46 魔王の離宮
トワイス王国王城の離宮は、すぐに見つかった。
勇者マリアと3人の仲間達は、庭園に出るとすぐに離宮を見つけた。
看板が出ていたので間違いない。
離宮に行くと、見張りも守備兵士もいない。
「ここに、前王がいるはずなんだけどね」
マリアは、あまりにも無防備な離宮の様子に、訝しく見回した。
「王城にも守備兵を置かないぐらいです。これが普通なんじゃないですか?」
魔術師カラスコが言うと、王子でもある騎士ソマリアが首を振る。
「これが普通なはずがない。王城には確かに守るべきものがなかったかもしれないが、現王が不在なら、前王はいるはずだ」
「なら、異常が起きているってこと?」
神官クロムの問いに、ソマリアが頷いてマリアを見る。
「カラスコ、探知魔法を」
「わかりました」
宮廷魔術師でもあるカラスコは、多彩な魔術を使いこなす。
魔物や魔族に対する攻撃的な魔法だけでなく、王族の生活をサポートするための魔法も必須だ。
大きな荷物袋に入れた大量の道具の中から、画板と羊皮紙を取り出し、その上に回転式のコマを置く。
カラスコが魔法を使っている間に、マリアがソマリアに言った。
「トワイス王国って、魔王領との最前線だよね。兵士が足りていないのかな?」
「それはないはずだが、王に仕える兵士は意外と少ないはずだ。トワイスは、各領地の貴族の力が強い。魔王領との戦いも、直接接している領地の貴族が中心で、各貴族は援軍を送る形となっている」
「じゃあ、王に実質的な権限はないの?」
「軍隊に対しては、案外そうかもしれないな。ただ、王国内の流通網と街道の使用権を王族が握っているため、兵を維持しなくてもいい王家は苦労が少ないらしい。羨ましいことだ」
「ソマリア、そこは羨むとこじゃありませんよ」
カラスコが口を挟んだ。魔法の結果が出たのた。
地面に座って魔法を使用していたカラスコが立ち上がり、画板に貼り付けた羊皮紙に描いた図を見せた。
「中に人間は複数いますが、1人、強い魔力を持った奴がいますね」
「場所は?」
「ここです」
「ここ……どこ?」
マリアが尋ねると、カラスコは眉を寄せた。
「この建物の、一番奥の部屋だろう」
「これ、建物? 荒地の絵じゃないの?」
「離宮の中を探っているのに、荒地を描くはずがないだろう」
「下手だな」
ソマリア王子の呟きに、カラスコはますます口を曲げた。
「わかればいいはずでしょう」
「分からないから、言っているんだよ」
クロムまで、渋い顔をして羊皮紙を睨む。
マリアはソマリアに訴えた。
「宮廷魔術師の資質に、描写能力も入れた方がいいんじゃないかな」
「必要ないでしょう」
カラスコが牙を剥く。
「シャンテだって、初めから絵が上手かったわけじゃない。いや、あいつの肩を持つわけじゃないが」
ソマリアの肩を、マリアが叩いた。
「いいよ。ひとり、注意する人がいるんだね。ソマリア、わかっている。カラスコが嬉々として復讐を始めないように、これ以上責めないであげて」
「感謝します」
口では感謝を述べながら、不服そうにカラスコは、落書きされた羊皮紙を丸めた。
「でも、地図を描く練習はしておいてね」
「……わかりました」
肩を落としたカラスコを、慰めるようにクロムが叩いた。
※
トワイス王国王城の離宮に入る。
「魔力の高い人って、誰だろう? 前王かな。魔物や魔族がいるってこと、あると思う?」
警戒しながら離宮の門を開け、建物内に入ってから、マリアがソマリアに尋ねた。
「わからないな。トワイス王国の国王は、昔から表に出ないことで有名だった。不在のことも多いらしい。だから、本当は国王なんていないのではないかって噂すらあったぐらいだ」
「でも、王はいるんだよね」
「そうみたいだな。以前にも会っているし」
「うん」
マリアが警戒しながら通路を進み、建物の構造も調べた通りだとカラスコがつぶやいたところで、マリアは足を止めた。
通路を曲がる角の手前だった。
「どうした?」
「誰か来る」
「カラスコ」
ソマリアが振り返る。カラスコは首を振る。
「ただの人だと思います」
「わかった」
マリアは応え、角を曲がる。
「ひっ!」
驚いたような声を出したのは、マリアが知らない女性だった。
侍女のような服を着て、洗濯物を持っている。
どこか疲れたような様子をしている。
肌が浅黒く、目が大きいのが印象的だった。
「君は誰? ここで、何をしているの?」
マリアは丁寧に尋ねながらも、手に持った剣を女の首に押し当てていた。
「お、お助けください」
「傷付けるつもりはないんだ」
「わ、私を、ここから出して下さい」
女は訴えながら涙を流した。
マリアが剣を引くと、女はへたり込む。
「私は、私は……ゼルビアの街で働くただの機織りです。ちょっと休憩していたら、あの男に誘われて……お金を持っていたので、つい……」
「ああ。分かるな」
「私はわからない」
呟いたカラスコの言葉を、ソマリアが打ち消す。
マリアが促し、女は続けた。
「最初は、少しだけだったんです。でも、お金でつられているうちに、馬車に乗せられて……このお城に連れてこられてからは、毎日あの男の相手をさせられるか、雑用を命じられています。ゼルビアには、私の弟と母親が待っているのです」
浅黒い肌の女は、泣きながら手で顔を覆った。
「……酷い男だね」
マリアは同情するが、神官のクロムが首を振る。
「でもマリア、その子の話が本当だとすると、この離れにいるのは前王ではないんじゃなかな。いくらなんでも、国王だった人がゼルビア王国に侵入して、女の人をさらって帰るなんてことがあると思う?」
「確かに。女性が欲しいのなら、自分の国で探せばいくらでも……王ですから、手に入るでしょうし」
カラスコの足を踏みつけながら、ソマリア王子が訂正する。
「トワイス王国の王が結婚しているという話は聞いたことがない。自分の国の女性とは結ばれない理由が……あるのか?」
「オレに聞かないでよ。わからないから。君、名前は?」
勇者マリアは、泣き続けていた女に手を差し伸べる。
「モナです」
「わかった。モナ、この離宮に住んでいる男が誰であれ、君を解放させる。ゼルビアの国民を勝手に奴隷みたいな扱いをして、タダで済ませられないよね」
マリアが振り返る。ソマリア王子は大きく頷いた。
「当然です。ゼルビア王国の女性は、全て私のものだ」
声色はソマリアに似ていた。だが、言ったのは王子ではない。
「なんだって?」
「カラスコ!」
低い脅しの効いた声を発したマリアに、ソマリアは宮廷魔術師を殴りつけた。
「この離宮に、女の人はどのぐらいいるの?」
勇者の怒りに触れ、怯えたモナを、神官クロムが落ち着かせる。
「わかりません。でも……10人はいるんじゃないかと思います。逃げ出せたのは、1人だけです」
「王妃様だね」
マリアが言うと、ソマリア王子も同意した。
「ならば、私たちは一度会っている男ですね。マリアは2度ですか」
カラスコが真顔に戻り、記憶を探る。
今度はマリアも同意した。
以前きた時に、全員で謁見した。その時に国王とは会っている。
その後、王宮の内部に侵入し、マリアとソマリアだけが2度目の面会を果たした。
正確には、マリアとソマリアはその前にゼルビアの連れ込み宿で会っているが、姿が変わっていたこともあって理解していない。
「でもマリア、全員を解放するの? 前とはいえ、国王だよ。罪には問えない。無理にさらったりすれば、僕たちがこの国で犯罪者になってしまう」
神官クロムが主張する。
ソマリアが口を挟んだ。
「全員でなくともいいだろう。この離宮にいる女の子で、ゼルビアの出身者で希望している子だけ、連れ帰ればいい。それなら、たとえ現役の王であっても、文句は言えない」
「うん。オレたちは、トワイスに戦いに来たんじゃない。交渉しにきたんだ。もし、この離宮にいる男がオレたちを殺そうとすれば、オレたちにとって、大義名分ができる」
マリアは言いながら、剣に手をかけていた。
「あの、あなたのお名前は……」
仲間達で話している間に、話から外れてしまったモナが尋ねた。
マリアは力強く頷いた。
「君が拐われた時に、オレの名前を聞いているかどうかわからないけど、オレの名前はマリア。ゼルビア国では、魔王を倒す勇者として、ちょっとは有名なんだよ」
マリアが名乗った途端、モナの表情が変わる。
泣き続けていたモナが、突然膝をつき、晴れ晴れとした表情で両手を組み合わせた。
「ああ……この巡り合わせに、感謝いたします。本当に、私たちの前に来てくださった」
「そ、そんなに言われると照れるよ」
マリアは、再びモナを立ち上がらせる。
「よし。ソマリア、カラスコ、クロム、行こう。モナはここに居て」
「いいえ。ご一緒させてください。先ほど、戦いに来たのではないとおっしゃいました。危険はないのでしょう?」
マリアは、モナの肩を叩く。
「わかった。なら、案内を頼めるかい?」
「お任せ下さい」
モナは言うと、先ほどまでさめざめと泣いていたのが嘘のように、しっかりとした足取りで離宮に奥に進んでいく。
勇者マリアと仲間達は、ゼルビア王国から女性を誘拐して奴隷化しているかもしれない、トワイス王国の前国王と対面するため、モナの案内に従った。




