42 王家の結婚
ゼルビア王国の王都は歓喜に沸いていた。
魔王に連れ去られていた王妃が、勇者マリアによって救出されたのだ。
しかも、王妃の救出には勇者の仲間として騎士ソマリア第一王子が同行している。
王妃の帰還と同時にもたらされた情報による、トワイス王国と魔王軍との戦争のため、ゼルビア王国は多額の援助金を支出した。
だが、トワイス王国は王の交代により魔王軍と和解し、現在は小康状態にある。
トワイス王国と魔王軍との和解のため、ゼルビア王国からの援助金が大量に使用されたと言われたが、誰も問題にはしなかった。
戦争になれば、ゼルビア王国が最終的に負担する出費はその10倍になるだろうと見込まれていたからである。
その時も、勇者マリアの活躍によるものが大きいと人々に知れ渡った。
王妃の救出に続き、平和をもたらした勇者マリアと第一王子ソマリアの結婚を望む声が徐々に大きくなり、今日に至る。
勇者マリアは、鏡に映った自分の姿に戸惑っていた。
「やっぱり、似合わないよ」
普段剣を振り回し、私服よりも鎧を多く身につけるマリアが、白を基調とした鮮やかなドレスに身を包み、綺麗に化粧を施されている。
「そんなことありません。見違えるようです」
勇者マリアの頬に白粉を重ね塗りしているのは、日焼けを誤魔化しているためではないかと思う。
「見違えるってことは、普段からは想像つかないってことでしょう」
「それは仕方ありません。魔王を倒して世界を救う、勇者様なのですから」
侍女は言いながら、手を止めることなくマリアの身支度を進めていく。
鍛えられた侍女とはいえ、実に見事な動きだと思う。
「ねえ、ミリア……シャンテからの連絡はないの?」
「はい。御座いません。マリア様は、本当にシャンテ様がお好きですね」
「す、好きなわけないじゃない。ずっと嫌がらせをされていたのに。でも……オレがシャンテの婚約者を奪ったのは事実だし、嫌われて当然だってのもわかっている。でも……シャンテってなんか……凄いじゃない」
「はい。それはそうですね」
ミリアは、そっと懐を押さえた。
勇者マリアは、ゼルビアの王城に戻った後、専属の侍女としてミリアを指名した。
それは、ミリアがシャンテと義姉妹の誓いを立てており、シャンテが王城に戻るなら、まずミリアを訪ねてくるはずだという目星をつけたからである。
王妃の救出と戦争の回避は、全て勇者マリアの手柄だと思われている。
それは、間違いではない。
だが、シャンテがいなければ、何一つ成し遂げられなかったことは、マリアは承知していた。
シャンテがいなければ、トワイス王城に勝手に入って王妃を見つけることもできなかったし、不思議なタヌキを利用することもできなかった。
戦争を回避したことに関しては、マリアが何もわからないうちに解決していた。
その時、勇者マリアは森の中でタヌキ狩りをしていただけなのだ。
侍女ミリアは、貴族の生まれの侍女として、王城に仕える十分な能力を持っていた。
だが、マリアから高い給料をもらおうとはしなかった。
すでに十分に受け取っている。そう答えたが、それを出したのがシャンテであることを、マリアは疑わなかった。
もっとも、そのシャンテがその金をどこから持ってきたのかは、マリアも知らなかった。
マリアが鏡を色々な角度から眺めていると、ミリアが出ていった。
少しして、声がかかる。
「ソマリア王子がお越しです」
「式の前に顔を合わせるのは……」
「マリアの国では、縁起が悪いのだということは聞いている」
マリアが振り返ると、すでにソマリア王子が花嫁の控室に立っていた。
王族の正装に、さらに煌びやかなマントを羽織ったソマリア王子は、普段の騎士姿とは別人のように見える。
「この国では、そんな風習はないの?」
「ああ。だから、美しい花嫁の姿を、思う存分堪能できるというわけさ」
「オレ、そんなに美人じゃない。ソマリアにふさわしいのは……やっぱり、シャンテみたいな人じゃないかって思う」
マリアが言うと、ソマリアはあからさまに渋面を作った。
「それが外見だけの話なら、不満だけど理解はしよう。だが、内面の話であれば、願い下げだ。あんな女と結婚するなら、初夜をお通夜に変えてやる」
「ミリア、飲み物を」
「はい」
マリアが言うと、ミリアはすぐにお茶が入ったカップを出した。
マリアは、ミリアから受け取ったカップをソマリアに渡す。
「落ち着いて」
「ああ。だが、わかるだろう?」
言いながら、ソマリア王子はカップの中身を飲み干した。
勇者マリアはその様を見つめ、嘆息する。
「どう? 美味しい?」
「ああ。普通のお茶だろう。何か、特別なのか?」
ソマリアが、カップをミリアに返した。
「いいや。もし、シャンテがソマリアのさっきの言葉を聞いていたら、絶対お茶に何か入れると思ったのだけれど……シャンテはいないみたいね」
「当然だ。いるはずがない。あいつは、トワイス国だろう?」
トワイス国でのタヌキ狩り以降、シャンテの足取りは不明のままとなっている。
だが、ゼルビア王国にいたという噂はきかないし、父親の公爵とも連絡をとっていない。
シャンテは、トワイス王国に居座って、本人にしかわからない、何かをしているのだろうと推測されていた。
ミリアは、花嫁の控室の外から、近づいてくる話し声に気づいた。
花嫁の控室に、男性はよほど親しい身内でないかぎり歓迎されない。
勇者マリアは、噂では一切身寄りがないという。
本人は異世界から来たと吹聴しているはずだ。
ミリアが扉を開けると、着飾った3人の男たちが談笑しながら近づいてきた。
「マリア様、お仲間がお越しです」
「入れて」
ミリアは容赦なく扉を開けた。
そこにいたのは、宮廷魔術師のカラスコ、大商人の番頭セイイ、若き神官クロムだ。
「ま、待て。私がいるのに……くっ……本当に入ってきやがった」
「入ってきたっていいじゃないか。私たちにも、祝福ぐらいさせてくれてもいいだろう」
カラスコは袖口から、決して服には入らないサイズの花束を出した。
「わあ、マリア、すごく綺麗だよ」
神官クロムが素直に賞賛する。
「ありがとう。変じゃない?」
マリアがはにかんだ。セイイが笑う。
「凄いな。俺との結婚式の時にも、同じ化粧にしよう。ドレスは、もっと高い奴を用意する」
「待て。セイイ、マリアは私と結婚するのだ。お前と結婚する時なんて、永遠に来ない」
ミリアは、5人分にお茶を用意していた。
セイイの視界を塞ぐように立つソマリアを、交わしたのはクロムだった。
「確かに、1人の人間が結婚できるのは1人だけです。私の神は、神官たちにはそうおっしゃっています。ですが、それは信者たちには強制されません。私は、マリアとしか結婚しません。マリアは、ソマリア以外にも、結婚して良いのですよ」
クロムはマリアの前に膝をつき、手を差し伸べた。
「駄目だ。クロム、何を言っている。マリアは、王太子妃になるんだぞ。将来は王妃になる。別の男と結婚なんてさせられるか」
怒り心頭に達した様子のソマリア王子を、カラスコは迂回してマリアに話した。
「かつて、魔王を自ら討伐に赴いた王妃などいません。マリアはその最初の1人になるのですね?」
「もちろん。そのつもり」
「ソマリアは、マリアを王城のカナリアのように、飼い殺すつもりではないでしょうか」
「そ、そんなつもりはない。結婚したって、勇者は勇者だし、俺は王太子であっても、勇者の剣であり、盾となる」
「では、マリアが前例にしばられる必要はないとわかっているのでしょう?」
「それは、そうだが……」
ミリアは、ソマリア王子にお茶を差し出した。
ソマリア王子は一気に飲み干す。ソマリア王子の様子を見て、3人の男たちがカップに口をつけた。
「みんな、大丈夫だよ。シャンテはいない」
男たちの様子に、マリアは苦笑しながら言った。
「あ、ああ。こういう時には、決まって……邪魔をした奴がいたからな」
セイイも苦笑する。
「ソマリア、理解できましたか? マリアは、あなたと結婚したままで、他の男性と結婚できるのですよ。それが嫌なら、マリアを大切にするのですね」
カラスコが話を戻した。
ソマリア王子がカップをミリアに返す。
「お前たち、まさかそれを言いたいために……」
「もちろん。僕たちだって、マリアに幸せになってほしいし」
クロムも笑った。だが、カラスコは真顔で言った。
「夜の相手は、私たち3人、いつでも勤めますので」
「うん」
マリアは頷く。
「マリア、そこは『うん』じゃないだろう。そんなだから、シャンテの奴に意地悪を……マリア、どうして泣いている?」
「な、泣いていないよ」
だが、ミリアは見逃さなかった。
直ぐに化粧道具を取り出す。
「白粉を直します。みなさまは、少し外してください」
ミリアが言うと、ソマリア王子が男たちを外に追い出した。
「ミリア……本当に、シャンテからの連絡はないの? あなたに真っ先に連絡してくると思って、私の専属にしてもらったのに。シャンテなら、私とソマリアの結婚を必ず妨害しにくると思ったのに……」
ミリアは、表情を変えずにマリアの目元から水滴を拭い、化粧を整えた。
「では本当は、結婚はしたくなかったのですか?」
「そんなことはないわ。でも、このタイミングでなくてもよかった。もっと、実績を積んで、魔王を倒してからでもよかった。ソマリアが急いだのよ。シャンテがトワイス国にいる間に、既成事実を作ってやろうって……子供なんかできたら、魔王を倒しに行けなくなるのにね」
「子供はお嫌いですか?」
「そうじゃないけど、身重の時に攻められて、戦力になると思う?」
「なら、お断りになられればよろしいではありませんか」
「そうもいかないわ。オレがソマリアのことを好きなのは本当だし……他の3人のこともね」
「淫乱」
「えっ?」
「いえ。何も申し上げておりませんよ。シャンテ様は、必要な時に現れます。シャンテ様が邪魔しないなら、結婚生活を楽しまれるといいでしょう」
「うん……そうだね。シャンテ……ソマリア王子は、オレがもらっちゃうよ」
ミリアは急いで、呟くマリアの目元を整えた。
時間が告げられる。
マリアが立ち上がった。
ミリアはマリアが部屋を出るまで付き従った。
だが、部屋の外で待っていた別の侍女に封書を渡された。
ミリアは立ち止まって中身を確認し、マリアに告げた。
「お時間に遅れないようお願いします。私は、国王に面会してきます」
「ええ。王位継承権を持つものの結婚式は、王の宣言によって成立するのだったわね。最後の打ち合わせ? よろしくね」
勇者マリアは言うと、ドレスとは思えない颯爽とした立ち振る舞いで、王城内の通路を歩いていく。
ミリアは、受け取った封書を胸に抱いた。




