイスの王は不在がちだと以前から噂されていたが、それなりに気苦労はあったようだ。
「では、現在の王はどちらにいらっしゃいますか?」
「王に用があるのか?」
「はい。オレたちは、魔王を討ち果たします。その褒美に、オレとソマリア王子の結婚を承諾してほしいのです」
「……結婚の承諾? 意味がわからんな」
前王は首を傾げる。
どうして王を退いたのかはわからないが、非常に若々しく、肌は透き通るように白かった。
「ある女が、トワイス王国の王を名乗り、ここにいるソマリア王子の結婚を認めないと言ったのです。ゼルビア王家のしきたりでは、王位継承権の有る者は、現王の許しがないと結婚できません。ですが、ゼルビアの現王は、王族がトワイス王国の国王に服従する契約書に署名いたしました。トワイス王国の王に認めてもらえなければ、ソマリア王子は結婚できないのです」
マリアは真摯に訴えた。トワイス王国の前国王という青年は、足蹴にしていた女の背中を、足の裏で弄びながら言った。
「ある女というのが、現在のトワイスの女王だという前提なのだな?」
「はい」
「マカロンか?」「シャンテです」
前王とマリアの言葉が重なる。
マリアはソマリアを振り返る。
「前王は、マカロンかと尋ねました」
囁いたのはカラスコだった。
マリアが視線を戻す。
前王は言った。
「シャンテ……シャンテ……ああ、よくマカロンの話で出てくる名だ。そうだ。現在は2人の女王が統治しているのだ。ならば、マカロンと並び立つというその女の名は、シャンテなのだろう」
前王は、奇妙な言い回しだが、シャンテが女王であることを認めた。
マリアが振り返ると、ソマリアが肩を落としたことがわかった。
少なくとも、シャンテの主張が全て嘘だったわけではないのは確かなのだ。
マリアは尋ねた。
「マカロンという方は、どなたですか?」
「余の娘だ」
「城にあった肖像画の方ですね?」
背後から、クロムが尋ねる。
「うむ。実によく画けている」
前王は満足げだったが、それが女性の肖像画が抱いたタヌキの方を褒めているのだとは、マリアも気づかなかった。
「では、前王にお尋ねします。現王の意見を変えることはできるでしょうか?」
「できるかもしれんが、その必要があるとは思えん」
「トワイス王国は、今後も魔王領との盾となるおつもりですか?」
「否だな。マカロンがこの国の女王となった以上、魔王軍がトワイスを攻めることはない。軍を動かすときは、むしろ周辺国を攻める時だろう」
「シャンテの言った通りだな」
ソマリアの呟きに、マリアは頷く。
シャンテが現女王であることが確かで、目の前に前国王がいたところで、現国王の意向を覆すメリットは、前王にはない。
マリアは言った。
「魔王軍と戦わずとも、トワイスは人間の王国です。オレが魔王を討伐する支援をお願いしたい。それと、オレが魔王を倒せたら、ここにいるソマリアと結婚できるよう、現女王に口添えをいただきたいのです」
「どちらも、否だ」
魔王は言いながら、頭を隠していた柔らかい布を外した。
頭上には、まだ完全には生え替わらない、鋭い角が突き出ていた。
「魔族?」
勇者マリアは腰の剣に手を伸ばした。
剣の柄を掴んだつもりだった。
だが、感触が柔らかい。
「余を魔族というか。間違ってはいないが、この姿では、わからんかな?」
マリアが手元を見る。
掴んでいたのが、人の手であることを知る。
前王が変化を始めた。
「カラスコ、全員に防御魔法を。クロム、回復魔法準備を」
ソマリアが言うと、先に剣を抜き、踊りかかった。
「モナ、何をしているの?」
マリアが掴んだのは、侍女として同行したモナの腕だった。
モナはマリアの剣をとり、引き抜いた。
「ああ、勇者マリア様、お待ちしておりました。私がどれほどお待ちしていたか、申し上げてもわからないでしょう」
「マリア、すぐに剣を奪い返せ!」
切り掛かったソマリアが、前王の腕の一閃で跳ね飛ばされながら叫んだ。
前王は変異しつつあった。
肉体が膨らみ、肌が赤く染まる。
「ひっ……」
足蹴にされていた女が逃げる。
モナは喋り続けた。胸元に、マリアの剣を抱いていた。
「そのお方は言いました。勇者マリアが来たら、魔王の前でこう言いなさい。そうすれば、あなたは女王付きの侍女にしてあげる。女王付きの侍女になれば、やりたい放題よ」
「マリア、相手にするな!」
ソマリアが叫ぶ。カラスコの魔法が発動した。
だが、夢見るように語るモナから、マリアは強引に剣を奪い返すことができなかった。
「……何て言えって?」
モナは答える。
「『おーほっほっほっほっほっ! 淫乱勇者は、魔王の妾がお似合いですわ! 魔王が人間を連れ帰っても、奥さんに怒られない女がただ1人だけいますわよ! 勇者マリア! 王家に嫁ぎたいなら、魔王城がお似合いですわ!』」
モナの語り口が、全員が知っているある人物にそっくりだったため、魔王を含めた全員の動きが止まった。
「なるほど」
すでに魔王は、変容を終えていた。
真っ赤な素肌に、複雑な紋様が浮かび上がっている。
「何が、『なるほど』だ! マリアを渡すか!」
ソマリアが飛びかかる。
カラスコが氷の槍を投げつける。
魔王が動いた。
勇者マリアの、目の前にいた。
「余を、覚えておるな?」
巨大に膨らんだ男の形相に、マリアは震えた。
「ま、魔王……」
「恐れることはない。あの時は、喜んでいたではないか」
「う、嘘だ」
「嘘であれば、呪いは効かん」
魔王の瞳が赤く光る。勇者マリアの膝が落ちた。
体が震えていた。
股間が濡れた。
「……いや」
「マリアに触れるな!」
再度飛びかかったソマリアが、頭をつかまれた。
カラスコが放った火の魔法が、ソマリアの体で打ち払われる。
そのまま、魔王はソマリアをクロムに投げつけた。
クロムは神官である。
神官の力を魔王が苦手にしていることを知っているのは、シャンテだけだ。
ソマリアに命じられたとおり、回復魔法の準備をしていたクロムは、突然投げつけられた物体に押し潰された。
魔王が、勇者マリアの顎を掴んで上向かせる。
「余の娘マカロンは、余に実に都合の良い宮殿を与えてくれた。だが、ずっと魔王城を不在にしているわけにもいかん。そろそろ戻らねば、あらぬ疑いを妻が抱く頃あいだったのだ。勇者を連れ帰り、拷問する。誰も反対せぬし、本物の勇者であれば、妻も口出しはできん。マカロンは、余の宝だな」
「……魔王なんかに……」
勇者マリアは震えた。
全身が、性感帯になったかのように震えていた。
魔王はマリアを乱暴に抱き抱えても、マリアは逃げなかった。
魔王が、モナを見る。
「よくやった。王城に戻り、好きな部屋を使え。勇者が魔王に攫われたと知れば、マカロンであれば何が起きたのか悟るはずだ」
魔王の中では、全てがマカロンの策なのだ。
魔王はシャンテと直接会い、話もしているが、常にモブ化しているため、シャンテがマカロンに及ぼす影響は理解していないのだ。
「ありがとうございます」
モナは言うと、走って部屋を出た。
魔王の行動を予測したのだ。
魔王が勇者を連れて去れば、勇者の仲間とモナが残される。
勇者の仲間が、モナを無事に逃すはずがない。
魔王は腕の一振りで部屋を炎に彩り、窓を破って外に出た。
勇者マリアは、魔王の腕に抱かれたまま、身動きもできなかった。




