37 二人の女王
トワイス王国に、新しい女王が誕生した。
一人はマカロン、一人はシャンテ、2人の王による共同統治となった。
マカロンが無事に戻ったことにより、シャンテが前国王に王位を要求した。
隣にマカロンが立ち、マカロンと共同統治すると言った途端に、国王の態度が軟化した。
前国王の住まいを建設し、側室を残すことを条件に、前国王は攘夷を快諾した。
前国王は年齢不詳で、新国王は2人いるものの、誰も顔を知らない。
マカロン女王の席には、なぜかいつもタヌキが座り、シャンテ女王は非常に美しいはずなのに、誰も顔を覚えられないのだ。
シャンテは令嬢から女王になり、モブ化のスキルを活用して宰相や執政官の腐敗と堕落を改善してから、残る全てを宰相たちに丸投げした。
国王の在り方としては、前国王と同じである。
シャンテ国王は、顔を知る者がいないが、常に上機嫌だと話題になった。
日に数十回、決まって高笑いが響くからだ。
国王になってしばらく経ったある日、シャンテはマカロンと食事をしながら言った。
「マカロン、マカロンが王になったことで、魔王領との全面戦争が回避されましたわね?」
「……うん」
マカロンは平たい皿に盛られた肉盛りをがっつきながら応じた。
「満足?」
「つまらないわ。私は、ママを応援する魔族たちと、パパを応援する魔族たちが戦争すると思って、止めなくちゃって考えたのよ。パパが従える人間たちと魔族たちの戦争がなくなったら、人間を減らせられないもの」
マカロンは、口から齧っていた骨を吐き出した。
「そうですわね。戦争が無くなって、勇者マリアがゼルビア王国に帰って褒章をもらったって聞きましたわ。理不尽ですわね」
「その勇者、王になったの?」
マカロンが首を傾げる。
「王にはなっていませんけれど、ご褒美をもらったのですわ」
「へえ。骨付き肉とか?」
「そうですわね。そういうのですわ」
マカロンのイメージでは、ご褒美は骨付き肉らしい。
シャンテはあえて否定しなかった。
物の価値の捉え方が違えど、理解の仕方は間違っていないからだ。
「私、勇者嫌い」
勇者は、魔王を倒すためにこの世界に来ると言われている。
魔王の娘であるマカロンが嫌うのは当然である。
魔族が人間を嫌うのは、魔族の女たちが大量に狩られ、皮を剥がされた歴史があることも、シャンテは知っていた。
「私もですわ。私の場合は、勇者マリア限定ですけど」
「……殺しちゃう?」
「いいですわね。ゼルビア王国ですわ」
「……それ、遠いの?」
マカロンは、実際に行ったことがある。
だが、魔族の女はタヌキの姿である。知能も、人間型の男性ほど高くはないらしい。そもそも、個別の名称に興味がないのかもしれない。
「長く旅ができますわね」
「それ、楽しい?」
「毎日、外で寝られますわ」
「わあっ!」
マカロンの目がきらきらと輝いた。
「外でおしっこしても、誰も見ていませんわ」
「素敵ね。でも、この国はどうするの? 私たち、王様でしょう?」
「昔から言いますわよ。国王は元気で留守がいいって」
「そうなの?」
「私が、嘘を言ったことがありまして?」
「……なかった?」
「ありますわ」
「ダメじゃない」
「でも、楽しくなかったことはないですわね?」
「うん」
シャンテと一緒にいて、マカロンが退屈したことはないらしい。
シャンテは続けた。
「では、参りましょう」
「今からなの?」
「善は急げですわ。でも、準備もありますから……アドル、ロリマ」
「ここに」
シャンテが所有する奴隷の2人は、すぐ背後に控えていた。
「夕方に出発いたしますわ。グロウリスとバロモンテに言って、近くのタヌキを狩り尽くさせなさい。それが済んだら、あの2人とあなたたちは、一緒に行きますわよ」
「承知いたしました」
奴隷の2人が腰を折る。
「マカロン」
「わーい」
シャンテが肉の塊を投げると、マカロンが喜んで走り出した。
シャンテは追いかける。
その方向には、王族の部屋があるのだ。
※
国王としての義務を全て宰相たちに押し付け、シャンテはマカロンと共に馬車に乗った。
元々、トワイス王国の国王は一年の大半を外国で過ごすと言われている。
それは、魔王が本来の魔王領を統治し、他国で人間の女性を物色しているためだが、公には外遊と思われている。
国王が単身で遠出することに慣れているトワイス王国の官吏たちは、シャンテとマカロンという2人の王が、たった4人の従者だけを連れて出立することに、疑問を抱かなかっただろう。
もっとも、シャンテ女王の顔を覚えている者は誰もおらず、マカロン女王がタヌキの姿をしていることを知っている人間はいない。
黙って出てきたところで、制止する者はいないのだ。
王室御用達の馬車は、セレモニー用で決して快適ではなかったため、シャンテは軍用として開発された馬車を選んだ。
揺れが少なく、その上馬に負担をかけることなく速度が出るという、不自然なほどの性能を持った馬車だ。
魔族と魔王の魔法技術が組み込まれていることは、シャンテは知らなかった。
快適な馬車の旅を続けて10日ほどで、ゼルビア王国の王都が見えてきた。
道中は決して安全ではなかったが、バロモンテとグロウリスは能力の高い魔族の中でも卓越した能力を誇る。
アデルとロリマは動物の捕獲と調理に長けていた。
旅は概ね、快適なまま過ごすことができた。
「マカロン、人間の街が見えてきましたわ」
ゼルビアの王都を眺め、馬車から顔を出してシャンテが指差した。
マカロンはシャンテの腕に抱かれ、窓枠に捕まって身を乗り出した。
「あそこに、一杯人間がいるのね?」
「ええ。そうですわね」
ゼルビアの王都は、遠目で見ても建物群が整然と並んだ街並みが壮観だった。
「みんな殺していいの?」
「いけませんわ」
「どうして?」
タヌキのつぶらな瞳で、マカロンがシャンテを仰ぎ見る。
「殺すべき人間だけを殺すんですわ」
「その方がいいの?」
「もちろんですわ。殺すべき人間に、十分な報いを受けさせ、生きていることを後悔させながら、それでも殺さずに生かし続け、どうしても殺してほしいと言わせてからが、本番ですわ」
「シャンテって、凄いわ。同族に、そこまで冷酷になれるなんて。あなたたちも見習いなさい」
マカロンに言われ、控えていた奴隷のアダルとロリマが頷いた。
「まず、どこに行くの?」
尋ねられ、マカロンの鼻柱をかきながら、シャンテは答える。
「まずは、私の家に参りますわ。会いたい者がおりますの」
「シャンテの友達?」
「友達というより、協力者ですわね」
「へぇ」
マカロンはつぶらな目を輝かせて、窓の外に目を向けた。
王都の影が次第に近づいてくる。
「あらっ、お迎えかもしれませんわね」
「カラスじゃない」
マカロンが歯をカチカチと鳴らした。
マカロンにとって、野鳥はご馳走だ。
「ダメですわよ。マカロン、あの鳥は、街で残飯ばかり食べているから、美味しくありませんわ」
「なんだ。残念」
マカロンは、シャンテの腕をするりと抜けて、馬車の床に降り立った。
マカロンの歩く方向から、シャンテはオヤツを食べに行ったのだと見てとった。
シャンテが1人になったところで、移動し続けている馬車の窓辺に、黒い影が舞い降りた。
真っ黒いカラスが、足を持ち上げる。
シャンテは、カラスの足に結び付けられた汚れた布を解いた。
「まるで、伝書鳩のようですわね。らしくないですわ」
言いながら、シャンテは解いた布を広げる。
いい知らせではないだろうと、シャンテは推測していた。
古い布をずっと巻きつけたままにしていたのは、シャンテがいつ戻るかわからなかったからだ。
カラスの足に伝言を縛れる者は1人しかいない。
シャンテは、広げた布に目を落とした。
「その汚いのはなに?」
マカロンは、ネズミを齧りながら戻ってきた。
シャンテが顔を上げる。
「どうやら、私たちは歓迎されていないようですわね」
カラスの足にしばりつけられた布には、文字は書かれていなかった。
赤黒く、汚れていた。
シャンテは、人間の血による汚れだと判断していた。




