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悪役令嬢シャンテの狂気と『モブ化』のスキル  作者: 西玉


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45/56

45 トワイス王国にて

 一月が経過した。

 勇者マリアは、騎士であり王子であるソマリア、若き宮廷魔術師カラスコ、神官のクロムと共に、トワイス王国にいた。

 もう1人の仲間、大商人の番頭セイイはゼルビア王国に残してある。


 勇者マリアは一月前、結婚を目前にして仇敵である悪役令嬢シャンテに阻まれた。

 邪魔をしたのでも、騒ぎを起こしたのでもない。

 勇者マリアが幸福を手に入れようとしいていた時に、マリアの結婚を否定できるだけの権力を手に入れて立ちはだかったのだ。


 その際にはっきりした。

 シャンテは、魔王と結託している。

 ならば、魔王を討伐するという勇者本来の役割を果たすことこそが、マリアの幸福に他ならない。


「街の様子は普通だね」


 トワイス王国の王都マカロンに入り、勇者マリアと仲間達は食堂に入った。

 注文すると、パンと肉や野菜の盛り合わせしかメニューになかったが、ゼルビア王国の食堂とそう変わるわけではない。


「ああ。もともと、この国は国王が何もせず、政治の全権を貴族や家臣に丸投げしていることで知られていた。私も……見習いたいと思ったこともある」

「それじゃ困るよ。ソマリア、君が言うと洒落にならない」


 運ばれてきた水を口に含み、カップの底を見つめながら神官クロムが言った。

 飲み物を見るとまず一口含み、カップの中を覗くのは、シャンテ対策である。


「冗談だ。カラスコが来たな。どうだった?」


 カラスコは、宮廷魔術師のローブに長い杖、水晶の玉を手にしていた。

 椅子に腰掛けながら口を開く。


「間違いなく、シャンテはゼルビアにいます。セイイからの報告です。シャンテを拷問した3人の貴族は、この一月でほぼ破滅しています」


 シャンテを3人の貴族が拷問したのは、王妃が魔王にさらわれた直後のことだ。

 シャンテは、あえて拷問を受けたのだとマリアは考えていた。

 シャンテはマリアに、復讐をするために拷問されたのだと、はっきり言ったことがある。

 それは3人の貴族であり、シャンテに近づく貴族には、必ずといっていいほど、後ろめたい事情がある。


「破滅って、どんな風に?」

「……聞きたいですか?」


 カラスコが尋ねると、マリアは小さく頷いた。


「飯の前だ。簡単でいい」


 ソマリアの言葉に、カラスコは頷く。


「ええ。どうやったのかはわかりませんが、トリティス子爵は、夫人が自殺して、本人は踊り狂いました。モダルテ伯爵は、家族を殺して、本人も自殺しています。イーゼン男爵は、破産して夜逃げしています」

「……それが全部、つい最近起こったことなの?」


 マリアは耳を疑った。全てがシャンテの仕業ではないだろうが、短期間に起こったことにしては、あまりにも酷すぎる。


「シャンテがゼルビアの王都に戻ったと見込まれる前には、3人とも何も問題ない貴族として振る舞っていました」


 カラスコが言うと、マリアは言葉も出なかった。


「……やっぱり、マリアの推測は正しかったね。シャンテは、この国の女王なんだろう? なら、ゼルビアに来る必要はない。シャンテは、ゼルビアに復讐するために戻ったんだ。マリアと……シャンテを拷問した貴族たちに」


 神官クロムがまとめる。

 マリアは、運ばれてきた肉料理を受け取りながら、自分の肩を抱いた。


「オレの結婚をご破産にして、ゼルビア国だけでなく周辺の国にも知らせて、大恥をかかせたんだ。もう、オレに対するシャンテの復讐は終わったよね?」

「だといいけどな」


 ソマリアは言いながら、盛られた肉をめくりあげた。

 肉の下に、害虫の死骸などが入っているのではないかと警戒したのだ。


「あいつこそ、魔王じゃないんですかね」


 クロムの言葉に、マリアが首を振る。


「クロムは、魔王に会っていないから。本物の魔王は、やっぱり別にいるんだよ」

「あっ……ごめん」


 マリアは、カラスコと交わっている時に魔王に押し込まれた過去がある。

 思い出したくなかった。

 マリアは、自分が涙ぐんでいることに気づいた。

 目元を拭う。


「だが、少なくとも今は、シャンテはここにいない。それがわかっただけで、十分だ」


 言いながら、ソマリア王子はカップを掲げ、マリアとカラスコ、クロムがカップを打ち鳴らした。


 ※


 勇者マリアは、最も警戒していたシャンテがゼルビア王国にいると確信して、トワイス王国の王城に向かった。

 特に注意されるでもなく、中に入ることができた。


「以前に来た時も、ほとんどチェックされなかったけど、素通りだよね。こんなんでいいのかな?」


 王城の警戒の緩さに、勇者マリアが首を傾げる。

 ソマリア王子は、見せようと用意していたゼルビアの紋章を懐に戻していた。


「ああ。以前も警戒は薄かったが……国王を守ろうという意識が低かったんだろうな。だけど、今はシャンテが女王で、ゼルビアに行ったまま帰ってこないんだ。泥棒すら入らないんじゃないか?」

「そう? シャンテって、泥棒に入られるのなんて、大嫌いだと思うけど」


 マリアの問いに、カラスコが答える。


「逆ですよ。もし泥棒に入られたら、その泥棒にどうやって復讐してやるか、嬉々として計画を練るのがシャンテです」

「……なるほど。だれも、そんな女王のものに手を出したりしないんだね」


 神官のクロムが、水色の髪を弄びながら述懐した。

 マリアと3人の仲間達は、誰にも見咎められずに王城の中枢まで入った。

 以前にも、来たことはある。


 謁見の間で、ほとんど人前に出ないとも言われていた当時の国王と話したこともある。

 その後、マリアはシャンテがいることを知り、シャンテの企みを暴くために王城の奥に侵入し、ゼルビア王国の囚われた王妃を救出した。


 その功績は高く評価され、魔王領との戦争回避のための隊長に任命され、第一王子ソマリアとの正式な婚礼が約束された。

 そのいずれも、シャンテの暗躍によりご破産となった。

 王城の広間で、勇者マリアは足を止めた。


「……この絵、以前にはなかったよね」


 マリアが足を止めて見上げたのは、王城の壁一面を埋め尽くす、巨大な肖像画だった。

 美しく、着飾った、威厳のある姿は、不思議とタヌキを抱いている。


「……そうだな。新しくここに飾ったなら、新国王じゃないか?」


 ソマリアの言葉は、王族としての一般的な良識だ。

 その見解は正しく聞こえるが、マリアは首を横に振る。


「でも、この絵はシャンテじゃないね」


 マリアは断言した。


「そうだな。私も違うと思う。シャンテはもっと……どんな顔をしていた?」


 ソマリアの言葉に、マリアが肘で突き上げる。


「ソマリア、しっかりしてよ。仮にも、婚約者だったんじゃない。いくらなんでも、もと婚約者の顔を思い出せないの?」

「……すまん。シャンテは……あんなに優しそうな目つきはしていないな?」


 ソマリアの言葉に、マリアは頷こうとして止まる。


「だと思うけど……えっ? どうして? オレも、シャンテがどんな顔をしていたのか、思い出せない」

「カラスコはどうだ?」


 ソマリア王子が宮廷魔術師に尋ねる。長いローブを着た黒髪の青年は、壁の絵をじっと見つめた。


「シャンテが女王だっていうのが、間違いなんじゃないのか? いくらトワイスの国王がただの飾りでも、復讐することが何よりも楽しいような女を王にするはずがない」

「カラスコの言うことにも、一理あるかもしれません。この絵は、シャンテではないように思います。僕は、それほどシャンテとは付き合いがありまんが……この絵の女性が、本当のトワイスの女王なのでしょう」


 神官クロムが言った。マリアとソマリア王子の視線が交差する。


「シャンテが女王じゃないのなら……」

「私たちの結婚を認めない権利はない!」


 マリアの突き出した拳を、ソマリアが握りしめた。

 ちょうどそこに、侍女服を着た女が通りかかった。

 城にはかなりの人間がいるが、忙しく働いているという様子はない。

 ただ、勝手に仕事らしいことをしている。

 ゼルビア王国の勤勉な侍女たちとは違う。


「ねえ、君、この国の王は、最近変わったよね?」


 マリアは男装をしている。口調も男性だが、声は女性特有の優しく張りのある声だ。

 呼び止められた侍女は、マリアを怪訝そうに見つめた。


「はい。そうですが……外国の方ですか?」

「うん。オレたち、魔王を討伐にいくだけど、トワイス王国の新しい王がどんな人かと思って、見に来たんだ」


 侍女は、マリアを値踏みするように見つめていた。


「残念ですが、女王陛下はお出かけです」

「名前は?」

「存じません」

「王城に仕える侍女が、国王の名前を知らない? そんなこと、あるはずかないだろう」


 黙っていられなくなったらしい、ソマリア王子が口を開く。

 マリアが制止した。


「誰か、国王の名前を知っている人はいる?」

「……さあ。誰も、お名前を覚えられないらしいですよ。女王陛下の話題になっても、いつも名前がなんだったのか、誰も思い出せないんです。でも、前代の国王陛下なら、ご存じなのではないでしょうか」

「前代の国王? どこにいるの?」


「王城の庭園に、離れを作って……まだお若いですから、気に入った女性を連れ込んで侍らせているようですよ」

「……最低」

「クズが」

「羨ましい」

「男の夢だね」


 マリアの視線が、魔術師と神官に向いた。


「カラスコはともかく、クロムまで」

「私はともかくって、どういう意味だ?」

「クロムは神官だからな。異性とは縁遠い……んだよな?」


 いきりたつカラスコを、ソマリアは宥めながらクロムに尋ねる。

 クロムは、顔を赤くした。


「ええ。私が知っている女性は……マリアだけです」

「なら、許してあげる」

「いや、マリア、それはおかしいだろう」

「ソマリア、そんなことを言っている場合? 君、その離れに案内を……あっ、行っちゃった」


 マリアたちが盛り上がっている間に、王宮付きの侍女は逃げるように離れていった。

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