36 マカロンの行方
蝙蝠が騒々しく群れを成して羽ばたき、獲物を狙う蜘蛛が逃げ出す。
それほどの高笑いを森に響かせ、シャンテは枝と蔓で作られた檻の中を凝視した。
タヌキたちが揉み合っている。
タヌキだ。
ただのタヌキだ。
「このタヌキたちは、どこにいましたの? どうやって捕まえましたの?」
長細い形の檻の周りをゆっくりと歩きながら、シャンテが尋ねた。
「つ、捕まえられるだけ捕まえました。主に罠です」
「……マカロンだという確信があって、捕まえたというわけではないのですわね?」
シャンテに問われ、アデルとロリマが怯えるように答えた。
「野生のタヌキと交わってしまうと、魔族の女性でももう……野生と見分けがつきません」
「それはわかっていますわ。でも、マカロンなら……そんなに簡単に、野生になんかなりませんわ。そうでなければ……もう……」
シャンテが声を詰まらせた。
言いたくなかった。
考えないようにしていた。
シャンテの視線が、一頭のタヌキに止まった。
檻の中にいる。
他のタヌキと交わらず、一番端に、じっと塊り、うずくまり、シャンテを見つめている。
「……あなたですの?」
「シャンテ様、マカロン様ですか?」
シャンテが尋ね、シャンテにアデルが尋ねた。
アデルもロリマも、奴隷として従順ではなかったし、マカロンのことを好きでもなかった。
それは、旅に出た時のことである。
奴隷の所有権がシャンテに移り、シャンテに従ううちに、シャンテと親しいマカロンと親しくなっていた。
マカロンは、魔王の末の娘である。
高貴な身分なのだ。
親しくなれば、奴隷として生まれ育った2人が忠義を尽くすようになるのは、自然なことなのだ。
「わからないですわね。でも……そうかもしれませんわ。おーほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ……げほっ!」
笑いすぎて、シャンテですら喉を痛めた。
シャンテを見つめるタヌキは、ただ一頭だけだった。
他のタヌキたちは、シャンテの高笑いに落ち着かないように檻の中で騒いでいた。
「マカロンですの? 私がわかりますの?」
タヌキは答えない。じっとシャンテを見つめている。
「グロウリス、あの子を出して」
「承知しました」
逞しい魔族の男が、檻を構成している枝を歪めて手を突っ込み、シャンテを見つめていたタヌキを掴み上げた。
誰を掴んでいるのかわかっていない。
扱いはやや乱暴だった。
「フーッ!」
掴み上げられたタヌキは、鼻息荒く威嚇した。
「グロウリス、こっちにお貸しなさい」
「興奮していますよ」
「見ればわかりますわ」
シャンテが手を伸ばした。
グロウリスの手の中で、逃れようとしているのか、タヌキが身をくねらせる。
「マカロン、落ち着きなさい」
「フーッ!」
「私が、わかりませんの? ロリマ、リボンをもって来て」
「シャンテ様、リボンをどうされるのですか?」
「忘れているのなら、思い出させるだけですわ。マカロンが嫌がらなかった服は、リボンだけですわ。思い出させるんですわ」
「わかりました」
ロリマがリボンを探し出す。
シャンテの手が、タヌキに伸びる。
シャンテの手が、タヌキの鼻先に触れる。
タヌキが噛み付いた。
「つっ!」
シャンテは顔を歪めたが、手は引っ込めなかった。
むしろタヌキの口の中に手を押し込み、グロウリスの手からタヌキを奪う。
タヌキは苦しそうにしながらも、噛み付いたシャンテの手を離さなかった。
タヌキを腕に抱き、シャンテは言った。
「マカロン、お願いですわ。戻ってくださらない? そうでなれば私……詰まらないのですわ。マカロン……まだ、人間になんの復讐もしていませんわよ。おーほっほっほっほっほっ! まだ……わかりませんの?」
「ひょっとして、シャンテ?」
その声は、背後からした。
「えっ?」
シャンテが振り向いた。
暗い森の中で、下草の中に光る2つの目があった。
シャンテは、腕に抱いたタヌキがマカロンだと確信していた。
その顔つき、戸惑った表情、シャンテを見つめる目つき、どれをとってもマカロンに違いない。
そう確信していた。
たとえ、雄のタヌキに襲われ、知性をなくしても、シャンテのことを忘れるはずがない。
そう思っていた。
だから、手を噛まれても血が出ても、高笑いを続けたのだ。
「おーほっほっほっほっほっ!」
「シャンテ!」
光る目の持ち主が、草むらから飛び出した。
タヌキだ。
喋っている。
シャンテを呼んでいる。
マカロンだ。
「えっ? では、この子は何者ですの?」
飛び出したマカロンは、シャンテの足元で見上げた。
「どうして、タヌキを抱いているの?」
「この子、ただのタヌキですの?」
シャンテが尋ねている間も、ずっとシャンテの白魚のような手を齧り続けている。
「タヌキ以外の、何に見えるの?」
しっかりとタヌキ座りをしたマカロンが尋ねた。
正直に言えば、マカロンに見える。
だが、魔族の女とタヌキは違う。
本人たちはそう主張している。
シャンテは言った。
「私が好きな、お友達に見えますのよ」
「嫌だ。それじゃまるで、私みたいじゃない」
「違いますわ。マカロンはお友達じゃなくて、家族ですもの」
シャンテが言うと、マカロンは目を丸くした。
「シャンテ、私のこと、家族だと思っているの?」
シャンテは即答できなかった。
マカロンは魔族だ。
魔族の女は、タヌキの姿をしており、魔族の男は逞しく魔術にも体力にも恵まれている。
人間を恨んでいるのは、魔族の女が大量に狩られた過去があるためだ。
そのことは否定できないし、魔族の男たちは明らかに人間より能力が高い。
人間を卑下しているかもしれない。
シャンテは、マカロンが怒り出すのではないかと思い、口に出せなかった。
ただ、曖昧に頷いた。
「い、いけません? 私だって、マカロンのこと、心配したのですわよ」
「……嬉しい」
マカロンはぽつりと言うと、背中を向けた。
「マカロン、どうしましたの?」
「私のこと、家族だと思うなら……そのタヌキ、捨てて。どうしてかわからないけど、イラっとするの」
マカロンは言った。
それは、マカロンがタヌキそのものだからだとは、シャンテは言わなかった。
「わかりましたわ。グロウリス、この、マカロンとは似ても似つかないタヌキ、連れて行ってくださらない?」
「承知いたしました。シャンテ様」
「あっ……グロウリス、シャンテを主人と認めたの?」
マカロンが飛び上がる。
タヌキを手放したシャンテの腕の中に、まるで交代するかのように飛び込んだ。
シャンテは体力に恵まれてはいない。
マカロンを抱いてふらついたが、落とさずに受け止めた。
「マカロン……野生のタヌキに襲われたんじゃないかと心配しましたわ。よく、無事でしたわね。どうして、すぐに出て来なかったんですの?」
「……覚えていないの。目が覚めたら、シャンテの笑い声がしたの。シャンテに会いたくって……シャンテがいたの」
シャンテは、タヌキを檻に戻そうとしていたグロウリスと目があった。
「どういうことですの?」
「わかりません」
「マカロン……魔王は、私にこの国の王位をくれると約束しましたわ。一緒に統治しません?」
「それ……楽しいの?」
「もちろんですわ。美味しい料理を作る人間を呼び寄せて、嫌いな人間はどんどん殺せますわよ」
「やる!」
「では、グロウリス、バロモンテ、戻りますわよ。ご褒美をもらわなくてはいけませんわ」
シャンテは命じると、マカロンを両腕にしっかりと抱いて、トワイス王城に帰還した。




