35 タヌキ狩りの中で
シャンテが高笑いをしていると、兵士たちの集団から5人の男女が抜け出してきた。
「シャンテ! 探したんだよ。どこに行っていたのさ!」
勇者マリアと仲間達だ。
「あらっ! 勇者と愉快な仲間達じゃありませんの」
「誰が、『愉快な仲間達』だ!」
ソマリア王子が声を荒げたが、マリアが宥めた。
「私を探していたのではないですわね。どこかに消えた、金貨を探していたのでしょう」
「どこかに消えたって……シャンテが奪ったんじゃないか! 君の仲間のロリマを解放したから、もう会えないと思っていたけど……無事だったんだね」
「あの金貨は、私が奪ったわけではありませんわ。乗っていた馬車に、たまたま大きな箱がありましたから、邪魔だから捨てましたわ」
「確かに、捨てた。でも、全部じゃないだろう」
商人のセイイが、ソマリアやカラスコの背後から口を挟む。
シャンテは首を振る。
「存じませんわ」
「嘘だ」
「セイイ、そのことは後でいいよ。シャンテ、君は知っているの? どうしてトワイスの王は、魔族軍との戦が目の前に迫っているのに、国をあげての大規模なタヌキ狩りを始めたの?」
シャンテはマリアを見下ろした。
シャンテは、貴族令嬢の中では背が高い。小柄な勇者を見下ろすことになる。
「マリア、あなた、あの場にいたでしょう」
「あの場って?」
マリアが戸惑って、ソマリアを見る。
「王がタヌキ狩りを命じた、王の間ですか?」
カラスコが言うと、マリアは目を見開いた。
「じゃあ、シャンテもあの場にいたんだね?」
「マリア、あなた、誰の手枷を外したつもりでしたの?」
「それが、オレもよくわからなくて……あの子が、シャンテだったの? でも、そんなはずないんだ。いつ入れ替わったの?」
シャンテは肩をすくめた。背後から、近づいてくる足音に気づいていた。
「どうやら、話しても無駄ですわ。おーほっほっほっほっほっ!」
「シャンテ様、ここでしたか」
「ええ。遅かったですわね。お陰で、ゼルビアの猿どもがまとわりついてきましたわ」
「ちょっと、シャンテ! そんな言い方ってないよ!」
マリアが叫ぶ。
シャンテとマリアたちの間に、武装した二人の男が割って入っていた。
トワイス王国の兵士の正装をした魔族の男、グロウリスとバロモンテだ。
「ちょっと待て。その女は、私たちの大切な物を奪った。話がある」
ソマリア王子が前に出ようとした。
その首に、グロウリスの抜いた剣が突きつけられる。
ソマリア王子は、騎士としてもゼルビア王国で最も強いと言われている。
そのソマリア王子が、全く反応できなかった。
「シャンテ様には、シャンテ様にしかできない使命がある。何より、我が王と一族にとって、大切なお方だ。人間から何を奪おうと、邪魔だてする理由にはならない」
魔族の戦士グロウリスの言葉に、ソマリア王子が剣を抜こうとした。
勇者マリアが止める。
シャンテは勇者マリアたちに背を向けた。
グロウリスの言うとおり、時間を無駄にはできない。
この時にも、マカロンは野生のタヌキに襲われているかもしれないのだ。
「シャンテ、約束して!」
背後から、マリアの声が投げかけられた。
「何ですの?」
断ろう。シャンテは思っていた。
「オレへの嫌がらせは、決して辞めないって」
「……仕方ありませんわね。そのぐらいなら……ささやかな希望、叶えて差し上げましてよ」
「マリア、正気か?」
ソマリア王子の声を聞きながら、シャンテは魔族の2人を連れてその場を後にした。
※
時折、シャンテは笑い声を上げた。
そうしなければ、魔族の2人がシャンテを見失うのだ。
仮にずっと手を繋いでいたとしても、手を繋いでいる相手が誰なのか、わからなくなるらしい。
モブ化のスキルの力が、シャンテが力をもらった当初より、徐々に強くなってきているのではないかと感じている。
「シャンテ様、あの人間の女、どうしてシャンテ様に嫌がらせを求めるのでしょう」
バロモンテが歩きながら尋ねた。
現在は、王城から出たばかりの場所である。
マカロンとはぐれた森の中に向かっているところだ。
魔族の2人が、魔王の元を出てから、シャンテに最上級の敬語をつけて呼ぶようになった。
シャンテが魔王と取引をしたことを理解してのことだろう。
「ある意味では、さっきの人間たちの中では、最も賢かったんですわ。私がどんな力を持っているのかは、いまだにわかっていないようですけど……私が、人間の勇者たちは持っていない力を持っているのだと感じているんですわ。だから、私と関わりを持っていたいということですわね。本人が望むのなら仕方ありませんわ。後で、たっぷりといたずらしてあげますわ」
「シャンテ様の力とは……タヌキ語のことですか?」
「タヌキ語? それ、なんですの?」
魔族の戦士の言うことが理解できず、シャンテは尋ね返した。
「マカロン様や魔王様、王妃様が時々話している言葉です。私たちには理解できないのですが、シャンテ様は問題なく理解できるようで」
「……知りませんわ。マカロンがタヌキ語を話しているなんて、聞いたことがありませんわよ」
「普段は、我々と同じ言語を話しているのです。ですが、時折、タヌキ特有の言葉を発しております。シャンテ様は、それすらも理解しているのだと思っていましたが」
2人の魔族は、トワイス王国の兵士の姿のままで、シャンテを連れて森に入った。
シャンテは言った。
「自覚はありませんけど、そういうことにしておきなさいな」
「承知しました」
2人の返事をききながら、魔族の戦士たちが、あり得ない状況でシャンテを時折見失っておきながら、その現象を奇異に思っていないことに、シャンテは気づいていた。
それも含めて、モブ化のスキルの力なのだろう。
シャンテは、自らの力について、再度考え直す必要を感じていた。
※
シャンテと2人の魔族は、森の中に入った。
周囲では時折、兵士たちが掛け合う声とタヌキたちの怨嗟の声が聞こえた。
勇者マリアが声高に命じる声がしたような気がしたが、シャンテはただ高笑いを続けた。
逆に、シャンテが高笑いをしているために他の兵士たちは避けていたようだ。
高笑いの意味は理解できなくても、森の中に響く笑い声に、薄気味悪く思ったのだろう。
しばらく歩いた。
まだシャンテは山歩きには慣れなかった。
途中で、グロウリスとバロモンテに、交代でおぶさった。
「シャンテ様!」
シャンテには、もはや位置はわからない。
それほどの深い森の中だった。
シャンテを呼ぶ声に聞き覚えがあった。
だが、すぐには気づかなかった。
ずっと、高笑いを続けていたからだ。
「おーほっほっほっほっ! 今……何か聞こえませんでした?」
シャンテは、バロモンテの背中で尋ねた。
バロモンテもグロウリスも、現在は肌の色を変え、トワイス国兵士の服を着ている。
「誰だ!」
グロウリスの声が響く。
「私です。アダルです」
暗闇から飛び出してきた小柄な女性は、シャンテをおぶったバロモンテの足もとにひれ伏した。
「アダルだけですのね。ロリマはどうしましたの?」
シャンテは、バロモンテとグロウリスに手出ししないように手で合図を送る。
「シャンテ様は、奴隷の見分けが得意ですね」
グロウリスが感心した。
暗闇である。
魔族は、人間の女に欲望しても、個の見分けが不得意だ。
それは、魔王を見てもわかる。
シャンテは相手にせず、アダルに答えを促し、アダルが答えた。
「向こうで、捉えたタヌキを見張っています」
「……捉えたタヌキ? マカロンではなくて?」
アダルは、暗闇でもはっくきりとわかるほど、明確に唇を噛んだ。
「どのタヌキがマカロン様か、わからないのです」
「どういうことですの? それではまるで、マカロンはもう……」
シャンテですら、言葉を詰まらせた。
「この、野生のタヌキが多くいる山の中です。おそらく、もう……」
「お黙りなさい。アダル、そのタヌキのところに案内して。グロウリス、泣くのは早いですわ。バロモンテ、急ぎますわよ」
「はい」
シャンテの号令に、3人がそれぞれに返事をした。
※
さらに森の中を移動し、シャンテはバロモンテの背中から下ろされた。
勇者に馬車で移動させられていた間、ずっと拘束されていた。
髪は乱れ、服は破れた。
今は違う。
トワイス王城を出る時、身支度は整えていた。
暗闇でも輝く巻き髪に、スタイリッシュなドレスを翻して地面を踏み締める。
柔らかい森の地面に、ハイヒールが突き刺さる。
前方にロリマが膝をついていた。
その背後に、木の枝を蔓植物で縛った檻があった。
シャンテが近づくと、檻の中で灰色の毛玉がひしめいているのがわかった。
シャンテに向かって、明らかに牙を剥いているタヌキが何頭もいる。
道中で高笑いを続けていたため、ロリマも目の前にいるのが誰かわかっているようだ。
「ロリマ、ご苦労様」
「ありがとうございます」
「お陰で、楽に旅ができましたわ」
「さすがはシャンテ様です。拘束される屈辱より、楽に移動する方法を選択するとは、常人には理解できません」
「褒めても何も出ないですわよ」
ロリマが誉めたつもりかどうかわからないが、シャンテは鷹揚に応じた。
タヌキたちの前に立つ。
「ロリマ、アドル、マカロンがタヌキに襲われたところを見たんですの?」
「いえ。それは……」
「ならば、決めつけるのは早いわ。おーほっほっほっほっほっ!」
悪役令嬢シャンテの、渾身の高笑いが森に木霊した。




