31 勇者マリアのこと
シャンテは、シャンテを誘き寄せる餌として、勇者マリアが指揮する小隊の馬車内で監禁された。
シャンテが助けに来るはずがない。
なにしろ、ずっと馬車の中にいるのだから。
シャンテの奴隷を痛めつけたら、ますます恨みを買うと警戒していた勇者一行は、拘束した奴隷を丁重に扱うように決めたらしかった。
ずっと手枷と首輪をはめられ、鎖で繋がれていたが、それ以外は要求を言えばその通りになった。
結果として、シャンテは手足となる使用人として、勇者一行を手に入れたのである。
「お茶がぬるいですわよ。温め直しなさいな」
揺れる馬車の中で、様子を見にきた勇者マリアに、シャンテは言った。
「ねぇ、もうちょっと我慢してくれないかな。まるで、シャンテがいるみたいだって、みんなだんだん苛ついてきているんだ」
シャンテが拘束されて、10日ほどになる。
「ふうん。こんなこともできませんのね。魔族の殿方でしたら、魔力で簡単にしてくださいますのに」
「えっ……本当なの? 君、魔族の魔法がどんなものか、知っているの?」
「詳しくは知りませんわ。でも、魔族の村はとっても快適ですわね。暖房も冷房も、魔力操作一つで切り替えますもの」
「ちょっと、カラスコにできるかどうか聞いてくる」
マリアは言うと、シャンテから冷めたお茶を受け取って出ていった。
戻ってきた時、マリアはトレイにお茶とお茶菓子を乗せていた。
「温めましたの?」
「ううん。淹れ直した。さっきのお茶はご免、全部燃えちゃった。そんな微妙な魔力操作、人間にはできないって言っていたよ」
「そうでしたの。では、お菓子を作る時も、魔力で発酵させるのではありませんの?」
「何それ?」
「知りませんの? ただの小麦粉から、魔族はクッキーを美味しく作りますのよ」
「えっ? それ、美味しいの? 砂糖とかはどうするの?」
「甘くするのに、砂糖なんか必要ないらしいですわ」
「魔族の集落って……どんなところなの?」
「いずれ行くのでしょう? 勇者なんですから」
「あっ……うん」
シャンテは、カップを手にした。マリアが注ぐ。カップが二つあるのは、マリアも飲むつもりなのだろう。
シャンテが急須に手を伸ばそうとした時、鎖が鳴って動かせないことを思い出す。
マリアは、二人分のカップに注いだ。
「本当はオレ……魔王と戦える自信がないんだ」
「気持ちよくしてくださったの?」
「うん……シャンテから聞いたの?」
「ええ」
カップから視線を上げたマリアに、シャンテは平然と頷き返した。
「でも、それも変なんだ。オレはソマリアが好きで……仲間のみんなにもよくしてもらって……魔王には恨みしかないはずなのに、憎いって気持ちが起きないんだ。もし、魔族が人間を滅ぼそうとしていないなら、魔王を倒さなくてもよくならないかなぁ」
「どうして、私にそんなことを聞きますの?」
「ごめん……仲間達には、とても言えなくて。4人とも、オレのことで、とっても怒っているんだ。魔王は絶対に殺すって……特にソマリアは、そのために命を削るような儀式までしている」
シャンテは、お茶菓子を齧った。
「魔族たちは、これをお菓子とは認めませんわね。ただの保存食だとみなすでしょう」
「魔族って……戦闘に優れた人たちじゃないの?」
「人間は、魔族から奪いすぎましたわね。だから、人間に奪われるかもしれないことは、全て秘密にしているのですわ」
「オレなら……説得できるかな……」
「ただの人間でしょう。しかも、魔王を殺そうとしている勇者ですわ。魔族がどうして、秘密を話すとお思いなの?」
「実はオレ……この世界の人間じゃないんだ」
「頭でもお打ちになったの?」
シャンテはマリアの発言をかわしたが、その意味を慎重に考えていた。
「そう思うよね。実際……オレはこの世界にも両親がいる。ママが産んでくれて、パパが色々教えてくれた。二人は、まだ王都で元気に暮らしている。でも……魔族は、魂の転生って信じるのかな?」
「私も、魔族の方とはそんな話はしたことはございませんわね」
「……うん。この世界、あまり宗教的なことは普及していないみたいだから、考えたこともないかもしれない。でも、オレは、この世界で生まれる前の前世の記憶があるんだ。そこは別の世界で……この世界は、オレが夢中になって遊んでいた、ゲームの世界にそっくりなんだ」
シャンテは、硬い菓子をお茶につけて柔らかくしてから、口に入れた。
咀嚼しながら、口元を押さえて話す。
「ゲーム?」
「……わかるはずないよね。この世界なら……絵本や紙芝居の中に入るって考えた方がわかりやすいかな」
「……なるほど。では、そのお本でも、勇者は魔王に、いたぶられますの?」
シャンテの問いに、マリアは項垂れて首を振った。
「そのゲーム、恋愛趣味レーションで……主人公は勇者マリア、恋敵は公爵令嬢シャンテだけど……4人と恋仲になることが物語のゴールだから、魔王なんて出てこなかったんだよ。4人がオレを好きになることはわかっていた。だから、何があっても別れないことはわかっていたし、4人になら……安心して体を任せた。公爵令嬢がどんなに頑張ったって、死刑になることは決まっていた。でも……死刑になるはずだったんだ。魔王を倒さなくちゃいけないなんて……その時のシナリオにはなかったんだ」
「……魔族は出てきましたの?」
シャンテは、マリアが空想で言っているとは考えなかった。
荒唐無稽に聞こえるが、魔法があり、魔族の女がタヌキの姿なのだ。
実際に、シャンテの実家には魔女の住む塔があり、カラスが使い魔として存在する。
シャンテは、より現実的に情報を集めるべく質問をした。
「……うん。レベル上げとか、ダンジョン探索とかはあったんだ。その中で、ボス的な存在で、魔族もいた。強かったよ」
「魔族の女は?」
「出てこなかった。この世界に来て、魔族には男性しかいないって知った。だから、ああ、そうだったんだなって思ったんだ」
「では、魔族がどうして人間とは仲良くできないのかはご存じ?」
「……ううん。でも、魔王は人間を滅ぼしたがるものだろう?」
「そんなはずがございませんわ」
シャンテは反射的に言ってから、自ら口を塞いだ。
「ロリマ、魔王について、何か知っているの? 君は、シャンテの奴隷なんだよね。それ以前は、魔王の奴隷だったの?」
「いいえ。魔王のことを、詳しくは存じませんわね。ただ、魔族が人間を嫌うのは、それだけの意味があることは知っていますわ」
「……どんな意味があるの?」
「それを知れば、マリアはますます、魔王とは戦えなくなりますわよ。それでもいいんですの? 愛するソマリア、カラスコも、セイイも、クロムも、魔王の手にかかって死ぬことになりますわ」
シャンテの言葉に、マリアは身震いした。
頭を強く振る。
しっかりとした視線で、シャンテを見つめた。
「たとえ魔王を倒せなくても、みんなは傷つけさせないよ。仲間は守る。もし、それが出来ないなら、その時は、なんとしても魔王を殺す」
シャンテは、お茶を飲み干した。
「つまらないですわね」
「……つまらないっ? どういう意味?」
「マリアは、ソマリアと結ばれる運命だったのでしょう」
「うん。そう思う」
「他の3人も、マリアを決して裏切りませんわね」
「うん。信じている」
「そんな関係を、苦労して作り上げたなら羨みもしますけど、それが誰かが決めた筋書きで、当の本人が知っているのであれば、恋でも愛でもありませんわ。そんな人生に、何の意味がありますの?」
シャンテの問いに、マリアは唇を噛んだ。
「でも……ソマリアと一緒だと、ドキドキするんだよ」
「嫌われないとわかっているなら、それはただの性欲でしょう」
「好きなんだ」
「欲ですわね」
「裏切らない」
「それを、誰かが決めたのでしょう?」
「もう、いい!」
マリアが立ち上がった。背を向けた小さな足を、シャンテは掬い上げた。
歩き出そうとしたマリアが前のめりになるが、倒れずに振り返った。
「なに? オレに用があるの?」
「まだ、聞いていませんわ」
「何を? 君だって、魔族のこと、教えてくれないじゃない」
「あなたの世界の物語で、主人公が勇者マリアでしたわね」
「うん。それが?」
「……さっき……シャンテ……と言いましたわね?」
マリアは、前世のゲームで遊んだ世界だと説明した時に、シャンテの名前を確かに口にしていた。
「……うん。悪役令嬢で……どんな展開になっても、必ず死刑になる酷い奴なんだ」
「『どんな展開になっても』ですの? 『死刑』ですって?」
「う、うん」
「まだ生きていますわよ」
「うん。だから、この世界はちょっと、本来とは違う方向に行こうとしているんだ。だから、魔王に……勇者が酷いことをされたりするんだ」
「それは、『シャンテ』のせいではありませんわよ」
「それは、そうかもしれないけど……シャンテのことを知りたいの?」
「ええ、そうですわね。どうして死刑になりますの? そもそも、『悪役令嬢』って何ですの?」
シャンテがマリアにのしかかるようにして、全てを聞き出した。
この世界は、勇者マリアが前世で遊んだゲームというものに酷似しており、シャンテは、常に死刑になる。
シャンテは、自分が死刑になる原因を全て記憶した。
「つまり……きっかけは勇者と仲間達だとしても、全ては他の貴族や王族たちの思惑ということですわね」
「……うん」
「全員、ただでは置きませんわ」
シャンテは、常に持ち歩いているメモ帳に、復讐すべき貴族の名前を書き連ねた。




