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悪役令嬢シャンテの狂気と『モブ化』のスキル  作者: 西玉


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38/56

38 囚われの魔女

 ゼルビア王国の王都郊外で地味な馬車に乗り換え、シャンテはマカロンと2人でティアーズ公爵家に向かった。

 2人の奴隷と魔族の男たちとは別れた。

 一度別れると、シャンテを見つけることは極めて難しいが、高笑いを聴いたら集まるように命じた。


 ゼルビア王国に、シャンテがトワイス王国の国王となったことを知る者はいない。

 トワイス王国にすらいないのだから、顔のない国王の正体を、ゼルビア王国で知ることは不可能だ。

 シャンテは再び背負い袋にマカロンを入れて、担いで自宅に戻った。

 使用人たちは、シャンテを仲間だとみなした。


 支えてきた令嬢ではなく、侍女の仲間の1人だと見做していた。

 両親に会っても、シャンテだとは気づかなかった。

 時折、シャンテのほうをじっと見ている者がいたが、その場合は背負い袋から顔を出したマカロンを見ていた。

 シャンテは、あえて自分の正体を明かすことなく、勝手に自室のベッドに横になった。


「シャンテ、この布団、気持ちいいわ」

「気に入ってもらえてよかったですわ」


 背負い袋から出て足を長く伸ばしたマカロンを枕に、シャンテは一時うたた寝をしてから、再び動き出した。

 公爵家の邸宅の敷地の端にある、うらぶれた塔を登った。

 最上階の個室を訪れるが、いつもの雑然とした部屋に、主人の姿はなかった。


「……やはり、思った通りですわ」

「シャンテ、誰がいるはずだったの?」


 マカロンが、シャンテの足元にまとわりついた。


「ここには、私のよく知るおばばが住んでいましたの」

「どこに行ったの?」

「わかりませんわ」


 くすんだ魔法の鏡は何も写さず、毒を煮込んだ壺の中身は乾燥してこびりつき、棚に並んだ瓶の中身は全て黒く変色している。

 幼いシャンテには、この部屋はとても色鮮やかだった。


 大きくなって見方が変わったからなのか、おばばがいなくなり、その力が失われたからなのか、シャンテにもわからなかった。

 以前部屋にきたのは、シャンテがモブ化のスキルを身につけた直後のことだったが、おばばだけが、モブ化がスキルだと理解した。


「でも……あなたは知っていますわね?」

「えっ? 知らないわよ」


 タヌキの姿の魔族の姫は、前足で自分の顔を指した。


「マカロン、違いますわ」


 シャンテの視線は、マカロンの頭上に向いていた。

 マカロンがいた場所のすぐ上に、窓が空いていた。

 窓の枠に、真っ黒い姿が落ち着いていた。


「ご存じですわね?」

「えーいっ!」

「マカロン、食べてはいけませんわ!」

「ええっ? だって、美味しそうよ」


 カラスを見つけるや飛びかかったマカロンの頭を押さえつけ、シャンテはカラスに手を伸ばした。

 カラスはマカロンから逃げ回るも、部屋からは遠ざからず、戻ってきた。


「おーほっほっほっほっ! マカロン、駄目ですわ」

「あっ、シャンテだ。うん。わかった」


 普段、マカロンは一緒にいるのがシャンテだと、半信半疑のままらしい。

 シャンテが時折高笑いを交えることで、マカロンはシャンテだと確信する。

 その時は、シャンテの言うことはたいてい聞くのだ。


 マカロンが大人しく床の上に座った後、シャンテは散乱した羊皮紙を拾い上げ、炭でゼルビア王都の地図を書いた。

 シャンテは似顔絵を得意としているが、それは卓越した記憶力と、記憶したものを絵に表す能力の高さを意味している。

 ずっと住んでいる町の地図を書くのは簡単だった。


「おばばはどこですの? もう死んでいるなら、私を呼びに来ることなどないはずですわ」

「その『おばば』に、用があるの?」

「ええ。大切な用がありますわ」


 シャンテがマカロンの問いに答えると、カラスはテーブルに置かれた羊皮紙に描かれた地図の一点を嘴で突いた。

 シャンテは記憶を探る。


「ここは……審問所ですわね」

「どこなの?」


 マカロンが尋ねる。テーブルに乗りたそうにしているが、カラスが怯えるのでシャンテが我慢させているのだ。


「罪を犯した人間を、監禁し、拷問する場所ですわ……これを、おばばが託しましたのね?」


 シャンテは、町の外でカラスが届けた、血に染まった布を見せた。

 カラスが一声鳴く。

 黒い翼を広げた。


「お待ちなさい。私も、届けてほしいものがありますわ」


 シャンテは言うと、自分の手巾に炭で文字を書き、カラスに投げた。


「王城のミリアに届けてくださるわね?」


 シャンテの求めに、カラスは高く一声鳴き、窓から飛び出した。


「マカロン、行きますわよ」

「あのカラス、美味しそうだったのに……」

「もっと、美味しいものを食べに行きますわよ」

「わーい」


 シャンテが言うと、マカロンは飛び上がってシャンテに抱きついた。


 ※


 王都の往来は、シャンテが知る限り、最も人で賑わっていた。

 人が多く出て賑わっているということは、それだけシャンテのモブ化のスキルが効果を発揮するということでもある。

 最近では、1人の時もシャンテだと認識されなくなっているが、やはり人混みの中の方が効果は高いようだ。


「シャンテ、笑って」


 シャンテが肩にかけた背負い袋の中から、マカロンがひょっこりと顔を出した。

 もはや、どうやって袋の口をしばったところで、マカロンを制することはできないとシャンテは諦めていた。


 シャンテのことを、どこにでもいるモブの女性と思っていた周囲の人々の視線が、この瞬間に集まる。

 タヌキを担いだ女性を、モブとは認め難いのだろう。

 だが、それはシャンテをシャンテとして認めさせることにはつながらない。

 マカロンは、自分を担いでいるのが本当にシャンテなのか、不安になったのだろう。


「おーほっほっほっほっ!」

「あっ、シャンテだ。よかった」


 マカロンは納得すると、袋の中に引っ込んだ。

 街角を歩く一般の人々にとって、シャンテは有名人ではない。

 すぐに興味を失い、本来の目的に向かって歩き出す。


 普段は店など出ていない大通りにも、屋台が並び、物売りがいる。

 時々マカロンが顔を出して鼻をひくつかせるので、シャンテはマカロンが飛び出す前に、屋台で買い物をしてマカロンにくわえさせる。


「人間がいっぱいで、気持ち悪いわね」


 串焼きに舌鼓を打ちながら、マカロンが言った。

 喋るタヌキが通常のものではないが、シャンテが担いていることで、注目を集めにくくなっているようだ。


「そうですわね。以前はこんなではありませんでしたわ。まるで、お祭り騒ぎですわね」

「お祭りなの?」

「存じませんわね」


 シャンテとマカロンが連れ立ち、道くさを食いながら審問所に向かって移動する。

 入り口は素通りだった。見咎められもいない。

 審問所の入り口を跨いだ時、上空で爆発音がした。


「キャッ……この町、戦争中なの?」


 マカロンが背負い袋の底で丸まったのがわかった。

 シャンテは空を見上げ、さらに爆発が続けて起こるのを聞いた。


「花火ですわ」

「花火ってなに?」

「お祝いのために、天に向けて合図をするのですわ」

「天に……誰かいるの?」


 マカロンは、袋から再び顔を出した。


「人間は、居もしない存在を信じたいのですわ」

「変な種族」

「そうですわね」


 シャンテは同意した。

 同意しながら、そもそもなんのお祝いなのだろうかと疑問に思いながら、審問所の奥に足を向けた。

 シャンテが堂々と中に入り、名簿を閲覧して、戸棚からお菓子を取り出して勝手にお茶を淹れ、タヌキと一緒に寛いでいても誰も気にしなかった。


 シャンテは、幼い頃から共に過ごした『おばば』の名前を知らなかったことを思い出した。

 どこからか、カラスの鳴き声が聞こえたように気がして、シャンテは立ち上がった。


「んっ? どうしたの? あれっ? シャンテは?」


 マカロンはお菓子を食べてうたた寝をしていた。立ち上がったシャンテを見て、誰かわからなくなっていた。


「おーほっほっほっほっ! 行きますわね」

「うん」

「おい、お前、誰だ? どこから入った」


 シャンテが高笑いを上げたことで、マカロンはシャンテに抱きつき、書類に目を通していた事務員が詰問した。

 シャンテはマカロンを背負い袋に入れながら、男に言った。


「大したものではございませんわ」

「あ、ああ……そうか……そうだな……」


 男は戸惑いながら納得し、書類に視線を戻した。

 シャンテはマカロンが入った背負い袋を肩に、部屋を出た。

 カラスの鳴き声がした方向に向かって歩き出した。

 本当にカラスが鳴いたのかどうかは、定かではなかった。


 シャンテは、カラスが鳴いたと信じた方向に歩き続けた。

 建物の中を移動し、階段を登る。

 さまざまな拷問器具や拷問中の人々の横を通り抜けた。

 多くの部屋が並んだ通路を通り、薄暗い、じめじめした一画に近づいた。

 囁くような声がした。


「もう、鳴くのはおやめ。わしを助けようなんてお人好しは、もうどこにもいなんだかや。せめて、お嬢様がお幸せになるところを、見届けたかったかや」

「それは残念ですわね。私は幸せにはなれませんわ」


 シャンテは言った。狭い不衛生な牢の中で、年老いた魔女がカラスに話しかけていた。

 魔女は振り向いた。

 年老いた、醜い姿をしていた。

 シャンテを見た。


 かつて、魔女はシャンテを見て、不思議な力を授かったと指摘した。

 シャンテのことを見失うことはなかった。

 シャンテは言った。自分は幸せにはなれない。

 シャンテのことを、見失わない者はいない。


 その力は、徐々に増している。

 誰にも認識されないシャンテが、幸せになることなどあり得ない。

 シャンテ自身が、そう感じている。

 だが、シャンテは止まらない。


「……誰かや?」


 魔女が首を傾げた。


「おーほっほっほっほっ! おばば、この私をお忘れなの? 審問所の拷問では、ぬる過ぎたようですわね!」

「お、お嬢様!」


 高笑いしたシャンテの前に、牢の中でおばばが這いつくばった。

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