34 シャンテ、出動
魔王の娘マカロンと2人の護衛、狩に長けた奴隷は、勇者マリアが率いる馬車隊を付けていたらしい。
必ず、シャンテからの連絡がある。
シャンテが、高笑いを上げる。
そう信じていたのだ。
途中で、奴隷のロリマと合流した。
マカロンは人間の奴隷の見分けは苦手だったが、魔族の2人はシャンテに与えられた奴隷だと確信した。
結局、マカロンが折れる形でロリマを受け入れ、さらに馬車隊を追った。
事件は突然起こった。
馬車隊の動きを監視できる森の中で野営していた5人の近くを、突然タヌキの親子が通りかかったのだ。
マカロンは、魔族の友達だと勘違いした。
魔族の2人は、マカロンが親しげに近づくので、名のあるの魔族だろうと油断した。
マカロンが挨拶に頭を下げた。
その頭に、家族を率いる雄のタヌキが、あろうことか妻の前で求婚したのだ。
マカロンが威嚇の唸りを発しても、魔族の2人は動けなかった。
タヌキの外見をした、男の魔族はいない。そのことを、当の魔族ですら、忘れがちである。
それほど、雄のタヌキによる求愛は自然で、マカロンの反応はタヌキだった。
マカロンが逃げ出す。
雄のタヌキが追う。
その時になり、魔族達は雄のタヌキが魔族ではなく、野生のタヌキであることに気づいた。
そこに、人間の猟師が加わった。
弓から放たれた矢が、タヌキたちとマカロンに襲いかかった。
護衛の2人は人間の狩人の対応と野生のタヌキの妨害で、手一杯になった。
魔王の娘マカロンと野生のタヌキを見分ける方法がないのだ。
守られる立場のマカロンは、野営中はくつろいで、唯一の衣服であるリボンも外していたのだ。
マカロンの名を呼び続け、反応するのを待つしかない。
だが、マカロン自身、慌てると言葉を忘れる。
『野生に帰る』と魔族たちの間で語られる状況になる。
結局、魔族の2人はマカロンを見失い、奴隷の2人に捜索の続行を命じて、王への報告に参上した。
ところが、魔王は人間の国の王を演じることに味をしめ、情事を延々と続けていた。
一晩を待ったあげく、2人は王の寝室に踊り込み、魔王は2人の言うことを聞かず、行動不能にしてから兵士たちに縛り上げさせたのだ。
「マカロンとロリマ、アダルの3人が、行方不明ということですのね?」
「……そうだ」
バロモンテが吐き出すように言った。
「おーほっほっほっほっほっ!」
「おお。やはりシャンテ殿か。どうして笑ったのですか?」
シャンテは、モブ化のスキルを一時的に無効化する方法として、高笑いをすることだと理解していた。
モブ化した人物を、モブではなくすための方法である。
それは、人によって異なるだろう。
シャンテにとっては高笑いなのだ。
「しっ……あなたたちと同じように、私の声を聞けば、私がシャンテだとわかるはずですわ。マカロンが城の中に居れば、私に気づくはずですわ」
シャンテの言うとおりだと判断したのだろう、魔族の二人は、しばらく何も言わずに黙っていた。
シャンテは肩の力を抜いた。
「この城にはいませんわね。二人とも、マカロンとはぐれた場所はわかりますの?」
「はい。森の中であれば、迷うことはありません」
魔族の街は、半分は森に包まれた状態だ。
森の地形を覚える独特の方法があるのだろう。
「案内なさい。すぐに、国を挙げてのタヌキ狩りが行われますわ。まだマカロンが無事なら、助けられるかもしれませんわ」
「ご案内します」
グロウリスとバロモンテの表情が暗い。
2人が恐れていることはわかっていた。
魔族の女は、野生のタヌキに襲われることで、自らも野生化し、知恵を失うと言われている。
そうなれば、もはやタヌキ以外の何者でもないのだ。
マカロンが野生かしていない可能性はそれほど低いのだと、シャンテは分かりながら、諦めることはできなかった。
※
シャンテは、魔族の2人を連れて部屋を出た。
トワイス王国の王城内に、緊急事態を告げる笛の音が響き続けていた。
「この音はなんだ?」
グロウリスが耳を塞ぐ。
マカロンの護衛を務めるだけあり、魔族2人は人間への擬態は慣れたものであるらしい。
魔術を使用すれば、本来の肌の色や角と牙が出てしまうが、そうでなければ特に負担を感じることなく人間に化けられるようだ。
室内でシャンテと話していた時に魔族の外見のままだった2人が、部屋から出た瞬間に擬態したのだ。
「不快な音ですわね」
「そうですね」
シャンテが言うと、バロモンテが応じた。
「ゼルビアの王城も同じですわ。あえて不快な音を出すことで、警告を発するのですわ。この音の感じでは……最大級の警戒を呼びかけていますわね」
「……何に対する警戒ですか?」
「もちろん、タヌキ狩りですわ」
「なるほど」
魔族の2人が納得する。
シャンテは足を止めた。
「お2人は、城門のところでお待ちなさい。どうせ、私を見失いますわ」
「承知しました」
グロウリスもバロモンテも、すでに目の前にいるのがシャンテであることを疑い始めている。
それが、目つきでわかった。
王城の城門に行けば、シャンテが高笑いをあげる。
あえて言わなくても、2人には通ずる。
シャンテは背を向けて歩き出した。
一刻も早く、マカロンを探しに行きたかった。
だが、あえて寄り道をした。
確かめたいことがあったのだ。
シャンテが入ったのは、王の間だった。
魔王がいた。
自ら、装備を整え、兵士たちの指揮をしていた。
剣を佩き、盾に腕を通す姿は、魔王とは思えなかった。
「おーほっほっほっほっほっ!」
人間の兵士たちも大勢いる。王の指示を受けている。
その全てを無視して、シャンテは高笑いをあげた。
「貴様、何が可笑しい。いや……マカロンと一緒にいた人間か? ゼルビアの王都で、余と酒を飲んだ人間に似ているようだが……」
「もちろん、そうですわよ。マカロンを無事に助け出した時、褒美を受けとるシャンテといえばわかりますわね」
「……あの時の女か」
シャンテには心当たりが多過ぎて、魔王が言っているのが、もはやどの時なのかわからなかった。
「人払いをなさいませ。マカロンを助ける前に、確認しておきたいことがありますわ」
「わかった」
王が指を鳴らす。
兵士たちが部屋を出た。
シャンテは言った。
「マカロンのことがそれほど大切なのであれば、魔王城のタヌキ御前と決別する気はございませんのね?」
「当然だ。魔族は、魔族の女からしか産まれない。普段、どれほど人間の女と浮気をしようと、本妻はあの姿だ」
シャンテは頷く。
「それだけ聞けば結構ですわ。マカロンのことは、お任せになって、タヌキ狩りに集中なさい」
「うむ。貴様も、悪くない。マカロンを無事に助け出したなら、褒美はトワイス王国の妃の座でどうだ?」
「お断りですわ。せめて、女王の座ぐらいは用意なさい」
王の妻ではなく、王位を譲れと言ったのだ。
魔王が唸る。
シャンテは背を向けた。
背後で、魔王がシャンテを見失ったのがわかった。
シャンテは城を出て、城門の前で高笑いをした。




