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悪役令嬢シャンテの狂気と『モブ化』のスキル  作者: 西玉


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43/56

43 勇者マリアの結婚式で

 国をあげての婚礼である。

 教会ではなく、王城全てが会場となった。

 大広間で式を執り行う予定だった。

 マリアは、白い衣装を纏った。


 ゼルビアでは、結婚式に着る服の色に定番というものはなかったが、マリアは白を好んだ。

 白いドレスを纏い、本来なら父親にエスコートされるはずだった。

 だが、マリアは天涯孤独だった。

 父の代わりに、母も存在しないマリアは、3人の男性にエスコートを任せた。


 大広間の先には、すでにソマリア王子が、マリアの趣味に合わせた純白のコートを着て待っていた。

 大広間の扉が開く。

 マリアは右手を、知識を象徴する宮廷魔術師のカラスコに預け、左手に純潔を象徴する神官クロムに預け、長いスカートの端は富を象徴する商人のセイイに持たせていた。


 王城に押しかけたのは、貴族たちだけではなく平民たちもおり、人垣を作っていた。

 王子とこの世界を救う勇者の婚礼を一目見ようと、人々が詰め寄せていた。

 大広間の内側では、大貴族たちが整然と並んでいた。

 マリアの登場に、振り向いて目を細める。


 3人の男を従えたマリアの姿に、魔王討伐の過酷な旅を共にする仲間たちだという認識しかない人々は、素直に賞賛した。

 マリアと男たちの関係を知っているのは、王子ソマリアと一部の侍女だけだ。

 マリアは、頭部から垂れたヴェール越しに正面を見た。


 ゼルビア王国第一王子のソマリアが、目を細めて大広間の一番奥で待っていた。

 マリアの登場にあわせて、煽情的な楽音が奏でられた。

 煽情的というのは、勇者を思わせる勇ましい音楽だ。

 マリアは静かに歩き出し、視界の隅で慌てている男の姿を捉えた。


 曲調が変わる。

 マリアが勇者であることを知り、あえて勇ましい曲を選んだのだろう。

 マリアが勇者の仮面を外し、ただ花嫁として登場したため、慌てて曲を変えたのだ。

 まるで天界が見えるような荘重で涼やかな音楽が流れ、その曲に乗せられるように、マリアは足どり軽く進んだ。


 居並ぶ大貴族たちが嘆息する。

 花嫁の勇者マリアが、騎士である王子ソマリアの前に止まる。

 ソマリアは、一段高い場所にいた。

 マリアを囲む3人の男も、今は目に入らないようだ。


 ソマリアが、右手を伸ばす。

 マリアはクロムに預けていた左手を、ソマリアに差し出した。

 ソマリア王子は、当代随一の騎士の異名に違わぬ逞しい体つきをしている。

 マリアは、ソマリアに預けた手を中心に、自らも一段高い位置に登った。

 エスコートした3人の男たちは、段に登らずその場で膝をついた。


「マリア、綺麗だ」

「しっ。規則通りに」


 思わず口をついたソマリアの言葉に苦笑しながら、マリアは嗜めた。

 婚礼を上げる当事者は、決められた言葉以外を口にしてはいけない。

 その決まりが、いつどういう理由でできのたかはマリアもわからないが、婚礼を迎えるにあたって、魔王の元から戻った王妃に教えられた。


「ああ。わかっている。いますぐ、ヴェールを外して世界中の人間に見せつけたい気分だ」

「後で、王妃様にオレが怒られるんだよ」

「……すまん」


 悪いとは思っていない微笑を浮かべ、ソマリア王子はマリアの手をとったまま前を向いた。

 通常は、司祭か神官がいる。

 だが、王家の婚礼は特殊である。

 ソマリア王子とマリアが並んで立ち、視線をそろって向けた先には、ゼルビア王国の国王その人がいた。


 王の宣言により、王族の婚礼は成立するか否かが決まる。

 ほとんど前例はないが、王が婚礼をひっくり返すこともないわけではない。

 マリアは、ソマリアの手を握った。

 ソマリアが、マリアの手を握り返した。


 横目で見る。

 ヴェール越しでも、ソマリア王子が力強く頷いたのがわかった。

 王が口を開く。


「つい先ほど、我がゼルビアの王家は、トワイス王国の国王に服従することを約束した。王太子ソマリアと勇者マリアの婚礼は、トワイス王国国王の名において、宣言されるであろう」


 マリアは耳を疑った。

 突然の発表だった。

 隣を見る。

 ソマリア王子が、口を開閉させていた。

 何度か言葉を選び、発した。


「父上! どういうことです! ゼルビアは、かつて一度も独立を失ったことはない。ゼルビア王家は永遠のはずだ!」


 国王は答えず、マントを翻して背を向けた。


「ソマリア」


 静かに声を発したのは、国王の背後で、立つこともせずに腰掛けたままだった王妃だった。

 数ヶ月前、トワイス王国で勇者一行が保護し、連れ帰ったのだ。


「母上も、承知のことなのですか?」

「安心なさい。陛下が言ったでしょう。ゼルビア王国が、属国となったわけではないわ。ただ……王家が、服従することになっただけなのよ」

「王妃様、オレと約束してくださいました。必ず、ソマリアと結婚させてくださるって」


 マリアの言葉に、王妃は青い顔で頷いた。

 救出されたトワイス王国で、確かに王妃はマリアに約束した。


「ええ。覚えているわ。約束は、必ず守ります。でも……トワイス王国の国王陛下が、2人の結婚を認めてくだされば、なんら問題はないのですし……」


 王妃は、しどろもどろだった。

 何度も言葉を濁し、どもりながら言った。

 王が、玉座に座り直す。


「全ては、つい先ほど決まったことだ。伝える時間がなかった。だが、婚礼は予定通り行う。トワイス国王が、認めるか否かも含めてだ」


 王の表情は、怒っているようだった。

 不満なのだ。

 王国ではなく、王家を従えたというのは、本来は属国になるはずのところを、王家だけにとどめたのではないだろうか。

 トワイス王国は、一体何を求めたのだろうか。


「しかし、トワイス王国の国王は、人前に出たことはないはずです。一体、どこにいるのですか?」

「ああ……それだが……」


 国王は、左右に視線を送った。

 王家付きの最上の侍女たちが数人、王が座る玉座から離れた位置に立っていた。

 王は何を探しているのだろう。

 マリアは、堪えきれなかった。

 不安はあっても、ずっと楽しみにしてきた結婚式なのだ。


「意地悪しないで、出てきてください!」

「おーほっほっほっほっほっ! 何を言ってらっしゃるの? マリアさん。トワイス国王でしたら、ずっと目の前にいますわよ」


「えっ? まさか……シャンテ?」

「シャンテ! どこだ!」


 王家付きの侍女たちの中から、1人が進み出た。

 明らかに、侍女の衣装ではない。

 まるで王族が着るようなドレスを着ていて、どうして気づかなかったのかと不思議に思わずにはいられなかった。


「おーほっほっほっほっ! まだ、お分かりになりませんの?」


 シャンテは、王の前を塞ぐように、仁王立ちした。

 きっちりと衣装を整え、髪をカールし、宝石をあしらった扇子を手にしていたシャンテは、紛れもなく悪役令嬢だった。

 貴族たちの視線も、シャンテに集まっている。

 シャンテが名乗りを上げるまで、誰も気づかなかったのだ。


「シャンテ! どういうこと? あなた、トワイス王国の国王に、何をしたの?」

「おーほっほっほっほっほっ! 私が、トワイス王国の国王に何をしたかですって? マカロン!」

「はい。シャンテ」


 国王の前で、背を向けて仁王立ちしているだけで、無礼打ちとなってもおかしくはない。

 シャンテはその暴挙を犯しながら、足元にいたタヌキから紐を受け取った。

 マリアは、シャンテがなぜかタヌキと親しい事実に気づいていた。


 シャンテが受け取ったのは、ごく細い糸だった。

 シャンテは受け取った糸を手繰り寄せる。

 その先に括り付けられていた紋章が、何もない空間から飛び出してシャンテの手に落ちた。


「おーほっほっほっほっ! トワイス王国国王、シャンテ・トワイス・ティアーズ、ここに参上いたしましたわ!」

「同じく、マカロン!」


 シャンテの足元で胸をはったタヌキのことは、誰も気にしていなかった。

 タヌキがしゃべっているという事実すら、どよめきの中で認められなかった。

 ただ、シャンテが手にしたのは、トワイス王国の紋章が入った王冠と王笏であり、王しか所持するのを許されないものだ。


「えっ? シャンテ、それは……どういうこと?」

「おーほっほっほっほっほっ! マリア、王族と結婚したいなら、私の許可が必要ということですわ!」


 愕然とするマリアの目の前で、いつまでもシャンテの高笑いが響いていた。

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