32 国王と魔王
シャンテは馬車に揺られながら、勇者マリアの言葉の意味を考えていた。
勇者マリアは前世の記憶を持ち、それはこの世界とは明らかに違う場所だという。
その世界では、ゲームと呼ばれる作られた物語が存在し、勇者マリアとその仲間達、加えてシャンテが登場する。
どんな展開になっても、シャンテは死刑になる。
つまり、単なる紙芝居や物語ではなく、複数の選択肢が分岐するのがゲームというものなのだろう。
誰かが作った世界の中にいて、与えられた役割をただ演じている。
そこまで考え、シャンテは死刑判決を受け、断頭台に連れられるのを待っていた2日間を思い出した。
黒づくめの人物が静かに牢に入り、シャンテにモブ化のスキルを与えた。
あの人物は、どこの、誰なのか。
馬車が止まる。
シャンテが乗せられた荷車に窓はなく、外を見ることはできなかった。
扉が開き、勇者マリアが入ってきた。
マリアから異世界の話を聞いてから、数日が経過している。
シャンテの世話は、ずっと勇者マリアがしていた。
女性が少ないこともあるのだろう。
ただ、勇者マリアはシャンテだと気づかず、シャンテではない誰かと思いこんだシャンテと話をするのを、楽しんでいるようだった。
「マリア、どうやら私は……死刑になる必要があるようですわね」
「……何を言っているの? 着いたよ。結局、シャンテは助けに来なかったね。君を見捨てたか、まだ様子を伺っているんだろう。外に出て。オレたちがそばにいないと、簡単に奪われるから」
シャンテの独白を聞き流し、勇者マリアは促した。
手枷と首輪がはまっているので、シャンテに自由はない。
勇者マリアに言われても、シャンテは動かなかった。
荷車の奥に腰掛けたまま、マリアを見つめた。
マリアが近づいてくる。
「こんなことはしたくないけど……」
勇者マリアは、シャンテの首輪を引っ張った。
「酷いですわ。忘れませんわよ」
「仕方ないじゃないか。君が言うことを聞いてくれないから」
「少しは、マリアのことを見直して差し上げたところですのに」
「ありがとう。でも、君に認められても……」
勇者マリアが言葉を詰まらせた。
シャンテが立ち上がり、勇者マリアに体を押し付ける。
マリアは驚いて下がろうとした。
シャンテは、抱きついた。
「ちょっと、どうしたの?」
「私を逃したくないのは、シャンテを捕まえるためですの? それとも、私と離れるのが寂しいんですの?」
「シャンテのために決まっているじゃないか。冗談を言わないで」
「あらっ。残念ですわね。あなたの言うゲームでしたら、選択肢を間違えたところですわ」
「どういう意味?」
「いずれ、わかりますわよ」
シャンテは言うと、頬を紅潮させたマリアを突き飛ばして、自ら外に出た。
馬車の外には、以前にも訪れたトワイス国の王城があった。
すでに城内に入っていたのだ。
勇者マリアが引き連れてきた仲間と兵士たち以外にも、人間の兵士がずらりと並んでいる。
戦争が近い。
それをはっきりと感じさせる光景だった。
シャンテの背後から、勇者マリアが出てきた。
隊列の先頭で、白馬に跨ったソマリア王子が口上を述べていた。
「マリア、私なんかにかまっているから、いいところを取られましたわよ」
「い、いいんだよ。ああいうのは、オレは苦手なんだ。だから、ソマリアにやってもらっているんだ」
「それでも、隣にぐらいいないと、格好がつきませんわよ」
「分かっているよ」
勇者マリアは走り出し、すぐに集団を抜けてソマリア王子の隣に立った。
ソマリア王子は騎士の正装に、王家の紋章を施した姿だ。
「シャンテがくるなら、このタイミングだと思ったが……この娘は、本当に見捨てられたのかな?」
シャンテの背後で、黒髪を長く伸ばした魔術師カラスコが呟いた。
「残念でしたわね。私は用済みですわね?」
「いや。あのシャンテが簡単に諦めるとは思えない。しばらく、付き合ってもらうぞ」
「遠慮しますわ」
「そうもいかない」
カラスコに背を押され、手枷の鎖を前から現れたセイイが掴んだ。
シャンテは身長は低くないが、骨格は華奢だ。
男たちに逆らうことはできない。
促されるまま、勇者マリアの背後に移動した。
先頭のソマリアとマリアの前で、城から出てきた男が言った。
「陛下がお目にかかります」
「感謝します」
ソマリア王子が馬から降り、勇者マリアが深くお辞儀した。
事前に連絡はしていたのだろうが、国王がすぐに会うというのが、いかに特例なのかは、シャンテはよく知っていた。
「武器を手放すと、死にますわよ」
もはや、魔王も味方ではない。
シャンテの呟きに、勇者の仲間達が怪訝な顔をする。
ただ、勇者マリアだけは、シャンテに対して小さく頷いた。
※
シャンテは手枷と首輪をされたまま、勇者マリア一行に従えられた。
手枷と首輪は、目立たないように布で隠していた。
シャンテは国賓として案内される5人の背後を見つめ、決して忘れないように恨みを刻みつけた。
王の謁見の間に、勇者マリアが踏み込む。
玉座にいる王は、人間だった。
肌は白く、頭部は豊かな髪と冠が特徴的だ。
だが、シャンテはそれが魔王だと見てとった。
顔つきも肉体も、魔力を放出した後の魔王そのものだった。
魔力で皮膚の色を変え、ツノを王冠で隠しているのだ。
牙も、赤い瞳も、魔力で隠しているのだ。
「勇者たちよ、よく来た」
「トワイス国王に御目通りいただき、光栄に存じます」
勇者マリアはそれだけ言うと、背後のソマリア王子に視線を送った。
ソマリア王子はマリアに並び、王族特有の口上を述べた。
トワイス国の王とは、一度面会をしている。
だが、その時も王と勇者一行として面会した。
国王が魔王であることは、勇者一行は気づいていない。
勇者マリアだけは、奥の部屋で魔王を見ているはずだが、目の前にいるのが魔王であるとは考えていないようだ。
緊張のためか、魔王が勇者に施した呪いのためかは、シャンテにはわからなかった。
王が口を開く。
「戦争の準備中ゆえ、慌ただしいのは許してもらいたい。あまり兵は連れていないと聞いているが、戦争に参加することを期待してもよいのか?」
勇者マリアは仲間達を見回した。ソマリア王子が頷き、マリアは言った。
「オレたちは、戦争を止めるために来たのです。魔王はいずれオレたちが倒しますが、魔族との全面戦争は、被害が大きいはずです。戦争を止めるために、この国の商人に協力をしてもらいたいと思っていました」
「戦争を止めるとは?」
「はい。魔王の目的は、人間の持つ美味しい食事や、着心地の良い服飾だと聞きました。一時的にでもそれを提供し、戦争を回避するのです」
「相手を油断させ、寝首を掻くのか? 勇者とは思えぬ卑劣な策だな」
王が笑った。シャンテも同感だった。
シャンテは、魔王が浮気し、人間の女を囲うために人間の国を立ち上げたことも、それを妻が怒っていることも知っている。
だから、それが誤解だと理解させて戦争を止めることを思いついた。
だが、魔族と人間との確執は、思いのほか根深いのだと知り、すでに諦めている。
勇者マリアたちは、戦争の発端となった事実を理解せず、シャンテに踊らさる形で戦争の回避を試みている。
シャンテとしては、勇者マリアの主張に乗って5万枚の金貨を用意したゼルビア王国に驚いていた。
国家予算で考えても、少ない金額ではないはずだ。
それだけ、勇者マリアとソマリア王子が信頼されているということなのだろうか。
マリアの主張を嘲ったトワイス王に、ソマリア王子が進み出た。
「戦争を回避できれば、その間に私たちが必ずや、魔王を討伐いたします」
国王の物言いに憤ってはいても、決してそれを表情には出さなかった。
王はさらに嘲笑った。
「そなたらの武勇伝は聞いている」
「ならば……」
「とても、魔王を倒すことなどできまい」
「どういう意味ですか?」
勇者マリアは、ソマリアほど感情の抑制が上手くない。
言葉に怒気が混ざった。
王が手を叩く。
トワイス国の人間の兵士たちが、2人の男を縛り上げて、運んできた。
厳重に縛り上げられ、口には布を突っ込まれている。
肌の色、頭部の角から、人間ではないことは明らかだ。
「これは……」
「我が兵が容易に捕まえた魔族に、勇者とやらはだいぶ苦戦したようだな。戦争を引き伸ばして、どうする? 闇雲に、戦費を増やすだけだ。我が国は、その間常に戦争体制をとっているのだぞ」
「それは……」
ソマリア王子が言葉に詰まる。
勇者の仲間達が、言葉を失った。
ゼルビアの街で、確かに苦戦した魔族二人に違いない。
それを、トワイス国の兵士たちが簡単に捉えたのであれば、侮られても仕方がないのだ。
黙ったままの5人に舌打ちをし、拘束されたままのシャンテが口を開いた。




